とある日、自室で琴音はせっせと荷物を纏めていた。
今日が計画の実行日だ。ちょっとした臨時収入もあった事で計画を前倒しにする事が出来たのだ。
事の発端は文化祭の演劇で適応した身体に任せて演技をしたことだ。
その結果、忌々しい告白ラッシュに繋がったのだが、それはもういい。中学校を卒業して高校生になれば落ち着く筈だから、もう少しの辛抱だ。
重要なのは演技が出来ることだ。創作のキャラクターの演技が出来るなら、勿論漫画やアニメのキャラクターだって可能な筈だ。
(アニメキャラのコスプレして演技した姿を動画にしたら凄い面白そうじゃないか?)
普段の煩悩に溢れた考えではなく、好奇心に満ちた考えだった。
知らないといった人も勿論いるだろうから説明すると、琴音がやろうとしているのは所謂『まるで実写』に分類されるものだ。
コスプレをして漫画やアニメのシーンを動画にするというものである。コスプレの完成度が高い必要は無い、むしろ雑である方が味が出る。実写であるのに、視聴者側がまるで実写みたいにリアルだとすっとぼけるのが一種のお約束だ。
それで、どうやって撮影するのかの準備と計画を立ててきた。
これから動画を撮る予定なのは『放課後ノイズガールズ』という作品だ。アニメ化までしており、かなりの人気作品である。
この作品は女子高生がバンドを組み、音楽や学園生活を楽しみながら成長していく青春物語だ。
作画も物語も良く、アニメは見ていなくとも名前くらいは知っていると言う人がいるくらいには有名だ。
キャラクターの人間関係や声優さんがキャラクターとして歌っている曲など見所が多い。ギターを抱えて夕焼けを背に歌う特殊EDが特に好きだ。
中学三年生である今なら体格的にも丁度いい。リアルJCのコスプレだぞ、崇め奉れ。
いつぞやのデパートの時みたいに女性らしい服を着て自分で身体を動かす訳では無いので恥ずかしさは殆ど感じ無い。撮影中は全部適応した身体に任せるので、殆ど他人みたいなものだ。
◆ ◆ ◆
荷物を持って向かった場所は星見市の隣の街にあるコスプレ撮影向けのレンタルスタジオだ。電車に乗っての遠出で、両親には友達と遊ぶ(大嘘)と伝えてある。これほど哀れな生き物は他にいないだろう。
貸切がベストだが、それをしようとすると数万円もかかってしまうので泣く泣くシェア利用で申し込んだ。可能な限り出費は抑えたい。
(ここまで準備して来たんだし、シェア利用でも半日くらい……大丈夫。)
案内に従って進み無事に受付まで辿り着いた。受付時間にはしっかり間に合った。
受付机には、スタッフの女性と既に来ていた別グループのレイヤーとカメラマンが既にいる。受付はもう済ませた後のようだ。制服系の衣装にウィッグだけ被った状態で、スマホを見ながら談笑している。
「あ……お、おはようございます……。予約していた、九条です。」
声が小さすぎて、自分でも聞こえたか怪しかった。腹から声出せと言われても仕方ないだろう。
「はい、……確認しました。シェア利用でのご案内ですね。楽器レンタルされる場合はこちらの紙にチェック入れてください。」
「あ、はい……。」
受付スタッフは慣れた様子で話を進めてくれる。スタジオを使用する際の規約の確認や、料金を払って受付を済ませる。
「それではお揃いになりましたのでご案内しますね。」
スタッフの女性が立ち上がる。受付前にいた数人も、それぞれキャリーケースや機材バッグを持って動き出した。
琴音も慌てて肩掛けバッグを抱え直してついていく。
「メイクスペースは譲り合ってご利用ください。それからライブブースの使用はホワイトボードに名前を書いていただく形式です。」
細長い廊下を進み、更衣室前でスタッフが立ち止まる。
「こちらが女性更衣室になります。退出は完全撤収時間までにお願いします。」
スタッフが離れたタイミングで、それぞれのグループリーダーが軽い挨拶をしていく。
琴音も一グループにカウントするなら全部で四か五グループはこの場所にいる。ただ、全部で二十人はいないくらいだ。琴音もそれに混じって挨拶をしながら反射的に頭を下げる。
「今日はよろしくお願いします。」
「あっ……よ、よろしくお願いします……。」
これでも前世では社会人だったのでこの程度訳ない筈であったのに、今ではすっかりこのざまだ。本当に最低限の交流を済ませた後、琴音は更衣室へと向かった。
カメラマンを除いた他の人は着替えとメイクが必要になる。必然的に更衣室は騒がしくなるのだが、スタジオの方で先に準備している人もいるので、もの凄く混んでいるという訳では無かった。
琴音は鞄から衣装とウィッグにメイク道具を取り出していく。持ってきた衣装は制服一着だけだ。
衣装製作者に適応して作り上げたので、市販の学生服と遜色無い出来になっている。
「軽音系ですか?」
「……あ、はい。えっ、と……『放課後ノイズガールズ』の、コスプレです。」
着替えていると隣から声がかかった。年上の女性で、大学生か社会人くらいだろうか。
琴音の声がどんどん小さくなる。ただ相手は特に気にした様子もなく、気軽に話を続けた。
「『ほかノイ』いいですね!うちら『電子歌姫』合わせなんですよー。」
琴音は曖昧に頷くことしかできなかった。同級生相手でもまともに会話出来ていないというのに、大人の女性相手だと尚更無理だった。
もう会話出来て嬉しいとかそんな次元ではなく、関係を少しでも深めようという意識が欠片も浮かんでこない程に頭が回っていない。
そんな状況を見かねてか助け舟が出された。
「ごめんなさい、こいつ馴れ馴れしくて。」
「そんないい草は無いでしょ!」
「はいはい。着替えの邪魔しちゃってごめんなさい、ほらあんたも謝りなよ。」
「あー、ぐいぐいいっちゃってごめんね。」
「いえ、……その、大丈夫です。」
同じグループの人だろう。気心知れた仲といった感じで会話している。恐らく琴音の表情を見てストップをかけたみたいだ。嫌がっているから止めたとかでは無く、断るのが苦手そうなのを察したのだろう。
因みに琴音は他人と会話をしただけで、今日は頑張ったとちょっと満足していたりする。自分を甘やかし過ぎだ。
ただ、返答に困る会話を振られたらと思うと少し心がざわついた。長居はしたく無いとヘアメイクアーティストに適応して、着替えとメイクをさくさく終わらせた。
メイク道具や必要なものの準備も適応した状態に任せているので抜かりはない。
かなり早い段階で更衣室から抜け出して、撮影に必要な機材を持ち出す。ビデオカメラだったりは両親からの借り物だ。
すれ違った人からちらちら見られていたりするのだが、琴音は気づいていない。放課後ノイズガールズがかなりの人気作品とあって、その一キャラクターの完全再現コスプレイヤーが歩いていたら気にならない訳が無かった。
(準備よし、あとはキャラクターに適応して撮影すればオッケーだ。)
まずこれから演技するのは立花みおというキャラクターだ。
みおは主要メンバーの一人で、容姿はとても可愛くそれを理解して振る舞うぶりっ子である。ただ、本質的には負けず嫌いであり自分が優位に立てるように努力を惜しまない、その努力を他人に見せようとしない癖のあるキャラクターである。みおは能天気で元気っ子な主人公ポジションの絢音ひかりと張り合っていちゃいちゃしたりしている。(当社比)
担当はベースで感覚派であるひかりの手綱を何とか握ろうとしてよく引き摺り回される、そんなキャラクターだ。
この作品の撮影の為にわざわざ楽器貸出をしていて、使用オーケーのスタジオを探したのだ。とはいえ楽器を独占できる訳では無いので、使える内に撮影をしてしまう予定だ。
使われていない空いている場所を確保していざ鎌倉!
◆ ◆ ◆
琴音は三脚を立て、ビデオカメラの画角を確認した。
完全な一人撮影だ。固定カメラで、演技も演奏も全部自分でやる。何も知らない人が聞いたら正気かと疑われることだろう。
適応さえしてしまえば、それが可能になる。さっきまで他人と少し会話しただけで満足しそうになっていたコミュ障中学生の姿は消え失せた。
今ここにいるのは九条琴音ではなく、立花みおだ。
ベースを軽く鳴らす。指板を押さえる左手に迷いはない。ピックを持つ右手も滑らかだった。
弾き始めたのは代表曲の一つである『未完成シグナル』。
「ひかり!またテンポ走ってるよ!」
声も、動きも立花みおそのものだ。腰にベースを下げた少女が、呆れたように前方へ声を飛ばす。
実際にはそこに誰もいない。琴音の身体は、そこに絢音ひかりがいる前提で動いていた。
一人しかいないのにどうやってバンドものの撮影をと思った人もいたことだろう。答えは簡単、全部別撮りしたものを後で合わせる。
つまり、今撮っているベース担当の立花みお、ギターボーカル担当の絢音ひかり、それからドラム担当の高梨ここのシーンを、それぞれのキャラがそこにいる前提での演技をするつもりなのだ。
「良くないよ!ほら、ここちゃんも何か言って!ダメダメ甘やかしちゃ!」
高梨ここは一見クール系で無愛想なキャラだけどかなりのストイックで、音楽の話になると異様に熱が入るタイプだ。
此処には存在しないみおとここへ向けて、琴音の身体は自然に視線を送っていた。
口調、表情、動き、それから限りなく寄せたコスプレによって立花みおを完全に再現していた。
みおのベースがリズムを刻み、身体が自然と揺れる。
立花みおは演奏中でも表情がころころ変わるタイプだ。普段は好かれやすいように愛らしく振る舞っているのに、演奏へ集中すると時折むき出しの負けず嫌いが顔を出す。それから純粋な楽しさからくる笑顔も。
その癖まで、琴音の身体は再現していた。
「……もう、絶対あとでテンポ確認するからね。」
呆れたように言いながら、視線は前へ。本来はあるひかりのボーカルが無いにも関わらず、完璧なタイミングでハモリを加える。
「……ほんと、楽しそうに弾くんだから。」
小さくぽつりと呟いた言葉はノイズみたいに音の波に攫われた。持ち前の明るさで前を進んでいくひかりに絆されたから、みおは彼女と一緒にいる。
最後のフレーズを弾き終える。アンプの残響がじわりと薄れていき、静寂が戻った。みおはベースを抱えたまま、小さく息を吐く。
「もうっ、それ以上謝らなくていいよ。……次はちゃんと合わせてよね、ひかり。」
リズムに任せて演奏していたひかりに詰め寄られて謝られ、みおは満更でも無さそうに柔らかな笑みを浮かべた。
そこで演技を終わらせた。身体から力が抜けていつもの琴音へと戻った。
(後で一つの動画にした時が楽しみだな。よし、どんどんやってこう!)
因みに録音自体は別でして一つに繋ぎ合わせるので今撮っている部分で使うのは映像だけだ。
琴音は高梨ここシーンの録画をする為に更衣室へ着替えに向かった。
「……すご。」
そんな声がぽつりと落ちた。シェア利用なので他にも人がおり、完全な防音室でもない。
そんな場所でアニメ声を出しながら、プロ顔負けにベースを掻き鳴らしていれば自然と吸い寄せられてしまうものだ。
そんな事つゆ知らず琴音は鼻歌でも歌いそうなくらい気分良く更衣室へと向かうのだった。
【後書き】
放課後ノイズガールズは現実に存在しない架空の作品です。
書くかどうかは別として、琴音のこんな感じのストーリー見たいというのあります?(追記、活動報告の欄に追加しておきました。こちらに関してはいつでもコメントをお待ちしています。)