星見坂中学校の体育館にて二つのチームが集まっていた。
「それではこれより南雲中学校と星見坂中学校バレー部による練習試合を行います。」
お互いの試合メンバーがコートに整列し挨拶をしたあと、それぞれのポジションへと移動する。
レフトポジションへと移動し、ネットに近寄った琴音へと声がかけられた。
「九条さん、今日は必ず貴女を超えてみせる。」
「……。」
強い意志の込められた視線を向けられていたが、琴音は表情をぴくりとも変えずに軽く流した。
一見クールキャラのように見えるが、なんと返していいか分からず黙っただけである。
なお、内心はというと。
(なんで、こんな事に……!?)
みっともないくらい情けなかった。
◆ ◆ ◆
琴音はとある日、バレー部顧問と偶然廊下で顔を合わせていた。
県大会で暴れ回った代償としてバレー部は崩壊に近い状態となってしまっていた。あれからもう直ぐで二年経つ。顧問としても琴音が卒業する前に積もる話をしておきたかったという奴だ。
何でも今は琴音の活躍を見てわざわざ星見坂中学校へと入学し、バレー部へと入ってきた新入生たちのおかげで立て直したそうだ。お目当ての琴音が部内にいないとは言え、バレーへの熱意は本物だったらしく、文句も言わずに練習を続け悪く無い成績を残すまでに至ったとのこと。
(凄いなあ……、なんか部をめちゃくちゃにしてしまった罪悪感が蘇ってきた……。)
そうしてひっそりダメージを受けていた琴音に彼女は切り出した。
「そのだな、良かったらでいいんだが……。もう一度だけ部に顔を出してみないか?ああ、無理にとは言わん。嫌なら断ってくれていい。」
「えっと……、その、……一回くらい、なら。」
「そうか!良かったアイツらも喜ぶだろう!」
何というか本当に恐る恐る提案しているのを見て、流石に断る選択肢は取れなかった。そもそも発端は自分なのだ。責任は強く感じている。
それから日程を告げられて、再度大丈夫かと確認を取られた。ただ、平日ではなく土曜日だったことには少し困惑した。勿論、部活なのだから休日に活動することもあるが、平日のどこかで少し顔見せするだけだと勝手に思っていたのだ。
まあ、一度行くと言った手前断る訳にもいかない。それに、土曜日でも大した予定が入っている訳では無かったのでスケジュールに問題は無かった。やーいスカスカスケジュール!
そうしてやってきた当日。琴音は部室内でキラキラした目線を後輩たちから向けられていた。
久しぶりにやって来たバレー部の部室の扉を開けた瞬間。琴音へと視線が集まったのだ。
「……えっと。」
それも、ただの視線ではない。期待に満ちた、きらきらとした視線だった。
「ほ、本当に来てくれた……!」
「今日、一緒に練習できるんですよね!?」
「写真とか……いや、写真は駄目ですよね。すみません!」
「え、ちょっと、待っ……。」
琴音は一歩後ずさった。琴音的には少し部活の様子を見学するくらいだと思っていたのだ。
それなのにまるで芸能人でもやって来たかのような反応をされて、思っていた感じとまるで違うことに困惑する。
「九条先輩!先輩の試合を見て星見坂中に来たんです!」
「……え?」
「九条先輩のサービスエース、凄くて……! あんなに鋭くて正確なサーブ、初めて見ました!」
「……いや、その……。」
満面の笑みを向けられて、琴音はそっと視線を逸らした。
(やめて……そんなキラキラした目で見ないでくれ……!)
琴音は知らない。一年生の頃に残した試合記録が、未だに語り継がれていることを。無名校を一人で県大会優勝まで押し上げ、無双した一年生の怪物。彼女たちにとって琴音は、実在する先輩でありながら、半ば伝説の人物だった。
「九条先輩!今日は……一緒のコートに立てるんですよね?」
「え……。」
「私、ずっと楽しみにしてました。先輩と同じコートでボールを追えるなんて、夢みたいです!」
「……。」
何だ、この純度百パーセントの憧れは。思えばここまで純粋に慕われたのは初めてかもしれない。それも女子からだ。
全ては適応によるおかげなので、素直に受け取めづらいが、嬉しくならない訳がない。
「……そ、そう。」
辛うじて出てきたのは、それだけだった。こうまで言われて断われるような、我を通す意志は琴音には無い。
それにと、琴音はちらりと周囲を見る。右を見ても左を見ても女の子ばかりで、しかも自分に好意的だ。人によっては喉から手が出るほど羨ましい光景だろう。当然、琴音に抗える訳が無かった。
そうして告げられたのが次の言葉だった。
「今日の練習試合はよろしくお願いします!」
「……????」
困惑する琴音を置き去りにして話はあれよあれよと進んでいった。
相手は南雲中学校、今年も、去年も二年連続で優勝を勝ち取った文句無しの強豪。そこが、わざわざ星見坂中までやって来て試合をする。
いきなり琴音が試合に参加して大丈夫なのかという問題はあるが、今日の為にポジションとローテを事前に決めていたそうだ。
それに、琴音に限っては連携は出来なくとも問題無かった。バレーというチームプレーの必要な競技をたった一人で蹂躙した存在なのだから。
そして、今に至る。
飛び入りで練習試合に参加したら、相手チームの一人からライバル視されているという謎の状況だ。
この人が誰なのかさえ知らない。そもそも以前どこかで会っていたとしても、他人の顔をよく見ることなんて出来ないから覚えている筈が無いのだ。
後輩に囲まれて浮かれている場合ではなく、コミュ力以前に一般人になる努力をする所から始めるべきだろう。
◆ ◆ ◆
【南雲中バレー部エース・上田穂乃果視点】
上田穂乃果は今日という日を待ち望んでいた。
南雲中学はバレーの強豪で優勝候補として名前があげられるくらい強かった。そんな中でも一年生の時、穂乃果はレギュラー入りを果たしてコートに立つことができた。その時はまだエースでは無かったけれど、いつかはその座を自分のものにしてみせると自信に満ち溢れていた。
あの日、あの夏の挫折を今でも覚えている。
南雲中学は県大会の大舞台で、無名だった星見坂中学に負けたのだ。
いや、星見坂中学のバレー部にではない。九条琴音一人に負けた。それ以来、ずっと彼女に勝つ事だけを考えていた。練習を重ね、バレーボール選手として経験を重ね、二年生の時点でエースと呼ばれるまで成長していた。
再戦を待ち望んだその年、彼女はいなかった。その次の年も、いなかった。
どれだけ試合で勝っても満たされなかった。本当にリベンジしたい相手がそこにいないのだから。
(やっと戦える。この時がくるのをずっと待っていた!)
だから三年生の今、卒業してみんながバラバラになる前に、無理を言って練習試合を組んで貰った。
星見坂中学校側を釣るのは難しくない。南雲中学校と戦える機会を不意にはしたくないだろうから。
一番の問題は九条琴音が参加するかどうか。事前に彼女と戦うことを希望すると伝えていたとはいえ、こればかりは分からなかった。
勿論、彼女が現れなくとも練習試合は続行するつもりだった。これは自分の心に決着をつける為だったから、此処で会えなければそれまでの運命なのだと。
結果、運命を手にした。前髪の隙間から覗いたその顔を、その瞳をずっとずっと覚えている。
「必ず勝つ。」
試合開始のホイッスルが鳴った。最初のサーブは星見坂中学校からだ。
「一本!」
南雲中の選手たちが声を揃える。飛んできたサーブを完璧なレシーブでセッターへと繋げる。セッターが素早くボールの下へ入り、トスを上げた。それに合わせるように穂乃果は踏み込み、跳んだ。
視界の先には、九条琴音がいる。ブロックを振り切れなかった訳ではない。最初の一本目は彼女と真っ向から戦いたいと頼んだのだ。
(今度こそ……!)
腕を振り抜く。狙いはクロス、九条琴音のブロックごと打ち破る。
あの時より速い、あの時より高い。何度も何度も練習してきた、自分の一番得意なコース。
だからこそ穂乃果には見えた。琴音のブロックがコースを完全に捉えていることを。
(っ!?)
まるで最初からボールの行き先を知っていたかのように。
バンッ!!
音が体育館に響く。スパイクは、完全に止められてしまいボールは南雲中のコートへ落ちた。
「……っ!」
星見坂中に点が入った。九条琴音は何事もなかったかのように着地した。
ガッツポーズもしない。彼女のチームメイトが歓声を上げる中でも声も出さない。まるで精密な機械みたいなその姿に、穂乃果は奥歯を噛み締めた。
(……変わってない。あの時と、……なによりアタシはあんたを超えられてないっ!)
あの日と同じ。自分の全力が、届かない。それでも変わったことはある。
「一本返すよ!」
「穂乃果!」
「分かってる!」
チームメイトの声が飛んだ。穂乃果は顔を上げた。その瞳に曇りは無かった。
南雲中がもう一度サーブを受ける。流石の安定感だ。容易くレシーブしセッターへとボールが送られる。二度目のチャンスだ。
(アタシはアンタに勝てなかった。昔も、今も。悔しいけど、それは認める。)
穂乃果が再びスパイクに入る。狙いはクロスではない。ストレートだ。
(だからアタシたちはチームでアンタに勝ってみせる!)
打ったボールは琴音ではないブロックの手に当たり、そのままコートの外へ弾き出された。
「よしっ!」
南雲中から歓声が上がった。やるべきことは明白だ。九条琴音にボールを触らせない。
彼女を攻略出来なくとも、彼女のいるチームを攻略することは今なら出来る。あの時の試合では対策を立てる余裕もなく、彼女という怪物に圧倒されてしまった。でも、今は違う。
南雲中のサーブとなる。狙いは決まっていた。琴音以外だ。
「ナイッサー!」
サーブが飛ぶ。狙い通り、琴音ではない選手のところへ。レシーブが大きく乱れた。
「だめ……返ってくるよ!」
琴音が動いた。レフトポジションにいたのに気づけばコートから遠く外れたボールの下まで移動している。
落ちる寸前だったボールを拾い上げる。明らかにチャンスボールで返すことすら難しい玉であるのに、琴音の体勢は崩れていない。
ボールは綺麗な弧を描いてライトへとトスされた。
「知ってるよ!」
どんなに悪い玉でも彼女が届く範囲であれば完璧なトスになってしまうことはよく理解している。
それには欠点だってあるのだ。二番目にタッチした琴音がスパイクを打つことはない。であればだ、どこに恐れる要素があるというのだろう。
バンッ!
穂乃果は軽々とスパイクをブロックして見せた。まるで琴音がやって見せたように。南雲中の得点だ。
「ナイスブロック!」
仲間たちが叫ぶ。穂乃果は拳を握りながら、琴音を見る。彼女は何も言わない。
彼女より強くなる。そのために二年間、練習してきた。けれど、根本的な部分を勘違いしていた。バレーは一人でやるスポーツじゃないのだ。
何でもできる完璧な彼女は、バレーという競技において完璧ではない。
(……そうだ、アタシのちっぽけなプライドなんていらない。これは南雲中のリベンジだ。)
九条琴音がどれだけ強くても。どれだけ完璧でも。コートに彼女は一人しかいない。彼女だけでバレーはできない。
最初からずっと、バレーボールはチームで競い合うスポーツだ。
一人で戦うしかないアンタにアタシたちは負けない。
「勝つよ。」
あれほど大きな超えられない壁のように感じた貴女が、今はただのハリボテに見える。
そこに少しの寂しさを感じたが、穂乃果はその感情に蓋をして試合に集中した。
◆ ◆ ◆
琴音は困惑していた。バレーボールへの適応はしっかりとされているのに、点差がどんどん開いているのだ。
これまで適応を使っていて想像していた結果にならない事はあっても、ここまで狙っていたものとは違っていたのは初めてだった。
試合に負けることは別に気にならない。そもそも琴音はバレー自体に強い思い入れがある訳ではないのだ。入部した動機だって不純なものだ。琴音が気にするのは別の点だ。
(ここで負けたらめちゃくちゃ恥ずかしくないか?後で『あの先輩そんなに大したことなかったね。』とかこの子たちに言われてたら絶対に寝込むぞ!)
あれだけ期待した目で見られていたのに、このままだと部室で気まずい空気を浴びせられてしまう。
琴音は見栄っ張りだ。誰かの視線を気にしてこれまでも適応を使ってきた。当然、そんな最悪の展開を琴音は受け入れられない。
心臓の鼓動が早くなるのを感じる。嫌な緊張感だ。
(バレーボールへの適応だけじゃダメだったのか?なら……、イメージするのは、最強の自分?)
適応の仕方が悪いと考えたことが琴音がしたのは、適応のやり直しだった。
つまりは『最強のバレーボール選手』への適応へと切り替えた。
◆ ◆ ◆
星見坂中の雰囲気は言葉で表せないほどどんよりとしていた。
理由は明白だ。自分たちのせいで負けている。憧れていた先輩の足を引っ張っている。そんな罪悪感が、彼女たちの表情からありありと伝わってきた。
南雲中との実力差が大きいことは理解している。南雲中が九条琴音相手に対策を立ててきたならこの結果は当然のものだ。
それでも、情け無い姿を見せてしまっている事実に耐えられそうになかった。初めてバレーをすることを怖いと感じてしまっていた。
先輩の顔を見るのが怖かった。失望された目を向けられるのではと誰もが俯いている。
「すみま、せん。先輩、こんな……。」
涙を必死に堪えながら、一人の後輩が頭を下げる。
「ふふっ、いつになったらわたしを頼ってくれるのかって待ってたのに。」
「……え?」
「貴女たちって、相当我慢強いのね。」
しかし、返ってきた言葉はとても優しいものだった。後輩たちが一斉に顔を上げた。そこにあったのは、彼女たちが想像していた失望でも怒りでもない。
前髪を横に流したのか、露わになった顔は優しい笑顔を浮かべていた。
これまでコミュニケーションは最低限にしていたのと打って変わって、まるでお茶目なお姉さんのように九条琴音は話し始めた。
琴音がした適応のやり直しは大きな変化を起こした。バレーボールへの適応は確かに全てのプレーが完成されており、個人選手としてはこれ以上ないくらいに強かった。
しかし、足りないものがあった。コミュニケーションだ。バレーボールは個人競技ではないのだから一人が強いだけでは限界がある。
最強のバレーボール選手に適応することで何が変化したのか。一番大きな変化はチームを纏めあげるカリスマを得たことだろう。
スパイクもレシーブも、サーブもトスも出来て、そして、リーダーとしてチームを纏められる。この場にいるのは、そんな最強のバレーボール選手だ。
「まだ勝負は終わってないのに、そんな顔しないで?」
「でも!私たちが足を引っ張って……っ!先輩なら負ける筈ないのに!!」
琴音はそんな様子を見てきょとんとした後、にっこりと笑顔を浮かべた。
試合を見守っていた顧問の先生にハンドサインを送った。それに気づいて先生はタイムをとった。
琴音は自然な動作で困惑している一人の後輩へ歩み寄る。
「まずは、身体をほぐしましょう。」
「え?」
「もう、緊張しすぎよ。心も身体も、カチカチね。」
琴音は少女の肩へ手を伸ばした。ぽん、と軽く触れ、流れるように肩を少し揉んだ。
「ひゃっ……!?」
「力を抜いて、これじゃあ本来の力すら発揮出来ないわ。」
「は、はい……!」
至近距離で琴音の顔面を浴びた後輩ちゃんは頬を赤く染めてオーバーヒート寸前だ。
(何やってんだお前ぇ!?)
なんなら内心の琴音もオーバーヒートしそうだ。女子中学生にお触りとか犯罪だろとでも思っているのだろう。お前も女子中学生じゃろがい。
「ほらほら、早く行って!休憩を挟んで、一度感覚をリセットしましょう!」
琴音は後輩たちを急かすようにコートから出して休憩をさせた。
水分補給をして、タオルで汗を拭きながら気持ちを落ち着かせようとしたのだろう。なお、琴音は汗ひとつ流していない。
「やろうと思えばわたしと……そうね、もう一人がいれば勝てるのよ?みんなにはコートを出て貰って一人で全てのレシーブをすればいいだけだもの。」
みんなの視線を受けながらも琴音は堂々と口にした。
「前でも後ろでもわたしがスパイクを決めておしまい、簡単でしょ?」
身も蓋も無い解決方法ではあるが、それでも彼女ならそれが出来るという妙な納得感があった。彼女の実績を考えれば決して不可能ではないのだろう。
「でもね、そんな勝ち方良くないわ。だって貴女たちと一緒に試合をする機会を無くすなんて勿体無いもの!」
「でも、……どうしたら。」
彼女の言葉を受けても後輩たちはまだ踏ん切りがつかないようだった。
後輩たちだってこの日を待ち望んできたのだ、当然、一緒にバレーボールをしたい。それでも彼女の足を引っ張ってしまうという問題が、歩みを鈍らせていた。
「任せて、全部教えてあげる。」
琴音にはその方法をすでに考えついていた。まだ不安そうにする後輩たちに琴音はさらに言葉を続けた。
「頑張ってボールを追いかける貴女たちの姿、好きなの。」
「せ、先輩!」
お茶目にウィンクをしながら唐突にそんな言葉を吐いた琴音に全員が固まった。内心では恥ずかし過ぎて琴音自身も固まった。
「貴女たちと一緒にバレーがしたいわ。」
純粋な笑顔と共に告げられたその言葉に、後輩たちは決意を固めたようだった。
◆ ◆ ◆
タイムを終えてコートに立つと琴音は相手のサーブを確認した後、一人に話しかけた。
「まずは貴方ね。いいかしら、普段の位置より一歩前に出て構えてみて。」
「はい、九条先輩!」
「ふふっ、その調子よ。普段通りの力を出して、それとちょっとのおまじないがあれば戦えるようになるわ。」
後輩たちに琴音の言っている意味は理解できなかったが、彼女と一緒に戦うと決めたのだ。
試合が再開し、南雲中のサーブで始まる。サーブは琴音がおまじないした後輩の元へととび、多少不恰好だったが見事にオーバーでセッターへと返した。
「ナイスレシーブ!」
レシーブした本人も驚いた表情を浮かべている。セッターにボールが上がりさえすれば琴音の独壇場だ。
「ブロック!」
南雲中はサーブが決まらなかったことに動揺するも、すぐに切り替えてブロックに移る。トスの上がる先は九条琴音だと分かっていたからだ。
トスに合わせるように三人がブロックに入る。隙間を作らない完成度の高い三枚ブロックだ。
「エースとはなにか見せてあげる!」
琴音の打点はブロックの更に上。スパイクはブロックをぶち抜いて軽々と相手のコートへと突き刺さった。
「さ、試合を続けましょ!」
琴音は華麗に一点を取り、流れを変えてみせた。
トリックは単純だ、そもそも南雲中の全員が琴音のように狙った場所に最大の力でサーブやスパイクを打てる訳ではない。当然、人によって強弱にばらつきがあるし、狙うコースも変わってくる。
つまりは琴音以外の場所に絞っている分、コースは分かりやすくなるし、全力のボールでもない。
それを琴音は、ちょっとしたおまじないという名の行動予測で得られた場所に後輩たちを移動させたのだ。
バレーに完全に適応している琴音がやっている先読みを、後輩たちに伝えたのだ。
元々は琴音目当てでやってきた部員が多く、経験者もそれなりに多かった。それが二年近く練習を続けて基礎は十分できている。
実力差があったとしても、適切な場所に事前に配置できていればトスを上げることも難しいものでは無くなるのだ。
◆ ◆ ◆
試合が終わり、挨拶の声が体育館に響いた。
「ありがとうございました!」
両校の声が重なる。勝敗は、星見坂中の逆転勝利だった。
トスさえ上がれば絶対に点を入れられる琴音がいる分、チームが機能した時点で南雲中の勝ち目は限りなく薄くなってしまった。
「九条先輩、凄かったです!」
「先輩、もう一回だけ教えてください!」
「ちょ、ちょっと待って……!」
試合が終わった瞬間、琴音は後輩たちに囲まれていた。
右から話しかけられ、左から腕を掴まれ、前から質問が飛んでくる。先ほどまでコートの中で頼れる先輩として堂々と振る舞っていた姿はどこへやら。琴音は完全に押されていた。
「えっと、その……順番にね? 順番に話しましょう?」
「はい!」
「じゃあ私から!」
後輩たちの勢いに、琴音はたじたじになっている。どう対応すればいいのか分からず、視線をあちこちへと泳がせている。
そこへ南雲中の穂乃果がやって来た。試合の際の鋭さは無く、どこか角がとれたような落ち着きを見せている。彼女の中で折り合いがついたのだろう。
「九条さん、いい試合だったよ。」
「ありがとう、貴女も凄かったわ。それにもう一度戦えて良かった!」
「……覚えていたの?」
穂乃果は少しだけ目を丸くした。あの時の視線を覚えているだけに、そもそも眼中に無いのかと思っていた。
「もちろん。こんなにバレーにひたむきな可愛らしい人たちを、忘れたりなんてしないわ」
「……!」
それから、あの時のフルメンバーでは無いことは残念だけどと琴音は繋げた。
しかし、それを聞いていた後輩たちの目線が少し鋭くなった。
「……先輩。」
「なにかしら?」
「もしかして九条先輩って……バレーをやってる人全員に、そういうこと言ってるんですか?」
「え?そういうことって?」
「可愛らしいとか、好きとか……。」
琴音の笑顔が固まった。まるで浮気現場を見られたような気まずさだ。
イケメン女子へと適応していたら上手い返しを言えたり、そもそもこんな状況にさせないだろう。しかし、今はあくまでバレーボールに関することにだけ能力を発揮する状態だ。これは専門外である。
「えっと、……その。」
「やっぱり言ってるんですね!!」
「いや、……あはは。そ、そんなに怖い顔しないで、ね?」
「先輩!?」
琴音が珍しくしどろもどろになる。それを見ていた穂乃果は、思わず吹き出した。
「ぷっ……。」
「もうっ、笑わないで!」
「いや、ごめん。九条さんって、昔と随分雰囲気が違うなって思って。」
穂乃果は笑いを堪えながら琴音を見る。琴音は少し考えてから、真面目な顔で答えた。
「……昔?そうね、あの時はこう……ギュってした感じで、今のわたしはドンッって感じだから、随分と違うわね!」
「ふ、ふふ。なにそれ。」
「伝わったかしら?」
「全然分からない。」
「えぇ……分かりやすい説明だと思ったのだけど。」
琴音が困ったように眉を下げる。それを見て、穂乃果はさらに笑った。
そんなやりとりの外で琴音は心の中で小さく息を吐いた。いい感じに試合も終わって、これでようやく肩の力を抜けるといったところだ。
あれだけ期待された中で負けるわけにはいかないと適応をフル活用した甲斐があった。
そう思った、その時だった。
「もう、そんなことより。もう一試合やりましょう!」
琴音が唐突にそう提案した。だって、最強の称号は、勝負の中にしかない。ならば、勝負をしなければならないだろうと、それが今の琴音の行動原理だ。
(なんでぇぇぇぇぇ!?)
当然、琴音は心の中で盛大に叫んでいた。今日はもう帰れると思っていたのに。
後輩たちと少し話して、綺麗に終われると思っていたのに。
「九条さん、先に先生から今日の試合について話を聞いて、それから休憩を挟んでからにしましょう。」
「う、ん……。そうね、講評も休憩も、大切だわ……。」
「試合はその後で。」
「……はい。」
琴音はしょんぼりと肩を落とした。まるで遊びに行きたいのに親から宿題をやれと言われた子供のようだった。
それを見ていた後輩たちは、顔を見合わせる。
「……先輩、可愛い。わんちゃんみたい。」
「分かる。」
「これはこれで……。」
ひそひそと囁き合う後輩たちも背に、琴音はコートの外へ戻ることになったのだった。
もし、少しでも小説を書きたいと思ったら早い内に、出来れば学生のうちにたくさん書いておきましょう。大人になると忙しさと疲れで全然書けなくなるからです。(n敗)