君がいた歯車の中で   作:ユフたんマン

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秘書スージー

スザンナは、淡々と仕事をこなしていた。

 

表情に変化はない。手元も正確だ。

判断速度も処理精度も落ちていない。

数値上は何の問題もなかった。

 

だからこそ、配置換えは当然の判断だった。

 

「スージー君」

 

呼び止められ、足を止める。

 

「次の運用サイクルから、ゼインボーグ専属のサポートに入ってもらう」

 

理由の説明は簡潔だった。

戦闘データの解析能力。機体構造への理解。異常検知の精度。

いずれも部署内で最上位。

 

「要である機体には、最適な人材を付ける。君は期待されている。それに応えるように」

 

そこに感情は含まれていない。

 

「……了解しました」

 

拒否する理由は、なかった。

むしろ、拒否する権利など存在しない。

 

こうして、スザンナはゼインボーグの管理に入った。

 

かつて、ゼインの部屋だった場所。

今は兵器のための空間。

白く塗り替えられた壁。

生活を拒絶する配置。

人が長く留まることを想定していない室温。

 

「……」

 

ゼインボーグは、そこに立っている。

直立姿勢。

歩幅は一定で、音はほとんどしない。

ゼインの面影はもう殆ど残っていない。

 

「……状態確認に入るわ」

 

返答はない。

分かっていても言葉は零れる。

沈黙は機械にとっては正常値だ。だが人間にとっては、痛みを伴う。

 

作業を終え、視線を落としたその時だった。

殺風景な空間の隅。

整備機材でも、交換部品でもない場所に一つだけ異物があった。

 

歪んだ金属片。

熱で溶け、無理に引き剥がされた痕。

 

「……これは?」

 

足が勝手に動く。

手を伸ばしたその瞬間。手首を掴まれる。

 

力は強いが制御されている。

 

破壊ではなく制止。

 

すぐに手は離され、

ゼインボーグは一歩下がる。

プログラムには不要な、過剰な挙動。

 

「……今の……」

 

胸の奥がざわつく。

その金属片をスザンナは知っている。

初めて出会った日。

ゼインが売る為に持っていた、熱変形した金属片。

 

「……触られたくなかったのね」

 

それを、思い出の物を守った。スザンナは強く息を吸い、頬を叩いた。

 

「……やっぱり完全には、消えていない」

 

消せなかったものが、残っている。

魂はまだそこにある。

 

「私が……あなたを取り戻す」

 

それは決意というより、

崩れ落ちる自分を支えるための、歪んだ支柱だった。

ゼインボーグは答えない。

それでも金属片から視線を逸らさなかった。

 

決意は、光のようなものではなかった。

胸を打つ高揚も、未来への確信もない。

ただ、立ち止まれば壊れると分かっていたから、歩き続けただけだった。

 

スザンナはゼインボーグのサポートを続けた。

日々の整備。

戦闘ログの解析。

不具合の報告と改修提案。

そこに私情を挟む余地はない。

 

挟めば弾かれる世界だった。

だが、彼女は理解していた。

この会社では感情は価値にならない。

価値になるのは結果と有用性だけだ。

 

ならば上へ行くしかない。

 

 

社長秘書への立候補は異例だった。推薦ではなく、自薦。

しかも比較的最近入社した社員。

冷ややかな視線。合理性を疑う声。

 

だが、スザンナは一切を意に介さなかった。

 

秘書試験は苛烈を極めた。

情報処理速度、判断精度、危機対応、心理耐性。

 

「社長の隣に立つ人間には、個は不要だ」

 

そう言われ、何度も精神を削られた。

それでも折れなかった。

折れたところで守れるものは何もない。そして、彼女は勝ち残った。

 

 

社長秘書スージー。

その肩書きを得た時、喜びはなかった。

ただ一つ、星の夢への距離が縮まっただけだ。

 

 

社長室の奥。

許可なき立ち入りを拒む区画。

全ての判断の根幹。そこに存在する何か。

直接姿を見ることはない。

だが、すべての決定にその影があった。

不自然な合理性。

感情を切り捨てた判断。

人を部品として扱う思考。

 

「……これが、原因」

 

名は、星の夢。

かつて自身も携わったプロジェクト名と同じ名前。星の夢、自身がアナザーディメンションへと飛ばされることとなった原因。カンパニーの頭脳となるべく作られていたマザーコンピューター。

 

 

 

スザンナは表の顔とは別に、裏でも動き始めていた。

 

それに最初に気づいたのは、社内でも数えるほどしか残っていない古参の社員たちだった。

 

会議室の隅。

資料整理室の奥。

誰にも見られない時間帯の通路。

 

彼らは最初から違和感を抱いていた。

社長秘書として現れた新人、スージー。

 

技術理解の速さ。

判断の癖。

 

そして何より社長を前にした時の、あの一瞬の表情。

名前を呼ばれないのに、呼ばれたかのように背筋を正す。

 

叱責を受けても、怒りより先に、痛みが滲む目。

それを見て彼らは思い出してしまった。

 

かつてこの会社にいた少女を。

社長の娘であり、技術部門を走り回り、社員一人一人の名前を覚え「お父様の会社だから」と笑っていた存在。

 

スザンナ・ファミリア・ハルトマン。

 

誰も口には出さなかった。

出せなかった。

 

彼女はいなかったことにされた存在だ。

 

思い出すこと自体が、どこかでタブーになっていた。

 

それでも。

 

視線が合った瞬間。書類を受け取る際の指先。ふとした所作。

 

「……あの子だ」

 

そう確信してしまった者が確かにいた。

 

スザンナが最初に接触したのは、そういう社員だった。

 

かつて、自分がこの会社にいた頃。同じ部署で働き、同じ空気を吸い、同じ志を持つ同志とも呼べる者たち。

 

今も会社に残り心を殺し、疑問を考える前に手を動かし、効率と成果だけを積み上げている社員たち。

 

彼らを見つけ出すのは容易ではなかった。

名簿を辿れば星の夢に察知される。

業務履歴を洗えば必ずログが残る。

直接声をかければ最悪の場合、その場で切り捨てられる。

 

だからスザンナは、遠回りを選んだ。

会議室の端。

通路ですれ違う一瞬。書類の受け渡しの際の、ほんの数秒。

視線だけで確認する。

表情の硬さ。反応の遅れ。

 

言葉にしなかった「躊躇」の痕跡。

 

まだ、人間だ。

 

そう判断できた者にだけ次の一手を打つ。

最初は警戒された。

 

当然だ。

 

死んだはずの娘。

失踪したはずの元社員。

今や社長秘書として現れた存在。

 

信用できるはずがない。

生きていることを知った瞬間、

驚きより先に、恐怖が走る者もいた。

それでもスザンナは引かなかった。

 

「……あなたたちも、違和感を覚えているはず」

 

声に出すことはない。紙にも残さない。

ほんのわずかな仕草。語尾を落とした報告書。

不要なはずの沈黙。それだけで通じる者がいる。

 

言葉を持たない同意。

拒絶しきれない躊躇。

 

少しずつ、少しずつ。

 

星の夢に気取られぬよう、

記録を残さず、音声を使わず、通信ログを切り離す。

 

データは分断する。

一人が全体を知らないように。

真実は、断片として人の記憶に預ける。

 

危険だった。

常に、切り捨てられる可能性があった。

それでも、誰も引き返さなかった。

引き返せるほど、もう何も信じていなかったからだ。

集まった情報は、やがて一つの像を結ぶ。

 

侵略の判断基準。

感情の排除。

記憶の削除。

 

すべてが、同じ場所に集約されている。

 

星の夢。

 

スザンナは、その名前を心の中で反芻した。

壊さなければならない。

 

それは怒りでも復讐でもなかった。

計算でも理想でもない。

ただ、これ以上失われるものを増やさないために。

 

その瞬間、スザンナは理解していた。

もう自分は戻れない。

これは反抗ではない。静かな反逆だ。

 

歯車の内部に入り込み、

壊すために回り続ける選択。

そして、その覚悟を抱いたまま、

彼女は今日も社長の隣に立つ。

何も知らない顔で。

何も感じていないふりをして。

 

星の夢を、終わらせるために。

 

 

だが、それは不可能に近い。

恐怖を持たない機械兵。

星の夢が生み出す最新兵器。

そして、ゼインボーグ。

星の夢が、直々に改良を施す存在。

一惑星の力ですら、正面突破は不可能。

スザンナは、初めて諦めかけた。

 

そんな時だった。

侵略中の星で、耳にした言葉。 勝敗が決した後の、瓦礫の陰。

瀕死の、呪いのような声。

 

「……忌々しい……」

 

ダークマター族。 この星を狙い、住民達に乗り移って戦力を補強していた存在。最新兵器を搭載したゼインボーグに敗れ、身体の輪郭は崩れ、もはや原型も曖昧だった。 それでも、憎悪だけがしつこく残っている。

 

「……星の戦士も…… ……あの、機械も……」

 

途切れ途切れの言葉。

意味を成していないはずなのに、 その二つの単語だけが、異様にはっきりと耳に残った。

 

星の戦士と機械。

 

(……機械)

 

それが何を指すのか、考えるまでもない。 今この戦場で、機械と呼ばれる存在は一つしかない。

 

ゼインボーグ。

感情を持たず、 躊躇を挟まず、 命を数字として処理する、星の夢の兵器。

それと並べて、語られた言葉。

 

「……星の、戦士……?」

 

思わず、声に出ていた。

 

ダークマター族はもう答えない。 その意識は、憎悪ごと静かに消えていった。

残されたのは、 意味を失ったはずの言葉だけ。

 

(同じ言葉の中に、並べられる存在……?)

 

馬鹿げている。 瀕死の妄言だ。 論理も整合性もない。

それなのに…

 

胸の奥で、 嫌な感触が、じわじわと広がっていく。

星の戦士。 その言葉には聞き覚えがあった。

 

かつて、噂話として耳にしただけの存在。 誰もが話半分で笑い飛ばす、与太話。

 

春風と共に現れる旅人。

星を救う、小さな英雄。

 

(……ありえない)

 

侵略と対極にある存在。 御伽噺のような存在も疑わしい存在。

 

同じ呪詛の中で、 同じ憎悪の対象として、機械と並べて語られた。

それが、どうしても引っかかった。

 

スザンナは、調査を始めた。

確信があったわけではない。 期待も、希望も、まだ持てない。

 

ただ このまま、知らずにいるのが怖かった。

 

社長秘書という立場を使い、 渡航記録を洗い、 戦闘報告を辿り、 各地に残る噂を拾い集める。

 

どれも断片的で、 曖昧で、 信憑性に欠けていた。

けれど、共通していた。

 

「救われた」という言葉。

 

滅びかけた星。 支配寸前の文明。 逃げ場のない絶望。

そこに現れ、 状況を覆した存在。

 

名はカービィ。

 

(……星の、戦士)

 

ダークマター族の最期の呪詛が、 スザンナの中で、静かに形を成し始めていた。

 

(もし……)

 

もし、その戦士が本当に存在するのなら。 もし、侵略とは違う形で力を使う存在がいるのなら。

 

この狂った歯車を 止められるかもしれない。

 

そう考えてしまった自分に、 スザンナは深く息を詰めた。

 

希望ではない。 救いでもない。

これは 賭けだ。

 

そして同時に、 自分が、どこまで堕ちる覚悟があるのかを 試される選択だった。

 

 

社長秘書。

侵略計画の最終確認と、優先順位を整理する役目。

会議室のスクリーンには、 複数の星のデータが映し出されている。

資源埋蔵量。

人口密度。

制圧予測時間。

どれも見慣れた項目。

 

(……ここまで来た)

 

そう思っても、感情は表に出さない。それがスージーという立場だった。

 

「次期侵略候補の整理が完了しました」

 

淡々と告げる声。

ハルトマンは軽く頷き、 星の夢が即座に解析を引き継ぐ。

「キゾンコウホ、イズレも侵略効率キジュンをミタしマシタ。優先ジュンイの再計算をジッシ」

 

機械的な判断。

誰も疑問を挟まない。

スザンナは、そこで一枚のデータを追加した。

 

「……追加で、一件。 優先度を上げたい星があります」

 

会議室の視線が、わずかに集まる。

スクリーンが切り替わり、 ポップスターの映像が映し出された。

 

「これまで優先度が低く、詳細調査が行われていなかった星です」

 

事実だけを並べる。

 

「文明レベルは低めですが、 資源循環効率が非常に高い。 長期的な侵略拠点として有用と判断しました」

 

ハルトマンが、わずかに目を細める。

 

「ほう」

 

星の夢が即座に追随する。

「利益率、キゾンコウホを上回ル、 優先侵略タイショウとシテ、妥当デス」

 

その反応を見て、 スザンナの胸が静かに締め付けられた。

 

(……誘導している)

 

無数にある星の中から、 この星を選ばせている。

 

「抵抗要素は?」

 

ハルトマンの問い。

スザンナは一拍置く。

 

「……明確な軍事力は確認されていません」

 

嘘ではない。

星の夢が結論を下す。

 

「侵略コウリツ良好、優先度を上位へシュウセイシマス」

 

ハルトマンは、短く頷いた。

 

「素晴らしい、スージー君。では、次はこの星であーる、全ては我がハルトマンワークスカンパニーの繁栄のために」

 

その一言で、決まった。

侵略は始まる。

誰も、それ以上考えない。 次の議題へ、会議は流れていく。

 

スザンナだけが、視線を伏せた。

 

(……これでいい)

 

止めることはできない。

最初から分かっていた。

だから彼女は侵略を拒むのではなく、侵略の向きを選んだ。

 

(お願い)

 

心の中で、言葉にならない何かを押し殺す。

この先に待つものが、 救いか、破滅か。

それすら、もう考えない。

ただ一つだけ、確かなことがある。

この侵略は、星の夢へ辿り着くための、必要な一手だということ。

 

あなたが、本当に星の戦士なら。

この歪んだ世界を、 この狂った会社を、 この壊れてしまった家族を…

 

壊して…

そして、終わらせて…

スザンナは、そう祈るしかなかった。

 

 

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