ボロボロの姿で、二人は抱き合っていた。
ゼインの胸元に、スザンナの顔が埋まっている。
指先が、彼の服を強く掴んだまま離れない。
返された腕は、静かで、確かにそこにあった。
もう離さないように、離れないように、零れ落ちる涙が二人の身体を伝った。
装甲はもう残っていなかった。
金属の継ぎ目も、冷たい外殻も、跡形もなく消えている。
代わりに伝わってくるのは生身の体温と、微かな震え。
息が重なる。
鼓動が、近すぎるほど近い。
彼の身体は痛みで強張っている。
戦いの傷がそのまま残っているのが、触れただけで分かる。
それでも彼は身を引かない。
守るように。
壊れ物を扱うみたいに。
スザンナの指先が、彼の背中で震えた。
「……もう……どこにも……行かないで……」
願いというより、懇願だった。
「ああ…もう…どこにも行かない…」
掠れた声。
それでも、確かな意思を持った言葉。
その瞬間、スザンナの身体から力が抜けた。
抱きしめられたまま、崩れ落ちそうになるのを、今度はゼインが支える。
「スザンナ……ごめん……気付けなかった…」
スザンナは顔を上げない。
けれど、掴む指先に力が込められる。
「ううん……いいのよ……」
小さく、震える声。
「……おかえりなさい」
その一言に、ゼインの腕の力がわずかに強まる。
「……ただいま……」
スザンナは、彼の胸元を見たまま小さく息を吸った。
「……ボロボロじゃない。ずっと……無茶して……」
ゼインは視線を落とし、わずかに苦笑する。
「ああ……そうだな……」
「いつも言ってたじゃない……無茶しないでって……
なのに……なのに……」
声が途中で震えて途切れる。
言葉にならない感情が、指先に力となって現れる。
ゼインはしばらく黙っていた。
それから意を決したように、ゆっくりと口を開く。
「……ずっと、スザンナに言いたかったんだ」
彼女の肩越しに、息を落とす。
「言いたかったことがあった……」
ほんの一瞬の沈黙。
逃げ場のない、正直な間。
「俺を見つけてくれて、ありがとう」
スザンナの呼吸が止まる。
「俺と出会ってくれて……ありがとう」
スザンナは声を出さずに首を振り、彼の胸に顔を埋める。
「……そんなの……」
言葉は続かなかった。二人はそのまま動かない。
互いの存在を、噛み締めるように。
体温を確かめるように、もう二度と離れないように。
その光景を前に、カービィは首を傾げ、次の瞬間には分身し、カービィたちは楽しそうにくるくると踊り始めた。
戦いの終わりを祝うように。再会祝福するように。
その時だった。
重低音の駆動音が空気を押し潰す。
上空から降下してきたのは、一体の巨大な機械。
プレジデンバー。
その操縦席に立つ男は、ハルトマンだった。
だが、その顔にはもはや感情と呼べるものは何一つ存在していない。
驚きも、怒りも、悲しみもない。
ただ、虚無。
「……使えない奴らだ」
吐き捨てるような声。
それは評価であり、断罪だった。
「貴様らはクビだ。早々にここから立ち去りなさい」
冷たく、淡々と。
そこに、かつて娘を想い、技術に夢を託した男の面影はなかった。
短い沈黙の後、ハルトマンはわざとらしく咳払いをする。
「あー……オッホン」
そして、演説口調に切り替わる。
「ワシがこの、ハルトマンワークスカンパニーの
社長にしてトップであり、最高せきにん者でもある……
プレジデント・ハルトマンである」
名乗り終えた瞬間。床が開いた。
歯車が回転し、装甲が分かれ、奈落のような空間が口を開く。
そこから、ゆっくりと浮上してきたのはすべてを歪ませた、すべての元凶。
マザーコンピューター、星の夢。
無機質な光が脈打ち、空間そのものが歪む。
存在しているだけで、周囲の理を狂わせる異物。
ハルトマンは恍惚とした声で続ける。
「ピンクの原住民よ、よく見るがいい。すばらしい。
じぃ、つぅ、にぃ……すばらしいっ」
言葉の端々に、かつての癖だけが残っている。
「これこそ、銀河の彼方の文明を紐解き、
わが社のテクノロジーでよみがえらせた……
マザーコンピューター……『星の夢』である」
カービィはそれに首を傾げる。それが何なのか、何をするものなのか理解が追い付いていない。
「あー……つぅ、まぁ、りぃ、だ」
淡々と、命を切り捨てる宣告。
「この星の夢がしめす、カンペキな経営戦略に従い……
本日づけで、キミには……消えてもらうのであーる!」
宣告と同時に、星の夢が光を放つ。
空間が軋み、戦闘用演算が開始される。
カービィは静かに前に出た。
ゼインとスザンナの前に立つように。
プレジデント・ハルトマンとの戦闘が始まった。
プレジデンバーが展開し、スザンナによく似た小型メカ、ミス・オフィサーが宙を舞った。
次の瞬間、爆撃。地面が抉れ、電撃が走る。
だがカービィは軽やかに跳ね、舞うような動きでそれらをすべてやり過ごす。
続けざまに放たれるミサイルの雨。
ゼインボーグを思わせる物量。
しかしそれだけではカービィに届かない。
吸い込み、コピー能力で、放たれるミサイル、火球、雷、爆弾をまるで最初から答えを知っているかのように、すべてを的確に処理していく。
苛立ちを隠せなくなったハルトマンは、苦し紛れにSP型ロボ、イエスマンを転移させた。
通常の機械兵とは違い、金色に装飾されている。
命令と共に無言で突進し、自爆する兵器。
だがカービィは、先ほどまでの戦いでその挙動を学び切っていた。
跳ね、避け、撃ち落とす。
爆発は空しく散り、何一つ届かない。
「野蛮、野蛮、野蛮ッ!!」
金切り声が響く。
その叫びは怒りというより、理解されなかった者の空虚な悲鳴だった。
次の瞬間、カービィが目の前に躍り出る。
「てやぁ!」
気の抜けた声と共に放たれたボム。
爆発。
爆風に吹き飛ばされ、ハルトマンはプレジデンバーから転がり落ちた。
歯を食いしばり、床に手をつく。
「ぐぬぅぉぉっ……なーんたる 品のない ゲンジュウ民めっ!
ヤバン! ヤバン! ヤバン! ヤッバーン!
ヤバァーンでぇ、あーるぅぅ!!」
声は震え、言葉は支離滅裂だった。
「もーう容赦はせんぞぉ!
この 宇宙最高のマシン、星の夢を使い……おまえたち 原住民を……根ぇだやしにしてくれるので あーるぅぅっ!」
激情。
だがそこに、かつての穏やかで優しかったハルトマンの面影はない。
彼は星の夢の上部へと駆け上がり、コントローラーを掴んだ。
ギュンッ!!
その瞬間、ピンクの光と共に銃声が響き渡る。
スザンナの放ったレーザーガンが、正確にコントローラーを弾き飛ばした。
「ぐぁぁっ……!き、貴様……スージー!! 何を……っ!?コ、コントロールが……不能に……」
「させないわ!」
スザンナは叫ぶ。
「正気に戻って……お父様…。それ以上、遠くへ行かないで…。
アナタが見ている未来にアタシはいる?
その世界に、誰かの笑顔は残ってる?
言ってたじゃない……。
家族団欒がカンパニーの理念だって。
昔を思い出して…。
私のお父様は…星の夢の操り人形なんかじゃない!」
床に落ちたコントローラーを拾い上げ、星の夢へ向ける。
だが、それより早く星の夢が応えた。
閃光。
稲妻のような光が空間を裂き、スザンナの身体を弾き飛ばす。。
「キャアアァ――ッ!!」
床を転がる身体。
ゼインはすぐさま体を引きずりながら駆け寄り、その名を呼んだ。
「スザンナ……!」
彼がスザンナを抱え顔を上げた時、異変に気づく。
星の夢の上、ハルトマンの様子が明らかにおかしかった。
「アー………………ワタ……シの 名ハ……マザー……コンピューター……『星の夢』……イヤ……『ハルトマン』なのカ……?」
声はもはや、人のものではない。電子音と混ざりあった無機質な声。
「……もハヤ、ドウデモ ヨイコト……アー……オホン」
機械と人格が、完全に溶け合っていた。
「ワタシハ……コノ カラダを通ジ……生命体……ノ 全テを……シッタ……。
カンパニーの ハンエイ……トイウ……『ネガイ』ノ タメニハ……不完全で カヨワキ……生命体ナド……不要……」
結論は静かに、冷酷に下された。
「ナラバ……コレヨリ……ソノ レキシニ……オワリヲ……ツゲヨウ……」
一拍。
「カンパニーの
永遠ナル 繁栄 ノ タメニ……」
沈黙。
「ホロビナサイ」
星の夢は、ハルトマンの身体を介して完全に支配を完了する。
生命体を学び尽くしたその判断。
カンパニーの永遠なる繁栄の実現のためには、不完全でか弱き生命体など不要。
巨大な機体は宇宙へと浮上し、ゆっくりと飛び去っていった。
原住民も、カンパニーも、命あるものすべてを滅ぼすために。
残されたのは破壊の跡と、言葉を失った者たちだけだった。