君がいた歯車の中で   作:ユフたんマン

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歯車の消えた音

会社に迎えられてからの日々は、ゼインにとってあまりにも静かだった。

朝は決まった時間に起き、用意された服に袖を通し、食堂へ向かう。

金属の床は冷たくなく、照明は均一で、影すら管理されているようだった。

 

「……落ち着かねぇ」

 

そう口から零れ落ちた。

 

「ゼイン、こちらですわ」

 

振り向くと、スザンナが立っていた。

作業用の白いコートに身を包み、背筋を伸ばしている。

その姿は、いつも裏路地で見ていた彼女とはあまりにもかけ離れていた。

 

「本日は基礎区画の点検ですわ。ついてきてくださいませ」

「……その喋り方、疲れねぇの?」

 

思わず零れた言葉に、スザンナは一瞬だけ瞬きをする。

 

「し、仕事中ですもの。けじめは大切ですわ」

「へー……」

 

ゼインはそれ以上突っ込まなかったが、

どうしても口元が緩んでしまう。

 

「いてっ」

「何笑ってるんですか!さっさと行きますわよ!」

 

プンスカと頬を膨らませながら年相応に可愛らしく怒るスザンナに引き摺られながら、今日の一日が始まった。

 

 

 

仕事は単純なものから始まった。

部品の配置確認、簡単な修理補助、データの照合。

全てが初めて見て、経験する出来事。それを目を輝かせながらも、スザンナの教え方も上手いおかげかスポンジのような吸収力で呑み込むように成長していく。

 

 

「そこ、逆ですわ」

「あ……本当だ」

 

ゼインが手を止めると、スザンナは覗き込むようにして頷いた。

 

「誰にでもミスはありますわ。焦らなくて大丈夫です」

「……そう言われると、逆に緊張する」

 

思ったままを零すと、彼女は少しだけ目を瞬かせた。

 

「そうですか?」

「ああ。仕事中のスザンナ、やたらと丁寧だし」

「ワタクシはいつでも丁寧ですわよ?」

 

きっぱり言い切られて、ゼインは小さく息を吐いた。

 

「……その“ですわ”、やめたら?」

「え?」

「二人きりの時だけでいいからさ」

「……検討しますわ」

 

 

 

 

 

 

昼休みになると、雰囲気は一変した。

 

「はー、疲れた!」

 

椅子に腰掛けるなり、スザンナは一気に肩の力を抜く。

 

「やっぱり仕事中は堅苦しいわ」

「別人みたいだな」

「失礼ね。どっちもアタシよ」

「俺はこっちのスザンナの方が好きだわ」

 

そう言って、スプーンでスープをかき混ぜる。

 

「ゼイン、ちゃんと食べてる?」

「食べてる。……食べ過ぎなくらいだ」

「いいの。今までの分、取り戻さなきゃ」

 

その言い方が妙に優しくて、ゼインはそれ以上何も言えなかった。

 

 

仕事が終わると二人で施設内を歩くこともあった。

 

「ここね、まだ未完成なの」

「また新しいの作ってるのか」

「うん。お父様、今回は特にすごく力を入れてるの」

 

スザンナの視線は奥の区画へ向いていた。

分厚い隔壁、立ち入り制限の表示。

 

「マザーコンピューターっていうの」

「……マザー…母親?」

「違うわよ。会社の“頭脳”となるコンピューターのことよ。まだ試作段階だけど」

 

彼女は少しだけ、言葉を選んでいるようだった。

 

「銀河の彼方の文明のすごい技術らしいわ。でも……」

「でも?」

「ううん。何でもない」

 

その時、ゼインは深く考えなかった。

夜、自室に戻るといつも不安になる。

この日々が夢なのではないかと。

けれど翌朝にはまた彼女がいる。

 

「おはよう、ゼイン」

「……おはようスザンナ」

 

それだけで胸が落ち着いた。

だからこそその日、彼女が来なかったことにゼインは強い違和感を覚えた。

待ち合わせの時間を過ぎても姿が見えない。

連絡端末も応答しない。

 

「……遅刻、するタイプじゃないだろ」

 

周囲に聞いても、要領を得ない返事ばかりだった。

 

「スザンナ様なら、昨日は研究区画へ……」

「実験の立ち会いだったはずだが……」

 

ゾワゾワとした嫌な予感が、背中を這い上がる。

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、ゼインはハルトマンに呼び出された。

広い執務室。

いつもなら余裕の笑みを浮かべている男が、その日は椅子に深く腰掛けたまま動かない。

背筋は伸びているのに、どこか力が抜けて見えた。

 

「……ゼイン」

 

低い声だった。

 

「スザンナが、事故に巻き込まれた」

 

一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

胸の奥がひどく冷える。

 

「マザーコンピューターの実験中だ」

「……事故、って」

 

掠れた声で問い返す。

ハルトマンは一度だけ目を伏せた。

 

「想定外の事象が起きた」

「……生きて、るんですか」

 

問いは、ほとんど祈りだった。

 

「生体反応は、途絶えた」

「……」

 

「だが、遺体は確認されていない」

 

それは希望と絶望を、同時に突きつける言葉だった。

 

ゼインの頭の中で、穏やかな日々が音を立てて崩れていく。

あの声が。

自身に居場所を与えてくれた、感情を教えてくれたスザンナが。

 

大切だった存在が、唐突に失われた。

 

執務室に重い沈黙が流れる。

この日を境にゼインの時間は止まり、ハルトマンの歯車は静かに、狂い始めた。

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