ハルカンドラへ向かう。
その為に急造されたマザーコンピューターを中枢に据えた重宇宙戦艦が、静かに発進準備を整えていた。
船体は通常の輸送船とは比較にならない厚みを持ち、
多層装甲の外殻には企業紋章と管理番号が刻まれている。
各ブロックは独立隔壁で区切られ、どこかが破壊されても艦全体が沈黙しない構造だ。
「ディメンションホールはマザーコンピューターを基点として展開される」
ハルトマンはブリッジで説明する。
「船に搭載していなければ、帰還用のホールを開くことはできん。つぅ、まぁ、りぃ、だ。この戦艦が破壊されれば、我らがこの世界に帰ってくる事は不可能となる。この戦艦と我らは一蓮托生、というわけであーる」
マザーコンピューターが持つディメンションホールを開く機能。ハルトマンが名付けたそれは時空転移プログラム。
スザンナが実験事故に巻き込まれた瞬間から凍結されていた機能を、今回に限りアンロックする。
行き先は不明、帰路も保証されない。
それでも船は進む。
長い準備期間があった。
星の夢の再起動に向けた調整、その裏でゼインは別の時間を過ごしていた。
戦闘訓練。
ハルトマンの判断だった。
「技術者である前に、生き延びねば意味がない」 そう言って、警備用の簡易兵装、格闘訓練、実戦想定シミュレーターが与えられた。
最初は何もできなかった。動きは鈍く、反応も遅い。
だがゼインは学習した。
廃棄区画で生き延びてきた勘と、機械を扱う冷静さ。
それらが噛み合い、少しずつ戦える動きになっていった。
強くなったとは言えない。だが、逃げるだけの存在でもなくなった。
その成果を試す時が来た。
マザーコンピューターが再起動する。
戦艦の前方、空間が歪み始めた。
まるで世界を裂くように、異質な穴が開いていく。
「ディメンションホール、展開確認」
「進入する」
戦艦は迷いなく突入した。
感覚が狂う。
重力が裏返り、時間が引き伸ばされる。
ディメンションホールを抜けた直後、警報が鳴り響いた。
「反応多数! 前方だけじゃない、上下から来る!」
ブリッジの声と同時に、船内の隔壁が自動的に開放される。
武装した社員たちと、戦闘用の機械兵が次々と展開した。
「迎撃配置! 機械兵は前列、社員はその後ろだ!」
訓練通りの動き。だが空間は安定していない。
床の感覚が揺らぎ、上下の判断が曖昧になる。
空間が裂け、翼獣の群れが吐き出される。
「来るぞ――!」
機械兵のセンサーが先に反応し、ビームが走る。
数体が撃ち落とされるが群れは散開し、死角から回り込んでくる。
「左だ! 近い!」
社員の一人が叫ぶ。
「――っ!」
ゼインが前に出る。腰のホルダーからビームソードを抜き、起動。光刃が灯り一閃。
突っ込んでくるのは一体、機械兵の射線を外れた個体だ。
踏み込み、斜めに斬る。
断たれた翼が空間に溶ける。
「ゼイン、深入りするな!」
後方から声が飛ぶ。
「分かってます!」
もう一体。
回避しきれず、社員の盾を弾き飛ばす。
「――くっ!」
ゼインは間に割って入り、光刃で牙を受け止めた。
衝撃が腕に走る。
強い。
単体でも、油断すれば持っていかれる。
「機械兵、第二射線展開!」
だが、敵は機械的な動きを読んでいるかのように、発射直前に軌道を変える。
「ちっ……対応が早すぎる」
社員たちは善戦はしているが、徐々に疲労が見え始める。
一人、二人と防御を崩され始めた。
「数が減らない……!」
その時だった。
「インベードアーマー、起動!」
格納区画が開き、試作型インベードアーマーがせり出す。
「乗り込め、ゼイン!」
「――はい!」
ゼインがコックピットに滑り込むと起動音が響き渡る。
真っ暗だったコックピット内に光が灯り、視界が一変する。
「機体制御、問題なし…ゼイン、行きますッ!」
インベードアーマーが前に出る。
その一歩だけで、空間が震えた。
殲滅用ミサイルが展開され、爆発が連鎖する。
翼獣の群れが一気に押し返される。
だが追撃はしない。出来ない。
「撤退優先だ」
ハルトマンの声が響く。
「物資補給は不可能。殲滅は目的ではないであーる」
戦艦は進路を維持したまま、敵群から距離を取る。
残った個体は、機械兵の牽制射撃で近づけさせない。
やがて、警報が解除された。
「……被害報告」
「社員十名、軽傷。機械兵十五体、大破」
致命的ではない。
だが、無事とも言えない。
ゼインはインベードアーマーの中で息を吐いた。
「油断するな」
ハルトマンの声が、静かに響く。
「ここはアナザーディメンションであーる」
船は、なおも進み続けた。
▽▽▽
アナザーディメンションは、空間そのものが不安定だった。
星も、空も、方向すら定まらない。
前後左右の感覚が曖昧で、宇宙船は計器だけを頼りに進んでいる。
「……座標が安定しない…。本当に、前に進めているんでしょうか」
ゼインが計器を見つめたまま呟いた。
「アナザーディメンションだ」
操縦席のハルトマンが応じる。
「我々の常識で測れる場所ではない…どちらもありうる…それだけだ」
進むたび、景色が変わる。
ある時は虚無の闇。
ある時は光の粒子が川のように流れ、触れれば船体を削っていく。
時間の感覚も狂った。
数時間進んだと思えば、ログ上では数日が経過していたり、眠っても疲れが抜けず、目覚めても「今」がいつなのか分からない。
その間も、襲撃は断続的に続いた。
鳥のような異界の怪物は、予兆もなく現れる。
静寂の中から突然、空間が裂け、群れで襲いかかってくる。
最初はインベードアーマーに頼りきりだった。
だが、マザーコンピューターを再起動させるためや、襲撃による破損部位の修理等で機体を使えない時間もあった。
その間、ゼインは自分の身体で戦った。
訓練で覚えた動き。
咄嗟の判断。廃棄区画で身につけた危険の匂いを察する勘。
完璧には程遠い。生傷は絶えず、泣き言を零し、情けない姿を晒したこともある。
だが、生き延びた。
「……少しは、強くなれたか」
誰に向けるでもなく呟く。
答えは返らない。
船内にいる間、ゼインは何度もスザンナのことを思い出した。
もし彼女が、この場所に一人で放り出されていたとしたら…。
その想像だけで、胸が締めつけられる。
「必ず、見つける」
その言葉だけが、進む理由だった。
やがて、マザーコンピューターの反応が変わった。
「座標、固定を確認」
「……見えてきたな…あれが…」
虚無の向こうに、輪郭が浮かび上がる。
荒れ果てた大地。
崩壊した都市構造。
文明の名残を色濃く残した、異質な星。
「ハルカンドラ……」
彷徨い続けた果てに、ようやく辿り着いた目的地。
ゼインは知らず拳を握りしめていた。
ここまで来た。
戻れるかどうかは、まだ分からない。
それでも…ここに、答えがある。
試作型インベードアーマー
後のカービィが乗るロボボアーマーの前身となるもの。
乗る存在によって機能を変える性質を持つが、試作型の為そのような機能はまだ搭載されていない。