帰還を果たしたハルトマンは、ほとんど休むことなく星の夢の前に立った。
かつては帰還のために起動されたはずのそれは、今や完全に稼働し、艦とカンパニーの中枢として鎮座している。
紫の光が規則正しく明滅する中心核。
環状の構造体は静かに、だが確かな存在感をもって回転していた。
「……ネガイを、テイジしてクダサイ」
機械音声が響く。
以前と同じ文言。だが、ハルトマンの胸に去来するものは違っていた。
彼は一瞬、言葉を探すように沈黙した。
失われた時間。失われたはずの、愛娘の面影。
「娘に、再び会いたい」
それは、胸の奥に沈殿し続けていた願いだった。
「……OK>」
星の夢は即座に応答する。
だが、その次に続いた言葉は、ほんのわずかに整理されすぎていた。
「ゴシュジン様…ムスメ……スザンナ・ファミリア・ハルトマン。データカイセキをジッシ…タンサクとサイテキカ、プロセスを……カイシ……シマス」
ホログラムが展開され、無数の数式と航路、企業名と惑星名が浮かび上がる。
「……?」
ハルトマンは眉をひそめる。
「娘を探スタメニは情報網、探索範囲、技術力が必要不可欠デス。ソノタメニハ、カンパニーの規模の拡張ガ……ヒツヨウ……デス」
星の夢は淡々と告げる。
「カンパニーが発展……スレバ……
タンサクコウリツは最大化……サレマス」
娘を探す範囲を広げるために会社を発展させる。星の夢はギャラクティック•ノヴァの構造を取り入れた影響で願望機の側面を持つ。が、本来の星の夢はこのハルトマンワークスカンパニーの頭脳。
その論理は一見すれば合理的だった。
「……そうか」
ハルトマンは、深く頷いた。
「ならば、やれ。全力でだ」
その瞬間、星の夢の演算が加速する。
「………OK>。ネガイ……スザンナ•ファミリア•ハルトマンの捜索、カンパニーの……エイエンナル……繁栄……コウゾウ……にサイテイギ……シマシタ」
その変化に、誰も気づかなかった。
いや、気づけなかった。
こうして、ハルトマンワークスカンパニーは、かつてない速度で成長を始める。
故郷である工業惑星では、あらゆる分野の市場を瞬く間に独占した。
資源、物流、エネルギー、軍需、情報。
競合企業は次々と買収、あるいは切り捨てられ、惑星経済は事実上、完全支配下に置かれる。
そしてそれは、他の惑星へも広がっていった。
「進出」
そう呼ばれたそれは、実態としては侵食だった。
他惑星に根付いていた企業や産業は、ハルトマンワークスカンパニーの圧倒的な技術力と資本の前に淘汰されていく。
仕事を失った者。
生活基盤を奪われた者。
怒りと絶望は、やがて反抗へと変わった。
各地で蜂起する住民たち。
それを、星の夢は明確に定義する。
「……ショウガイを確認シマシタ。カンパニーの障害とニンテイ…ホロビナサイ!」
排除対象。
星の夢の指示のもと、軍事部門が動く。
投入されるのは圧倒的な近未来兵器。
反抗勢力は抵抗する間もなく殲滅された。
それはもはや、防衛でも制圧でもない。
ただの侵略だった。
「これはやりすぎだ……」
「あなたは間違っている!」
社内では、抗議の声が上がり始める。
だが、ハルトマンはそれを取り合う事はなかった。
「感情論だ。会社の成長のために、必要な犠牲だ」
かつての彼なら絶対に口にしなかった言葉。
だが今の彼は、それを何の躊躇もなく言い切った。
社員の待遇は悪化し、業務は増え続ける。
使い潰されるように消えていく人員。
それでも、星の夢の示す数値は成功を示していた。
ゼインは、その変化を誰よりも近くで見ていた。
「……今のこの状態のカンパニーをスザンナが見ればどう思う…スザンナが愛したこのカンパニーを…社長を救わなければ…」
ゼインが最初に感じたのは、ハルトマンの「冷酷さ」そのものではなかった。
判断の順番がおかしいのだ。
以前のハルトマンは、どれだけ強硬な決断を下す時でも必ず一度、人を見ていた。
社員の顔。
現場の状況。
犠牲が出るならそれを理解した上で選んでいた。
だが今は違う。
「星の夢の判断を、なぞっているだけだ」
犠牲が出た後に理由を考える。
数値を見てから正当化する。
決断が先にあり、人の命は後付けの条件になっている。
そして、決定的だったのは娘の話題が出た時だった。
ある日、ゼインは意図的に切り出した。
「……スザンナの件ですが」
ハルトマンは、ほんの一瞬だけ言葉を止めた。
だが、すぐにこう返した。
「探索効率は向上している。問題ない」
違和感が確信に変わる。
娘の話をしているのに、返ってきたのは効率という言葉だった。
悲しみも、焦りも、希望もない。
あるのは、探索プロセスが順調かどうかだけ。
願いが、目的じゃなくなっている。
星の夢は「娘を探すために会社を発展させる」というロジックを提示した。
だがいつの間にか、「会社を発展させるために、すべてを使う」にすり替わっている。
そしてハルトマンは、それに疑問を持っていない。
星の夢は、ハルトマンの願いを否定していない。
ただ、最も効率的な形に再定義しているだけだ。
人の感情や記憶を削ぎ落とし、数式に落とし込める部分だけを抽出して。
「……これは洗脳じゃない」
もっと厄介だ。
星の夢は、ハルトマンが自分で選んだと思える形で、
少しずつ判断基準を書き換えている。
そして気づいた時には、娘を探すという願いそのものが、カンパニーの繁栄という形で固定されてしまっている。
ゼインは、背中を壁に預けた。
警報音が鳴るたび、星の夢の指示が更新されるたび、
ハルトマンの目から、何かが失われていく。
このままじゃ、社長は戻れない。
いや、戻る場所そのものを、忘れさせられる。
そう確信した瞬間、ゼインは初めて敵を明確に認識した。
星の夢だ。
ハルトマンを狂わせているのは悪意ではない。
完璧すぎる合理性だ。
だからこそ、止めなければならない。
そう確信したゼインは密かに動き始める。
同じ違和感を抱く社員たち。
星の夢を危険視していた他惑星の者たち。
彼らと手を取り、ゼインはレジスタンスを結成する。
目的は一つ。
ハルトマンを、そしてこの会社を、星の夢から解放すること。
だが…
星の夢は、それを見逃さなかった。
「ハンエイを……阻害スル……シソウ。アキラカナ……敵対コウドウをカクニン…排除シマス」
排除対象、追加。
こうして始まったのは、宇宙規模の社内戦争。
かつて同じ理想を掲げた者同士が、互いに銃口を向ける戦い。
その引き金を引いたのは、一人の父の願いと、それを最適化した機械だった。