エーテル・スペアの処生術   作:くりぢゅん

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お久しぶりです
アンチ・批判は認めます。こんな展開がいいなぁとかあったら教えて♡


『嘘と呪い、雨の降りしきる分岐点』

 

 

 

 残ったのは、冷たく無機質な廊下と、鼻を突く消毒液の臭い。そして、全身の骨が()しむような疲労感だけだ。

 

「……はは。……英雄、か」

 

 乾いた笑いが、喉の奥から漏れた。

 レンはふらつく足取りで、白く長い廊下を歩き出す。一歩踏み出すたびに、右足の筋肉が悲鳴を上げ、脇腹の古傷――いや、この時間軸では「まだ数時間前に負ったばかりの傷」が、焼け付くように(うず)いた。

 

 彼らはレンを英雄と呼んだ。命の恩人と呼び、敬礼を送ってくれた。  だが、その敬意を受けるたびに、少年の胃の腑には鉛のような罪悪感(ざいあくかん)が溜まっていく。

 

 (違う。俺はそんな立派なもんじゃない)

 

 脳裏に、242回の「失敗」がフラッシュバックする。

 カロンが上半身を吹き飛ばされた光景。ステュクスがレンを庇ってミンチになった音。アケロンが絶望の中で悲鳴を上げて焼き尽くされた熱。そして、トリガーが……指示ミスで、何度も何度も、その命を散らした記憶。

 

 レンが見ているのは「勝利」ではない。無数の死体の上に積み上げた、たった一つの「生存ルート」という名の計算結果だ。自分の命をチップにして、トライ・アンド・エラーを繰り返しただけ。彼らの言う「英雄的判断」の裏側にあるのは、彼らを実験台にして積み重ねた経験に過ぎない。

 

「……気持ち悪いな」

 

 自分の(てのひら)を見つめる。  そこには何も握られていないはずなのに、何度も自分の内臓を掻き回した感触や、仲間の血の温かさが残っている気がして、レンは壁に手をついてえずいた。  胃の中は空っぽだ。吐き出せるものなど何もない。ただ、魂が摩耗して削りカスになっているような感覚だけがある。

 

 ――『暗闇の中で、あなたの声が聞こえていました。……その声が、私の新しい光ですから』

 

 トリガーの言葉が、呪いのように蘇る。彼女は目を失った。242回の試行錯誤をもってしても、彼女の視力だけは守り切れなかった。それなのに彼女は、レンを「光」だと定義した。壊れた予備部品(スペアパーツ)でしかない、この少年を。

 

(……これ以上は、ダメだ)

 

 レンの中に、冷徹な計算機が警鐘を鳴らす。これ以上、彼らと関わってはいけない。  近くにいれば、彼らはまた「レンの死」を目撃することになる。あるいは、彼らを守るために、彼らを「捨て駒」のように配置する瞬間が来るかもしれない。ライアー小隊も……そして、アキラやリン、雅も。

 

 廊下の窓に映る自分の顔を見る。  そこには、10代の少年の顔をした「死神」が立っていた。瞳の奥には生気などなく、あるのは深淵のような暗い諦観だけ。

 

「……行こう」

 

 壁から身体を剥がすようにして、再び歩き出した。目的地は、アキラたちが待っているはずの一般病棟のロビーではない。病院の裏口。誰にも告げずに、このまま闇に消えれる。

 

 感情を殺せ。未練を断て。それが、この狂った世界で「スペア」として生きるレンの、唯一の処世術(しょせいじゅつ)なのだから。

 

 防衛軍の特別医療施設は、旧都陥落の混乱で野戦病院のような騒がしさに包まれていた。担架で運ばれる負傷兵、指示を飛ばす医師、そして家族の安否を尋ねて叫ぶ避難民たち。その喧騒は、レンにとっては好都合だった。誰の目にも留まらず、影のように抜け出すことができる。

 

 人混みを避け、搬入口に近い通用口を目指した。  そこを抜ければ、雨の降り始めた路地裏に出られるはずだ。そこから旧市街の廃墟エリアへ身を隠し、ほとぼりが冷めるのを待つ。

 

「――あ! いた!!」

 

 不意に、その「完璧な計算」を引き裂くような、よく通る声が響いた。心臓が嫌な音を立てて跳ねる。振り返るまでもない。その声の主を、レンは聞き分けられるようになっていた。

 

「レン! 待って、行かないでよぉ!」

 

 ドタドタという足音と共に、小さな身体が背中に飛びついてきた。  紺色の髪の少女、リンだ。彼女はレンの腰に抱きつき、その顔を背中に押し付けている。服越しに伝わる体温が、冷え切った思考を溶かそうとする。

 

「……リン。離せ」

「やだ! レン、黙ってどっか行こうとしたでしょ! 顔見ればわかるもん!」

 

リンが顔を上げ、涙目のまま睨みつけてくる。避難所での約束通り、彼女は「レン」と呼び捨てにしていた。その響きに含まれる親愛の情が、今は痛い。

その後ろから、息を切らせた少年――アキラが追いついてきた。

 

「はぁ、はぁ……! レン! よかった、まだ院内にいたんだね……」

 

 アキラは膝に手をついて呼吸を整えると、安堵の笑みを浮かべてこちらを見た。その瞳には、一点の曇りもない信頼が宿っている。地獄のような旧都から、自分と妹を救い出してくれた英雄を見る目。それは、ライアー小隊の連中が向けてきたものと同じ、今のレンを最も苦しめる「光」だった。

 

「……アキラ。お前たち、怪我の具合は」

「大丈夫だよ。擦り傷くらいで……。それより、レンこそ! あんなに傷だらけだったのに、もう動いていいの?」

 

 アキラがレンの手を取ろうとする。レンは反射的に、その手を避けるように一歩下がってしまった。アキラの手が空を切る。彼は一瞬、傷ついたような顔をしたが、すぐに気を取り直したように明るい声を上げた。

 

「あ、そうだ! さっき軍の人に聞いたんだ。ここから少し離れた安全な地区に、臨時の避難キャンプができたって」

「うん! 先生も言ってたもん、『もし離れ離れになったら、必ず安全な場所で落ち合いましょう』って! だからそこに行けば、カローレ先生が待ってるかもしれないって!」

 

 リンが期待に満ちた声で叫ぶ。その言葉に、レンの心臓が凍りついた。

 

「……カローレ、先生?」

「そうだよ! 先生、すっごく頼りになるから絶対無事だもん。レンも一緒に行こう? 先生に紹介するよ! レンが助けてくれたって言えば、きっと先生も喜んで――」

 

 リンの瞳が輝く。希望に満ちた、疑うことを知らない子供の目。

 だが、レンは「知って」いた。この世界の残酷な真実として、カローレ・アルナがどうなったかを。

 

 (……来ない。カローレは、もう来ないんだ)

 

 彼女は旧都陥落の最中、へーリオス研究所で「謎の白い腕」に連れ去られた。世間的には死亡、あるいは大災害を引き起こした大罪人として処理される運命にある。

 アキラたちがどれだけ待っても、迎えに来ることはない。

 

 (……俺がついていって、どうする?)

 

 もし一緒に行けば、彼らは避難所で待ち続けるだろう。来ないはずの先生を何時間も、何日も。

 そして絶望した時、俺はどうする?「死に戻り」を使って、先生が攫われない世界線を探すか?……不可能だ。それは、この災害の確定事項だ。俺ごときが覆せる因果じゃない。

 それに、俺と一緒にいれば、彼らはいつか必ず、俺の「異常性」に気づく。俺が平然と死を選び、時間を巻き戻して「正解」を出す姿を見れば、彼らは俺を恐れるようになるだろう。今の純粋な信頼が、恐怖と軽蔑に変わる瞬間を見るくらいなら。

 

 俺は、ここで「悪役」にならなきゃいけない。彼らが、自分たちだけで強く生きていくために。将来、「パエトーン」として真実を掴み取るために。

 

「……アキラ。リン」

 

 レンは、握られていたリンの手を、ゆっくりと、しかし拒絶の意志を込めて振りほどいた。  

 リンが「え?」と小さく声を上げる。

 

「勘違いするな。俺は、お前たちと『おままごと』をするつもりはない」

 

 声を低くする。感情を殺す。242回の死を経た今のレンには、他者を突き放す冷徹な仮面を被ることなど、造作もなかった。

 

「……え、レン……?」

 

 二人の表情が凍りつく。レンは彼らの目を見ずに、虚空を睨みつけるようにして言葉を続けた。

 

「俺がここまでお前たちを助けたのは、単に『生存確率』を上げるためだ。一人で逃げるより、囮……いや、集団で動いた方が軍に保護されやすいと計算しただけだ」

 

 嘘だ。俺は何度だって、お前たちだけを逃がすために一人で死地に残った。お前たちが生き残るルートを探すために、自分の体を肉壁にした。囮なんて思ったことは一度もない。

 

「計算は合った。軍は俺たちを保護した。……だから、もうお前たちに用はない」

 

 喉が焼けるように熱い。心臓が早鐘を打っている。けれど、口から出る言葉は、氷のように冷たく、鋭利だった。

 

「ついてくるな。お前たちのような『足手まとい』がいると、俺の次の計画に支障が出る。……効率が悪いんだよ」

 

 決定的な一言。アキラの顔から血の気が引いていくのが分かった。リンの瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。

 

(……これでいい)

 

 レンは心の中で、血の涙を流しながら頷いた。これで彼らは、俺を「冷たい人間」「利用された」と記憶する。カローレが来ないという絶望も、俺への憎しみに変えて乗り越えればいい。俺のような、死の臭いが染み付いた「スペアパーツ」のことなど忘れて。

 

「……じゃあな。二度と会うことはない」

 

 レンは踵を返し、背後で「うそだ……」と零れるリンの泣き声を無理やり振り切って、出口へと歩き出した。

 足が鉛のように重い。振り返って抱きしめたい衝動を、奥歯が砕けるほど噛み締めて殺す。…………クソ…っ。

 

 

 

 

 

 

 病院の裏口を出ると、冷たい雨が降り始めていた。旧都の方向から流れてくる黒煙が、雨に混じって灰色の筋を作っている。レンはフードを目深に被り、誰にも見られないように路地裏へと足を踏み入れた。

 

「……これで、全部終わった」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 アキラとリンは安全圏にいる。ライアー小隊も生き残った。星見雅も父親に引き渡した。俺の役目は終わった。あとは、この世界のエキストラとして、誰にも関わらずに消えればいい。

 

「……嘘つき、ですね」

 不意に、雨音に混じって、鈴を転がしたような声が響いた。  

 レンは反射的に足を止め、息を呑んだ。薄暗い街灯の下。そこに、一人の少女が立っていた。

 

「……雅。お前、星見家のところへ戻ったんじゃないのか」

 

 星見雅。彼女は傘も差さず、濡れるのも構わずにそこに立っていた。  その瞳は、子供とは思えないほど静かで、底知れない光を宿してレンを射抜いていた。

 

「お父様の目を盗んで、抜け出してきました。……お兄さんに、さよならを言っていなかったから」

 

 雅が一歩、水たまりを踏んで近づいてくる。レンは後ずさろうとしたが、背中は冷たいレンガの壁だった。

 

「……さよならなら、さっき言ったはずだ。アキラたちと一緒にいただろ」

「あれは、嘘です」

 

 雅は断言した。幼い声だが、そこには確信めいた響きがあった。

 

「……『確率』とか『効率』とか。お兄さんは、そんな冷たいこと……本当は思っていないはずです」

 

 彼女はレンの目の前まで歩み寄ると、その傷だらけの手を、小さな両手で包み込んだ。氷のように冷たい手。けれど、その握る力は痛いほど強い。

 

「私を助けてくれた時も……リンとアキラを助けた時も。お兄さんは、自分が傷つくことなんて、これっぽっちも怖がっていなかった」

「……買いかぶりだ。俺はただの――」

「『死』を見てる」

 

 レンの言葉を遮るように、雅が言った。

 

「お母様と、同じ目をしています。……自分がいなくなれば、みんなが 助かる……そんな、悲しい目をしています」

「ッ……!」

 

 レンの喉が引きつった。見抜かれている。アキラやリン、ライアー小隊の誰もが気づかなかった、俺の深淵。終わりの見えないループによって摩耗し、自分の命を「使い捨ての道具」としか思えなくなった狂気を、この幼い少女だけが見透かしている。

 

「……お兄さん。あなたは、自分が壊れることを恐れているんじゃなくて……自分が壊れることで、私たちが傷つくのを恐れているんでしょう?」

 

 雅の手が、レンの頬に触れる。その温もりに、レンの張り詰めていた糸が、プツリと切れた。

 

「……はは。……そうか。お前には、敵わないな」

 

 レンはその場に崩れ落ちるように膝をつき、雅と目線を合わせた。もう、誤魔化せない。この子に対してだけは、嘘をつき続けることができなかった。

 

「……ああ、そうだよ。俺は怖いんだ」

 

 レンは、雨に濡れた雅の顔を見つめながら、初めて本音を漏らした。

 

「俺は『スペア』だ。壊れても代わりがある、ただの部品だ。……そうやって、何度もやり直してきた」

「……やり、なおす?」

「忘れてくれ。……ただ、俺と一緒にいると、お前たちは俺が壊れるところを何度も見ることになる。俺はそれが、耐えられないんだ」

 

 レンの声が震える。  自分の死体を見られることへの恐怖ではない。自分の死によって、彼らの心を傷つけてしまうことへの罪悪感。それが、レンを孤独へと駆り立てていた。

 雨脚が強くなる。  世界から色が消え、二人だけが灰色の雨の中に取り残されたようだった。

 

「……雅。よく聞け」

 

 レンは、泥と血で汚れた自分の小指を、雅の前に差し出した。  これは、決別であり、約束であり、そして残酷な呪い(祈り)だ。

 

「俺は行く。お前たちのいない、暗い場所へ」

「……嫌。私も――」

「ダメだ。お前は『本物』になれ」

 

 レンの言葉に、雅が目を見開く。

「……ほんもの?」

「ああ。……俺みたいな『使い捨ての命』が二度と必要ないくらい、お前が強くなれ」

 

 レンは、泣き出しそうな雅の瞳を、強い意志で見つめ返した。

 

「この理不尽な世界で、誰も死ななくていいように。俺が何百回死んでも届かなかった理想を、お前なら掴めるはずだ」

「…………」

「そうしたら、また会ってやる。……約束だ」

 

 それは、身勝手な約束だった。自分が逃げるための口実であり、彼女に「最強」という重荷を背負わせる呪縛。

だが、雅は涙を袖で乱暴に拭うと、強く睨み返してきた。その瞳に宿ったのは、悲しみではなく――「覚悟」だった。

 

「……分かりました。私が、強くなります」

 

 雅は自分の小指を、痛いくらい強くレンの指に絡めた。

 

「悪い化け物を全部斬って……この世界の理不尽を全部なくして……」

「……ああ」

「そうしたら、二度とお兄さんに『スペア』なんて言わせません。……約束、ですよ」

 

 指切り。冷たい雨の中で交わされた、熱い契約。それが、後の「虚狩り」星見雅の、原点となる瞬間だった。

「……行け、雅。宗一郎さんが待ってる」

「……はい」

 

 雅は名残惜しそうに指を解くと、一度だけ深く頭を下げ、踵を返した。彼女はもう振り返らない。

 その小さな背中は、先ほどまでの「守られる子供」のものではなく、未来の英雄としての凛とした空気を纏い始めていた。

 レンは、彼女の姿が闇に消えるまで見送った後、反対方向へと歩き出した。

 

「……これでいい」

 

 誰もいない路地裏で、レンは独りごちる。  主役は舞台へ。裏方は闇へ。  アキラとリンは、プロキシとして。雅は、虚狩りとして。  彼らは光の中で生きていく。

 

「オール・グリーン……けど、まだ救済を必要としてる人がいる…」

 フードを目深に被り直した。

 目指す先は、旧都の深淵。次に彼らと会う時、俺がどんな姿であっても――彼らが俺を乗り越えていけるように。

 雨は降り続き、少年の足跡を洗い流していく。彼らの時間は、ここから分岐する。

 

 

 

 





一応次のストックもできてはいたのですが資料などPVを見ているうちに気が大きく変わってしまい書き直していました。もうすこしはやく投稿できるようにします
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