ある意味で、原作以上に悪意を持ってとらえてる部分もある。
でもね、一度ボヤを起こしたことを覚えておきながら学習もせず、一つの村を焼失させた奴らを好意的にとらえることなんて、私には出来ない。
ファミレスで偶然居合わせた連中が話していたのはあの火事の真相、村の住人達による事故ではなく、火の不始末などですらなく、何度も訪れ地形を理解したうえで行った放火だった。
しかも火をつけた理由は楽しくゲームをしていたのに注意されたことへの腹いせ。そんなことで、たかがその程度のことであたし達の家族は・・・!!
頭に血がのぼり、連中を警察のもとへ引きずっていこうと立ち上がったあたしの手を達之が掴んだ。
「たとえ奴らを警察に突き出しても、あの状況じゃ証拠不十分ですぐに釈放さ!
それよりあいつらの顔、全員しっかり覚えておけ・・・!!」
「・・・え?」
証拠不十分で釈放されるといいながら続けた言葉と表情には怒りが滲んでいた。
「生きながら焼かれていった父さん母さんたちの苦しみを、あいつら全員に味わわせてやるんだ・・・!!」
大きく、恐ろしく、熱い。達之の怒りはあの日に見た炎によく似ていて、あたしは一瞬何も言えなくなる。
「たとえ何年かかっても必ず裁いてやろう! 俺達の手で・・・!!」
そんなあたし達が会計を終えて外に出れば、見知らぬ眼鏡の男性に声をかけられた。
「森下麗美さんと檜山達之さん、ですよね?」
突然声をかけられたあたし達は距離を置き、達之もあたしを隠すように立った。
「そうだったらなんだよ、俺らに何か用か?
それともあれか? あんたも火事の生き残りをネタにして何か書こうとする記者か何かかよ?」
火事があってから何かと生存者の話を聞きたがる新聞記者や雑誌記者が多く、ようやくそれが落ち着いた頃だったこともあり、あからさまに嫌悪と苛立ちを露わにした達之に男性は気を悪くする様子もなくゆっくりと首を振った。
「失礼、私は私立探偵の小城拓也と申します」
名刺を渡されて達之の手に乗るそれを眺めるあたし達に、小城さんはさらに続けた。
「私は今、黒坂村の遺族の方の依頼で事件について調査をしています。ですから、黒坂村の関係者の方に話を伺って回っているんですよ。
あの日の生存者であるお二人にも、事務所にて話を伺ってもよろしいでしょうか?」
言葉選びは丁寧で物腰だって優しい筈なのに、あの時の小城さんには有無を言わさぬ何かがあり、さっきまで怒り狂っていた筈の達之ですら顔を伏せついていくことを選んだ。村の親戚の人達の依頼ということが話を聞こうと思った一因かもしれない。
ファミレスから十五分ほど歩いて訪れた事務所は三階建てのビルで、一階は改装中でカフェ『Butterfly effect』と書かれていて、二階は探偵事務所が入っていた。三階はガラスが加工されているようで外からは何も見えないけど、一階ごとにそこそこの広さがある上に事務所の向かい側には駐車場が用意されていた。
「小城さん、おかえりなさい」
「所長、兄さんからさっき連絡があったわ。あと十分ほどのんびりしてから戻るって」
「ただいま、揚羽くん。舘羽くん。
わかった、僕は奥でこの二人に話をするから徹が戻ってきたら所長室にそのまままっすぐ来るように伝えてくれるかい?」
「えぇ、わかったわ。
それとこの後のことだけど」
「大丈夫、覚えているよ。
もし早く着く方がいたら、下のカフェにいてもらってくれるかい?」
「えぇ、母さんが既に準備してるわ。
開店前のいい予行練習になるって言って、今朝は張り切って料理を用意していたもの」
「じゃぁ、頼んだよ。
揚羽くんもこっちにお茶を出したら緑さんの手伝いに行ってくれ」
「はい、わかりました」
あたし達はいくつかの机と本棚が並んだ部屋を通り過ぎて奥の部屋に通されれば、すぐに黒い髪が綺麗な人が三人分の紅茶とお菓子を出して部屋を出ていく。
「それで俺らに何を聞く気だよ、探偵さんよ」
「先程も言った通り、私は黒坂村の遺族の方の一人・・・ お二人は植木さんをご存知ですか? 火災が起こる数か月前に年齢と病気を理由に村にほど近いところに住んでいる息子さん夫婦と同居を始めた方なのですが」
「植木のおじいちゃんが・・・」
出てきた名前は私と達之がよく知る病気を理由に渋々村から街に降りたお爺さんで、思わず顔を見合わせた。
通院などの関係で街に降りて息子さんであるおじさん達と一緒に住んでるけど、おじさんおばさんは勿論あたし達と同世代のお孫さんを連れて定期的に村に顔を出していた。事実、火事になる数日前にも父さん達と長いこと放置されていた物置をどうするかという話をしに来ていたっけ。
「依頼内容は、黒坂村全焼事件の火災原因及び事件性の有無の調査。
植木さん自身が火元になった可能性がある林の近くにあった物置の所持者であったこと、また村をよく知る者として村の全焼がただの山火事ということに納得していない、とのことでした」
そう言って小城さんが机の上に出した依頼書の字は確かに植木のおじいちゃんの字で、依頼内容も小城さんが言ったままの内容が書かれていた。
「警察の調べでは火元になった風上の林とその近くにあった物置が火を大きくし、冬の乾燥した風が追い打ちをかけて村を覆った。
私自身、植木さんの案内のもとで現場を訪れましたが冬場の空気の乾燥と木々に囲まれていた村の環境を考えればそう結論付けられるのは実に自然なことでしょうね」
小城さんは淡々と語る口ぶりに、あたしはおもわず立ち上がり『違うっ!』と叫びたくなったけどその直前、小城さんはあたしへと『最後まで聞きなさい』とでもいうように視線を向けてくる。
「ですが植木さんは『既に使われていない物置から出火はあり得ない』、『冬場のこんな林の中で火を起こす馬鹿はこの村にはいない』と言っていました。事実、現場を見ても普段から訪れているような道の跡はありませんでした。
そこから現場の再検証と聞き込み調査によって、ある大学のサバイバルゲームのサークルへと行きつきました」
そこで小城さんはテーブルの上にさっきの依頼書とは別の資料を置く。それは宿泊履歴らしく年齢と連絡先は横線が引かれているけど、同じ名前が別の日に連泊をしていることと突然キャンセルして帰っていることなどが書かれていた。
そのキャンセルした日をあたし達はよく知っている、あの火事が起きた日だった。
「ここ半年ほど数名の大学生と二台のジープの目撃情報に加え、街の旅館での宿泊履歴。黒坂村のご遺族の方からも証言をいただき、彼らあるいは彼らとよく似た大学生くらいの若者が山でサバイバルゲームを行っていたことが判明しています。
それ以外にも彼らのサークル顧問からもご協力をいただき、他にもいくつかの山林にてボヤ騒ぎを起こしていることが明らかになりました」
「それがなんだって言うんだよ」
達之が紅茶を飲んでどうにか絞り出したのは、そんな問いかけだった。
ううん、本当は達之だってこの人が何を言いたいかなんてわかってる筈。
「はっきり言ってしまえば、私は彼らによる放火あるいは火の不始末による火災を疑っています。
そして、それらを立証するには彼らが当日黒坂村あるいは黒坂村のあった山にいたという証言が必要なんです」
「はいっ、あたし達・・・「麗美! 座れ!!」達之! なんで・・・!」
小城さんの言葉にあたしが何かを言いかけたのを達之が割り込んできて、あたしの手を強く掴んで座らされる。
「それを知って、あんたはどうすんだよ。
警察にでも訴えて、奴らを裁くとでも言う気か?」
「いいえ、私はあくまで探偵ですから。
依頼人に調査で分かったことをお伝えすることが仕事であり、そこから先は依頼人が決めることです」
小城さんの言葉にあたしの手をつかんでいた達之に力が籠って、感情的になるのを肌で感じる。
「知らねぇよ、俺達は何も見てねぇ」
「ちょっと達之!」
「いいからお前は黙ってろ!」
しらばっくれる達之を責めるように名を呼べば、また怒鳴られる。その顔はさっき復讐を決意した時の顔のまま、憎々しげに小城さんを見ていた。
「教えたところで警察に通報するわけでもない、まして解決するとは限らねぇ。
それにだ! 金を積まれて調査に動くってんなら、こいつはこの情報を金でどうとでもするってことだろうが!!」
「そんなことはしませんよ。
探偵は警察以上に信頼と風聞が重視される仕事でね、こちらからそれらを損ねるような真似は致しません。なんなら誓約書をお見せしますし、お二人用にもしたためましょうか?」
「金目当てで人の傷口えぐろうとする奴なんざ信用出来ねぇっつってんだよ!」
怒りをそのままテーブルにぶつけ、大きな音を立てる。けれど、小城さんは肩をすくめて苦笑していて、達之の怒りがさらに煽られる。
「用件は済んだか? 紅茶はうまかったよ、ありがとうな。行くぞ、麗美」
「ちょっと待ってって! 達之!」
テーブルを蹴り飛ばさんばかりに立ち上がって、扉へと向かおうとする達之をあたしが慌てて追いかけて止めようとする中、後ろで小城さんが紅茶のカップを置いた音がした。
「これは独り言ですが・・・ 実は依頼人は植木さんだけではないんですよ」
小城さんは特に意図して大きな声を出したわけじゃないはずなのに、その言葉はあたしと達之の足を止めるには十分な声量で、あたしは思わず振り向いた。
「え?」
「最初に依頼した方は確かに植木さんお一人でしたが、息子さん夫婦は勿論お孫さん達もあの火事の本当の意味での解決を望まれていました。
そして調査を行っていく中で村の生存者の方は勿論近隣の街の方、村を離れていた親戚の方から『真実を知りたい』 『故郷をこのままにしておきたくない』 『もし犯人がいるのなら裁いてほしい』 『ただの火事だなんて信じられない』
あぁ・・・『家族を焼き殺した連中を見つけ出してくれ』という方もおられましたね」
いくつかの言葉を指折り数えながら、小城さんは絵に描いたような笑顔を張り付けて私達を見ていた。
「何が言いたい?」
「何が? そうですね・・・」
達之の問いかけに、小城さんの笑顔は剥がれて落ちる。
「復讐したいと望んでいるのは、君だけじゃないんだよ」
剝がれて落ちたそこにあったのは、無だった。
怒りも、悲しみも、苛立ちも、殺意も、さっきまで達之が見せたどの感情にもあてはまらない。そう、それはまるで焼け残った村にあった―――
(黒く残った、炭みたい・・・)
それは一瞬で、すぐに小城さんはさっきと同じ笑顔を見せた。
でも、あたしはもうその笑顔が本当の意味での笑顔じゃないこともわかる。わかってしまう。
(この人は達之と同じくらい・・・ ううん、ある意味それ以上に怒ってるんだ・・・)
「座りたまえ。
君達にもう少し、これまでの調査の結果を見せよう」
そう言いながら小城さんは封筒を取り出し、たくさんの写真と丁寧に袋に包まれたいくつかの物、筒状にまとめられた地図らしきものと新聞の切り抜きなどたくさんのものがテーブルを埋めていく。
「これが全部証拠なの・・・?」
「あぁ、そうだよ。
火をつけた瞬間の記念写真と未使用の発火材、計画を立てるのに使ったであろうボヤ騒ぎを起こした千葉の地図と黒坂村近辺の地図はサークル棟にあったものを顧問の方に協力を仰いで入手し、いずれの山からも部室にあった発火材と同じ物が発見された。この新聞の切り抜きはボヤ騒ぎが少しばかりニュースになった記念だったんじゃないかな?
それ以外にもあれだけ目立つジープに乗って、大学生の団体ということもあって印象的だったようで目撃情報は尽きなかった」
その言葉の直後に続いたノックの音に小城さんは待っていたとばかりに扉へと視線を向ければ、そこには眼鏡をかけたスーツ姿の男の人が立っていた。さっきのかっこいい女の人が言ってたお兄さんかな?
「所長、今戻りました」
「あれは
「えぇ、勿論。
所長の想定通り、仲間だけだからとペラペラしゃべっていましたよ」
「だろうね。
放火する瞬間を写真に残すぐらいなのだから、それぐらい迂闊な連中だろうさ」
「あんた・・・ まさか・・・!」
二人のやり取りに達之が目を見開いて、そんな達之に小城さんが笑う。
「察したようだね、檜山くん。
徹には君達もさっきファミレスで聞いていた会話を録音してもらってたんだよ、どうやらあのファミレスは彼らの行きつけだったようだからね」
徹と呼ばれた男の人から録音機器を受け取って、イヤホンをさしたのにすぐに止めちゃった辺り、内容より音の質を聞いてたのかもしれない。
「でも、これだけ揃ってもまだ足りないものがある。
それが何か、君達ならもうわかるだろう?」
テーブルの上に置かれたたくさんの証拠にあたしはただ驚かされていて、揃っていないのが何かなんてよくわかんなくなってた。
けど、達之は違った。
「だから、あの日にあいつらが村にいたって証言が必要ってか」
扉の近くにいた達之はあたしの横を通り抜けて、テーブルの向こうにいた小城さんの胸ぐらを掴んでいた。
「達之!?」「所長!」
「あんたにはわかんねぇだろうけどな! こっちは故郷も、家族も全部あいつらに奪われてんだよ!!
あの日、炎の中で生きながらに殺されたみんなの痛みを! 苦しみを!! あいつらに全部味わわせねぇとこの怒りは収まらねぇ!!
法律なんかじゃなく、俺がこの手で晴らさないと気が済まねぇんだよ!!」
あたし達の制止の声は達之の叫びに搔き消されて、それを絞められた首の痛みとともに真正面から受けている筈の小城さんの目はさっき見せた炭のようなもので、あたしは恐怖で止まっちゃう。
「きっと彼らは、呆けた顔をして死ぬだろうね」
小城さんはどこまでも冷静で左手の仕草一つで徹さんを止めて、視線はずっと達之に向けられていた。
「あ?」
「復讐に燃え盛り、綿密な計画を立て、抱いた殺意をそのままに君が復讐を行っても、彼らはきっと呆けた顔をして死ぬよ。
どうして自分がこんな目にも遭うのかもわからずに、同じゲームをしていた仲間どころか居合わせた他人すら巻き込んで、自分だけが助かりたい一心で動いて・・・ きっと死ぬ寸前まで自分の何が悪かったかもわからないまま、死んでいく」
恐ろしく寒い、まるで山に雪が降った夜のような冷たい声だった。
「自分達が殺される理由もわからない彼らは死の恐怖におびえながらも、サバイバルゲームと同じように生きている仲間にメッセージを残して、きっと君が復讐の理由を明かしても『そんなこと今さら言われても』とか、『そんなつもりはなかった』とか、命乞いよりも先に言い訳を口にする」
まるで見てきたように語る小城さんに、達之の手から力が抜けていくのがわかる。
「あぁして話していた今でも彼らは罪の意識なんて持ち合わせてもいなければ、三十二人もの人を殺し、その何倍もの人の人生を狂わせたという実感もない。
ゲームなんだよ、彼らにとっては今この瞬間すらも」
そう言いながら小城さんは、手元にある録音機器を操作した。
『誰にもばれないとか、俺達って本物の軍人みてーじゃね?』
『ハハッ、奇襲成功ってか』
「もし依頼人である植木さんが告訴に動くなら、僕は持てる人脈の全てをもって支援するし、協力しよう。
仮に動かなくとも、植木さんの許可を貰った上で僕自身が告訴しよう」
録音機器を徹さんに手渡しながら、小城さんはまだ言葉を続ける。
ちょうど差し込んできた真っ赤な夕日が小城さんを照らして、その目が今、何を映してるかも、何を思っているのかもわからなくなる。
「檜山くん。僕はね、彼らに突きつけたいんだよ。
彼らのごっこ遊びが招いたことを」
そう言って小城さんが拾ったのはテーブルの上にあった資料の一枚、あたし達にとって見覚えのある名前ばかりが並んだ依頼人の一覧だった。
「たった一度の死だけじゃ理解できないご遺族の怒りと憎しみ、悲しみ。そして罪を理解させた上で、彼らの人生を台無しにしてやらないと気が済まない」
「あんた・・・ なんで」
「僕には君達の気持ちを完全に理解してあげることは出来ない。けれど、君達の心にもっと寄り添える人達はいる」
後ろから見ていても達之の怒りや苛立ちの様子がないことがわかったけど、多分あたしと同じくらい困惑してるだろう達之になんて言えばいいかわからなかった。
「今から一階で依頼人の植木さんを始め調査に協力してくださったご遺族の方を集めて、報告会を兼ねた食事会を行う。君達も来るといい。
徹、事務所を頼むよ」
「わかりました」
『来るといい』なんていいながら、小城さんは困惑したままのあたし達の手を取って歩き出す。
強い力で握られたわけでもなくて、無理やり歩かせられてるわけでもないのに、あたしも達之もその手を振り払うことは何故だか出来なかった。
オープンの日が書かれた扉の先にはあたし達がよく知る人ばかりが集まっていた。
あの日にあたし達と同じように生き残った人、進学・就職を機に村を離れた人、病気や年齢を理由に山を降りるしかなかった人・・・ 知らない人がいても一目見ればその面影から村の誰の親戚なのかがわかる。
まるで村に帰ってきたみたいな感覚に襲われて、あたしの目に涙がたまってくる。
扉の音に気づいた人達の視線がすぐに集まってきて、小城さんはつかんでいた手をすぐに放して入り口近くに立っていたさっき揚羽さんと呼ばれていた女の人にあたし達を託した。
そして、あたし達が何か言うよりも早く会場から飛び出してきた人が小城さんの胸ぐらを掴んで、駆けてきた勢いのまま壁に叩きつけた。
「ぐっ・・・」
「「!?」」
驚くあたし達に対して、揚羽さんはこうなることを知ってたのか辛そうな顔をしてあたし達の手を掴んで止めていた。
「俺にだけ教えろっつっただろうが!!」
「英治の兄貴・・・?」
あたしはとっさに名前が出なかったけど、達之の言葉に彼が誰だかを思い出す。
二年前、今の達之と同じ年の頃に『ミュージシャンになる!』と言って両親と大喧嘩の末に村を出ていった英治兄だった。
「どういうことだ、英治」
英治兄を小城さんから離すために何人かの人が英治兄を羽交い絞めにする中、さっきの言葉の意味を誰かが ―――あれは植木のおじいちゃん――― が聞いた。
「どういうことかなんてわかりきってんだろ!
あのクソどもを親父達と同じ目に遭わせてやんだよ!!」
「馬鹿なことはやめろ! 英治!」
「馬鹿な事!?
あいつらのせいで俺はもうお袋に謝ることも! 親父を見返すことも認めさせることも出来ねぇ!!」
「それでお前が殺人犯になって、お前の親父やお袋が喜ぶわけないだろ!」
「んなもん知るか! だったら死んでんじゃねーよ!
俺はまだ何も・・・ 何も親父とお袋に返せてねぇ! やっと夢に近づいたことも、結婚したい相手が出来たことも、何にも伝えられてねーんだよ!
もう二度と! 喧嘩どころか仲直りすることも出来なくなっちまった!!」
言いながら涙とともに崩れ落ちる英治兄の肩を叩いたのは、去年結婚した上杉のお兄ちゃんだった。
「それは僕も同じだよ、英治。
次の帰省で孫に会わせてあげたかった、『あなた達の初孫だよ』って言いたかった
妻に、この子に、僕の育った故郷をもっと見せてあげたかった」
上を向いて目を閉じる上杉のお兄ちゃんの隣で赤ちゃんを抱えたお嫁さんも泣いていて、周りにも自然と人が寄り添っていく。
英治兄と上杉のお兄ちゃんに続くようにあちこちから怒りと嘆き、後悔と殺意の言葉が聞こえてくる。
「頼むよ探偵さん、俺らに復讐をさせてくれよ・・・!」
最後に英治兄がすがるように言えば、小城さんが何か言うよりも早く杖の音が響いた。
その大きな音に全員が振り向けば、そこには村の生き字引きと言われていた榊のおばあちゃんが立ってた。
「榊のばーちゃん!? 入院中だったんじゃないのかよ!?」
「はぁー? 親と喧嘩して連絡取らんかった親不孝もんがいっちょ前の口きくようになったんじゃ、入院しとったばばあが退院しとってもなんもおかしくなかろうが。今は息子達の家に世話んなっとるが、ばばあはまだまだ生きるぞ」
フンッと鼻を鳴らしたおおばあちゃんはそのまま杖で英治兄をぶっ叩いた。
「いってー! なにすんだよ、ばーちゃん!!」
「あの村で育ったものは皆が家族なら、誰もが皆わしの孫で息子で娘じゃろうが!
どいつもこいつも揃いも揃ってこのばばあより先に死んで、ばばあ不孝にもほどがある!
だというのに、さっきから黙って聞いてれば犯人を殺す? お前らが皆を殺した阿呆どもを手にかけるぐらいだったら、老い先短いわしが殺してやるわ!!」
「ばーちゃん、何バカなこと言ってんだよ!」
「そうだよ、おばあちゃん。そんなことなら俺が・・・」「いいや、私が・・・」
英治兄を始め、他の人が止めようとするのをおばあちゃんは杖で払った。
「馬鹿言っとるのはお前らも同じじゃ! お前らの未来まであの阿呆どもに奪われるぐらいならわしがやった方が何千倍もマシというもの! それでもこのばばあに人殺しさせたくないなら誰もするな!!」
それだけ叫ぶとおばあちゃんは息を荒くしていて、どうにか呼吸を整えるとぐるりと皆を見渡した。
「頼むからこれ以上、わしより先に誰も死んでくれるな」
おばあちゃんの言葉は静かなのに強くて、その場にいる皆に重くのしかかる。
重たい沈黙が流れる中、おばあちゃんは英治兄に伸し掛かられて尻餅をついたままの小城さんに丁寧に頭を下げた。
「村の若いもんが手荒なことをしてすまんね、探偵さん。
本当によく村のために、わしらのために調べてくれたこと、感謝が尽きんよ。
もう一つ、頼まれてはくれんかね? この真実を公にして、正しくあの阿呆どもを罰してほしい」
おばあちゃんの言葉に小城さんは立ち上がりながら頷いた。
「お任せください。
それでは皆さん、もう少しだけご協力をお願いできますか」
そう言って全員へと頭を下げる小城さんに向かって、達之が歩きだして、あたしも慌てて後を追った。今度は揚羽さんも止めなかった。
「おい、探偵! 俺にも協力させてくれ!!
俺と麗美はあの日、あいつらを見たんだ!」
「あたしも! あたしも手伝わせてください!!」
あたし達の言葉に振り向いた小城さんは、その時初めて本当の意味で私達に笑いかけてくれた。
「ご協力感謝します。ですが、それはとりあえず後日にしましょう。
これまでの調査の結果報告も終え、そして今後の方針が決まりました。告訴等は私が動きますので、ご協力をいただく際は随時連絡させていただきます」
そこで小城さんはひときわ大きく声を出す。
「あとは皆さん、食事会を楽しんでください。
隣り合った人と在りし日の思い出を語り、痛みや悲しみを分かち合い、想いを共有してください。あなた方は一人じゃありません」
小城さんの言葉に、それぞれが皆隣り合った人を見る。
知らない人なんてほとんどいない、ううん仮に知らなくても皆村の関係者であの日に何かを感じた者同士。
「食事と飲み物はこちらに、どうかごゆっくりご歓談ください」
その後すぐ小城さんはさっと消えてしまい皆もあたし達に気づいて、すぐに皆に囲まれてしまった。
『元気だったか』とか『大変だったね』と言いながら抱きしめられて、テーブルに並んだお菓子やお茶を渡されていくあたし達は村での宴会の時と同じ子ども扱いで、出かけた涙が引っ込んで笑顔が出てくる。
「もー皆、あたし達もう高校生と大学生だよ?
ジュースじゃなくて紅茶とかコーヒーも飲めるってば」
「そーだよ。ったく小学生とかじゃないんだぜ、こんなでっかくなっただろ?」
見れば達之もあたしと同じ泣き笑いで、そんなあたし達に皆は変わらず子ども扱いして頭をなでてくる。
「やめてよもう・・・ 今、本当に泣いちゃいそうになる、から」
「泣いていい、麗美も達之も大きくなったな」
おばあちゃんのその言葉に、ついにあたし達は子どものように大泣きしてしまった。
後日、村一つを飲み込んだ大火災の真実が世間に明かされる。
ゲーム感覚で多くの人を殺し、傷つけた彼らの実名とともに。
「って、そんなこんなで小城さんに助けられちゃったってわけ」
ようやく終わった長いおしゃべりに疲れちゃったあたしは水分補給しつつ、甘いチョコ菓子を開ける。
「その後も何度か小城さんに会って、どうしてここまでしてくれるのかとかって聞いたら『君達に復讐なんかしないで、もっと自分の人生を大切に生きてほしかったんだ』って言ってさー。本当にもう、小城さんにはあたしも達之も頭上がんなくなっちゃった」
自分で言いながらどこかに引っ掛かりを覚えたけど、とりあえず気にしないであたしは金田一くんを見た。そうすると金田一くんは最初の時と同じ凄く真剣な表情のままだった。
「所長・・・ 本当にどんな経験してきたんだ? あれで三十前とか絶対年齢詐称じゃね??? っていってぇ!」
金田一くんの失礼極まりない発言に、容赦のない達之の拳骨が落ちる。
「お前、マジでいい加減にしろ?」
「いや、だって! あの人、女優の文月花蓮とも交友関係あるし、トレジャーハンターだし、なんつーかこう若者特有のギラギラした感じがないっつーか・・・ 落ち着きすぎじゃないっすか!」
「副所長も含め所長の事情の全部を知ってる奴なんていねーよ。
でも、そんなの誰だってそうだろ」
「そりゃそーですけど・・・」
達之の言う通り、誰もがそれぞれ人生いろいろあって、そのいろいろを他の人が理解しきるのは難しい。あたし達だって金田一くんが事件に巻き込まれてるってことは知ってるけど、その事件で金田一くんが何を思ったかなんて全然わかんない。
「でもよ、例えあの人が何を悩んで、何のために行動していたとしても、あいつらを殺してやりたいと思って、復讐に狂いかけた俺達に一人じゃないんだって思い出させてくれたことに恩を感じて、所長がしてくれたことが間違ってなかったって示したいとは思ってんだよ」
言いながらそっぽを向く達之に、金田一くんが悪い顔をして指さす。
「聞いたか? 森下! 檜山さんがデレたぞ!」
「いや、あたしの前だと普通にデレるし?」
「ここはノるとこだろ!」
「金田一、お前そんなに俺とリアル鬼ごっこしてぇのか?」
「エアガンもって追いかけられるんのと何が違うんすかね!?」
「つーわけで向こうの電灯までダッシュだ! 十分で往復してこい!」
「へーい」
何のかんの言いつつ走り出した金田一くんを見送って、出会った日から思ってるけど今も小城さんに聞けないでいることを達之に聞いてみる。
「ねぇ、達之」
「なんだよ、麗美」
「小城さんも誰かに復讐したいって思っているのかな?」
「そうかもしれねーな」
即答されるのは予想外で、思わず達之を見た。
「あれ? 達之も気づいてたの?」
「あの日、あの人の目を見たら・・・ なんとなくわかっちまったんだよ」
「今も、なのかなぁ?」
「さぁな。ずっと迷い続けてるのかもしれねーし、復讐したくても出来ないような存在なのかもしれない。どっちでもいいさ」
「たーつーゆーきー? どっちでもいいはないんじゃない?」
「どっちだろうと、俺は所長が俺らにしてくれたことを返すだけさ」
そう言って帽子をかぶりなおす達之に、あたしは深くため息をつく。
「あのさぁ達之、そういう風に人が勘違いするような言動やめよ?
もう少し素直でわかりやすい言葉を選ばないとさぁ~」
「うっせーよ、お前に伝える時は素直だろうが。
じゃ、そろそろ俺も金田一の野郎を追いかけてくる。差し入れ、サンキュな」
「はーい、頑張ってね」
達之を見送って、あたしは来た時と同じように二人の追いかけっこを遠目に眺める。
「小城さんを一人にしない、かぁ。
ホント、達之も小城さんのこと大好きだよねー」
二人が完食した食事を袋にまとめて持って、あたしは家路につこうと背を向けるとさっきの引っ掛かりをようやく思い出して呟いた。
「あれ? どうして小城さんは夢で達之が言ってたのと同じ言葉を知ってるんだろ?」
私はこの二人に泣いてほしかった
絶対にいたはずの他の遺族が、同じ想いを抱くであろう存在と共に、大切な故郷を語り合って欲しかった
そして、年相応に甘えてほしかった
幸せになってほしかった
そして、あいつらには相応の罰が与えられるべきだと思った
正直、今回の前後編は被害者予定だった彼らを必要以上に悪く書いてると思われても仕方ない。
けれど、一つの村を焼失させてなおサバイバルゲームを続け、自分達がしたかもしれないと思いながら村の誰かのせいだと口にし、ビビり損だとすら言った奴らがボヤが一件だけだとは思えない
それも含めて私の独自解釈であることを理解していただきたい