今後は一つの事件を書き終えたら投稿する感じで行こうかと思います。
一つの事件で何話か分けてしまったら連日投稿、みたいな。
なので、投稿が止まってたら『書けてないんだなー』ぐらいな気持ちで。
小城事務所に稀にある開店休業とばかりに事件も事故も、調査の依頼もない日に室内はそれぞれが真剣な顔をしながらやりたいことをやっていた。
徹は経理関係の資格勉強を、舘羽は事務関連の資格勉強に勤しみ、いつもならばお茶汲みや皆のタイムスケジュールの管理を行う揚羽も下のカフェで母にあれやこれやと教わっている真っ最中。狩谷と檜山は非番で、学生である千家と金田一はもう少し経てば出勤してくるだろう。
その中で小城は一人、客が来ないことをいいことに応接机を使ってオセロに向き合っていた。
「ちゃーっす。
あれ? 所長ってば一人オセロっすか? 渋いことしてますね」
「あぁいや、一人ではないんだけど・・・ 代わってくれるかい? 金田一くん」
どう見ても小城の向かい合った先には誰もいないというのに、小城は一人ではないかのように言うので金田一は首を傾げる。盤面を覗けば白と黒は拮抗し、小城は白を置いているのでどうやら先攻らしい。
「え? 一人オセロを代わるってどういうことっすか?」
「いいから、ここに座ってごらん」
小城にそう促されて入れ替わりで応接椅子に座れば、向かい合った席には黒い羽毛に身を包んだ烏頭の何かが座っていた。
「え? ・・・え!?」
おもわず二度見した金田一に向かい合った者は気を悪くした様子はなく、翼らしきところで一枚のオセロの駒を掴んで黒の面を見せてくる。どうやら彼(?)は、後攻がいいらしい。
「あ、はい。俺が白っすね。
えっと所長、こちらの方はどちら様ですかね?」
「うん、神様」
小城の言葉に|ω・`)ノ ヤァとばかりに右の翼をあげてくる彼に、金田一もおもわず『あ、どうも』と頭を下げる。
「って、それじゃ説明足りてないことわかってますよね!
もっと詳細をください、お願いします!」
「いや、君も当人に対面してないだけで彼の姿は知ってるだろう?
この間の磨陣村の神様・マガドリ様だよ」
小城の言葉に肯定するようにマガドリ様は頷き、金田一の次にオセロに駒を置いていく。
「やっぱついてきてたんじゃないですか!? お祓いとかした方が・・・」
「金田一くん、君はバカかい?
神様を祓えないよ、だから村でも奉じていたんだろう?」
「いや、そーですけども!
てかやっぱあの時にお供え物がなくなってたのって所長が食べたんじゃなくて、マガドリ様が食ってたんっすか」
「あの時に限らず、その後もお酒とお供え物はなくなっているよ。
揚羽くんがあれこれとお供え物を日替わりにして好みを知ろうとしてくれてるみたいなんだけど、どれもなくなっているからわからないみたいなんだよね」
「揚羽さんってば真面目!
でも本当にどうするんですか? 前は他のとこで奉るとか言ってませんでしたっけ?」
「うーん、ウチの神棚じゃ狭いと思ったからそうするつもりだったんだけど、どうにも不満がないみたいなんだよね」
正面で同意するように(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)と頷くマガドリ様に、小城はもう悟ったような顔をするしかなかった。
「まぁ、所員が増えたと思えばいいんじゃないかな?」
「神様が所員ってこの事務所の構成がヤバすぎる!」
「・・・そうだね」
「所長、今絶対『お前が言うな』って思ったでしょ! わかってるんですからね!」
(知らないって幸せなことだなぁ)
金田一が知らないだけで神様と同じくらいヤバい執念をもって行動しようとしていた・する筈だった面々が揃っているのだが無知とは時に罪であり、時にとても幸福なことだろう。
「ちなみにマガドリ様って見える条件みたいなものってあったりします? 俺も正面に回ってようやく見えましたし、所長は見えてるんですよね?」
「さぁ、僕にはよくわからないなぁ。
僕も今朝事務所に来たら見えたから、どうして見えているかもわからないんだよね」
(・・多分僕の予想でしかないけど、人の死を見たことがあると見えるんじゃないかな)
小城の内心を見透かすようにマガドリ様は視線を向けてくるが、その視線に敵意があるようには感じられずむしろ見守られているような慈しみの雰囲気が感じられる。
「で所長、これって勝っても問題ないんですよね? 負かしたら恨まれたりしませんよね?」
「むしろ手抜きした方が怒られるし、余裕で勝てるとか侮ったら君が負けると思うよ」
「参考までに勝率は?」
「朝からやってるけど五分五分ってとこかな。
一応オセロはあったけど、暇つぶし用にもう少しボードゲームを増やしてもいいかもしれないね。マンカラとか、立体四目並べとか」
「それ、結構マイナーじゃないですかね?
トランプとか、UNOとかもっと簡単な奴あるじゃないっすか」
「君が今言った二つは複数人でやるゲームなんだよ、この陽キャが」
「え、今なんで俺なじられたっぽいんすか?」
会話しながらもマガドリ様とのオセロは続けていると室内に電話の音が響き、それを迷わず舘羽がとる。
「・・・はい、はい。では、仕事ではなくプライベートということでよろしいでしょうか? 少々お待ちください」
そこで一度受話器を保留とし、舘羽は小城の方へと視線を向けた。
「所長、週刊ケンタイの和田さんとフリーライターのいつきさんが事務所に訪問したいとのことですがどうします? 仕事ではなくプライベートだから断れるわよ」
「舘羽くんは徹同様マスコミが嫌いだね」
「人に注目されることにあんまり良い思い出がないですから」
吐き捨てるようにいう舘羽に苦笑しつつ、小城は頷いた。
「いいよ、会おう。
下のカフェで待っていればいいかな?」
「いや、それが・・・」
「よっ、小城センセ! 久しぶりだなぁ~!」
そんな言葉と共にノックもせずに入ってくるスーツを着崩した男と、その後ろを申し訳なさそうについてくる眼鏡の男性は実に対照的だ。
「すんまへん、小城さん。突然訪問することになってしもうて」
「かまいませんよ、和田さん。
トレジャーハンター業をしている時はむしろあなたから情報を頂いている身ですし、幸いこちらの仕事はそんなに忙しいものではありませんから」
親しげに話しながらマガドリ様が来客で神棚に戻ったことを確認し、いつき達が事務所にあがったのを見て二階に戻ってきてくれた揚羽がオセロを片付けつつお茶の準備へと動いてくれている。そこで舘羽がサッと立ち上がってテーブルを拭き、いつきと和田が座る準備を整えてくれた。
素晴らしい姉妹の連携プレーに拍手を贈りたくなる気持ちを押さえて視線だけで礼を告げていれば、応接椅子に座っていた金田一といつきの目がバッチリあった。
「い、いつきさん!?」
「金田一!? なんでお前までここにいるんだよ!」
「ここでアルバイトしてまーす」
互いに驚きながら金田一が素直且つ単純な答えを告げると、いつきはさらに目を見開いて驚愕する。
「はぁ!? お前みたいな事件ホイホイを雇うなんて・・・ おい拓也! こいつをバイトにするとか正気かよ!」
「いつきさんまでそんなこと言うんかい!
てか所長、いつきさんと知り合いってどういうこと!? つーか、隣の人誰!?」
騒がしい二人の声にキーボードを叩いていた徹が顔をしかめ、注意しようとしたところで小城が先んじて手を叩いた。
「金田一くん、相手がプライベートで急な訪問とはいえ一応お客様の前だよ。
いつきさんも声を控えめにしていただけると助かります。いくら個人所有の建物とはいえ下はカフェですし、ウチの女性所員が怯えてしまいます」
「お、おぅ、すまねぇ」
「すんません! 所長!」
丁寧に言いながらも笑顔で圧をかける小城に二人がやや小さくなって座り、全員が座ったところで揚羽がお茶を運んできてくれた。
「で、プライベートでの訪問とのことでしたが何かありましたか? いつきさん」
「ん? いやぁアンタが探し当ててくれた天草財宝をきっかけに再会した幼馴染と下のカフェで待ち合わせしててな。あいつが来るまではお前と楽しくおしゃべりしてようと思ってさ。
和田ちゃんとはさっきバッタリ会ってな、俺がここに行くっつったら娘さんの件でどうしてもお礼を伝えたいってんで一緒に来たってわけ」
「あぁ最上さんとですか、仲がよろしいようで何よりです」
「まぁ、な。お前には感謝してるよ。財宝の件で取材はさせてくれるし、葉月とも再会出来た。
けど天草財宝が見つかった後は葉月が忙しくなっちまって、全然会えなかったんだけどな」
次の煙草に火をつけながら嬉しそうに話すいつきは雄弁で、冗談っぽく嫌みを交えてさらに語る。
「それは僕ではなく考古学の助教授をやってる最上さんに言ってもらえると助かります。
大体僕もあの後質問攻めされた上に、他の研究についての個人的意見を求められたりして大変だったんですよ?」
「ハッハッハ、そいつは悪かったな。
しかも葉月だけじゃなくあの時いたメンバーにも随分気に入られたらしいじゃねぇかよ? 古美術商に冒険カメラマン、トレジャーハンターが二人なんてよぉ。モッテモテだなぁ、おい」
「まぁいろいろ助かってますよ、こんな仕事ですからどんな縁であれ伝手はあればあるだけ困らないですから」
(天草財宝が絡んでこなければ仕事は出来るし、チームとしてもバランス最高なんだよなぁ。あの姉弟。
いや、今回は姉弟全員参加で見つけさせたし、蔵元一族は会社が潰れてもう公には存在しなくなったから
どこまでもにこやかに笑う小城にいつきは『おっかねーなぁ』とわざとらしく肩を抱き、金田一がそわそわとしだす。
「なんだ金田一、便所か? 我慢しねーで、さっさと行ってこいよ」
「そうそう実はずっと我慢してて・・・ って、そんなわけあるかい! 俺のこといくつだと思ってんですか、いつきさん!」
幼い子どものようなことを言われて金田一が立ち上がって抗議するが、言われたいつきは気にした様子はなくむしろ軽く鼻で笑って流す。
「ハッ、俺達大人からすりゃ高校生なんて尻の青いガキだっつうの。
なぁ? 拓也」
「いやぁ、僕ら大人も子どもに尊敬されるようなことをしていないと『まともな大人』や『ちゃんとした大人』とは言えません。
大体、世間からしたら探偵やらトレジャーハンターなんて夢みたいな仕事をしてる僕が、『ちゃんとしてる大人』だなんて口が裂けても言えませんよ」
「オイオイ、辛辣だなぁ。拓也。
俺もフリーライターなんて自由な立場だけどよ、それで生活できてんだからいーじゃねーかよ」
ウィンクしながら笑って誤魔化すいつきに、小城自身は苦笑で、金田一は今度は元気よく手をあげる。
「はいはいはい! 質問いいっすか!」
「はい、金田一くん。何か質問かな?」
「はい! 所長といつきさんってどういう関係なんすか!」
教師のように金田一を指せば、金田一も素直に大きな声で質問してくる。
「それは簡単だ。
探偵を始める前後とかにちょこちょこ週刊誌とかに関わってしまってね、その時に知り合ったんだよ」
「それにこいつ、トレジャーハンターとかクソ面白いことしてやがるからな。俺がいろんな伝手使って突撃したのさ。
んで、なんだかんだでこの事務所作ってからほぼずっとだから長い付き合いになっちまってよ。しかもこいつ、元はエリートだっつうのに頼りになる身内もいねーっていうからなんだかんだで放っておけなくなっちまってな」
「いつきさんはいろいろなところに顔が利きますからね、僕としても非常に助かってますよ」
事務所を立ち上げたばかりの日々を思い出したのか小城がやや遠い目をしつつ、いつきはニヤニヤしながら小城を顎で指し示す。
「なぁに、その代わり俺だって仲介料やらいろんな報酬もらってるからな。お互い様だろ。
まっ、最初の内は随分と警戒されてたから苦労したがな」
(そりゃ事務所の準備あれこれしてる時に、定期的に事件にかかわってくるヤベーフリーライター来たら警戒もするわ! 『あ、なんか事件に巻き込まれるかもしれない』ってなるわ!)
「いやー、そりゃいつきさんみたいな胡散臭いおっさんフリーライターに突撃されたら普通は警戒するでしょ」
「金田一くん、言葉遣い」
「いや拓也、今注意するとこは言葉遣いじゃねーだろ!」
あながち間違ってないことを金田一が代弁してくれたので、言葉遣いへの注意しか出来ずにいたらすぐさまいつきからツッコミが入った。
そんな三人の会話に割って入ることが出来ず、空気となっている和田さんは揚羽にお茶のおかわりを貰い、静かにお菓子を食べていた。
「放置してしまったようで申し訳ないです、和田さん」
「謝らんでください、小城さん。
突然来てしまったんのは僕らなんですから、それに美味しいお菓子とお茶まで頂いてなんだか申し訳ないですわ」
「喜んでいただけて何よりです。
彼女がいつも季節に合う、気の利いたお菓子を選んでくれるので助かっていますよ」
そう言って自慢げに揚羽を手で示すと、揚羽も控えめに頬を赤らめる。
「流石小城さんや、人を見る目がありはる。
それでいてなんの縁も所縁もないウチの娘の治療費を出してくれはるような大きな器も持っとる、本当に・・・ 本当になんてお礼を言ったらいいか」
だんだんと涙交じりになって涙を腕で拭おうとしたところで、隣にいたいつきがティッシュを差し出した。
「いいんですよ、和田さんにもいつきさん伝いで散々お世話になってるんですから。
それに言ったでしょう? 天草財宝であなたの伝手で人を集めていただいたことで、この件は対価として十分ですって」
(じゃないとアンタ、道路に飛び出したり、親類まで遡って四人も人を殺そうとするんだもん。財宝見つけて人が死ななくて、それ関連で稼げるなら不利益一つもないからそりゃ金ぐらい出しますよ。えぇ。幸い、娘さんが危険な状態になる前に解決できたのもあって義両親が血縁について説明することもなかったみたいだし、本当に間に合ってよかった)
「そんなん全然足りてまへんって!
しかもあんなん、ウチの週刊誌でも企画にして大発見なんて話題まで作ってもらったんや。僕にばっかり得があって、小城さんの利益になってまへん!」
「いやいや、さっきいつきさんも言ったじゃないですか。
古美術商に冒険カメラマン、考古学者にトレジャーハンターと僕はいろんな縁を繋げて頂きましたよ」
大袈裟だとばかりに小城が肩を竦めれば、和田は首を振って否定する。
「そんなこと言うて天草財宝で小城はんが得た利益なんて、関連した取材料とかだけやったやないですか!」
「ハッハッハ、あれだけ取材されるとそれでも結構な額を頂きましたし、研究協力もしたので僕は結構ウハウハでしたよ。
それでもまだ何かを返したいというのなら、今後ともどうか良い関係でいてください。
人脈は確かに金でも買えますが、金以上の信頼で築かれた人脈は財宝よりもはるかに価値がある」
事実、この一件で小城の人脈は増え、古美術商やカメラマンとの縁も出来た。年代の違うトレジャーハンターとの縁も本来なら得難いものであり、情報網は格段に広がった。
「それに良い縁は、より良いビジネスも運んでくれますから。
ビジネスはお互いウィンウィンでないとね」
笑って語る小城に和田はポカンとしてしまい、溜息をついて苦笑する。
「小城さんは、欲がないお人やなぁ」
「何をおっしゃいますやら。欲がない人間がトレジャーハンターなんて職業するわけないですよ」
(そう、僕はずっと欲に塗れていて・・・ 身勝手だ。
財宝を探し出したのだって、彼らを救いたいなんて気持ちはなかったんだ)
「クックック、そりゃそうだ。
それに金は持ってるだけじゃ、なーんも役にたちゃしねぇしな」
「その通り、お金は使ってこそ意味がある。
余ってしまうぐらいなら、困っている誰かに使った方がずっと大きな利益になってかえってきますからね」
「いや所長、そこは『利益』じゃなくて『幸せ』って言いましょうよ」
横にいた金田一が右手で小城を軽く叩く形でツッコめば、小城は悪びれることもなく続ける。
「利益だよ。
僕は彼らの幸せをほんの少しだけ手助けしただけで、感謝や協力をしてくれるようになってくれる。そうすると探偵業もトレジャーハンター業もスムーズに出来るようになる。
素晴らしいウィンウィンな関係だと思わないかい?」
(人助け? 彼らを救いたかった? そんなの、僕の身勝手でしかないんだ。
僕がやってることはずっと・・・ ただの自己満足でしかない)
不意に磨陣村での事件が頭によぎる。
事件は確かに起きずに終わった。けれど、自分が関わったことでいったい誰が救われたというのだろう。
宗像今日子の死は変わらず、さつきは真実によって傷ついて、マガドリ様はあの土地を見限った。宗像夫妻も、あの場にいた遺跡発掘に関連した者達も、誰も幸せになんかならなかった。
「でもさ、俺は詳しい話はわかんないっすけど、所長は和田さんがすげー感謝するようなことをしたんだからさ。
誰かを『幸せにした!』って胸張ってもいいじゃないっすか」
金田一の言葉におもわず小城が目を丸くする。
「え? なんすか、所長。
そんな鳩が豆鉄砲を食ったよう顔しちゃって」
「あ、いや・・・ 僕は、幸せに出来てるのかな?」
(幸せにした? 僕が・・・ 出来ているのか?)
「なーに、言ってんすか!
だって俺、このバイトやれて毎日スゲー幸せっすよ? ね! 皆もそう思うでしょ?」
小城の戸惑いに金田一が室内にいる全員に聞くように大声を出すと徹が当然とばかりに頷き、舘羽が『当ったり前じゃない』と笑う。
「私も兄様や姉様、そして皆さんと働けること。
そして、そのきっかけをくださった所長とお会い出来たことをとても幸せに思っています」
最後に揚羽から優しい笑顔を向けられ、小城はなんと言えばいいかもわからずいつものようなうまい言葉が出てこなかった。
そこで電話が鳴り、舘羽がとれば今度は短く切られる。
「カフェに来た女性のお客様がお待ちしていたんですけど、事務所にあがってくるとのことです」
溜息交じりの報告には『本当はこんなにホイホイあがってきていいわけじゃないのに』というのがありありと現れており、舘羽が突然の訪問者を歓迎してないことは明らかだった。
「あ、さゆりちゃん? あれからお付き合いしてるんすかー? その年で女子高生相手となんて羨ましーなー」
「いやぁ、あの子とは別になんも「信介、さゆりって誰?」 いぃ!? は、葉月!? 聞いてたのかよ!」
金田一の発言を拾ったのはいつきだけでなく、ノックも忘れて入ってきた女性もきっちり拾っていた。
「おや、最上さん。お久し振りです」
突然の彼女の訪問のおかげでどうにか切り替えることが出来た小城は、涼しい顔で女性へと挨拶をした。
「お久し振りです、小城さん。突然の訪問、本当にごめんなさい。
本来なら用件もなく事務所に入るのは失礼だとわかっているんですが、信介ならこっちにいると思って・・・ いえ、正式な謝罪はまた今度させてください」
「いえいえ、幸い今日はこれといった仕事もありませんのでお気になさらず。
では、いつきさんにご用事があるならどうぞ連れて行っていただいて結構ですよ」
「お、おい! 拓也! 俺を売るなよ!」
「いえ、それには及びません。
信介、さゆりちゃんについてはまた今度じっくりと聞かせてもらうから。それじゃぁね」
「ちょっ、おま、待て、待てって!
なぁ俺達やり直そうって、こないだ言っただろ! なぁ待てよ、葉月!」
「それでは小城さん、これで失礼します。
今度は前もって連絡をして謝罪と依頼にくるので、その時はお願いします」
慌てて追いかけるいつきに対して、冷たい笑顔で宣告しながらもきちんと挨拶をしてから立ち去っていく。
「ほいなら、僕もこれで失礼します。
小城さん、またご連絡しますわ」
和田もいつきに次いで事務所を出て行き、所内は突然静かになった。
「あれ? 俺、余計なこと言っちゃいました?」
「うん、物凄くね」
気まずそうに聞いてくる金田一に、小城が良い笑顔で力強く頷くとあっちゃーとわざとらしく額を叩いた。
が、すぐに切り替える。
「いやでも、いつきさんがさゆりちゃんと一晩一緒にいたって言ったのは確かだから、自業自得だよな!」
「そう思ってるなら今度いつきさんに伝えるといい。
きっととても怒るだろうから」
開き直りも同然の物言いに小城は釘を刺しつつ、金田一がふといつきが座っていたところに残された茶封筒に気づく。
「あれ・・・? いつきさんってば、封筒忘れてんじゃん。
俺がひとっ走り渡してきます?」
「いや、その必要はないよ。
話し込んで受け取り損ねていたけど、これは僕がいつきさんに頼んでおいた資料なんだ」
「あ、そうなんすね。
まったくいつきさんってば、仕事のことを忘れるぐらい話し込んじゃうとかアホだなー」
金田一が手にするよりも早く小城が封筒を取り、応接椅子から立ち上がった。
「さ、金田一くん。そろそろ千家くんも来るから、しっかり頼んだよ」
「はい! 俺は今日も真面目にバイトやります!」
わざとらしく敬礼して見せる金田一へと笑いながら、小城は所長室へと入っていった。
所長室で椅子に座った小城は、茶封筒の中に入ったいくつかの資料に目を通していく。
そこには赤間プロダクションのスキャンダルや倒産の文字。そして、いつきに向けられたであろう速水雄一郎からの感謝の手紙。その手紙の次にあったのはいつきからの端的な報告。
『安心しな、速水怜香はとっても綺麗な事務所所属になったからよ』
その報告を見て、小城は深く目を閉じる。
(梓・・・)
本名も覚えてないであろう、呼ぶことも出来ない妹。
思い出してほしいのに、思い出さずにいてほしい記憶。
このまま自分が関わらずにいれば、遠くから守ってさえいれば傷つくことなく幸せでいられるかもしれない少女。
『相手が傷ついてない姿なんて、嘘ついてる奴の中にしかいないっすよ』
だというのに、不意に彼からの言葉が脳内で再生される。
『嘘越しでしか相手を見てない奴に、その人が本当に笑ってるかどうかなんてわかるわけないじゃないっすか』
「僕は・・・ どうすればいい?」
(まだ、まだだ。まだ、安心できない。
あの子を・・・ 守らなければ、それだけは間違ってない筈なんだ)
自分がどうしたいかもわからない中で、それでも
さゆりちゃん
→河西さゆり。『悲恋湖伝説殺人事件』にて登場する福耳持ちの高校二年生。
原作でいつきと『一夜を共にした』という怪しげな発言があるが真偽は不明。
最上葉月
→『天草財宝伝説殺人事件』における被害者。いつきと幼馴染であり、考古学助教授。
蔵元一族の一人だがこの世界では知ることもなく終わり、知らないまま姉弟らと共に一族の悲願であった二つの財宝の発見に関わることとなった。
いつきとは付き合っているんだか付き合っていないんだかわからない状態で停滞していたが、恋人になることは延期となる。
和田守男
→『天草財宝伝説殺人事件』における犯人『白髪鬼』
この世界では娘の治療費を肩代わりしてもらえたおかげで自殺しようとしたり、妻の親族を殺害することなく終わり、それどころか妻の実父について知ることもなかった。
加えて、小城の頼まれた『伝説の天草財宝発掘同行ルポ』は大成功し、天草財宝発見の立役者として有名となる。
いつき
→本名・樹村伸介。フリーライター。
葉月と恋人になるのが延期になった男。
葉月さんは死なせねぇよ。絶対死なせねぇよ。