二本目ー。三本セットなので明日の(下)で事件は終了。
あれやこれやと書きたい事件はありつつ、そろそろ気の抜けるような日常回を書きたい気持ちもある。
利緒の言葉によって呆気にとられたのは一瞬で、るい子はすぐにいつもの調子で手を組んで笑みを零す。
「フフフ、だからここのカフェに通うのはやめられないのよ」
「うん、るい子ちゃんは自重しようね」
楽しくて仕方がないとばかりのるい子にさつきが冷静に告げ、その様子も面白かったらしく利緒が笑う。
が、後輩である美雪はハラハラしており、先輩後輩間では見られないさつきとるい子のやり取りにも戸惑いを覚えていた。
「アハハ、面白い先輩さん達だね。美雪ちゃん」
「利緒さん、正直に変な人って言っていいですよ?」
「「
おもわず正直に言ってしまった美雪に対して、先輩二人が同時に名前を呼ぶ。そんな姿にまた利緒が噴き出してしまう。
だが、いつまでも三人に笑わせてもらっているだけでは話が進まないと思ったようで、どうにか笑いを治めた利緒は咳払いをした。
「えっとまず、私が高校に行かないでドッグトレーナー見習いをやろうと思った理由なんだけど・・・ 私ね、実は高校には受かってたの」
「え、そうなんですか?
初めから進学しないでドッグトレーナーを目指してたのかと思ってました」
「夢を捨てきれなかったのはあるけど、違うの。
私ね、高校に行っても卒業する前に死ぬかもしれない体だったの」
笑顔のまま利緒が続けた言葉は、さっきまでのように笑って促せるほど軽い話題ではなかった。
一瞬の沈黙、変わらず興味深そうに黙って耳を傾けるるい子とどこか真剣な表情になったさつきに代わって、美雪が戸惑いのまま疑問を口にする。
「え? それってどういうことですか?」
「私ね、中学を卒業する前から病院に通ってて、そしたら言葉は濁されたけど『高校は卒業出来ないだろう』って言われちゃった」
「辛く・・・ なかったんですか?」
聞いている側なのに言った本人よりも辛そうな顔をする美雪に、利緒は首を振った。
「辛くなかったって言えば嘘。でも、俯いてる時間ももったいなかったの。
多分高校に通って最後に友達と思い出を作ることだって選べたけど、私はどうしても夢を諦めたくなかった」
若くして死を宣告されたにも関わらず、彼女は悲しみに暮れることをよしとせずに自分の夢を選んだ。
「中途半端で終わっちゃうかもしれない、どこまでやれるかもわからない。でも、私は見習いでもいいからドッグトレーナーになりたかった。
そしたら本当になれて、それで結構毎日満足してたんだ」
「強いわね、あなた」
「強い、のかな? 自棄になってただけかも。
余命宣告なんて受験とかバタバタしてた中学の友達には話せなかったし、三年間生きられるかもわからない私が高校で友達を作っても悲しい思いをさせちゃうだけだもの」
「たとえ自棄だったとしても、本当なら取り乱すような事実を前にしてあなたは周囲を慮って口を噤み、自分の夢を諦めずに掴み取ろうとした。
強いわよ、あなたは」
大袈裟に身振り手振りをつけて笑いを誘う利緒だが、るい子が本気で褒めていることがわかると頬を赤らめる。
「金田一くんのお友達が彼氏なのよね、彼との馴れ初めは?」
赤くなった彼女に追い打ちをかけるようにさつきが聞けば、案の定赤くなっていた顔がさらに赤くなって誤魔化すように笑みを零す。
「宗像先輩まで! 利緒さんを質問攻めにしすぎですってば!
ほら利緒さん、お茶も楽しみましょう?」
「あ、うん。ありがとうね、美雪ちゃん」
熱くなった頬を冷ますようにアイスティーを飲んでいれば、ちょうどそこに注文したケーキが運ばれてくる。
るい子がビターなチョコレートケーキ、さつきがカラフルな色合いのフルーツタルト、美雪が王道のショートケーキ。そして、利緒が生クリームを添えられた紅茶のシフォンケーキ。
テーブルの上が華やいで、美味しいケーキに舌鼓を打つ。互いに美味しいと口にしながら少しずつケーキをシェアしたところで、さっきの話が気になって仕方がないと目を輝かせるさつきに利緒が気づいて笑う。
「宗像さん、そんなに目をキラキラさせなくても話すってば。わかりやすいなぁ、もう」
「あぁ、ごめんなさい。
私、学校ではあんまりこういう話をする相手がいなくて・・・ るい子ちゃんもあんまり興味ないみたいだし」
「それはあなたに纏わりついたうわ「利緒さん、千家君との馴れ初め話、聞かせてもらっていいですか?」
るい子が余計なことを口にしようとしたところ美雪が割り込み、利緒が『いいよ』と頷いて続けていく。
「えっと、私と千家くんが会ったのは道路の真ん中で弱ってた犬を助けたことが始まりだったの。その場にいたから手伝うようにお願いしたら、彼も快く手伝ってくれてね。
そこからかな、『通学路の途中だから』って私の働くトレーニングセンターに彼が来てくれるようになったのは」
懐かしむように語る利緒の顔は嬉しそうで、千家にその時点で惹かれていたことがありありと現れていた。
「私が高校に行かないで夢を追いかけたこと、そんな私を彼が凄いって言ってくれたこと、おしゃべりだけじゃなくて犬達の面倒を見るのを手伝ってくれたり、帰りに送ってくれるようになったある日 ――― 彼に突然、キスされちゃった」
照れながら話す利緒に美雪とさつきがきゃぁきゃぁとはしゃぎ、るい子が面白そうに口角をあげる。
「そこで彼に告白されたんだけど、私、走って逃げちゃった」
「え? ど、どうしてですか?!」
尋ねる美雪に対して、るい子が察して真剣な表情となっていた。
「病気のことね」
「うん、そうなの。
私もね、その時にはもう優しい彼のことが好きだったから突然キスされたことは驚いたけど嫌じゃなくて、告白されたことも凄く嬉しかった。
でも、彼との時間が幸せだったから話せなくて、このまま仲のいい異性の友達のままでもいいやって思ってた。夢も叶えて、仲のいい知り合いの一人として彼の傍に居られたら、それで十分だって。
でも、その時にはもうあと半年しか生きられないなんて言われてた私に、彼は言ったの」
『君の残された時間を半分わけてくれ!
僕は君を ――― 一生分、愛してみせるから!』
「嬉しかったなぁ・・・
それまでも生きてることが楽しくてしょうがなかったのに、なくなっていくだけだったはずの明日が、彼と過ごす時間が楽しみになっちゃった」
その日の喜びが今もまだ ――― 否、永遠に色褪せることなく心に焼き付いているのだろう彼女は、本当に幸せに笑っていた。
そんな利緒を嬉しそうに、羨ましそうに、興味深そうに三人が頷いていた。
「千家くんって情熱的で、凄く利緒さんのことが好きだったのね。
たとえ残りわずかだったとしても大切な人と生きてる時間を共有したいなんて、簡単に言えることじゃないわ」
「そうね。付き合っていたにもかかわらず、同じようにずっと傍にいてほしいってあなたが話しただけで逃げた男達よりもずっと魅力的ね」
「うっ!」
るい子が何枚かオブラートに包んだ言葉を口にするが、普通の男子高校生が『家のしきたりで私と結婚するなら婿に来てほしいし、一生を村で過ごす覚悟をしてほしい』と言われたら逃げても無理はない。
「桜樹先輩! 宗像先輩に男運がないなんて本当のことを言っちゃ駄目ですよ!」
「うぐっ!」
が、そこに容赦なく追い打ちをかけたのは美雪である。
下手に本当のことを言っておらずさつきが被害者にも聞こえる分だけ、しきたり云々を彼らに言っていたさつきの罪悪感にも突き刺さる。
「私はそこまでは言ってないわ。
トドメを刺したのはあなたよ、七瀬さん」
「だ、大丈夫? 宗像さん」
おもわず俯き、胸を押さえるさつきに利緒が心配するが、さつきが首を振った。
「ううん、いいの。私のこれは自業自得なところもあるから。
それより利緒さんのお話の続きを聞かせてもらってもいい?」
「いいけど、本当に大丈夫? 宗像さん」
「大丈夫。
私も・・・ ううん、るい子ちゃんもこの事務所に関わるような経験をしてきたってだけなの」
「え? それって・・・ いや、そっか。
皆、いろいろあるんだね」
さつきの言葉にいろいろと理解して深くは聞かない利緒を見て、美雪がるい子へと視線を向けた。
「桜樹先輩、こういうのが『気遣いの出来る素敵な女性』なんですよ。
利緒さんを見習ってください」
「あらあら? そんなことを言う七瀬さんは『先輩を敬う可愛い後輩』が出来てると言えるのかしら?」
「こらこら、利緒さんが困ってるでしょ」
元ミス研現ミステリー同好会の先輩後輩間での静かなるバトルの発生を見て、今度はさつきが苦笑いしてストップをかける。
「ごめんなさいね、水沢さん。
話を聞かせてもらってる立場なのにあれこれ脱線してしまって」
「ううん、全然。
私は社会人になっちゃったから、同年代の女の子とこうやってお茶しながら話すのがとっても楽しいの。話が脱線するのも女の子の会話の醍醐味みたいなものだから」
にこにこと笑顔で語る利緒に誘った側の三人もなんだか嬉しくなってきて、さつきがずいっと前に出た。
「それならまたこうしてお茶しましょ。
あと、同世代なんだから『さつき』でいいわ。私とるい子ちゃんは一つ年上だけど、私達からすれば利緒さんは社会人の先輩なんだから」
『るい子ちゃんもいいよね?』と視線を向ければ静かに頷き、るい子は美雪へと視線を向けた。
「それなら七瀬さんも、私達を下の名前で呼びなさい。
金田一くんだってそう呼んでいるんだし、こうして一緒にお茶をする仲なのだから他人行儀過ぎるでしょう」
「えっ!? 美人で有名な先輩二人にそんなこと出来ませんよ!」
「・・・美雪ちゃんがそれを言うとただの嫌味なのよね」
「あれだけ告白されているにもかかわらず美人であることに無自覚な子は放っておきなさい、さつき」
驚いて断ろうとしている美雪に二人が何やらコソコソ言い合うが、すぐに顔を離して二人を見る。
「いいじゃない、私も美雪ちゃんって呼んでるんだし。
人の目が気になるんだったら学校では今までの呼び方でもいいけど、こうやって皆でお茶してる時ぐらいは名前で呼んでほしいな」
「勿論あなたにそう頼む以上、私もあなたを『美雪さん』と呼ばせてもらうわ。かまわないかしら?」
「それはいいですけど・・・ えっと、さつき先輩? るい子先輩?」
美雪が恐る恐る呼んでる中でちらりと同じように名前呼びを頼まれた利緒を見ると、やっぱり彼女は幸せそうに笑っていた。
「利緒さん、どうしたの?」
そうさつきに問われると、そこから気持ちが溢れそうだとばかりに胸を押さえて満面の笑みを三人に向ける。
「ううん、凄く・・・ 凄く嬉しいなって思っただけなの。
小城さんが言ってたような、私が想像していたよりもずっと素敵な未来が今ここにあるから、ちょっとびっくりもしてるの」
「小城さんが?」
「そういえば、小城さんとはどこで出会ったんですか?」
「そうね。利緒さんと千家くんの惚気話も非常に興味深かったけど、むしろ私が聞きたいのはこの事務所とどう関わることになったかだから、ここからが重要だわ。
その前に皆、飲み物のおかわりをしておきましょうか」
るい子の目の色が変わり、飲み物の追加注文までするあたりじっくり聞く気満々である。
「るい子ちゃんが人に遠巻きされるところはそういうところなんだってば・・・」
親友の行動に頭を悩ませつつも絶対に改善することはないと確信しているため、それ以上言うのをやめる。
が、そんな奇行も同然の物言いを気にするような人間は、金田一は勿論探偵事務所に関わったりすることはなかった。
「ううん、いいのいいの。
元々はその話を聞きたがっていたんだし、むしろ惚気話に脱線しちゃってごめんね?」
「そんな! 素敵なお話だったから全然!
ですよね、るい子先輩?」
若干の圧をかけながら聞く美雪の剣幕にるい子が驚き、面白そうに笑んだ。
「えぇ、とても。
それで小城さんとはどこで出会ったの?」
るい子の再びの質問に、利緒は当時のことを思い出すように語りだした。
次回でこの事件を小城がどうしたか、明らかになります。
ケーキのチョイスは独断と偏見。でも、美雪ちゃんは王道なイチゴショートを頼む気がする。
麗美ならレモン系のケーキ、登場させてないけどえみりならプリンアラモードなイメージ。
この世界なら幸せな惚気話をしていいのよ! 利緒ちゃん!
幸せにおなり、幸せにおなり。