彼の始まり、ここから全てが始まる。
エリートの僕が、ネクタイを締められないだと・・・!?
馬鹿な、馬鹿な・・・!? そんなことはあり得ない。
結び方だって知っているし、手順に間違いはない。だが、何故か首へとネクタイを回した瞬間に吐き気が僕を襲う。
「なんで・・・?」
そして僕は、そのままトイレで意識を失った。
東大法学部卒業間近、官僚面接直前の出来事である。
「来ねーな、面接予定の奴」
「東大法学部の恥さらしめ」
こうして彼の就職活動は一つ終わった。
目を覚ますと世界が変わっていた。
具体的に言うと夕暮れ時、就活が一つオワタ。
何のために必死に東大に入り、成績としても申し分のない結果を残して順風満帆なエリート街道を走っていたのか。
というか、ネクタイぐらい締められて当たり前と思って事前に練習していなかったのが悪かった。
だが、何故今になって?
高校生だって今時絞めているネクタイを・・・ あ、そっか。俺の高校って簡易式のピンでとめるタイプだったっけ。首にかけるだけの奴。
ハッハッハ、だーからかー。
「なんて、誤魔化してる場合じゃないよな・・・
いや、面接はショックだけど」
気絶前までは確かに存在していなかった別の人物の記憶。そして、この世界の知識。
『小城拓也』という人物がネクタイを締められない理由。
かつて自分はこの世界を漫画として読んだという事実と死んだ際に出会ってしまった転生神と名乗る存在。
確かに自分は『ファンタジーは勘弁してほしい』と言った。
適度に文化的な世界であり、異能力バトルも存在しない。いわゆる普通の世界。
だが条件を満たしているにもかかわらず、この世界は死亡フラグに満ちている。
「・・・金田一ワールドじゃねぇか!」
コンビニも、ゲームも、風呂もトイレもある。食事だって慣れた物だし、人種だって変わらない。
けれど、けして安全とは言い難い世界。しかも、転生先は犯人です。
でも、まずはお礼が言いたい。
「コナンワールドじゃなくてありがとう! 神様!!」
同じ推理物なら無差別に殺される可能性があり、銃刀法が欠片も仕事してないあの世界よりは大分マシ。
なんか物理法則とか、一部化学・科学のおかしい蝶ネクタイとか白衣の二人組もいない。
スパイだらけの黒服集団もいなければ、ポイポイ顔を捨てる凄腕ガンマンもいない。
そう、この世界でヤバイのは手品だけ!
※犯人たちの底知れぬ体力もである。
この男も原作において成人男性の死体を雪山の風車に、吹雪の中で括り付けるという驚異の荒業を行っている。
ならば僕がすることは、この原作知識をどう生かすべきか。それは・・・!
「とりあえず、お金を稼ごう」
就活なんてクソくらえ! ていうか、就職の最有力候補潰れたし。待っているのは養父母からの失望の視線だろう。元々学歴でしか僕を判断しない人間だったし、見限られることは確定している。ならば、こちらから先手を打って切ってしまっても問題はないだろう。
「とりあえず天草四郎伝説、かな」
他にもいくつかある心当たりを頭に思い浮かべ、片っ端から当たってみようと心に決める。
「まずは情報収集からだな」
ただお宝を見つければいいだけじゃない。
所有権・税金・手続きなど、調べることは山ほどある。
「さぁ、法学部の知識を生かそうじゃないか!
何故なら僕はエリートだからな!」
そうして彼は、就活のショックから目を逸らすことに成功した。
人はそれを、ヤケクソという。
だから、彼は気づけない。
これが単なる憑依転生ではなく、前世の記憶を思い出してしまっただけだということを。
『小城拓也』という今までの人生はきちんと残っているということを。
そこに抱いた想い、彼を形作った記憶は漫画のキャラクターになったという簡単なものではないということを。
そして、彼を起点にして多くの運命が変わることを。
転生の際に神がかなり私情を混ぜて、この世界をかき混ぜたことを。
まだ、誰も気づけないままでいるのだ。
「何、小城くん。君、探偵になるんだって?
みーんな、驚いてるよ? 成績優秀な君がそんなギャンブルに乗り出すなんて・・・ まぁいるけどね、就活に疲れちゃった子とか、自分で『起業するー』とか言い出す子とか。でも、まさか君がねぇー?」
アフリカの民族衣装を被り、顔にはメイクまで施した年配の教授が親し気にそんなことを言ってきた。
(どっちかっつうとトレジャーハンターだ、バカヤロー)
と言いたい気持ちをぐっと堪え、小城は目の前の教授へと穏やかに笑って見せる。
「ハハ、誤解ですよ教授。
けして、就活になんて疲れていませんから」
(だから、帰れ。アフリカへと)
なんで東大法学部なのに麻酔薬のついた手槍を持っているのだろうか。
本当は迷い込んでしまった野生の獣医学部の教授なんじゃないだろうか。
「仕事、紹介しよっか?」
「お断りします。
既にお菓子を受け取って『受けちゃった』なんてこと、ありませんよね?」
「あぁ、それはもう他の生徒に割り振ったから、今はないかな」
(あぁ、やっぱりやったんだ)
悪気のない明るい笑顔で告げる教授は酷いものである。
(っていうか! あんた、金田一の作品のキャラじゃねぇだろ!!
何してんだよ、漆原教授!!)
ご存知の方はいるだろうか? かの一部でハスキーを有名にさせた獣医漫画の名物トラブルメーカーを。
まぁいい、彼がいても大して問題にはならない。
現在進行形で小城に迷惑を掛けようとしていることを除いては。
「それでさぁ、仕事の依頼をしたいんだけど」
「話、聞いてました?
それに僕、探偵じゃありませんから」
「そう言わないでさぁ、人生相談だと思って」
教授は本来、生徒の人生相談を受ける側である。
だがしかし就活が嫌で研究に生きようとした彼らに、相談できるだけの人生経験があるかは甚だ疑問である。
「ちょっとさー、僕の知り合いの医者から相談されたことなんだけど」
しかも、相手の都合お構いなしに話を続けていくタイプである。
「ある業界で有名な人の奥さんに不倫疑惑があって、娘さんの血液型に問題があってね。小城くんならわかると思うけど、血液型の組み合わせ的に生まれない型ってあるじゃない? だから絶対生まれない筈なんだよね。
知り合いが直接医療行為をする時は奥さんのこと考えて対応できるけど、常には無理だし。このままだと輸血の時にどんな事故が起こるかわからないから、調べてきてくんない?」
(それ、興信所の仕事じゃね?)
咽喉まで出かかった言葉を察したのか漆原教授はにんまりと笑う。
「僕も知り合いもその有名人のこと嫌いなんだよねー。
そいつが不幸になるのは凄く歓迎なんだけど、性格のいい奥さんや可愛らしい娘さん達に不幸があるのは嫌でね? 興信所とか公にはしたくないからさぁー、ちょっと内緒で調べてきてくれないかなーって」
(だから、嫌だってば)
「小城くーん、卒業したくないの?」
脅しである。
超どストレートな脅しに彼は膝を屈した。
「・・・やらせていただきます」
しかし、誰が知っていただろうか。
この一件がネクタイから始まった彼の運命をさらに狂わせ、そんなご都合主義に塗れていることに。
そして、原作知識があるのなら彼は悟るべきであった。
『嫌われている有名人の血液型がおかしい娘さん』
そんな人物が金田一ワールドにおいて存在していたことを。
大学教授に対して偏見が酷い? こんなもんだよ、教授なんて生き物は。
三話目はいつにしようかなー。