仕事行く前にあげ。
書き出し出来てたとかいってたくせに、なんか違和感覚えて結局全部一から書き直してたら時間かかりました!
サブタイからわかるように前後編なので、明日後編を投稿します。
その日、小城は事務所を離れ、ある喫茶店の個室にて依頼人を待っていた。
常であれば事務所にて話を聞くのだが、依頼人の中には所員であっても話を聞かれることを嫌い、より機密性の高い場での話し合いを希望する者が一定数いる。
今回の依頼人もその一人であり、かつて小城が事務所を立ち上げている段階で知り合った人物でもあった。
「ごめんなさい、待たせたかしら?」
言葉と共に入ってきたのは黒髪を首にかからない程度に揃え、淡く色のついた眼鏡をかけ、襟付きの濃い色のシャツと動きやすいスラックスを着こなした凛々しい女性。
「いいえ、時間どおりですよ。
お久し振りです、鳥丸さん」
彼女の入室と共に席から立ち上がり、依頼人である鳥丸奈緒子へと頭を下げれば、彼女は手を振る。
「ちょっとやめて。頭なんて下げないでよ、小城さん。
今日ここに呼び出したのだって私で、時間の都合までしてもらってるのに・・・ むしろ頭を下げるべきは私だわ」
「いえいえ、ここには仕事としてきていますので。
知り合った時のように『ただ通りかかったお節介な一般人』ではない以上、それ相応の態度や言葉遣いは大切でしょう?」
「本当にあなたはその辺り、しっかりしているわよね。だからこそ、先生があなたに信頼を置くんでしょうけど」
互いに席につき飲み物を注文してから、鳥丸はお冷を口にして疲れたようにため息を零した。
「お疲れですね、デザイナー業はどうですか?」
「えぇ、長野でブライダルコンペを控えててね。あの六条との一騎打ちよ。
惜しみなく知識を注がれて、いろいろな経験を得る機会を与えられて、先生からの期待も凄く実感してる。その期待は確かに重たくのしかかっては居るけど、あたしが絶対に応えなきゃいけない・・・ ううん、期待以上の結果で応えたいの。
だから、ここのところずっと仕事ばっかりで、気を抜く暇もないくらい」
仕事の大変さを語りながらも彼女の目には疲労など見られず、むしろキラキラと輝いていた。
「でも、こんな状況なのに、物凄く仕事が楽しいの。
それもこれも・・・ あなたと先生があの日、あたしを守ってくれたからだわ」
懐かしむように目を細めて、その言葉には毎日が満ち足りていること。そして、二人への感謝が込められていた。
「キミサワのトップモデルになって、そしてモデル業も終わりが見えてきた頃にデザイナーへと転身を始めようとした時、昔の知り合いに襲われかけたあたしをたまたま居合わせたあなたが助けてくれた。
その後も先生と一緒になって私を守ってくれて、逆にあいつの犯罪歴を調べあげてあたしに二度と近づかないようにまでしてくれたこと、本当に感謝してるわ。
・・・今となって思えば、あたしのことを気に掛けてくれた先生があなたに依頼していたんでしょ?」
「さて、なんのことやら」
「ふふっ、あなたなら答えてくれないこともわかっていたわ。あなたも先生も、あたしに一度だって見返りなんて求めない。
あたしに『光の方へ行け』って言ってるみたいに、優しく背中を押し続けてくれるだけなんですもん。小城さんの方があたしより年下なのにね」
「目の前で誰かが不幸になるより幸せになった方が気分がいい、というだけですよ」
楽し気に笑いながら語る彼女を小城は優しく微笑み、届いた紅茶を口にする。
「それにたまたま居合わせて助けただけなのにあなたからも、君沢さんからもそれなりの謝礼に加えて婦女暴行から助けた一般市民として警察からも感謝状まで頂きましたからね。
本当にただの善人ならそうしたものもお断りして立ち去るだけでしょうけど、僕は下心があったので始めたばかりの探偵業の初仕事にさせてもらった上に、今もこうして世界のキミサワブランドとも繋がりを持ってるんですから、あなたの不幸に乗っかったとんだ悪党ですよ」
「あなたが悪党? 冗談でもそんなことは言わないで。
本当の悪党ならあなたが利益を得る方法なんていくらでもあった。なのにあなたはこちらが提示した謝礼も遠慮して、探偵業としてもキミサワの名を出せばもっと簡単に有名になれたはずなのにそれをせず適切な距離を持って、今もこうしてこちらの事情を察して配慮までしてくれてる。
あたしの恩人を悪く言うのは、たとえ本人であっても許さないわ」
事実をそのまま口にしているとばかりの小城の言葉を鳥丸は強く否定し、そんな彼女の意見を『良い方にとらえすぎだ』とばかりに肩を竦める。
「それで君沢さんからお電話いただきましたが、何やらご相談あるとのことで・・・ 何か心配事でも?」
「えぇ、少しね。
今のウチのトップモデルを知ってる?」
「いえ、流石にそこまでは・・・」
「そうよね、レディースの部門の服飾まで確認なんて男性ならしないわよね」
「えぇ、ウチの所員のためにファッション誌は事務所に置いていますが、私自身は目を通さないので」
「仕方ないわ、あたしだって服飾を仕事にしなければ異性のファッション関連なんて確認しないもの。
マスミって子なんだけど、この子のことをしばらくの間守ってあげてほしいの」
テーブルの上に一枚の写真を出し、小城はその写真を『失礼』と言いつつ手に取りつつ内心で冷や汗が流れ始めた。
(え、鳥丸さんの件が片付いたから『これでもう仏蘭西銀貨殺人事件は起こらない』とか安心してたら、こういう感じで来る?)
そんな小城の内心を当然鳥丸は知る由もなく、写真の彼女について語りだした。
「本名は高森ますみ、年齢は十七歳。
正直、あたしもあの子もプライベートのことをべらべらしゃべるタイプじゃないからあまり知らないんだけど、さっきも言った通り大きなコンペを控えてる以上トップモデルの不祥事は避けたいの。
でも、警備会社やら警察に頼むのはあまりにも大掛かりすぎるし、あらぬ疑いをかけられたらたまったもんじゃないわ。だから小城さん、あなたにこの子の警護をお願いしたいの。期間はそうね・・・ コンペが終わるまで」
「なるほど・・・ 承知しました。
ですが、それならあなた個人ではなく社長である君沢さんが依頼した方が良かったのでは?」
「確かに会社のことを考えているならその方がいいでしょうね。けど、さっきも言ったでしょ?
警備会社や警察が動くのが嫌なのと同じで、会社であの子を警護するような動きなんてしたら『あの子に何か裏がある』と言っているようなものだわ。だから、『一デザイナーの過剰な心配からの個人的な依頼』であることが大事なのよ」
「なるほど。
では、金額等の詳細はキミサワブランドではなく、鳥丸さんの個人宅に送付しますね」
「えぇ、それでお願い」
そこで少しの間沈黙が降り、小城は静かにそこに居る鳥丸奈緒子を眺めていた。
彼女は『仏蘭西銀貨殺人事件』における犯人、『葬送銀貨』となる筈だった。
この世界ではモデルからデザイナーへの転身時に来た男は、原作では彼女が『最も輝いていた』と語るトップモデルの頃に訪れ、彼女は揉み合いの末に殺害。それを君沢と共に隠蔽することから全ては始まった。
デザイナーとして順調となっていった頃、君沢と副社長である犬飼のやり取りによって彼女の心に闇が落とされ、犬飼の宣告によってさらに堕ちていく。そして、そこに偶然見かけてしまった
そこから彼女の行動は早く、自分を裏切った君沢への復讐は始まった。
自分を裏切り、利用し、捨てようとした全てを殺し、キミサワブランドを手にするために。
金田一によって謎が解明され、彼女自身から語られた君沢の裏切り・犬飼による脅迫と宣告。彼女の怒りと悲しみ、絶望。そして、六条が殺された理由に怒りに震えるトップモデル。
だが、六条のモデルよりも早く奈緒子に手をあげた君沢に、その場にいた誰もが驚愕した。
「あと少しで・・・ 全てがうまくいったはずだったのに」
悔しげに言った君沢から語られたのは犬飼が君沢を脅迫していた事実と、ブライダルコンペでの勝利の記者会見の場で今回のデザインが鳥丸のものであることを発表し、キミサワから彼女のブランドを独立するための舞台にするつもりだったこと。
泣き崩れる鳥丸を抱きしめながら『待っている』と言った君沢の姿は悲しくも美しく、後日談として語られた彼女と幼馴染の面会と金田一が幹事となって行われた小学校の同窓会は心温まるものだった。
「何か言いたげね? 小城さん」
「そう見えましたか?」
「・・・いいえ、違う。それは正確じゃないわね。
あなたは好奇心や興味で、人のプライベートに入り込むようなことしないもの」
自分で言いだしたにもかかわらず、彼女は間違いを正すように自己完結する。
「きっとあたしが話したいから、そう見えているだけね。
あの子とあたしはよく似てる。それこそ生き写しみたいに。だから、あの時みたいなことが起こりそうな気がして仕方がないのよ」
襲われかけたことを思い出したのか、苦しそうな顔をして頭に手を当てる鳥丸は深く溜息を零す。
「あたしは先生とあなたに助けられた。
だったら今度はあたしがあの子を・・・ 昔の自分を助けたい」
『力を貸してほしい』と告げる彼女の目に、小城は力強く頷き返した。
「えぇ勿論、お任せください。鳥丸さん。
大丈夫、あの時のように何事もなく終わりますから」
「えぇ、信頼しているわ。
お願いね、小城さん」
契約完了とばかりに握手を交わし、店を出て去っていく鳥丸を見送る。
(昔の自分を助けたい、か)
「それなら全力で助けないとね」
あれから鳥丸とのやり取りを何度か繰り返して詳細を詰め、高森ますみとも顔合わせをし、常に傍にいるのではなく少し離れたところから警護につくことを説明した。最初の数日こそ男性に、傍ではないとはいえ外出等は常に見られることに抵抗があったようだが、何事もなく数日を過ごせば慣れてしまったようで普段通りの日常へと戻ってくれていた。
警護ということもあって学生である千家と金田一を人員から外して業務は行われ、日中は狩谷と檜山が、夜間から早朝は小城と徹が担当という形で過ごして一週間経った頃、金田一と千家の定時になったためあがらせてから交代に向かおうと立ち上がった。
「千家くん、金田一くん、もうあがっていいよ」
「はい! お疲れ様でした!」
元気よく帰り支度を始める千家とは違い、金田一が珍しく険しい顔をして自分の席から体を起こさない。
「はじめ、どうした。腹でも痛いのかよ?」
金田一の様子に千家が聞けば、何かを振り払うように席から立ち上がり、つかつかと小城の前までくる。その様子に自然と所内の視線が集まり、金田一もどこか微妙な顔をしておずおずと口を開いた。
「所長。今日の警護の仕事、ついてっちゃ駄目っすか?」
「駄目だよ。
いくら君達に相応の護身術等を身につけさせていても、僕は君達未成年に警護の仕事をさせる気はないし、夜間の業務に関わらせる気はない」
迷う素振りもなく即答されて金田一は一瞬怯むが、それでも引き下がれないと一歩前に出る。
「それはわかってますけど、なんか今日は嫌な予感がするんすよ。だから・・・」
「嫌な予感がするなら尚更連れて行けない。
何度も言ってるだろう? 僕は君達学生を・・・ 子どもを危険な目に遭わせる気はない」
「所長の考えも、俺らを守ってくれることもわかってます! わかってるけど!
ダチが危ない目にあうかもしれなくて、ダチを守ろうとしてくれてる人達がいるのに、俺だけが何もしないでいることなんて出来ません!」
「警護対象の彼女が君の小学時代の同級生なのは聞いたよ。だけど、これは仕事で、危険も伴う可能性だってある。
友人を大切に想う君の気持ちは尊いものだし、嫌な予感から駆け付けたい気持ちも正義感溢れる素晴らしいものだと思う。けれどそれでも・・・ 僕は上司として、子どもを守る一人の大人として、君の同行を許可するわけにはいかない」
「それでもここで何もしないで、自分だけが安全な場所にいて! 何かあってから後悔するのも、あとになってから慰めの言葉しか言えないなんて絶対嫌だ!
他の誰でもなく俺自身が、何もしなかった俺を、許せなくなる!」
冷静に、それでいて一切妥協する気のない様子の小城に対し、金田一もどうしても譲りたくないらしく、小城の前から退こうとはしない。
そんな二人の様子をハラハラと見守る千家と揚羽と、『どうする? 兄さん』とばかりに舘羽が兄である徹に視線を投げれば、徹は溜息をついた。
「所長、金田一くんを連れて行きましょう」
「徹さん・・・!」
「徹」
おもわぬ徹からの援護に金田一の顔が明るくなるが、小城の眉間には皺が寄った。
「このまま反対して置いていったとしても、納得しないで勝手について来ますよ。
そんなリスクを背負うぐらいならいっそ同行させて、止められる位置に確保しておいた方がいい」
「それは・・・ だが」
苦渋の表情になる小城に、金田一が深く頭を下げた。
「所長! お願いします!!
絶対に勝手な行動しないんで、俺も連れて行ってください!」
眉間によった皺が深くなり、小城は固く目を閉じる。
これら三つを考えるなら、金田一を連れていくべきではない。
だが人間は反対されるとより強く反発し、己の行動を意地でも成し遂げ、意見を押し通そうとする。どうしようもない生き物である。
「所長・・・」
悩みを理解し、心配する揚羽の呼びかけに応えるように力なく微笑んだ。
そして小城はつかつかと歩き出し、神棚の前で突然の二礼二拍手一礼。神棚でのんびりしていたらしいマガドリ様がΣ( °ω° )と驚き、ワタワタと慌てながらも『ど、どうしたの?』と視線を投げかけてくる。
(
でもどうか、どうか・・・)
脳裏に浮かぶのは原作においてたくさんの友人に囲まれながら、その多くを失った金田一少年の様々な姿。苦しみ、悲しみ、己を責め、彼らが間違えてなおも手を伸ばし、事件後に見せる彼のやりきれない表情の数々。
そして今、小城の目の前で原作と変わらずにたくさんの友人に囲まれ、楽しく笑い、今も必死になって小学時代の旧友を助けたいと叫ぶ彼の姿に上書きされる。
(友人想いの彼がいつものように笑っていられるような結果になれるように、見守っていてください・・・)
「しょ、所長・・・ わっ!?」
あまりにも強く手を合わせているので声をかけようとした金田一が突然驚いたので、声をかけられた小城も何事かと振り返れば、何故か金田一が慌てて手を合わせるような形で何かを受け止めていた。
「え? 今、神棚から突然あの謎の金貨がとび、ましたよね?」
一部始終を見ていたらしい千家が同じように目撃したであろう周りの人間に同意を求めれば、舘羽が目を疑うように擦り、徹も唖然としている。
だがただ一人揚羽だけがマガドリ様に感謝するように、小城に続く形で神棚へと手を合わせていた。
「あ、あぁ・・・ 聞き間違いじゃなければ硬貨を弾くような音と一緒に」
徹が信じられないものを見たとばかりに呟くので、小城が真偽を確かめるよう神棚へと視線を向けると、そこにはどこぞの
(え・・・? 『お守り渡したよ!』みたいな?)
内心で確認すれば、素早く頷いてもう一度サムズアップ。表情はわからないが、それはあたかも『健闘を祈る!』と語っているようだった。
「ありがとうございます! 絶対無事に帰ってきて返すんで、見守っててください!」
何故か小城ではなく金田一が意図をはっきりと理解し、マガドリ様へと深く頭を下げ、当のマガドリ様も金田一に応えるようにゆっくりと頷いた。
そこで小城は考えることを放棄し、場の空気を換えるように努めて明るい声を出す。
「さて、神様からお守りも預かったことだし、仕事に行くとしようか。
舘羽くん、揚羽くん、事務所の鍵は任せたよ」
「はいはい、頑張ってね。所長、兄さん、金田一くん」
「いってらっしゃいませ」
二人に見送られ、三人は事務所を出るのであった。
車内で金田一自ら家族に電話させ、何故か親御さん側から小城へと謝罪がされてしまい、小城も電話越しに頭を下げるというカオスを終了させ、狩谷と檜山のところに向かうまでに金田一に改めて説明を行う。
「警護と言っても僕らは警護対象の部屋に入るわけでも、本人に接触するわけではない。彼女が気を使わない・周囲からも違和感を抱かれない距離でありながら、彼女の身に何かあったら自然と距離を詰められる位置をキープすることが重要だ。
ウチの場合は人員が少ないこと、今回の警護対象が一名であることを考えて二人一組が基本だね。一人はすぐに駆け付けられる場所での警護、もう一人は一定の距離を保ちつつ車での待機が基本だ」
「車での待機は、救援と万が一の時の連絡役ってことっすか?」
「その通り。一定の距離を保っているのもこの連携において使っている道具がトランシーバー無線だからだ。
使い方は大丈夫かい?」
「はい! 問題ありません!」
「本来なら警護対象である高森さんと顔見知りである君が近くで警護するのは反対なんだが・・・ 徹と車で待機はしてくれないだろう?」
「すんません・・・ 無理です」
言いにくそうに、しかし明確に自分の意志を告げる金田一に、予想していたとはいえ溜息を止めることが出来なかった。
「すでに探偵として顔合わせが終わってる僕に、知り合いの君が並んでたら高森さんを不安にさせてしまう・・・ なら、取れる手段は多くない」
「俺は所長とは別行動させる、ってことっすか」
「それは絶対にさせない。
本来参加させない未成年を、夜間の、経験のない警護の仕事で単独行動なんて誰であろうと許可しない」
おもわず声に怒気が混ざり、金田一が身を小さくして『はい、すんません』と返事する。
「そうなると・・・ 金田一くんが彼女と顔見知りであることを利用して接触、共に行動ですか?」
「それが妥当だろうね、
これも高森さんを騙すような形になってしまうから、褒められたものじゃないんだけど」
「今回はやむをえないでしょう。
それに友人が探偵と一緒になって自分のことを知ってるって不安になるくらいなら、久しぶりに会った友人が実は探偵事務所でアルバイトしてることを後から知る方が多少マシじゃないですか?
それだって今日、何もなければ明かす必要のないことなんですから」
「そうだね・・・ 金田一くん、君はいつも通り久しぶりに会った友人と楽しく話しておいで。
ただし、鞄の中の無線は電源を入れておくこと。僕も傍にはいるし、すぐに駆け付けられるようにはしておくけどね」
「はいっ!」
「出来るなら部屋とかよりファミレスとか、人の多いところに行くと良い。
後ろ暗いことをする人間は衆人環視の場での争いは避ける、警護対象は勿論自分自身に手を伸ばされそうになったら全力で逃げること。立ち向かうなんてしちゃいけない。わかったね?」
そう言ってファミレス代として一万円札を渡し、逃亡を厳命させる。
「護身術は立ち向かう術じゃない、ですよね」
「そう。本当にどうしようもない時、相手から何かをされそうになった時、誰かが人を傷つけようとした時にだけ使っていいのが護身術だ。
それを忘れちゃいけない」
「はいっ!」
金田一が頷くのを見てから、徹が狩谷達と連絡を取って交代に入る。
檜山の車が遠ざかるのを確認し、小城は狩谷とアイコンタクトして交代。そして、金田一は帰り道であるますみに後ろから声をかけた。
「ますみ? ますみか? おい!」
突然背後から声をかけられたますみが振り向けば、金田一はやっすいナンパのように話しかけ続ける。
「お~。やっぱし、そうだ。スッゲーキレーになっちまって!
モデルになったって聞いちゃいたけど、一瞬わかんなかったぜ」
「え・・・? えっと?」
「あり? 俺のこと忘れちまったのかよ!
ほら、小学校の運動会の時、俺と美雪と三人四脚やって―――」
さらに語ろうとする金田一を見て、ますみの目が警戒から懐かしさ、親しみのものに変わっていく。
「あ・・・ はじめ、ちゃん?」
「そーそー! やっと思い出した?」
久しぶりの再会に二人で嬉しそうに笑い合い金田一はさらに切り出した。
「ここで再会したのもなんかの縁だし、こんな時間だけどさ。どっかファミレスとかに入って話でもしね?
今日、親が仕事でさぁ。久々にファミレスとかで外食すっか~って思って外出てたんだよ、俺」
「うん、行こ行こ。
でもはじめちゃんって、いっぱい食べるからなぁ」
「へへっ、それなら心配ご無用。
高校入ってからバイトしてっから、俺の懐は無敵だぜ!」
「じゃぁ、奢ってもらっちゃおうかな~」
冗談交じりに金田一をちらりと見るますみに、金田一は胸を叩いて得意げにする。
「おう、今日は俺に任せろ! 再会祝いだ!」
「もう、冗談よ。私だってモデルやってるんだから、バイトで大変な高校生のお財布なんて頼りませんー」
「おいおい、こういう時ぐらい俺に男らしいことさせてくれよ」
「プッ、はじめちゃんが男らしいとか。
三人四脚の時に人の胸を触っちゃうような男の子がねぇ?」
「あれは事故だろ!?
そんなん言ったらますみだって今と違って髪だって短くてガリガリで、目ばっかり妙にでかい勝気な男女だったじゃんかよ」
「なにそれ、ひっどーい。でも、なんか懐かしいね。
ねっ、他の皆はどうしてるの?」
「おう、俺が知ってる奴だとまず美雪はさ~」
そうしてワイワイと話しながらファミレスへと消える二人を見守るために変装した小城もまたファミレスに入り、ドリンクバーと軽食を頼んでノートパソコンを開いて仕事をしているふりを始めた。
そうして時間が流れ、二人が気が済むまでおしゃべりをしてファミレスを出ていく。
金田一が自然な流れで家まで送ると言って、二人は仲良く並んで歩く。
そして、ついに事態が動いた。
ますみの部屋を目前にしたその時、突然二人に向かって駆け寄る男が現れたのを見て小城が駆け出すがもう遅い。男が金田一の肩に手を置いたかと思ったら、走った勢いのまま金田一の頬を殴りつけてきた。
「っ!? はじめちゃん、大丈夫!?」
殴り飛ばされた金田一にますみが駆け寄って、突然殴りつけた男を睨みつければますみは男を見て目を開く。
「ひ、ヒロシ、あんたなんでこんなとこにいんのよ!」
「よぉ、マスミ。流石キミサワのトップモデル、いいとこに住んでるだけじゃなく男連れでご帰宅たぁ良い御身分だよなぁ。金にも男にも困ってねぇってか?」
下卑た言葉と笑い方をする男から金田一を背中に隠して守るように立つますみを、気に入らないとばかりに不快な表情をしつつも何かを思いついたようで男は言葉を続けた。
「いいのかよ? キミサワのトップモデルが部屋に男連れ込んでよぉ、これってスキャンダルじゃね?
なぁマスミ? バラされたくなきゃわかるよな? 俺、今ちょっと金に困ってんだよな。そうだなぁ、五百万でどうだよ? それとも体でもいいぜ、昔みたいによぉ」
「そこまでだ」
「あ?」
静かに男の背後に立って、自分の方へと注意を向ける。
右手には男に見せびらかすように録音機器を持ち、左手には携帯で今撮ったばかりの金田一への暴行の写真。
「どうもこんばんは、通りすがりの赤の他人だ。通りがかったら暴行罪の証拠が撮れてしまったんだけど、どうすればいいと思う?
あぁごめん、これは脅迫じゃないよ。君がさっきしたみたいに僕は金銭を求めてないし、暴力みたいな害を与えるようなこともしてないからね」
微笑みながら挑発すれば、案の定男が録音機器を奪おうと殴りかかってくるが軽くかわす。
「こらこら、危ないじゃないか」
「うるっせぇ! 怪我したくなかったらさっさとそいつを寄こしやがれ!」
「そうそう、今みたいな発言でようやく脅迫罪は立件されるんだ。
君は今、一つ賢くなったね」
右手の録音機器はそのままに、左手の携帯を胸ポケットにしまいつつ、殴りかかった時に自分の横を通り抜けた男から視線を離さないままに金田一とますみにさりげなく近寄る。
「さっ、早く逃げなさい。
部屋が近いなら部屋に入ってしっかり鍵をすること、それから警察に連絡してくれると助かるかな」
あくまで通りかかった一般人を装いながら二人に指示を出し、二人がしっかりと頷く。
「それからちょっと大袈裟だけど救急車も呼んだ方がいいね」
「逃がすかぁ!」
どうやら話を聞いてたらしい男が拳を振り上げながら三人に突っ込んでくるが、二人の前に立った小城が男の拳を受け止めて握り締めて離さない。
「は、離せよ! テメェ!」
「危ないって言ってるだろ?」
「離しやがれ!」
今度は足を振り上げて急所を狙ってくる男に、小城は男の軸足となった足を払った。勿論男の拳は小城がしっかりと握られているので怪我をすることもなくゆっくりと地面に降ろされる形となり、一瞬自分の体が浮く感覚だけ与えられた男が呆然と小城を見上げるとそこには感情が一切ない冷たい視線と目が合った。
「ひっ!?」
「おや、何を怯えてるんだい?
君は一切怪我もしてなければ、脅されてもいないんだ。そんな権利ないよ」
「あ・・・ あっ、は、離してくれ! 頼む!」
「ハハハハ、どうしたんだい。突然。
さっきから君は忙しないね。暴力を振るったり、脅迫したり、怒鳴ってみたり・・・ なのに何を怯えてるんだい?
君は自分が強いと思ったから、彼女を脅そうとしたんだろう?」
不安定な拳ではなく、しっかりと手首を握りなおしてへたり込んだ男へと顔を近づけて笑ってやる。
「大丈夫、君は強い。だから何も怖くないよ。
でも、行動の責任はとらないといけないからね」
遠くから鳴り響くサイレンの音がだんだんと近づくのを聞きながら、小城は今しばらく男を取り押さえるのだった。
この事件は、原作で犯人逮捕前後が凄く印象に残った記憶があります。
鳥丸さんの心情が凄く人間らしくて、それ以外の被害者も罪には問えないけど日常に必ず潜む人間の卑怯さを持っていた。
でも、ソムリエの彼や金田一との思い出が彼女達に『こんな良いことだってあった』っていう救いがあって、その思い出がどう足掻いても今にならない過去でしかなくて、それでも大切で再会も嬉しい。
その感情の揺れが今読み返しても見事としか言いようがなくて、書くにあたって改めて名作だと感じました。