小城探偵事務所   作:無月

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独自解釈、原作改変、盛沢山。

事件書いたから息抜きのつもりだったのに、なんでこんなに長くなったのか...( = =) トオイメ
次は事件を書きます。



食事

 肩の湿布は継続中だが無事頭からも手からも包帯がとれ、常に張り付いていた徹が渋々とだがいつもの距離感に戻り、マガドリ様も包帯をとれた体に傷が残ってないかをじっとりと確認した後、いそいそと神棚に引っ込んでいった。

(でも、なんでだろう? あの『ちょっと準備があるから』って感じの戻り方は)

 何かが起こる予感をひしひしと感じつつ、昼食代わりのゼリー飲料を飲みながら資料をめくろうとすると、所長室の扉がバーンッと開かれる。

 

「所長、ゼリー飲料をお昼替わりにするくらいなら、母さんのカフェでお昼を取ってくださいって言ってるでしょ!」

 

 舘羽の言葉と扉の音に思わず肩を跳ね上げてしまい、口を開けてしまった飲料を手にして固まってしまう。

 

「いや、その・・・ た、舘羽くんは耳がいいね?」

 

 誤魔化そうと咄嗟に口について出た言葉に舘羽が誤魔化されてくれる筈がなく、ツカツカと歩み寄ってきて飲料を取り上げる。開いたままだった扉から他の所員達と目が合い、叱られている姿を見られたことに気まずくなって目を逸らす。

 

「めっずらしい~。所長が怒られてるなんて俺、初めて見た」

 

「所長はお前と違って迂闊なこと言わねぇからな」

 

「檜山さんは口が悪くて注意されるし、舘羽さんに揶揄われまくってますもんね」

 

「あっ? 喧嘩売ってんのか? テメェ」

 

 金田一と檜山のじゃれ合いが始まると、狩谷は所長室に入ってきて食べる気もなさそうなゼリー飲料を受け取りつつ、成分をまじまじと見る。

 

「どうせ食べないなら僕が貰うよ、舘羽さん。

 そりゃバランスとか健康にはよくないかもだけど、食べ物を粗末にするのはよくないからね」

 

 蓋はついてるが緩くされた状態で取り上げられただけだった飲料の口を完全に開封し、狩谷はほぼ一息で飲み切り、空にしてからゴミ箱に捨てた。

 

「別に捨てやしないわよ。

 でもあんたも所長も、よくこんな特に美味しくないものを食べるわね」

 

「? 別に蛆が湧いてる場所でもなければ、鼠も齧ってない。その上、腐ってるわけじゃないんだから別に食べれるよ。

 所長が口をつけたわけでもないから、間接キスとかは心配ないし。まぁ所長とだったら間接キスしても全然気にしないけどね」

 

「いや、そこは気にしましょうよ。ていうか仲が良くても男同士の間接キスとか、俺達が見たくないですから。

 あと狩谷さんが言うと、徹さんとはまた違った意味で冗談に聞こえなくて笑えないです」

 

 さらっと笑いながら言うせいもあって冗談なのか本気なのかよくわからず、千家が困ったように突っ込んでも狩谷は笑うばかりで本当か嘘か、はたまた冗談なのかも煙に巻く。

 

「アンタはアンタで所長とは違った意味で食事が心配だわ・・・

 麗晶ちゃんが心配するような食生活送ってないでしょうね?」

 

「アハハ! お金にも困ってなくてコンビニもスーパーもある上に、レシピだって簡単に手に入る状況で、食事を貧しくする理由がないよ」

 

「その状況で食事を貧しくしてるから所長を叱ってんのよ!

 所長なんてそれこそ毎食外食したってお金が余るのに、安くて美味しいとも思ってないこんなもので済ますし、私達が事務所に入った頃『健康に悪い』って言ったら・・・」

 

 そう言って舘羽はおもむろに棚を開けば、そこに並んでいた容器を印籠の如く全員に見せつける。

 

「『これで栄養は補えるから大丈夫だよ』なんて言ったのよ!」

 

「なんすか、これ? ヤバい薬?」

 

「金田一くん、口には気をつけろ?

 檜山はともかく所長にあらぬ疑いをかけるのは、神が許しても僕が許さない」

 

「ひっ!? 冗談ですよ、ジョーダン!

 てか徹さんってば、こないだの怪我から所長にも過保護が始まってません!?」

 

「は? 所長は僕に大切な家族を与えてくれた素晴らしい神様で、幸福の導き手だが?

 その神様であり導き手であり恩人である所長の傍に侍りたいと思うのも、忠誠を尽くしたいと思うことにどこかおかしいところが?」

 

「いやっ、重っ!?

 檜山さんの話は聞きましたけど、所長ってば徹さんにもしたんすか!?」

 

 『神』と聞いて(・ω・*) よんだ?とばかりに神棚から頭だけを出すマガドリ様がいたが、誰も自分に注意を向けていないことに気づいて『気のせいねー?』とすぐに神棚に引っ込んでいく。

 

「あぁ、あれだろ? 栄養を食事でとりきれなかったり、バランスを取るために飲むサプリメント。

 でもよ、そんなん健康を意識してたり、疲労回復やらでも使ったりするもんだろ? つうか女の方が使うイメージあんだけど」

 

「えぇそうよ、本来ならそれが正しい使い方ね」

 

 檜山の言葉に舘羽は頷くが、おもむろに部屋の片隅に置かれていた段ボールの一つを見て、目をギラリと光らせた。

 

「これね」

 

「あっ・・・」

 

 段ボールに手をかけられると同時に小城が上げた『やべっ』とばかりの声が他の所員の興味を引き、金田一が段ボールの中を覗き込む。

 

「え? ペットボトルの水とカロリーメイト? なんすかこれ? 非常食?

 あっ! 警護の仕事用とかっすか?」

 

「違うわよ。まぁ仕事内容次第ではあるけど、『自分だけが食べるわけじゃないから』って所長は外食とかコンビニで買ったりしてるわ。

 金田一くんと仕事した時だってファミレス使ってたでしょ?」

 

「あ、そっか」

 

 金田一は納得するが『じゃぁなんで?』って顔をして小城を見ると、小城は気まずそうに目を逸らす。どうやら小城は自分から説明するつもりがないらしい。その様子にわざとらしいほど大きな溜息をつかれ、小城は怯えるようにビクッと肩を震わせた。

 が、舘羽が説明と説教をしようとしたところで事務所側の扉が開き、見ればさっきから姿がなかった揚羽が大きなおぼんにたくさんのお握りといくつかのおかずと空のお椀を乗せ、その足元には味噌汁が入っているだろう小鍋を持ったるりが入ってきた。

 

「皆さん、お昼にしませんか?」

 

「お味噌汁もあるよ。

 おかずもまだお母さんが持ってくるから」

 

「揚羽くん、るりちゃん」

 

 結構な量の荷物を持つ二人を見て小城がすぐさま立ち上がり、揚羽のおぼんを受け取ったところで徹もるりから味噌汁の入った小鍋を受け取る。

 

「ありがとうございます、所長。

 まだあるので持ってきますね」

 

「いや荷物を持っての階段往復は大変だし、男手があるんだから僕らがやるよ。揚羽くんとるりちゃんは舘羽くんと一緒に、食べれるように場所を作っておいてくれるかい?

 応接机におにぎりとかは置いて、全員で並んで食べるのは難しいと思うからそれぞれのデスクで食べてもらう感じかな」

 

「それなら使い捨ての取り皿も出しておきますね。

 皆さんに何が食べたいかを聞いて、盛り付けて用意した方が食べやすいと思うので」

 

「うん、それがいいね。千家くん、金田一くん、僕と一緒に受け取りに行こう。

 徹達はこっちの手伝いを頼むよ」

 

『了解!』

 

 男性所員の揃った返事が響き、階段を降りていけば、緑が優しい笑顔で待っていた。

 

「あら、小城さん。あの子達の代わりに取りに来てくださったのね」

 

「いえ、なんだか僕のせいで用意してもらったようなので・・・ お昼時なんて忙しい時間なのにこんな手間をかけてしまって申し訳ない」

 

「いいんですよ。どれも大して手間のかかるものでもないから、かえって恥ずかしいくらい。それに私も、たまにはあの子達に出来立てのご飯を食べさせてあげたいの。

 一人暮らしで食事を作るのが大変でしょうし、今度我が家で夕食でもいかが?

 徹も一人だった時は食事を疎かにしていたみたいだから、小城さんのことも心配なのよ」

 

「・・・ありがとうございます。

 ですが、「悪いなんておっしゃらないで? あなたが来ると徹も娘達も喜ぶわ」

 

 断ろうとした小城の言葉の先を奪うように告げる緑の目は優しく、その優しい母親の視線をどうすればいいかわからなくなって、困ったように笑うしかなかった。

 

「わかりました。その時は是非」

 

「えぇ。今夜にでもあの子達と話し合って、明日あたりにいくつかの予定日をお伝えしますね。

 何がお好きかしら?」

 

「あまり食事を好んでとろうとしていなかったのですぐには浮かばなくて・・・ 少し考えてみます」

 

「緑さん、他に何か持っていけばいいものってありますか?」

 

「ありがとう、千家くん、金田一くん。

 急ぎで準備したから卵焼きとウィンナーしかなくてごめんなさいね、食べ盛りの男の子達にはこれだけじゃ足りないわよね・・・」

 

 申し訳なさそうに俯く緑に金田一が力いっぱい首を振る。

 

「そんなことないっすよ! おにぎりなんてこんなにたくさんあるし、具沢山の味噌汁だってありがたいっす!」

 

「そうですよ、緑さん。バイト先で出来立ての昼飯が出してもらえるなんて、それだけでも大感激です。

 本当にありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!」

 

 千家と金田一の熱弁と勢いのある感謝の言葉に緑は目を丸くするが、すぐに嬉しそうに笑った。

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ。

 でも、今度はもっとちゃんとしたものを作ってあげたいから食べたい物があったら教えてね。ここはカフェだからどうしても軽食やデザートばかりになってしまって、男の子には物足りないでしょう?

 今度は唐揚げとか、ハンバーグとか、トンカツとかたくさん作ってあげる」

 

「いいんすか! 緑さん!」

 

「えぇ」

 

 食い意地が張った金田一が面白いぐらい食いつき、小城が止めるタイミングを失っていると千家が扉に近づいた人影に気づいて金田一を引っ張った。

 

「はじめ、カフェも忙しくなる時間なんだからそろそろ行くぞ。

 所長、扉の開閉をお願いできますか?」

 

「あぁ。

 緑さん、このお礼は改めて」

 

「お礼なんていいんですよ、小城さん。

 私もあの子達もあなたが好きだから、喜んでほしいからしてるの」

 

「・・・それなら僕からも緑さん達が喜びそうなお菓子を選ばせてください。

 僕も、皆さんの喜ぶ顔が好きなんですよ」

 

 彼女から向けられた優しさをなんとか返そうと言葉を選ぶと、緑がまた嬉しそうに微笑んだのを見て小城は胸を撫で下ろした。

 そうして荷物を持って階段を上ると、金田一が不思議そうに問いかけてくる。

 

「所長って、優しくされんの苦手なんすか?」

 

「はじめ、おまっ!」

 

「うん、苦手だね」

 

 咎めようとする千家に小城は隠す気もないとばかりに素直に頷く。

 

「青春とか、友達とか、人の情とかに無縁な人生だったから、僕は人からそうした綺麗な感情を向けられるのが苦手なんだ」

 

「え? は?」

 

 小城の返答に金田一は意味がわからないとばかりに首を傾げているが、小城はその様子に怒ることはなかった。

(わからないんだろうなぁ、君には。いいや、小城拓也()の人生なんて誰にもわからない方がいい。

 そして小城拓也()の中にいるのか、それとも乗っ取ってしまっているのかよくわからない『俺』のことも)

 

「いや、ちょっと意味わかんないっす。

 だって所長は皆にメチャクチャ優しくて、気遣って、幸せにしようとしてくんじゃないっすか」

 

 金田一からの予想外の発言に、おもわず小城は振り返って固まってしまう。

 だが金田一はさらにかまわず続け、むしろ千家に同意を求めるように『なぁ?』と視線を向ける。

 

「あんたはさ、怪我したら心配したくなるし、怪我させた奴を許せねー!って怒りたくなるし、もっと美味しい素敵なもんを食ってもらいたいし、一緒に飯食って笑い合いたい。そんな人なんだよ」

 

 彼らしい飾らぬ言葉は、主人公が口にするにしては正直カッコいいとは言えないものかもしれない。

(あぁ君は・・・ 本当に太陽みたいだなぁ)

 だが、だからこそ金田一()の言葉はいつも人に寄り添っていた。

 そんな言葉は当たり前だと、彼にとっては何気ない日々の一言だと伝わり、そうした言葉が多くの人を救ってきたことを彼自身はきっと一番わかってない。

 

「だからさぁ、もっと自信持ってくださいよ。所長はウチの大黒柱で、なんかあったら大変なんすから。

 所長から司令塔が徹さんに変わった後、皆めっちゃピリピリしてスゲェ怖かったんで、俺あんな状態で仕事すんのもう絶対嫌っす!」

 

「それ、徹さんにチクっとくな」

 

「マジでやめて!? 俺の明日のバイトが徹さんと座学って名の牢獄になっちまう!」

 

「徹さんだけじゃなくて狩谷さんとか、檜山さんに話すともっとおもしろ・・・ じゃなかった。話すのが必要だよな」

 

 楽しそうな二人の声を聴きながら、小城は自然と口角をあげていた。

 

「そうだね、その前に腹ごしらえといこうか」

 

「所長も千家をとめてくださいよ!?」

 

 階段でワイワイしすぎたからか、こちらからドアノブに手をかける前に揚羽が扉を開け、緑とよく似た優しい微笑みをもって出迎えてくれる。

 

「皆さん、重たいのにありがとうございます。

 こちらも準備が出来てますよ」

 

 応接机には先に持ってきていたおにぎりと小鍋に入っていた味噌汁はお椀によそわれており、人数分のお茶も準備万端。そこに金田一と千家が持ってきた追加のおにぎりと味噌汁の鍋、卵焼きとウィンナーを並べれば室内だがまるでピクニックのようだ。

 

「おにぎりの具は昆布と梅、鮭とおかか、明太子と何も入ってないものの六種類です。

 お好きなものをどうぞ」

 

 全員が箸と取り皿を持ったところで小城が一度全員にストップをかけ、神棚におにぎり全種類を一つずつとおかずをバランスよく盛り付けてから全員で手を合わせ、次に須賀兄妹に向かって軽く頭を下げる。

 

「いろいろと手間をかけて申し訳ないね。でも、こうして用意してもらえたのは本当にありがたいから美味しく頂かせてもらうよ。

 いただきます」

 

『いただきます』

 

 小城の言葉に他の所員も続き、須賀兄妹は四人それぞれが喜びや照れ、申し訳なさそうに小さくなったり、母の料理を自慢げに胸を張るなどそれぞれだ。

 

「めしあがれ。

 特に所長は野菜いっぱいのお味噌汁、ちゃんと食べてよね」

 

「たくさん食べてください。

 足りなくなったら私が下で用意してきますから」

 

「おにぎり、私も手伝ったからちょっと小さいのもあって・・・ それはその、ごめんなさい・・・」

 

「母さんと揚羽達の手料理だ。しっかり感謝しながら、味わって食べるように」

 

「兄さんは一言余計」

 

 舘羽が徹の横腹に肘を入れて注意するが、当然妹からのそんな一撃は全く痛みにならないシスコンは平然としている。

 そうして皆が順におかずやおにぎりを取り始めるとるりがおずおずと金田一へとおにぎりを差し出し、金田一もるりへと優しく笑って視線を合わせた。

 

「は、はじめお兄ちゃん、これ・・・ どうぞ」

 

「おっ、るりちゃんが握ってくれたやつ? ちゃんと綺麗に握れてて凄いじゃん!」

 

 そう言ってその場でおにぎりをパクッと口に放り込んで、しっかり飲み込んでからるりへと笑いかけた。

 

「スッゲーうまいんだけど! るりちゃんが握ったおにぎりは全部俺のものだー!!」

 

「は? 僕のものだが?

 むしろその皿に乗ってるのを譲ってやっただけでも、かなり譲歩してるんだが?」

 

「ひっ!? いやでも、シスコン相手でも負けられねぇ!

 るりちゃんのおにぎりを食べるために、俺は立ち向かう! じっちゃんの名にかけて!」

 

「はじめ、お前さぁ・・・ なんでもかんでも祖父さんの名前にかけるのやめてやれよ」

 

 おにぎりを奪い合うためにかけられる祖父の名、安売りもいいところである。

 そんなしょうもない戦いから少し離れたところで狩谷が黙々と食事をしていれば、檜山がおにぎりとシンプルなおかずを食べながら鼻を啜ったので舘羽が頭をペシペシ叩く。

 

「人の頭叩くんじゃねぇよ、舘羽。

 つうか、なんだよ」

 

「べっつに~。今度作る時は麗美ちゃんにも参加してもらって、あんた達の故郷の味も食べてみたいなぁって思っただけよ」

 

 舘羽のその言葉に自分が泣きそうなことがバレてるとわかり、檜山は無理やり表情を変える。

 

「へっ、イナゴの佃煮出してやるよ」

 

「いいわよ、そしたらこっちは金沢の郷土料理の発酵食品料理を山ほど出してあげるわ」

 

 ちょっと意味のわからない喧嘩が発生してるが、横で聞いてた狩谷は『どっちも普通に食べれそうだけどなぁ』と思いながら、その喧嘩もどきを眺めていた。

 

「所長、お味噌汁のおかわりいかがですか?」

 

「ありがとう、いただくよ」

 

 他の面々がそれぞれの席に散っているので、小城と揚羽は開いている応接椅子に座って並んで食べていると、揚羽は懐かしむように目を細める。

 

「事務所を開いた時も、こうして食事をしたことがありましたね」

 

「あぁ懐かしいね。まだまだ事務所を始めたばかりで、その時も舘羽くんに食生活がバレたんだったね」

 

「はい。あの時の姉様は兄様が同じような食生活を送っていたことを知ったばかりだったので、今以上に怒っていました」

 

「それは初耳だなぁ。

 まぁよほど食べることが好きじゃない限り、男の一人暮らしなんてそんなものだと思うよ」

 

「そうなんでしょうけど、やっぱり初めて目の当たりにすると驚いてしまうものですよ。

 母様の手料理を食べて、所長が兄様と同じ反応をなさったのもとても・・・ 驚きました」

 

「あぁ・・・ あの時は変な空気になってしまったね」

 

 小城は気まずそうに目を逸らすが、揚羽は静かに首を振った。

 

「いいえ、人には誰しもいろいろな事情があると知ったばかりだったので。

 私達が父を知らないように、母を知らない方がいても何もおかしなことはありません」

 

 

 

 思い出すのは昔というには日が浅い、事務所が出来たばかりの数年前のこと。今と同じような経緯で皆で食事を取ることになり、小城がおにぎりを口にした時、突然彼が涙を零したのだ。

 涙を零している当人である小城も困惑し、ただただ流れる涙を拭うことしか出来ず、申し訳なさそうに謝る姿は、兄である徹と共に生活を始めた舘羽達にとっては二度目の光景で、母である緑は息子にそうしたようにただただ優しく抱きしめた。

 

『大丈夫、大丈夫よ。寂しかったわね、辛かったわね。

 もう、大丈夫よ』

 

『っ!

 すみま、せん。少しだけ、本当・・・ すみません』

 

 声をあげて泣くことはせずに、ただ俯いて耐えるように流れる涙が止まるまで緑は小城を優しく抱きしめ続けたのであった。

 

 

 

「幼い頃に片親だった父を亡くして、家庭の味とは無縁だったから・・・ 自分があんな風に泣き出すなんて想定外だったよ」

 

 自分の不幸だというのに笑いながら語る小城を、揚羽はどこか悲し気に見つめているのを彼は気づかない。

 

「懐かしむ記憶もなくなったと思っていたのに・・・ どうしてかな? 明太子のおにぎりを食べると何故か懐かしい」

 

 そう言って食べているおにぎりを眺めながら、さっきとは違うどこか泣きそうな、懐かしそうな表情をしていた。

(『知っている』と『覚えている』は違う、これが俺と彼の違いなんだろうな・・・

 でもだとしたら、俺は・・・ 僕は、どっちなんだろうな)

 体は小城、魂は転生した誰か。

 その誰かのことも彼はもう何も覚えていなくて、この世界のことともう一つの彼らの未来のことも知っている。

(我がことながら改めて考えようとすると、意味がわからない)

 神様とやらに会った記憶もなければ、前世とやらの記憶もない。

 気づいたらあのトイレで倒れて、就活が終わって、現実逃避して、たまたま彼らと出会った。

 そこからはもう必死で、出来ることを全部やって、小城の能力の高さもあってどうにかやってこれた。

(ていうか犯人のスペックってヤバすぎなんだよ、この世界・・・ いや知ってたけどさぁ)

 自分が小城拓也なのは間違いなくて、けれど転生した誰かの知識にも助けられていて、どちらの人格というほどわかれているわけでもないから混ざり合ったのが今の自分だとは思っている。

(だから油断してたんだ。

 俺にも、()にも懐かしいなんて思うほどの何かがあるなんて思っていなかったから)

 小城の記憶の一番古いものは八歳の時の誘拐事件であり、それ以前のことを思い出そうとすると記憶に靄がかかりだす。だから、思い出すことなんて出来ないと思っていた。

 けれど食の記憶とは不思議なもので、明太子のおにぎりを口にした時に溢れだした涙にはひどく戸惑った。

 それまでだって明太子は食べていた筈だというのに、母親が子どものために握ったおにぎりが、ありふれた家庭の味が心の琴線に触れたのだ。

 

「美味しいよ、とても」

 

 握りたてのまだ温かいおにぎり、シンプルな味付けの卵焼き、炒めただけのウィンナーと野菜たっぷりのお味噌汁。子どもが好きそうで、比較的すぐに作ることが出来て、野菜は食べやすい味噌汁に入れてしまう家庭料理。

 でも、たったそれだけの料理すら(小城拓也)の記憶にはない。

 こうした食事こそが小城からしたらどれほどお金を出しても手に入らない、とても贅沢なものだったのだろう。

 

「もしよろしければ、私に所長のお弁当を作らせていただいてもいいでしょうか?」

 

「えっ、それは悪いよ」

 

「いえ! 母に料理を習いたいので、自分では味見に自信がありませんし・・・ かといって兄様達に頼むと忌憚のない意見をいただくことが難しくなってしまいそうで」

 

 おずおずと伝えてくる揚羽がちらりと徹達を見るとおもわず納得してしまい、笑いながら頷く。

 

「そうだね、それじゃぁありがたく頂こうかな。

 ただし、材料費と時給は払わせてほしい」

 

「時給なんていただけません! むしろ私が頼み込んでる形なんですから本当なら材料費だって・・・」

 

「駄目だよ、時間外労働なんだから。

 感想だけじゃ見返りとしては足りないから、僕から渡せるのはお金ぐらいだ」

 

 すぐさま断ろうとしている揚羽に小城がきっぱりと言い切ると、徹と戦っていた金田一がしゃしゃり出る。

 

「えー? 迷惑じゃないなら別にいいじゃないですかぁ~。

 揚羽さんの手作り弁当、めっちゃ羨ましいっす!」

 

「あのねぇ・・・ 弁当作りは簡単な物じゃないし、材料費はかかるし、時間もかかるんだよ。弁当の中に入れるだけの量を作るなんて無理だし、彩りや味のバランス、汁気が弁当箱から出ないようにとか、工夫が必要なんだ。

 その労力に僕が出せるものなんて、お金ぐらいしかないだろう?」

 

「所長は気にしすぎなんすよ。

 『ありがとう』の一言でいーじゃないっすか」

 

「君や美雪ちゃんじゃあるまいし、そう言うわけにはいかない」

 

 ゆるい金田一に小城はきっぱりと断り、その様子から揚羽も受け取らないことが不可能だと理解した様子だった。

 

「美味しく作れるよう、全力を尽くしますね」

 

「それじゃぁ僕は心して食べないとね」

 

 揚羽の優しい心遣いに触れながら、せめて彼女へと優しく微笑みかけることが小城に出来る精一杯のお礼の形だった。

 





食事って不思議。
トラウマにも、大切な思い出にもなって、何気なく食べたもので誰かや何かを思い出す。



ちなみに作者は、幼い頃に食べた手作りっぽいクッキーに乗ってた銀色の塊がずっとわけわからんかったことがあります。
※トッピングのアラザンだったらしい
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