剣持警部とじゃないよ! 高遠さんとでもないよ! 女の子とだよ!
その日、金田一はワクワクしながら待ち合わせ場所で彼女を待っていた。
「金田一くん、お待たせ!」
背後から声をかけられながら肩を叩かれて振り向けば、そこには人気アイドル・速水玲香が立っていた。街中ということもあり、大きめの帽子をかぶってサングラスをかけているが、それでも彼女の可愛さは隠すことは出来ないらしく、金田一の隣に並ぶ彼女へと視線は集まっていく。
「怜香ちゃん、久し振り・・・ って感じは実はしないよなぁ」
「フフッ、そうね! なんだかんだ撮影とか、偶然居合わせたりしてちょこちょこ会ってるもんね。私達」
彼女へと振り返って金田一が笑えば、怜香もつられるように笑う。笑いながら、怜香は何か思いついたように横に並んだ金田一の耳元に口を持っていき、そっと囁く。
「でもなんかそれって、運命的でとっても素敵じゃない?」
「そ、そそそそそ、そうだね!」
それだけで金田一の顔が真っ赤に染まり、鼻の下はだらしなく伸びていく。金田一のそんな姿も可愛いとばかりに怜香は微笑み、彼と右腕に自分の左腕を絡ませて歩く。これで普通の男ならば彼氏持ちとして認識して、声をかけてくることはないだろう。
「でもさ、せっかくの休みなのに俺とデートでいいの? 怜香ちゃん」
「何言ってるの、金田一くん。せっかくの休みだからこそ、あなたと過ごしたかったの」
「でも、どっか遊園地とか、動物園とか水族館じゃなくて、俺がバイトしてる事務所の一階にあるカフェでいいなんてさぁ」
可愛いことを言ってくれる怜香に対し、金田一はどこか申し訳なさそうに、それでいて『本当にそれでいいの?』と不安になって聞いてしまう。普通なら男の情けない表情をしたら嫌になる筈だが、彼女は金田一へと明るく笑った。
「いいのいいの。話を聞いてると警察官とか、弁護士さんとか、いろんな立場の偉い人達も通ってるようなカフェなんでしょ? そう言う場所なら私でものんびり話せそうだし、どこかに楽しく出掛けるのも素敵だけど、二人っきりでのんびりおしゃべりするデートも素敵じゃない?
さっ、早く行きましょ」
絡ませた腕からさらに金田一の手と自分の手を重ね合わせて、握り締める。密着しすぎて歩きにくくすらある状態だが、金田一は顔を赤くしながら彼女がこけたりすることのないように慎重にカフェへと向かった。
あえて人目を避けるようなわざとらしいことはせず、堂々と歩いてカフェ『Butterfly effect』に到着する。
店内に入れば落ち着いた雰囲気と控えめに流れる音楽、小さな本棚には流行の雑誌と新聞、いくつかの写真集。店内にはコーヒーや紅茶の香りが漂い、カウンターからは店主である緑が優しい笑顔を向けてくる。
「いらっしゃいませ」
休日だというのにお手伝いに勤しむるりが母である緑と揃いの襟付きシャツとエプロンドレス姿で金田一達を出迎え、慣れた様子で席に案内してからお冷を出す。まだ十二歳の女の子が働く姿に怜香が目を丸くして、ついつい目で追ってしまう。
「あの子は?」
「あの子はここの店主の緑さんの娘さんで、末っ子のるりちゃん。
るりちゃんのお兄さんは事務所の副所長やってて、お姉さん二人は事務で働いてるんだよ。るりちゃんもだけど皆スッゲー仕事出来て、頭もいいんだよ」
るりのことを気にする怜香に金田一がざっと説明していると、左目の色に気づいたらしくじっと見つめた。
「フーン? なんだか不思議な目の色をしてたけど、隠したりしてないのね」
「前は隠したりしてたみたいだけど、お母さんとお兄さんと同じだから隠したくないんだってさ。
お兄さんは妹が三人もいるってのに全員にデレッデレでさぁ、るりちゃんからその言葉を聞いた日は声をあげて泣いちゃって大変だったんだってさ」
舘羽から聞いた話を語ると怜香も少しだけ笑い、店内も軽く見渡す。
「良い雰囲気のお店ね、それに凄く静か」
「だろ?
コーヒーや紅茶は勿論軽食やケーキも凄い美味いから、遠慮なくどうぞ」
「うん。いただきまーす」
注文したイチゴのタルトを口に運び、その美味しさに彼女は驚いて目を丸くする。
「美味しい・・・!」
「だろー? 俺のケーキも好きなだけ突っついてどうぞ」
「え、いいの? ありがとう、金田一くん。
うん、こっちも美味しい!」
言いながら自分が頼んだベイクドチーズケーキを怜香へと近づければ、控えめにとって口に運んで、満面の笑みを見せてくれる。
(テレビに映ってる怜香ちゃんの笑顔も素敵だけど、やっぱりこういう屈託のない笑顔も素敵だよなぁ)
「金田一くんも私のイチゴのタルト、分けてあげる。
はい、あーん」
「えっ!? い、いや、自分で食べられるから・・・ 「あーん」
このまま食べるまで下げる気のなさそうなフォークに、金田一もつい周囲を見渡してから恐る恐る口を開ける。
「あ、あーん」
甘酸っぱいイチゴとイチゴの下に隠れた甘くて濃厚なカスタード、さらにそれらを支えるのはサクサクのタルト生地。語彙が少なく、ケーキに詳しくない高校生でもわかる約束された美味しさに本来ならうっとりするのだが、今は羞恥でそれらの味が全くわからない。
「美味しい?」
「うん、美味いね。イチゴのタルトも」
ほぼ味を感じていないが、可愛い女の子に聞かれて『味がしません』なんて素直に答えるバカはいないだろう。
「そ、それでさ、怜香ちゃんは最近どう?
あの事件から大分経つけど・・・ なんか変なことが起きたりしてない?」
話を変えるように聞いてみれば、彼女は金田一の質問に素直に頷いた。
「うん、雪夜叉の事件からは特に何も。
しいて言うならお父さんが事務所を突然移籍するように手続きをして、そのすぐ後に赤間プロダクションがスキャンダルとかいろいろでなくなっちゃったぐらいかなぁ」
「へー? 移動した先の事務所は大丈夫?」
「ありがとう、大丈夫よ。
でも、あのベテラン女優・三田村 圭子さんが所属する事務所に入ることになるなんて思ってなくて、たまーにすれ違うと凄く緊張しちゃうの」
『緊張している』という割には彼女に嫌そうな様子はなく、手に顎を置いて少し考えている様子だった。
「どうかしたの? ま、まさかベテラン女優さんが何か嫌がらせを・・・」
「ううん、そんなこと全然ないの。
でもなんだか時々向こうから視線を感じることがあるっていうか・・・ なんて自意識過剰よね。ベテランのあの人からしたら、十七歳の
自分で言いだしたのにそんな考えを否定するように首を振る彼女に、金田一は首は不思議そうに首を傾げ、何かに気づいたように指を立てた。
「怜香ちゃんが可愛くて、つい目で追っかけちゃってんじゃね?
ほら、あの女優さんも普通に結婚してたら子どもがいてもおかしくない年齢だしさ。もし自分が子どもを産んでたら~とか考えちゃったとか」
「そう、なのかなぁ?」
三田村の視線が気になるのか、怜香は首を傾げつつ、金田一の言葉に素直に頷く。
「金田一くんはどうだったの?
長野のホテルで起こった事件と北海道の事件は話題になったから知ってるけど、普段は事務所でどんなことをしてるの? やっぱり、雪夜叉の事件の時みたいに推理したりしてるの?」
「いいや、全然。
北海道の事件の時は推理したけど、普段は体力作りとか、いろんな勉強してばっかでさ。あとは迷子の猫探したり、事務仕事を教えてもらったりしてるんだ」
「へぇ~、意外。
地味そうな仕事だけど、金田一くんは嫌じゃないの?」
「最初はさ、正直筋トレとか、座学とか嫌だったけど・・・ 先輩とか、所長とかがスゲー良い人で、教えてくれる全部が『俺のためなんだなぁ』ってわかっちまってさ」
少し照れくさそうに金田一は語り、これまで事務所の皆がしてくれたことを次々と思い出されていく。
「俺が悩んでたら話を聞いてくれる所長がいて、性格と物言いはきついけど俺の意志を尊重してくれる副所長がいて、いつもは笑ってるけど時々めっちゃくちゃおっかない目してるイケメンな先輩がいて、言い方はきついけどなんだかんだで俺を助けるために動いてくれる先輩がいるんだよ。
で、事務方のさっきのるりちゃんのお姉さん二人はさ。一人はスゲー男前! 多分ウチの事務所で一番カッコいい人でさ、何でもかんでもバシッバシッと決めてくれるんだ。で、もう一人はスゲー優しい。事務所の良心みたいな人で、凄い気づかいの出来る人なんだ。
んで、いつの間にかリア充になってる幼馴染も俺と一緒にバイトでさ、ここのカフェにもミス研の先輩後輩が行きつけにしてて・・・ なんか俺、この事務所のバイトになってから、毎日めっちゃくちゃ楽しいんだ」
嬉々として事務所の皆について語る金田一に怜香は少し驚いた顔をするが、すぐに笑顔になる。
「なんか安心しちゃった」
「え?」
「ほら私、芸能人でしょ? あわない事務所に配属して潰れていっちゃう子とかも知ってるから。
金田一くんも名探偵のお孫さんとして有名で、あなたの名前が欲しくて事務所がアルバイトとして入れたってこともなくはないじゃない?」
彼女自身、穿った見方の自覚はあるのか、金田一にしか聞こえない程度の声量に抑えて告げてくる。
「でも、金田一くんの話を聞いてたら、全然そんなことない。むしろアルバイトの金田一くんも大切にする素敵な事務所なんだなぁってわかったから、安心したの」
「怜香ちゃん・・・ ありがとう、心配してくれてさ」
「だって、金田一くんも私のことを心配してくれたじゃない。当たり前よ」
ペカッと明るい笑顔を向けてくる金田一を眩しそうにしながら怜香も笑っていると、店内に美雪とえみり、さつきとるい子という不動高校屈指の美少女・美女四人組が入ってきて、金田一らと目が合った。
『あっ・・・』
るい子を除いた全員が声を揃え、一瞬の沈黙が場を支配する。そして、一呼吸置いた形で楽しそうにるい子が口を開いた。
「あらあら金田一くん、アイドルとお茶してるなんて凄いじゃない」
「る、るい子先輩、ちーっす・・・ そそそそ、それに皆さんお揃いで。今日はイチゴのタルトが絶品ダヨ?」
「フーン? はじめちゃんの前にあるのはベイクドチーズケーキだけど」
「あれれー? おっかしいなー。怜香ちゃんの前にはイチゴのタルトがありますね? これってつまり、金田一先輩は怜香ちゃんのイチゴのタルトを食べちゃったってことですかぁ~?」
不機嫌に指摘する美雪とどっかの名探偵坊やの台詞のようにわざとらしく大きな声を出すえみりに、金田一の額からは冷や汗が流れる。
「あら七瀬さん、お久し振り。それから他の人は・・・」
「こらこら、二人とも。プライベートでのんびりしてる速水さんに突っかからないの。それに金田一くんが速水さんと仲がいいって学校でも有名な噂なんだから、今更気にするようなことじゃないでしょ?」
怜香が何かを言って口論になる前にさつきが間に入り、静かに距離を取らせる。
「ごめんね、金田一くん、速水さん。ごゆっくり。
るい子ちゃんも笑ってないで、えみりちゃんの方を連れてって」
「はいはい。
金田一くん、デートの後が楽しみね?」
親友の言葉に素直に従ったるい子がえみりの背を押す形で離れた席に四人が座ったのを見届け、金田一はホッと胸を撫で下ろした。
(た、助かったぁ~。さつき先輩、ありがとうございます!)
内心でさつきへと拝むように両手を合わせ、深い感謝を告げる。だが正直、あとが怖い。
「金田一くん、今の子達は?」
「あぁ、えっと・・・ 間に入ってくれた人が高校の先輩で、チア部のさつき先輩。後ろで意味深に笑ってたのがミステリー研究会の元部長のるい子先輩。で、ケーキを覗き込んでたのがミス研一年のえみりちゃん」
「フーン・・・ 金田一くんの周りには可愛い子ばっかりね」
何故かやや不機嫌になってしまってる怜香に冷や汗が止まらず、どうしようかと焦りだす。
が、金田一のそんな内心を見透かすように彼女はクスリと笑った。
「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫。金田一くんはとっても素敵な人だし、撮影で足を運んでるから不動高校に美人とか美少女がいることはわかってるもの。
それにあの子達はアイドルの私がここにいるって騒いだりもしないで、普通の女の子と変わらない・・・ それこそクラスメイトがここにいても同じ対応をするようなことをしてくれてるから、全然怒ったりしてないわ」
そう話す彼女は雪夜叉事件の時にお礼に来た時と同じ素の表情で、どこか嬉しそうにも見える・・・ 年相応の女の子の表情だった。
「そんなの当たり前だろ? だって今ここにいる怜香ちゃんは、どこにでもいる普通の女の子なんだからさ」
金田一の言葉に彼女は一瞬だけ目を丸くし、溜息をつきながら微笑んだ。
「あーぁ、もう・・・ そう言うところがホント、金田一くんだなぁ」
「え? それってどういう意味?」
「凄く素敵で、かっこいいなぁってこと」
「え?」
怜香が言ったことが意味がわからず、問い返そうとすれば彼女は席から立ち上がった。
「ねぇ、上の事務所を見学することって出来る?」
「え、あ・・・ どうだろ? 俺、今からちょっと事務所に行って聞いてくるから、怜香ちゃんはちょっとここで待っててもらってもいい?」
「うん。なんかわがまま言ったみたいでごめんね?」
「いいって、いいって! それに事務所でもアポなしで来るお客がいるから、こういうことに慣れてるし。ちょっと行ってくる」
彼女の思いつきに金田一はすぐに事務所に駆けて行ったことで一人となり、そうすると自然と離れた席にいる美雪と目が合う。そして、怜香は美雪を挑発するように笑い、聞こえなくても通じるようにはっきりと口元を動かす。
「彼とのデート、羨ましいでしょ?」
そんなことを呟く彼女はアイドルではなく、どこにでもいる恋する女の子だった。
何とデートのお相手は今作でようやく登場しました、金田一ワールドの人気アイドル・速水怜香ちゃんでした。
主人公である小城と縁が深いのに、四十話超えてから初登場って凄いな(笑)
彼女については語りたいようで、ネタバレになること考えると語っちゃいけないので本文で書いてあることがすべてということで。