四話目-。
「きゃああぁぁぁーーー!」 「と、当麻さん!?」
「誰か医者を・・・!」 「いや、警察だ!」
美雪の悲鳴とエドワードの困惑する声、医者や警察を呼ぼうとするなどの大騒ぎの中マリアがゆっくりと死体に近づいたのを見て、小城が彼女の肩に手をかけて止める。
「マリアさん、死体の傍に近寄りすぎるのは危ない。何かあるかもしれません」
「小城さん、ありがとうゴザイマス。ですが、監察医デアル私が死体を見るノガ、一番確実ダト思います」
「それは・・・ 確かにそうですね。邪魔になるかもしれませんが、僕も傍にいましょう。仕事で慣れていたとしても、女性だけが何があるかもわからない死体の傍に不用意に近づくのは僕が不安になってしまうので」
「ダンケシェーン」
二人で遺体の傍へ近づき、マリアが触れることなく当麻の遺体を確認すれば、ざっとではあるがわかったらしく小城へと頷いた。
「皆さん、これは殺人です」
ざわざわと騒ぐ面々へと振り向きながら告げれば、彼女の口から現状を少しでも理解したい彼らは沈黙していた。
「死因は心臓からの出血による失血性ショック死・・・ ヒトは死ぬと全身の筋肉が収縮し硬直します。当麻サンの場合、硬直が既に下顎にまで出てるようですから、死後二時間は経っているでしょう」
マリアの経験や知識から基づく確かな推測から告げられた時間に明智が金田一へと蝋人形を運んだ時間を尋ねれば、金田一は十二時半だという。明智は今現在、時計が二時半を示していることを確認してから告げる。
「ということは、蝋人形が殺される前に当麻さんは既に殺害されていたってことですか」
「お、おい! そんなことより警察に電話しなくていいのかよ!?」
「そ、それが・・・」
真木目が南山へと問えば、彼は言いづらそうに言葉を濁す。
「この城には電話や通信機などは、一切置いていないのです・・・」
「それじゃどーやって外と連絡とんだよ!?」
「とにかくMr.レッドラムと連絡を取って頂戴!」
「レッドラム様はこの城にはおられません」
「なんだって!?」
ざわざわと騒がしい中で小城は携帯を確認してみるが生憎の圏外。
(あぁ、これは・・・ 多分、車も駄目だろうな)
密室を作り上げられたことを悟って最悪車が破壊されてることも覚悟した小城とは違い、金田一と明智が先頭を切って車が置いてある中庭へ走って向かって行った。状況が嫌な方向に進んでいることを理解してゆっくりと歩いていけば、皆から遅れて玄関に到着すると金田一がすぐに駆け寄ってきた。
「所長、跳ね橋を動かす機械がぶっ壊されてました!」
「あー、そう来たかぁ・・・」
苦笑いしか出来ず困った顔で笑っていると、何人かの視線が突き刺さるがとりあえず雨に濡れている金田一くん達を見て、すぐに動く。
「南山さん、皆さんにタオルをお願いできますか」
「は、はい! すぐに!」
「皆さん、こんなところにいつまでもいても体が冷えます。一度、暖炉の部屋に戻りましょう」
「確かに小城さんの言う通りだ。
雨にも濡れてしまったし、状況がわかったのならこんなところにいたら風邪をひいてしまいますしね」
小城が冷静に告げればエドワードが同意するように頷き、全員が最初に集まった部屋へと戻る。
が、部屋に戻って濡れた体を温めたところで、坂東が南山へと詰め寄り、責めていく。
閉じ込められたことも、この城のどこかに殺人鬼がいることも恐ろしい。もうここには居たくない!と殺人現場を見てしまった人間としては非常に正常な反応を彼はしているのだが、女性どころか女子高生すらいる中で大の男が叫んでいる事実に周囲も冷めた視線を送らざるを得ない。
「あーっ、もしもし?」
そんな彼にエドワードが話しかけたのでてっきり宥めるのかと思っていたら、その口から飛び出してきたのは斜め上過ぎる発言だった。
「いえね、大したことじゃないんですケドね! 犯人を割り出す手掛かり、一つだけあるような気がするんですけどね?」
(いや違う、そうじゃない。パニックになった人間になんでさらに不安要因を足そうとする?)
小城が頭を抱えたくなる衝動に耐えてあえて興味深そうにエドワードを見ていれば、小城の内心を誰よりも理解しているだろうマガドリ様が慰めるように肩を叩いた。エドワードはまた話の中に叔母を交えながら、犯人は
「手紙を知ってる奴ならもう一人いるぜ?」
「何?」
が、それは金田一によって否定された。
「Mr.レッドラム本人さ」
その事実を突きつけられて皆が驚くが、この城のどこにいるのかわからずに青ざめたままの坂東に金田一はさらに付け足す。
「俺が言いたいのは、この中に正体を隠した『Mr.レッドラム』が紛れ込んでいるんじゃないかってことですよ!」
「な・・・!? Mr.レッドラムが、この中にいるだと・・・!?」
「あっ、そーゆ―ことでしたか・・・!」
全員の恐怖が先程よりも青くなれば、エドワードがさらに何か気づいたように漏らす。
「エディ、どうかしましたか?」
「いやぁ、レッドラムってどこかで聞いた覚えがあると思ってたんですが・・・ 皆さん、『シャイニング』ってホラーをご存知?」
「シャイニング?」
小城と明智、そして多岐川が理解したように頷くとわかっていなかった者の代表である金田一が問い返した。
「映画にもなったアメリカの作家、スティーブン・キングの小説よ。
コロラドの古いホテルを舞台に亡霊に取り憑かれた男が家族を殺そうとする、ホラーの傑作ね・・・」
エドワードが何を言いたいかを正しく理解している一人である多岐川が、どこかぎこちない表情で説明する。
だが、意味がわからない坂東は叫ぶ。
「そ、それがなんだと・・・!」
「その中に『レッドラム』という言葉が出てくるんですよ。いいですか? R・E・D・R・U・M・・・ こいつを逆に書くと」
説明しながらエドワードはテーブルのクロスで文字を書いていけば、REDRUMの下に
「MURDER!? 殺人!!」
多くの者が恐怖に震える中で、数少ない表情を変えない一人であるエドワードはさらに続けた。
「つまりこの十人の中に、自ら『殺人者』を名乗る人物が紛れ込んでいるんですよ」
「レッドラムが、俺達の中に!?」
その事実を知って真木目が南山へとレッドラムの正体を教えろと詰め寄るが、彼もまた参加者と同様にレッドラムと会ったことがなく、二か月前に彼が所属してる秘書派遣会社に小包が届いた。その中には
「ですから私自身、この城に来たのも今日が初めてで・・・」
(そんな仕事を何で受けちゃうんだよ・・・ 怪しさしかないじゃん、そんなの)
小城がそんなことを思ってる間に今度はアンダーソンが南山を質問攻めにしており、明智だけが彼が南山を質問攻めにしている意図を理解しているように眺めているのがわかり、そこから小城もレッドラムが彼をなんと紹介していたかを思い出した。
(英国犯罪心理学の権威、か。なるほど、肩書だけじゃないってわけか)
「何を聞いても無駄だ! どうせ口からの出まかせに決まってんだろ!」
が、質問の意図がわからない坂東がまた叫んでいた。
「イイエ、Mr.南山はウソ言ってないデス!」
だが、それをアンダーソンはすぐに否定する。曰く、彼の質問によどみなく全て答えた方が逆に嘘をついている可能性が高く、彼が嘘をつくなら縦書きだとか、消印などを何と答えてもかまわない筈であること。だが、それらに対して彼らは『思い出せない、忘れた』と答えた。これは彼が真実を話しているからだと断言する。
「人は噓をつく時、疑われるのを恐れて必要以上に詳しく話すもの・・・ なるほど、さすがは犯罪心理学者ですね」
明智がアンダーソンを褒め、さらに南山に依頼主について思い当たることがないかを尋ねたが、何も情報は得られなかった。
「それじゃぁ・・・ レッドラムという人が、男か女かもわからないんですね?」
マリアの呟きにエドワードがようやく冷や汗をかいて、恐怖を露にする。
「どうやらボク達はまんまと、ネズミ捕りの中に飛び込んでしまったようですね?
Mr.レッドラムの
「そ、それじゃぁこのミステリーナイトは、はなっから殺しのために企画されたってのかよ!?」
「あぁ、しかもこのイベントは三泊四日。まだ日程が三日も残ってる」
怯える真木目に金田一が頷き、今日がまだ始まりにしか過ぎないのだと突きつける。
「つまりMr.レッドラム自作自演の殺人劇は、まだ幕が上がったばかりということさ。
一歩も外に出られない監獄のような、この蝋人形城を舞台にね」
金田一によって改めて突き付けられた残酷な現実に、皆が神妙な雰囲気となったところで小城が動いた。
「こらっ、金田一くん」
「あいてっ! 所長、なんで叩くんすか!?」
「殺人を前にして不安や恐怖を感じ、さらにここに犯人がいるかもしれないなんていう不信感を抱かなきゃいけない状況で、どうしてさらに追い詰めるようなことを言うのかな?」
「でも、事実で・・・「事実だからと言って、改めて突き付ける必要はないよね? 現にそんなことを言われたところで、犯人であるレッドラムが親切に名乗り出てくれるわけもないんだ」
小城はぐるりと全員を見渡し、最後に時計を見る。
「皆さん、今日はもう疲れたでしょう。もう三時になってしまいますが、明日に備えて少しでも向けて体を休めた方がいい。
もっともこんなことがあった以上そう簡単には眠れないかもしれませんが、ベッドに横になるだけで体の疲れはとれるはずです」
小城のその言葉がお開きの合図となり、部屋から一人、また一人と去っていく。その最中に室内にいた誰かの何かに気づいた美雪が『意外』と呟いていたのだが、誰もそんな些細な一言を気にする様子はなかった。
小城ら四名以外が部屋を出たところで、明智が小城へ切り出した。
「小城くん、この後付き合ってもらってもいいですか?」
「かまいませんよ、あれこれと城内をお調べになるんでしょう?」
言われるとわかっていたとばかりに頷けば、金田一が元気よく手をあげる。
「勿論、俺も付き合います! 美雪を一人で行動させんのも心配だから連れていきまっす!」
「はぁ・・・君達もすぐに休んでほしいんだけどね・・・」
「こんな状況下で調べないで布団に入るとか無理っしょ。まぁ俺らもこんななことを考えるとこんなツアーに参加する人達なんだ、他の人もなんか調べたりしてるかも知んねぇっすよね」
(本当に推理とか事件とか大好きな変人はそんなんばっか・・・ 命知らずとか、考えなしとか、猪突猛進というかさぁ)
目の前にいる
「では、調査に行くとしましょうか」
その頃、城のある場所にて二人の人影が何やら話し合っていた。
「やっぱり、これは復讐なんじゃ!? あの事件に関わる誰かが・・・!」
「バカ言うな、あの事件はとっくに迷宮入りしたんだ!
“例の二人”のことだって、知っているのは俺達と死んだ当麻だけだろうが!」
一人は何かに怯え、もう一人はそんな相手の意見を否定し、断言する。
「お前は疲れてんだ。早く部屋に戻って寝ろ!」
「じゃ、じゃぁ・・・ お先に」
怯える相手が目障りだとばかりに追い払えば相手は素直に従って出ていき、残った人影は舌打ちした。
「ちっ! ビビりやがって!
――― いや、待てよ? そういう芝居をしているのかもしれない」
ついさっきまで話していた知っている誰かを本心からは信頼できない何かがあるとばかりに、人影は何かを考えるように顎に手を当てた。
「まさかあいつが裏切って?
そうだ・・・ 人形だ! あれを調べれば何か・・・」
何かを理解したその人影 ――― リチャード・アンダーソン ――― は目的の蝋人形がある部屋へと向かって歩き出すのだった。
一方その頃、小城らは順番に部屋を確認し、簡単な城内の地図を作成していた。
「小城くん、何かわかりましたか?」
「うーん、現段階では何から調べればいいかもわかりませんからね。しかも、城内が妙に薄暗いこともあって調べにくいですし」
慎重に部屋のあちこちを見たり、調べたりしているにもかかわらず仕掛けは見当たらず、マガドリ様に至っては十二時を過ぎたからずっと小城の肩で寝っぱなしである。
「そうですか・・・ では、最後の部屋である蝋人形の部屋に向かいましょうか」
「なんで明智さんが仕切ってんですかねぇ」
「不満があるなら君は付き合わなくて結構ですよ、部屋に戻ってさっさと休んだらどうです?」
金田一が不満げにそんなことを言ったので、明智は速やかに部屋の方を指さして退出を促す。
「べーっだ! 誰があんたと所長を二人っきりになんてするかっての」
「金田一くん、その発言はいろいろと誤解を招くからやめてくれないかい?
僕は別に明智さんと二人っきりでも構わないし、こんな時間なんだから君と美雪ちゃんには早く休んでほしいのが本音なんだからね?」
「アハハ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。小城さん。
テスト前の勉強とかでこんな時間まで起きてることもありますし、友達とお泊り会だと眠れなくて朝までおしゃべりとかだってありますから」
美雪が笑いながらフォローしてくれるが、高校生という若さありきの徹夜におもわず目を細めてしまう。
(若さだなぁ・・・ だんだんと徹夜が無理になっていくなんて、想像もつかないんだろうなぁ)
そんな話をしながら蝋人形が並ぶ部屋に辿り着くと、そこには既にアンダーソンが自身を模した蝋人形がかぶっていた布製の帽子をめくって何かを確認していた。小城が遠くから声をかけるよりも早く、金田一がアンダーソンとの距離を詰めて突然肩に触れた。
「!?」
当然、突然肩に触れられたアンダーソンは驚いてしまい慌てて振り向き、その表情はどこか怯えているようにすら見えた。
「こんな所で何をしてるんですか? リチャードさん」
「き、金田一サン!
イヤ、チョット人形を見てました、ネ、よくできてマス、コレは!」
怯えてしまったことを誤魔化すように彼は目の前の蝋人形の出来を褒め、不思議そうに首を傾げる金田一に先程確認していた自分の蝋人形の頭巾をめくって、通常ならば見える筈もない耳の後ろの傷まで再現出来ていることを見せた。
「それはおかしいですね。
耳の後ろなんて見えない位置にある傷を、どうしてレッドラムは知っているんでしょう?」
「サァ? それはワタシにもわかりまセン。
ワタシにわかるのはこの蝋人形のデキがいいことと、レッドラムがワタシ達参加者のことをヨク調べているということぐらいデス」
小城の疑問に対しても肩を竦めてわからないと示し、アンダーソンは足早に扉へと向かう。
「ソレジャ、ワタシはこれで」
「あ、リチャードさん! あまり一人で徘徊しない方がいい、それと部屋に戻ったら施錠を怠らないように」
明智の当然ともいえるような警告にアンダーソンは不自然に硬直してから、ニヤリと笑う。
「ワカッテマース。
デモ、Mr.レッドラムはこの城の主デス。ドアにカギかけても無駄かもしれませんネ?」
そんな意味深な発言をしてから退出するアンダーソンに金田一が首を傾げるが、小城は目を細めて彼の言った言葉の真意を探ろうとする。
(ここに至ってなおも俺はなんでこの事件を思い出せないんだ? しかもあの言い方、明智さんに何かの疑いを持ってるってことだ。ってことは、明智さんが出発前に出した
「小城くん、金田一くん、七瀬くん、私達も今日はこの辺りにして休みましょう」
「そうですね。僕らも少しは休まないと」
「それじゃ行きますかぁ。ほれ美雪、城内暗いんだし、手も繋いでおこうぜ」
「っ! うん、ありがとう。はじめちゃん」
金田一の当たり前の優しさに温かい気持ちになりながら、美雪は差し出された手を握り返すのだった。
この時こそが生きていたアンダーソンを見た最期だったことを、彼らが知るのはそれから四時間後のことだった。
この事件が思い出せない小城。
でも正直仕方ない、だって事件が多すぎるし・・・