二話目―!
事務所の面々には単独での依頼だと説明し、『( ´ ▽ ` )ノそれならついてくー』と挙手したマガドリ様もやんわりと断って、拗ねたりへばりついてでもついて来ようとするマガドリ様を宥めるのにかなりの時間に消費することとなった。
(たとえ神様であっても、高遠さんとは出来るだけ関わらせたくないんだよなぁ・・・)
ついていかないことにかなり渋々ではあるが納得したマガドリ様が小城にくっついたり、翼で包み込んだり、執拗に何かしらのおまじないを行っていたが、これを拒否したら何が何でもついていくか、何故かその日はどう足掻いても目的地にたどり着けない謎現象が起きるかもしれないのでマガドリ様のしたいようにさせた。
だが、心配したのはマガドリ様だけではない。
揚羽からは旅守を渡され、マリアからもマガドリ様同様に何かしらの
(うーん、蝋人形城での怪我の一件がだいぶ尾を引いてるなぁ・・・)
北海道の霧深い奥地、湖の浮島にあるロシア風建築で作られた館を見上げながら、小城は高遠を待っていた。
(しかし、作家繋がりで橘先生にゴリ押しして貰って別荘に来る手はずを整えたのは無理しちゃったなぁ・・・ 特に橘先生に借りを作ったのは痛い)
だが、遺産相続の催しが近日に迫っている以上、幽月の知り合いと名乗って別荘に入り込むことは不可能であり、正攻法以外で侵入した場合の問題を考えれば多少無理をしてでも知り合いと名乗って別荘を訪れる方が確実だったのは間違いない。
そんなことを考えていれば少し離れたところにタクシーが停車し、素顔のままの高遠が小城を見てニコリと微笑んだ。
「おはようございます、小城くん。遅れてすみません」
「いえ、かまいませんよ。僕が少し早く来てしまっていたので」
(男同士でこんな待ち合わせデートのテンプレみたいなやり取りするのやめよう?
あとなんで高遠さんは毎回そんなに嬉しそうな顔してるの? 怖いんですけど!?)
そこで高遠は何かを思いついたように胸ポケットを探り、小振りのナイフをくるくると慣れた手つきで回す。
「高遠さん、突然ナイフを回してどうしたんです?」
「フッ、流石ですね。殺人鬼であり指名手配犯である私がこうしてナイフを取り出したにもかかわらず、君は動揺の一つもしない。
いえ、一応私は指名手配犯ということになっているので、もしあなたが私と共に行動し、あらぬ疑いを受けたら大変でしょう?」
「もう手遅れな気がしますが・・・ そうですね」
「ですから、その疑いを消すために私があなたを脅していることにしなくてはいけません」
「だからナイフを僕に突きつける、と?」
「ナイフ以外がご希望なら、一応言葉にしておきましょうか。
『私に従わなければ、あなたの大切な人達が大変なことになってしまうかもしれませんよ?』」
何かの通過儀礼のように告げられている筈の言葉だとわかってるにもかかわらず、演じることに長けている彼の言葉と表情はとても嘘だとは思えなかった。
(あの子のことを知られている以上、あんたの言葉を嘘だと笑えないんだよ。
それに・・・ いろいろなことに違いが生まれている以上、あの誘拐事件がいつ・どこで発生しても不思議じゃない)
原作にある速水怜香誘拐殺人事件は事務所の所属を変えたことで防いだつもりだったが、犯人の目的が己の人生を壊した諸悪の根源であるあの二人を苦しめるためならば、『同じ業界にいるトップアイドルと自分の息子を攫われても何もしない非人道的な人間』というだけでも外聞としては十分すぎるのだ。
「おやおや小城くん、そんな顔をしてはいけませんよ。いつもの君のように一枚仮面を被らないと。
それに心配しなくても大丈夫、私は君に無理に決断を迫ったりはしません」
高遠はそう言って微笑みながら、小城のすぐ隣に立ってその首元にナイフを優しく添える。彼がもし少しでも力を入れたら首の頸動脈は切れ、小城は出血多量によって死亡する。
そんな状況下だというのに抵抗一つすることなく、互いに静かに見つめ合う。
「他ならぬあなた自身が選んで行動しなければ、何の意味もありません。
小城くん、私はあなたが選んだ行動の最大の理解者でありたいと思っているんですよ」
「それは不可能かと。
現に今、あなたは僕がこの状況にどれだけ恐怖を抱いているかわかっていないんですから」
「そうでしょうか? 他の所員はともかく金田一くんが連れていたあの神様も連れてこないことを考えると、あなたは私と二人きりになることを望んでいた・・・ いいえ、神を含めた他の者を接触させることを恐れている。それは彼らも君と同様、こちら側にいた可能性があったからだ。
彼らが私の言葉で動揺し、矛を収めたはずの復讐の刃を振りかざすのではないかと、君は今も恐れている ――――― 他ならぬ君自身がそうであるように」
彼がその言葉を発した瞬間、小城の中で極寒の風が吹いたのを感じていた。
小城のそんな内面を見透かすように高遠の笑みは深くなり、『冗談ですよ』とばかりにナイフを下げて、数歩下がって距離を取った。
「さて、そろそろお迎えが来たようですよ。小城くん」
「そうですね、高宮さん」
今回この場でのみ使用する偽名を呼べば、返事の代わりに彼は口元を隠すように布がつけられていた目元を隠す仮面を身に着ける。
「お待たせして申し訳ありません。小城様、高宮様。
私、山之内先生の執事の田代と申します」
そう言って二人の前に立つのはシンプルながらも作りの良い執事服を纏った老紳士であり、その目はとても穏やかなものだった。
「すみません、先生が亡くなったばかりでお忙しいところを」
「いえ、こちらこそ山之内先生が橘先生とお約束していたことを把握しておらず、申し訳ないことを・・・ 橘先生がこの別荘の見学を希望していたとは」
「えぇ、現存しているロシア風建築でこれほど見事なものはありませんし、かつてこの屋敷を築いたロシアの貿易商に橘先生が関心を持たれたようでして・・・ この館の間取りや詳細を助手である僕らに現地取材をするように、以前から強く希望しておられたんです」
「ましてや人格者としても名高い山之内先生の別荘です。橘先生は作家としてだけでなく、個人的にも非常に興味深く思っておられたようでして。
長く勤めている田代さんからも先生や館についてお話を伺いたいのですが、かまいませんか?」
橘と共に作り上げたありもしない話とおべっかを駆使しながら船に乗り込み、小城と高遠が調査や幽月から直接聞いた山之内の話で田代との友好関係を深めていくのだった。
館に着く頃にはすっかり二人を信頼した田代はざっと館の間取りを説明し、かつてホテルとして使われていた頃の名残であるフロントとその壁にあるキーストッカーからマスターキーを手渡してきた。
「では、いろいろなところを見学なさるのならマスターキーをお持ちください」
「いいんですか?」
「かまいません。
橘先生の助手であるあなた方がおかしな行動をなさるとは思えませんし、一つずつに分けられている鍵を持ち歩かれるのも大変ですので」
虫眼鏡のような形をした金属の輪につけられた鍵の束を受け取りながら、小城は軽く館の中を見渡す。館の中に人の気配はなく、彼のその様子を見て田代が首を傾げる。
「小城様、どうかなさいましたか?」
「あぁいえ、橘先生から話を伺ってはいましたが改めて実際に目をすると素晴らしいなと思いまして・・・ この広い館を田代さんがお一人で管理なさっているんですか?」
「えぇ。広い屋敷ではありますが住んでらしたのは山之内先生お一人でしたし、こんな立地ですから買い物等は外注です。
こんな浮き島ですから庭の管理などもありませんし、こんな年寄り一人でも案外務まるものなのですよ」
(
田代から出たおもわぬ事実に小城は目を丸くし、高遠は彼の言葉に頷きながら胸に手を当てる。
「なるほど、つまり山之内先生をこれまで支えたのはあなたということですね。
陰の功労者であるあなたに、山之内先生の一ファンとして敬意を表します」
「いえ、陰の功労者なんてそんな・・・
私もまた先生の作品に惹かれたファンの一人であり、先生を敬愛していた一人にすぎません」
どこか照れくさそうに話しながら、もう既にこの世にいない山之内を考えながらどこか遠くへと視線を向けていた。
「ただの雇われ執事でしかない私にも謙虚で、お優しくしてくださった先生には感謝してもしきれません。
ですから、最後までこの役目を全うしようと思っています」
「素晴らしいですね。
あなたがそうであったように、山之内先生も田代さんに感謝していたことでしょうね」
小城の誉め言葉に田代は微笑んだ。
「それではこの後はどうぞごゆっくり、自由に過ごされてください。ただ食事の時間には声をおかけしますので、お部屋にいていただけると幸いです。
何かありましたら私はフロントにおりますのでお気軽にお声がけを」
田代の言葉に二人は会釈で感謝と理解を示しながら、歩き出す。
かつてホテルだった館は広く、並べられた調度品も素晴らしい。見ているだけで目の保養と言ってもいい廊下を歩きながら、高遠は小城へと話しかけた。
「小城くん、この館についての情報は既に調べてあるんでしょう?」
「それはあなたもでしょう? 高宮さん。
この館の最初のオーナーは当時世界的に有名な奇術師だったユーリ・イワノフ、これはあなたの分野だ」
そう言いながらマスターキーを使って順に館を巡っていけば、実に様々な仕掛けがあった。
大時計に隠された仕掛け扉の中にあった山之内 恒聖の遺書。
扉に隠された小さな扉によって、出入りに鍵が不要となっている部屋。
照明を下げることで現れるクローゼットには、アンティークドレスのコレクションの数々。
一見は大きな鏡に見えるが、隣室から覗くことが出来るようになっているマジックミラー。
マジックミラー同様、隣室から覗くことが出来る壁に掛けられた不気味な仮面に仕組まれた覗き穴。
ある位置に立つことで、壁に暗号のような奇妙な数字と文字の羅列が浮かび上がる仕組み。
浴室に隠されていた、どこかへと通じるであろう秘密の通路。
そして、絵画の後ろに隠された金庫。
(もうヤダ、この屋敷。作った奴、頭おかしすぎるだろ。この世界の奇術師ってなんで変な人間しかいないの?
あと、どんだけ隣の部屋を覗きたいんだよ! ホテルとして使ってた時に仕組みに気づく客が居たら普通にヤバくないか!?)
「ここまで仕組みだらけだと、何も仕組みのない二つの部屋の方がかえって怪しく思えてきますね」
「同感ですね。
しかし、同じ奇術師である私はともかく小城くんの観察眼は素晴らしい」
「プロのあなたに褒められても、なんだか微妙な気持ちになってしまうのでやめてください」
何か隠されているであろう金庫の前でそんなやり取りをしながら、どうしようかとばかりに二人で金庫を眺める。
「小城くん、あなたは性善説と性悪説、どちらを信じていますか?」
「・・・犯罪者の前で『性善説を信じてる』なんて言える人間が、この世にどれだけいるんでしょう?」
「君のところにいる
なかなか痛烈な返しをされて小城が黙ると、高遠は楽しげに続けていく。
「私はもっぱら性悪説論者でね。
『人間は生まれながらにして利己的であり、放っておけば悪に流れる』 実にその通りだと思います」
「知らない方が多くて悪いように使われることが多い性悪説ですが、その論説を提唱した荀子は『教育によって人は善くなれる』と続けていて、社会の道徳や規律の重要性を説いているんですよ」
さっきの仕返しとばかりに論説から言い返せば、互いににこりと笑い合う。
「本当にそうでしょうか?
東大を卒業しているあなたの本心が誰にも見えないように、誰も彼もが社会の道徳や規律を守っているように偽っているだけでは?」
「たとえそうであったとしても、外すことのない偽りの仮面は素顔と変わりません」
「では、死ぬまで人格者としてあり続けた山之内 恒聖の真実の扉を開け、先ほど見つけた遺書ともども彼の本性を暴くとしましょうか」
人によっては険悪にすら聞こえかねない会話をあくまでにこやかに繰り広げながら、重々しい金庫を解錠していく。
金庫の中に入っていたのは美しい装丁の一冊のノートであり、パラパラと軽く目を通した高遠は『フッ』と笑い、小城へと手渡した。
「これは・・・ トリックノート?」
「幽月さんから見せていただいた彼の筆跡からは程遠く、それでいて『暗号解読の期限になった時点で、これら五名の有資格者が一人も館にいなかった時の場合』という文言・・・ そして、彼がある人間に預けた原稿タイトル」
「『露西亜館 新たなる殺人』、でしたね」
橘の伝手に協力を仰いだ結果、事前に知ることの出来た山之内の遺作。そして、その口ぶりから高遠は既にその原稿の内容すらも知っているようだった。
「フフッ、ハハハハハ! 随分と素晴らしい人格者だったようですね、山之内先生は」
このトリックノートは若き日の彼が書いたものだとしたら、筆跡が違っても不思議ではない。
人生の終わりを理解した彼が、人生の多くを過ごした館を舞台に選んでもおかしくはない。
登場人物が類似しているのも、ただの偶然。現に原稿の中で犯人となっているメイドの少女はここには居ない。
小城の脳裏に次々と否定する言葉が浮かびながら、彼が知っている原作の知識がそれらをすべて否定する。
(事件後に何故か原稿に目を通すことが出来た高遠が事前に動けば、ここまで状況を理解するのはわかっていたことだ)
「小城くん、どうしますか?
犯人の配役がどうなるかはわかりませんが、あなたはこれを見逃しますか?」
どう見てもこちらの反応を見て楽しんでいる高遠にうんざりしながら、小城は平静を保つ。
既に五人の遺産相続の催しの知らせは届いており、今頃金田一の元には相続人の一人が助けを求めている頃だろう。犯人不在が気にかかるが、もし何らかの形で彼女が当日に訪れ、事件発生がないとは言えない。
(このまま、三人もの人間の死を放っておく?)
『そんなことは出来ない!』とこれまでのように動き出すことが出来ない理由も、小城は自覚していた。
相続人に指名された五人は良くも悪くも山之内を利用し、彼になんらかの悪意や殺意を向けられるだけの理由があった人物ばかりだ。
批評家 神明 忠治は山之内の作品が文学賞に手が届きかけた時に阻み、編集者 宝田 光二は仕事とはいえ原稿の取り立てが厳しくしつこく、作家 梅園 薫は愛人ということを利用してアイディアを奪った上に彼が手に入れることのなかった賞を手に入れ、挿絵画家である幽月 来夢はトリックの答えを挿絵に表現し、かつて隣人であった犬飼 高志は彼が飼っていた猟犬による騒音騒ぎを起こしていた。
どれもこれも一見は些細なことに見えるが、作家であった山之内にとってこれらがどれほど屈辱的で、許しがたい行為で、激しい怒りを抱いたかは明白であり、それらを露わとすることもなく長く静かに眠らせ、自分が罪に問われることない方法で全員を始末しようとした。
(そして、犯人となった桐江 想子もそうだ)
原作のこの事件の犯人である『
相続によって生活に困ることのない大学時代の友人 桐江 純一郎、困窮しようと作家になろうと必死に足掻く自分の前で得意げに素晴らしいトリックを見せびらかしてきた。
これだけでも山之内が怒りを抱くのは十分であり、その上でこちらのたった一言で苦笑いを浮かべて諦める程度の情熱しか持ち合わせていなかった。そして、そんなトリックを持っていた純一郎の急死。彼のトリックは日の目を見ることもなく、永遠に失われる ――――― 筈だった。
原作において、想子は『山之内がネタを盗んだ』と言った。それも事実であり、確かに間違ってはいない。
(けれど、山之内が原稿に書いたからこそ、彼女の父のトリックは世に出回るほどの作品になったのも事実だ)
『山之内が父に「小説にならない」なんて言わなければ、父はきっとこれを作品にして発表していたわ! いいえ! そうでなくても、あの時事故で父が死んだりしなければきっと・・・ それともあたしがノートの存在に気づいていれば、娘であるあたしが小説にして発表出来たかもしれない!
要するに何もかもあたしのものになるハズだったのよ! この館も、何十億という財産も! それを生んだ作品も名誉も幸福も全て、何もかもね!!』
犯人だということが判明した彼女が叫んだ言葉の数々は、全てあり得ない夢想ばかりだった。
純一郎はトリックノートに多くを書き残しながら『いつか』と言って作品にしようとはせず、その命を不慮の事故で失った。そして、娘である彼女もまた山之内に出会って作品に目を通すまで、トリックノートの存在を思い出すこともなかった。
(山之内が執念深く、末恐ろしい人間であることは間違いないけど、犯人である桐江にも、殺される予定だった面々にも同情の余地がない)
どん底から這い上がろうともせず自分の不幸に酔って過去の栄華に囚われ、山之内の成功を妬み嫉み怨んで、三人もの人間に手をかけた。
(けど、それでも・・・)
ふと脳裏によぎったのは亡くなった彼女の目を閉じさせ、涙も、怒りの言葉一つ零すこともなく ――― しかし、静かに彼女の死に怒りと悲しみを見せた彼の姿だった。
「・・・高遠さん、提案があります」
「おや、なんでしょう?」
「今回の依頼料の代わりに、やってほしいことがあるんです」
小城の提案を聞いた高遠は二つ返事で了承し、仮面をかぶり直しながら告げた。
「やはり、君は面白い。
同じ存在でありながら私にはない発想と行動を起こす君が、私は欲しくて欲しくてたまらない」
「やめてください。僕はこれから死者の残した言葉を踏みにじり、彼が死んでなおも成し遂げたかった悲願を打ち砕く。いわば、彼の人生の集大成を台無しにするんです。
僕はきっと、絶対に天国から一番遠い場所に堕とされることでしょうね」
「その時は私も一緒に堕ちてあげますので、寂しくありませんよ」
心底嬉しそうに告げる高遠から距離を取るように小城は身を翻し、告げた。
「遠慮します」
さて、小城が何をしたのか。
それは明日のお楽しみ(⌒∇⌒)