三話目ー!
橘の別荘で一夜を過ごし、やたらと小城に話しかけてかまってくる橘をあしらってどうにか龍之介の別荘である邪宗館を訪れていた。
(知り合いが多いとどうとでも言い訳できるのが本当に楽だわぁー)
歴史を感じる古い別荘が立ち並ぶ一角に存在する邪宗館は無駄に大きくまるでホテルのようであり、住んでいる人間が十人程度とは思えないほど広い。外観から見える窓ガラスに映る景色は歪んでおり、明治末期から昭和初期までに作られた板ガラスであることを証明していた。
タクシーを使って到着した小城を玄関で出迎えたのは邪宗館のオーナーである龍之介本人であり、彼は笑顔で小城を出迎えてくれる。
「初めまして、小城さん、
今日はようこそお越しくださいました」
「こちらこそお会いできて嬉しいです、絵馬さん」
にこやかな笑みを向けて彼が差し出してきた手に握手をもって応えれば、龍之介はさらに嬉しそうに笑みを深めた。
「慈善家として若くして有名な小城さんが隠居している私が何をお話しできるかわかりませんが・・・ あぁ、いつまでもこんな所で立ち話するわけにはいきませんね。どうぞこちらへ」
オーナー自らの案内に貼り付けた笑顔を向けていると、通りかかった部屋にいた金田一と目が合った。
「えっ、所長?」
「金田一くん、どうしてここに・・・」
想定外の出来事にお互い目を丸くしていると金田一の隣にはいつもいる美雪の姿がなく、彼の周りにいたのは龍之介が実子の純矢と養い子である荒木比呂、井沢研太郎、常葉瑠璃子の三名。
「金田一くん、小城さんと知り合いなのかい?」
「えぇまぁ、俺のバイト先の事務所の所長で・・・ 所長、今日は何の関係で来てんすか?」
龍之介に説明しながら、金田一が尋ねてきたので頷く。
「僕が慈善活動に力を入れていることは知ってるかい?
絵馬さんは規模こそ大きいものではないけど三人の少年少女を養子にし、実子を含めると四人もの天才を育て上げた方だからね。特に教育面についての話を聞きたくて、こうして対談の場を設けてもらったんだよ」
「なーるほど。所長、最近慈善活動の教育に力を入れる~とか話してましたもんね。
やっぱり時雨ちゃんとかへの気遣いですか?」
「あの子も特化した天才だからね、同じように天才をのびのびと育成した絵馬さんのご意見を伺いたいんだ。可能なら教育を受けた側の意見も聞きたいけど、それはまた後程・・・」
金田一とそんな話をしているとその場にいる四人の視線が突き刺さったので、小城は軽く頭を下げた。
「自己紹介が遅れたね。僕は小城拓也、彼の・・・ 金田一くんのアルバイト先である探偵事務所の所長をやってる」
「あなたのことは父から聞いてます。若くしていろいろな才能を発揮し、様々な業界に知り合いが多い方だと。
僕は絵馬 純矢。画家をしています」
龍之介の実子が前に出て頭を下げ、彼に続くように順に自己紹介をしていく。
「俺は井沢 研太郎です。プログラムを得意としています。
金田一からあなたの話は聞きました。本当になんでもこなす凄い方なんだとか」
「荒木 比呂、小説家をやってます」
「常葉 瑠璃子よ。
コンサートでもあなたは見かけたわ、あなたも私達と同じ天才のようね」
握手を求めてきた研太郎に応えつつ、警戒している荒木と何故か認めているような発言をする瑠璃子に微笑む。
「えぇ、皆さんのことは知っていますよ。既に展覧会でいくつもの賞を得ている若き画家も、直木賞作家候補として有力な若手作家も、クラシック界のアイドルも。そして、まだまだ技術者の少ないプログラミング界の希望の新星も、私の知り合いからよく話題にあがるので。
それにしても芸術や最新の技術であるプログラムまで・・・ より取り見取りで将来有望な子達だ。龍之介さんも鼻が高いでしょう?」
「えぇ、自慢の娘と息子達です。
では、そろそろ私の部屋に向かいましょうか」
「えぇ、行きましょうか。
それじゃ金田一くん、友人達との時間を楽しんで。」
「うぃっす!」
冗談交じりで敬礼する金田一にわずかに笑い、龍之介と共に彼の自室へと入っていく。
「それにしても小城さんと金田一くんとお知り合いとは・・・」
「僕も少々驚いていますよ、まさかこんな偶然があるなんて」
(まさか、彼がこっちに来てるなんて完全に想定していなかった。荒木比呂が何も動いていなきゃいいが)
内心、少々焦りながらもにこやかに対応しつつ、原作において金田一が来たことで秘密を隠そうと動いた彼が行動していないことを祈るのみだ。もっとも不安要素は金田一や荒木だけではなく、この状況をどこかで見ているだろう高遠もなのだが彼に関しては動かれた時にはこちらが対処することはほぼ不可能に近い。
『彼が動き出した』という時点で、小城の敗北に等しいのだ。
「えぇ、六年前に金田一くんがあの子達を冤罪から救ってくれましてね。最初はお礼として彼を招いたんですが、彼の性格や才能に一目で気に入ってしまって・・・ 結局その年の夏の終わりまで一緒に過ごしたんですよ。
これまでは年賀状ぐらいしか連絡を取っていなかったんですが、瑠璃子ちゃんがコンサートで彼と再会しましてね。あの子が東京から戻ってくるタイミングに合わせて、一緒にこっちに来てくれたんですよ」
つまり、瑠璃子の思いつきで金田一がやってきたということなのだが龍之介は気を悪くした様子もなく、それどころか嬉しそうですらあった。
「そうなんですね。やはり絵馬さんは才能を見出すことに長けていらっしゃるようで・・・」
そこからしばらくの間当たり障りのない会話をし、教育について語ったが、小城の心はそこにはない。
才能故に周囲と馴染めなかった実の息子に相応の環境を作ろうとした。と言えば聞こえはいいが、才能の開花を代償に彼を含めた三名の見ている世界はあまりにも狭かった。
技術や才能、彼らが関与する世界に関しての造詣は間違いなく深く、素晴らしいものだが、そのせいで彼らはどこか傲慢で、選民意識が強く、同世代を見下す傾向にある。事実、彼ら四人の中で中学をまともに通っていたのは井沢のみであり、それすらも他の三名よりも出席日数が多い程度の誤差でしかない。
(息子に良い環境を与えること、罪の意識を軽くするための贖罪。はたまた純粋に才能が好きだったか・・・ どれが彼の本音だったんか)
人の心に宿る感情は一つではないことを考えれば、そのどれもが本心とも言える。
(そしてなんというか・・・ 随分リスクの高い教育方法だよなぁ)
彼らにそれぞれ才能があったことが前提とはいえ、彼らは本当にそれしか出来ないように育ってしまった。勿論、それは悪いことではないし、専門職という意味ではそこから逸脱しない範囲ならば将来にいくつかの可能性がある。
だが、万が一なんらかの理由で業界を追われた時、彼らにいくつの選択肢があるのだろうか。そうでなかったとしても、彼らが志半ばで折れてしまう可能性も十分あり得た。
(いや、後先を考える能力があったら、出島に金を渡すなんて失態もしなかったか・・・)
一通り、彼の教育論について語ってもらったところで本題を切り出すことにした。
「そういえば絵馬さんは以前上田理科大学に教授としてお勤めして菌類の研究をなさっていたとか」
「えぇ、妻が障害を負ってしまったので大学を去りましたが・・・ それもあの子達を引き取った頃ですね。それが何か?」
「いえ、あなたの経歴を調べた時に気になる点がありましてね」
「気になるところ、ですか?」
怯えるように過敏反応にする彼を見つめる小城の目に、一切の感情はない。
「えぇ、あなたが携わったタウン誌の編集者に出島さんという方がいたことは覚えていらっしゃいますか?」
「っ!」
「不幸にも浅間山で遭難して亡くなったんですが・・・ 今回、ある方からその一件の再調査を依頼されてましてね。
親族の方ではなく、本当に個人的に調べている方なのですが」
ありもしない依頼・・・ 否、ある意味で高遠からの依頼も同然だからあながち間違ってはいない。
そこで龍之介は突然頭を下げた。
「どうか! どうか、黙っていていただけませんか! 私には家族が・・・」
龍之介が口走ったその言葉に、小城の目が冷たいものへと変わる。
(家族、ね)
「家族がいるのは、あなただけですか?」
視線と同じ、温度のない冷たい声だった。
「え・・・」
「聞こえませんでしたか?
家族がいるのはあなただけですか?と尋ねたんですよ」
彼の声の冷たさに驚いたのか、それとも一切の同情も言い訳も聞かずに投げかけられた問いかけに戸惑ったのか。いずれにせよ、龍之介の表情は固まってしまい、そんな彼へと小城はわざとらしい作り物の笑顔を向ける。
「あなたの誤表記が招いた食中毒によって亡くなった、
あなたが殺した出島さんにだって、ご家族はいたんですよ」
「そ、れは・・・」
言葉に詰まり俯く彼を見下ろしながら、小城の心には真実を暴く清々しさなどない。
(抱き続けた罪悪感? 罪を明かさずに行われた贖罪? そんなもの、何の価値もない。
こいつはただ逃げ続けただけだ)
瑠璃子の家族を殺してしまったことに気づいた時は自分が人を殺した事実に怯え、出島に金を渡した時は大学教授という立場がなくなることを恐れ、妻である翠に罪を打ち明けた時も『自首する』と判断を押し付けた。
瑠璃子を養うことで罪悪感から逃げ、出島を殺したことで瑠璃子の家族を奪った罪からも逃げ、今なお妻が障害を負ったことを理由に世間からも逃げている。
(あぁ、こいつがしたことは立派だよ。周りになじめなかった息子に寄り添って才能が伸びる環境を作り、血の繋がりもない三人の子を救った事実だ。
でも、それは結局全部から目を逸らすための、自分が善人だとアピールするための小道具で、天才以外には関心を持たなかったことがその証明じゃないか!)
どろどろと溢れだしそうになる感情を押さえつけ、一切の感情を溢れることのないように凍てつかせる。
「あなたは何が目的ですか? お金なら・・・」
「私があなたに求めることは二つだけですよ、絵馬さん。
一つ、出島さん殺害について認め、警察に自首すること。
一つ、瑠璃子さんに真実を告げてください。あなたの誤表記によって、彼女の家族を奪ったんだと」
出島のように金を強請るような下衆であると口にされることを遮り、要求を端的に告げれば再度彼は目を見開いた。
「それは、それは彼らにも影響が・・・」
「あなたがしないのなら、僕が行動に移すまでですよ。
それとも・・・ 僕も殺しますか? 出島さんを殺したように」
わざとらしく自分の体を手で示しながら、慈善家として知られていることを盾にする。
出島は浅間山に登山に行くと家族に伝えたことから『遭難』という言い訳で片付けることが出来たが、小城はそうはいかない。事務所の所長であり、慈善家として名が知られ、多くの業界に友人がいる彼が突然いなくなったらどうなるかなど、火を見るよりも明らかだった。
「私は・・・」
床に膝をつき、わざとらしく苦しむ彼を冷たく見下ろしながら、小城が手を伸ばすことはしない。
「・・・私が捕まった後、子ども達はどうなります? 妻は、家族は」
「今、そんなことを言うんですか?
あなたを罪を犯したのはもう六年も前なのに、考えたことはなかったんですか?」
「っ!」
「全て、わかっていたことでしょう? いつかこんな風に、自分の罪と向き合わなければならない日が来ることを」
そこで小城は膝をつく龍之介と目線を合わせ、貼り付けていた笑顔の仮面を外す。
「彼女から家族を奪っておきながら善人ぶるな。
あなたは贖罪のふりをして、息子のためにより哀れな存在を集めただけに過ぎない。あなたは誰かのために行動し続けてきたつもりだろうが、そんなものは全部自分が罪から目を逸らすためでしかなかった。
償いは善行ではなく、裁きと刑罰のみで成されるもの。あなたは自らの罪を認め、法の名の下で裁きを受け、罰を受けて罪を償わなければならない」
そこで完全に龍之介は俯き、か細い声で『はい、罪を償います』と答えた。
『妻やあの子達に自首することを・・・ そして、瑠璃子ちゃんに真実を告げるので立ち会っていただきたい』と言われ、小城が龍之介と共に部屋を出ていく。
「妻を、呼んできます・・・」
ふらつきながら妻の元へ向かう彼を見送り、小城はつい先程彼らが揃っていた部屋へと足を運んだ。
(煙草が吸いたい・・・)
煙と共に言いようのない気持ちを吐き出したい衝動にかられながら、懐を探ると舘羽から支給されていた棒付きの飴も切らしていた。溜息だけを吐き出して彼らのいる部屋の扉に手をかけると、背後から突然何かが風を切るような音がして振り返る。
それが何かを理解する前にもう一度風を切る音がし、遅れて壁に刺さる音が聞こえた。
「よくも! よくも俺達の居場所を・・・!!」
振り返った先にいたのは荒木であり、その手にはボウガンが構えられていた。
(あぁ、聞かれてたのか・・・)
不思議と驚きも、焦りもなく、小城の心は穏やかなものだった。そして、無意識に手を広げ、穏やかな表情を彼に向ける。
「話を聞いていたんだね」
「なんで、なんで今更あんな昔のことを引っ張り出すんだよ!? 俺達の生活を、俺達から居場所を奪うようなこと・・・!」
「言い訳はしない、どんな言葉を並べても僕の行動は君達から居場所を奪うものだ。
それでも・・・ 彼がしたことが罪である以上、法の下で罰せられなければならない」
「そんなのは綺麗事じゃないか! あんた一人が黙っていれば、俺達はこれまで通り・・・」
怒りや困惑、焦りを合わせたような感情のままに叫びように言葉を並べる荒木に小城は尋ねる。
「本当に君は、そう思っているのかい?」
「そんなのあたりま・・・ 「彼の罪が君が知っているもの以外もある。それは君達の仲間の一人の、家族を奪ったものであったとしても?」 なんだよ、なんなんだよ! それ!!」
再びボウガンを構えた荒木を悲し気に見つめて、小城は急所を避ける方法だけを考えていた。
(死ぬ気はない。
けど、彼から
生まれて間もなく捨てられ、施設で虐待されていた彼にとって龍之介は絶対的な神様であり、邪宗館と仲間こそが居場所で家族だった。
龍之介の罪から目を逸らしたのも、捨てられる恐怖や人を殺した彼の殺意が自分に向くことを恐れてだろう。それは何も間違ってない。人間であるならば恐れて当然だし、それを奪おうとする小城に立ち向かうのも自然な行動だった。
だから小城は、彼の正当な怒りを受け止めるつもりなのだ。
「比呂!? お前、何してんだよ!」
金田一の声がする。だが、足音は彼一人だけではない。
「っ! 死ね! 俺の、俺達の居場所を奪う奴らは皆、敵なんだっ!!」
自分に言い聞かせるような言葉と共に、ボウガンから矢が発射される ――――― 筈だった。
だが、矢が放たれる風を切る音は聞こえることはなく、代わりに聞こえたのは人が倒れるような音で、小城はそこに広がった光景に驚愕する。
「る、瑠璃子? どうして・・・」
荒木を飛び掛かって止めたのは、瑠璃子だった。
「瑠璃子! 比呂! 大丈夫か!?」
「いったい何があったんだよ。ボウガンなんて持ち出して人に向けるなんてお前・・・」
「小城さん、大丈夫ですか?」
倒れた二人の元に駆け寄る金田一と純矢、二人が仲間の元に行ったことで小城を気遣うことを選ぶ研太郎。
「あ、あぁ、大丈夫だよ。どこも怪我もしてない」
だが、小城も想定外の事態を前にしてぎこちなく返していると、比呂に飛びついた瑠璃子が比呂を引っぱたいた。
「る、瑠璃子・・・?」
「居場所? そう、居場所だったわ・・・ 大切な居場所で、大好きな仲間で、感謝も尊敬もしていたおじさまだったわよ!」
叫びながら彼女は涙を零す。最初の一度以外はほとんど力の入っていない拳を振り上げて、何度も何度も荒木の胸を叩く。
「でも! 家族を失ってまで求めた場所なんかじゃないのよ!!
あの人はずっと、私のことを騙してたのよ! 自分のためだけに全てを黙って、罪悪感を誤魔化すために私を引き取っただけじゃない!!」
その悲痛な叫びは、荒木同様に彼女が話を聞いてしまったことの証明であり、彼女の心が邪宗館という鎖から解き放たれる瞬間だった。
「これまでの何もかもが私のためなんかじゃなかった! 優しさなんかじゃなかった!
全部自分のため・・・ 自分がしたことの全てから目を逸らすためだったのよ!!」
金田一に手を掴まれて尚も涙ながらに叫び、自分の気持ちと言葉を吐露し続ける彼女から小城は目を逸らさない。
(僕は彼女の気持ちからも、目を逸らしてはいけないんだ)
自分の行動には責任を持たなければならない。
荒木も、瑠璃子も、そして邪宗館の関係者全員がどうなるかを小城は見届けなければならないのだ。
(殺人を止められたのに・・・ どうしてこんなに苦いんだろうな)
この頃、ボウガンの所持に規制はありませんでしたが令和四年三月の法改正により、ボウガン及びクロスボウの所持は原則禁止となっています。銃などの所持同様に申請が必要になっています。