不遇相伝術式で目指せアッチ側! 作:ズズツカイチェン
向き合う龍雄と凛月の間に会話が起こることはなく、沈黙と互いの闘気が空気を支配している。
互いが互いの一挙手一投足を見逃さぬように集中している最中、体内に流れる呪力を絶え間なく操作するブラフが今も尚、織り交ぜられている。
まるで永遠に続くと思われるほど長く感じる時間の中。その次の瞬間。
最初に動きを見せたのは龍雄だった。
過信も慢心もなければ相手を侮ったわけでもない。それは空気を裂く速さで振るわれるた腕の速度からも感じさせられる。
だが、凛月は想像を上回る動きを見せた。
龍雄から繰り出された鞭のような動きの左腕が迫る。それに対して自らの腕を添え、己の右下に受け流す。
体幹が崩れ、龍雄の無防備に晒された顎に向かい、凛月は膝蹴りを繰り出した。
龍雄は咄嗟に右の掌を使い、膝蹴りを受け止めると後ろに跳んで距離を開け、目を細めながら凛月を見つめた。
ここで龍雄は気付く、呪力を纏った膝蹴りを受け止めた掌には凛月の呪力が今も尚、離れずへばりついていることを。
(なんと……!これはとてつもなく厄介極まりないな……!対処法は恐らく相手の打撃に乗せられた呪力にミリ単位で身体を守る呪力量を合わせ、対消滅させること。少なかった場合は言わずもがな、多すぎた場合は消滅と同時に吸収が起き、過剰分の呪力が還って儂の身体を破壊する。といったところか)
淡々と情報を把握する龍雄には動揺もなければ恐怖も湧いておらず、その心を占めるのは闘いへの渇望だけである。
(闘い甲斐があり、今までに相手したことのないような新鮮で実に楽しいお相手だ。欲しい、欲しいぞ……!此奴の
再び構えを取った龍雄の肉体には全身に薄く呪力が纏われている。
この全身に薄く纏われた呪力により、速やかに凛月の扱う呪力量に合わせることができる。そういう目論見だ。
腰を落とし同じく構えを取る凛月に向かい再び距離を詰め、龍雄は右腕からジャブを放った。
それを物ともせず凛月は皮一つで避けながら距離を詰め、そのまま放った蹴りが龍雄の腹部に吸い込まれるような綺麗な軌道を描き、叩き込まれた。
龍雄の口から少量の唾と苦悶混じりの空気が肺から流出する。
(あそこから蹴りへと繋げるとは……。咄嗟の思い切りが良いな。たった数分の闘いで武道家として完成度の高い精神力を持っていることが、その立ち回りで理解できる。そこに付け入った隙はできないと考えて良い。
だが恐らく此奴は術師としては未熟だ、そこに突破口がある……!)
守りに徹する龍雄を前に、今度は凛月が先手を取る。
凛月の行う動きの細かく与えるダメージの少ない打撃。しかし隙の少なくカウンターを許さぬ、その攻撃が着実に龍雄の身体に傷をつくる。
優勢。
誰が見てもそう思える最中のこと。ふと、凛月に疑念の感情が生まれた。
(……変だな。上半身の動きの鈍さに比べて足運びは軽やかだ。俺の移動を制限させて己の理想とする場所に俺を移動させているな。……これは一旦距離を取って仕切り直すか?)
今も絶えず互いの位置が変化し続けられている状況の中、流れるような足運びをしていた龍雄の動きが止まる。
龍雄の次手を警戒し、防御に意識を傾けた凛月の攻撃の緩んだ。
その刹那、凛月の顔をめがけて腕が飛んできた。
比喩などではない。
千切れた死体の腕を自然な動きで掴み取った龍雄が迷いなく凛月の顔に狙いを定め、投げたのだ。
(俺を自分の望む位置に移動させるのではなく、自分が望む位置に移動できるようにしていたのか……!)
今、この状況で凛月が技術で優っているのは、互いの腕と足が2本ずつであるからだ。
自らを支えるための足1本を除くと一度に攻撃に使えるのは最大でも3本までであり、その攻撃を受けるのに使えるのも3本までであろう。
しかし今、凛月に迫るは1本の足と3本の腕による合計4本の攻め。
(後ろに跳んで避けるのは無理だな。壁に当たって逃げ切れない。
そんで投げられた腕は一番に防ぐべきだ。視線を遮られながら3本の攻撃のうち2本を防いだとしも、防ぎ損なった残り1本の攻撃が何かを咄嗟に理解することができない。理解できない攻撃を受けるのが1番危険だ)
攻撃が当たるまで残り0.4秒。
凛月は龍雄の右足と右腕を同時に目に映した。
(蹴りを受けるのもダメだ。俺の体重が軽いから余裕で吹っ飛ばされて距離が開いて逃げられる。
右腕もダメ。力の入れ方から掴みを狙った攻撃だとわかる。掴まれると俺が自ら間合いを管理することができなくなり、俺の手足の射程距離外から一方的に叩きのめされる)
攻撃が当たるまで残り0.25秒。
龍雄は自らの背後に左腕を振りかぶっている。つまり左腕に助走をつけ、鞭のような攻撃を行うのだろうと凛月は予想した。
(……肩から出血していて力が強く入れることはできないから打撃でも掴みでもないんだろうな、これなら当たっても問題は……ナッ?!)
素早く脳が思考の回転を行い最善策を見つけた凛月の考えを警鐘するように、今までの思考が全て吹き飛ぶ。
凛月の目に映ったのは、窓から差し込む日光を反射して煌めく銀色の刃に黒色の無骨な柄。
そしてそれを軽く握る左手。
左腕から放たれる攻撃。それは最も受けてはならない攻撃だった。
浮いた右足を地面に叩きつけるような勢いで踏み込みんだ龍雄が、人を容易く切り裂けるであろう鋭利な刃物を凛月に突き立てようとする。
その刹那。
踏み込んだ龍雄の右足が後ろに引っ張られるように流れ、その鋭利な刃物は凛月に傷をつけることなく空を切る。
「ぐァッ……!やはりッ!この攻撃は……!」
頭から転んだ龍雄がすぐさま体勢を立て直し自身の右足を見れば、いつの間に付着したのか、その靴底には赤色の何かが張り付いている。それを見て龍雄は理解したのだ。
先刻、己の肩を貫いた赤色の攻撃が誰から放たれたのかを。
(此奴の術式はこの赤色に関連した何かだ、それは理解できる。しかし、それ以外が理解できていない。理解せねばならんな、この赤色が何なのかを)
普通ならば、現時点で凛月の術式を当てることは困難を極める。
しかしそれは当たり前のことだ。
鼻は効かず、碌に観察をすることができたのも靴底に張り付いた状態のみ。その情報だけで赤血操術とまで絞るというのは、もはや当てずっぽうと言って良い。
(十中八九、操る術式だ。儂が体勢を崩したのは靴に付着した赤を操ったのだろう。そして操られている間も呪力を感知することができなかったと考えるに操る対象に呪力を篭めずとも操れる)
龍雄は赤の付着した靴を脱いだ後に、それを手に持った。
そこら辺に投げ捨てた場合、死角から操られた靴が飛んでくるだろうと警戒しての判断だ。
(自らの呪力が篭っていない物を操るということは呪力以外で、その物体と操者に繋がりがなければ有り得はしない。そこから考えられるこの赤色の正体は操者自身の血液だ。
これならば呪力以外での操る物体と操者に繋がりがある)
最も龍雄は常人ではなく、闘いと呪術に身を置いて50年を超える歴戦の老術師である。
龍雄にしてみれば、相手の術式を見破るという手はやり慣れたものであったのだ。
(液体全般を操る術式ならば、己の血液と術者本人との繋がりが強くとも生得術式との繋がりは薄くなる。故にその線はなく、血液だけを操る術式であると選択肢を絞ることができる。
血液を操る術式自体は程々に数があるが、ただ最も優れたものを選ぶとしたら赤血操術ただ一つだな)
思考を回し続けながらも唐突に、龍雄は長年履き続けられたことにより、よれてしまった色褪せたズボンの右ポケットに手を入れた。
(他の術式も視野に入れつつ、最悪の場合を想定し赤血操術の使い手である前提に事を進めるならばどうするか!
それは消耗線に持ち込むための逃げの一手だ……!)
あまりにも流麗に行われた、その慣れた動きに凛月は警戒し、今度は距離を取る。
(先刻のナイフのような武器を警戒し、間合いを取ったな?ポケットに入るような小物相手に対しての、まずは観察を行う姿勢。実に格闘家として良き判断だ。
だがやはり……!やはり此奴は呪術師としては未熟!あの距離ならばやられる前にやるという度胸と判断能力が呪術師ならば求められるのだ!)
右ポケットから出てくる、龍雄の右手。
そこには銀一色で作られた無骨な長方形の何かが握られている。
「儂の持つ術式は構築術式だ。その効果は呪力を別の物へと構築することができる」
(術式の開示……!五条が言っていた縛りか……!)
術式の開示。それは相手に情報を与えるというデメリットを受け入れることにより、メリットとして自らの何らかの能力の底上げを行うという縛りの一種である。
相手はそのメリットを受けるために、態々と己の術式を説明をしているのを理解しつつも凛月は動かない。
それは何故か。
それは凛月は構築術式を知らないからである。
己が相手の手の内を理解するというメリットと相手の能力の底上げを防ぐという、この2択を凛月は決め倦ねているのだ。
しかし、凛月が必死に思考を働かせても時間の進みが遅くなるわけでも止まるわけでもなく、龍雄は着々と術式の開示を続ける。
「構築術式、その最大のデメリットは呪力消費量の大きさだ……。しかァし!これは構築する物の質量の大きさにより決まるッ!」
龍雄は皺の深い顔を凛月の顔に合わせ、目を細めた。
「軽く、そして密度は低く、しかし膨大な面積を持つ空気。それは呪力の消費量が微量であるにも関わらず十二分に相手を殺しうる優れたものとは思わんかね?」
問いかけられた問いに対し、凛月は怪訝な顔をしながらも答える。
「ない」
凛月の口から吐かれた簡素な一言。
そして簡素なそれに装飾を付け加えるように凛月は理由を話していく。
「酸素だろうが二酸化炭素だろうが猛毒だ。それらが俺を殺しうることを俺は理解している。
この空間にそれらを流し込めば俺を殺すことができるだろうが、そしたらお前も死ぬ。
そんでだからと言ってそこにある窓からお前が逃げるってのは本末転倒だ。
開けたら部屋の中と外の空気が循環して効力が弱くなる。その状況でも長居すれば死ぬかもしれんが、まぁその前に逃げることぐらいできるわな」
凛月の問いを聞いた龍雄は皺の深い顔に更に皺を増しながら、笑みを浮かべる。
「儂の持つコレはな。……ライターだ」
凛月の頭が言葉を吟味し、相手の言いたいことを読み解こうと回転を始めたその刹那、頭に思い浮かぶ一つの単語。
——水素爆発。
(自滅覚悟で逃げるつもりかッ?!いやその前に、これをどう凌ぐか……!)
己の命に届きうる攻撃を前に、凛月の脳が自らが行うべき行動の取捨選択を始めた。
下手人と同じく、窓から逃亡。
距離が遠い。不可能。
入ってきた扉から逃亡。
今思い返せば己の望んだ箇所にまで移動することと同時に、凛月が扉から距離を取らざるお得ない動きを強制させていたのだろう。
ここまで言えばわざわざ後は言わずもがな不可能。
身体を丸め、最大出力による呪力で身体全体を覆う。
程々の重症。運が良ければ軽傷に済む。恐らくこれが最善策である。
ならば凛月の取る行動は決まっている。
あとは実行するのみ。
凛月は速やかに身体を丸め、膨大な呪力で覆う。
しかし凛月の予想と反し、建物が崩れるどころか爆風が身体を叩くことすらない。
火をつけさせる前に殴り倒すのが正解だったのかと疑問に思いながら顔を上げてみれば、そこにあるのは窓から上の階に移動しようとする龍雄の姿だった。
思わず身体が硬直し、頭の中が真っ白になる。
思考が飛ぶのは今ので何回目だよ。そう凛月がそう思っていると龍雄が口を開いた。
「カァーッカッカッカ!儂の術式は構築術式ではないぞ!」
笑いを堪えきなかった龍雄から出された情報に、凛月は再度呆けてしまう。
「あれは術式の開示を偽ったただのハッタリだ。それじゃあ、儂は行かせてもらうが……。急げよ?チビ助」
それだけ言い残し、龍雄は歳を感じさせない軽やかな動きで上の階に上がってしまった。
部屋に訪れる静寂。
それが、まんまと良いように騙された惨めさと腐った死体の腐臭と血液の鉄臭いを際立たせる。
「フゥー……」
呪力感知にて、相手が外へと逃亡していないことを確認した後に、自らを落ち着かせるために空気を肺から外へと送り出しす。
前世から続く、その癖は気持ちを切り替えるスイッチの役割を持っている。
目論見通り、自らの気持ちを落ち着かせることができた凛月は屈みながら、指先から呪力の篭められた針のような血液を出すと、それを龍雄が流した血液に触れさせる。
すると、たちまち血液同士が混ざり、龍雄の血液が凛月の出した血液に侵された。
侵食の特性を持った呪力を血液に付与することにより、侵食の性質までもが血液に付与される。
これにより、凛月の呪力が篭った血液は他者の血液を己の血液へと変換吸収することができるのだ。
「外に逃亡しないあたり、罠張ってるか消耗線狙いってとこなんだろうけど……。生憎、俺は既に血液の枯渇という弱点はある程度、克服済みなんだよね」
凛月は侵食をし終え、完全に吸収したことを確認した後に流出させた血液ごと体内へと戻し、独り言を続ける。情報の開示の練習をしているのだ。
「地の利を生かした罠は……。まぁ、あの二匹が何とかしてくれんだろ」
立ち上がった凛月は、そのまま歩き、入ってきた扉から部屋の外へと出るのだった。
***
先程、年端も行かないであろう幼児をまんまと騙したことに優越感を抱いていた儂は己の身体に呪力を漲らせ、その騙した幼児から距離を更に取るために走る。
そこで儂は気づいた。
やはり、やはりだ。呪力強化にあてがう呪力量から、呪力出力と呪力操作の精密性が上昇していることがわかる。
これは最後に儂が自身の持つ術式は構築術式ではないと明かしたのが要因であろう。
本来なら、この程度の情報を出したとしても、あってもなくても変わらない程度の僅差の上昇幅しかない。
しかし、今回は相手が完全に儂の持つ術式を構築術式だと思い込んでいた。
一つの選択肢しか見えていない相手にその選択肢を否定し、別の選択肢がある事を明示することにより、無限の選択肢を一つに絞らせる術式の開示と同程度の恩恵を得るにまで至ったのだ。
情報の開示による大凡の強化幅を確認したことにより、あの幼児が本当に儂の術式を構築術式だと本当に勘違いしていたことも、ついでにわかった。
素直な相手は騙しやすく、本当にやり易いことこの上ないと笑い声が漏れてしまう。
だが次から彼奴に嘘やハッタリは通じないと考えて良いだろう。
観察眼。
動きや思考を読むことにより、闘いを優位に進むせることができるそれは優れていれば優れているほど強いと言えよう。
そして彼奴の優れた観察眼はそれだけに留まらず、こちらの微細な変化を察知し、儂が本当のことを言ったのかそうでないのかを確実に見極められる。一線交えただけでそう確信させるものが彼奴にはあった。
術式の開示を偽った嘘は所詮は情報が足りなかっただけにすぎない。
赤色と青色の違いを事細かく理解していても、色の名前を知らなければどちらが赤色かそうでないかを理解することはできないだろう。
つまり、彼奴の前で
ほぼ的中率100%でこちらの思考や嘘を見抜くくせに、そのお相手はポーカーフェイス。嘘か真どころか気を衒った攻撃を行ったとて、それが予想済みだから涼しい顔をしていられるのか、予想外なのに涼しい顔をしていられるのかすら分からない。
理不尽なまでの優れた、才に思わず嫉妬のため息が出そうだ。
だがやはり、呪術師として未熟であることを見抜くことができたのが功を奏した。
情報の開示によって呪力が強化されたことにより”とある条件”を満たすことができたのだ。
先刻は消耗戦を狙っていたが、それはやめだ。
「条件は満たした。使わせてもらおうかの、儂の本当の術式を」
凛月くん「早くしないと逃げられてまう!でも血液の補充はごっつ欲しい!」
↓
完全に侵食しきれていない血液を体内に取り入れる。
↓
凛月くん「ぐえー死んだンゴ」
こうなってたかもしれない。怖い。