世界再編 〜現代は異世界と混ざりそれでも進む〜 作:お粥のぶぶ漬け
保津川下りで知られる風勝な渓谷は、今や「D級指定ダンジョン:保津峡魔谷」へと姿を変えていた。
役所での登録を終えた蓮は、その足で保津川沿いのゲートに向かった。貸与された標準装備の「打刀・改」を腰に差し、緊張した面持ちで霧の中へ足を踏み入れる。
「……まずは、ステータスの詳細確認だ」
蓮はスマホを取り出し、自分専用に書き換えられたインターフェースをスワイプする。
【探索者:霧島 蓮】
【神徳レベル:1】
【装備:銘・市役所配布(物理攻撃+10)】
【メイン加護:丹波霧隠(たんばきりがくれ)】
・霧の中での気配遮断率+50%。
・「霧の神」に気に入られたため、稀に敵の攻撃が「スカ」になる。
【パッシブ:神の肴(かみのさかな)】
・魔物のドロップ品を、一定確率で「最高の酒の肴(バフ付き)」に調理済みの状態で抽出する。
「……『神の肴』? 調理済み?」
蓮が首を傾げたその時、霧の向こう側から「グルル……」と低い唸り声が響いた。
異世界の神が放った尖兵、**【フォレスト・ウルフ】**だ。本来なら数頭で群れるはずの魔物だが、一頭、はぐれ個体が霧の中から飛び出してきた。
「――っ、きた!」
蓮は反射的に刀を抜く。
ウルフが鋭い牙を剥いて跳躍する。本来、素人の蓮なら避けるのは困難な速度。しかし、その瞬間、蓮の周囲の霧が生き物のようにうねり、ウルフの視界を遮った。
『今だ、若造。鼻っ面を叩き割れ!』
頭の中に響く、酒好きそうな豪快な男の声。
蓮は夢中で刀を振るった。
不格好な一撃だったが、加護によってウルフの姿勢が崩れていたため、刃は深く喉元に吸い込まれた。
ズシャッ、という肉を断つ感触。
ウルフは光の粒子となって消え――その場に、異世界のシステムではあり得ない「何か」が転がった。
【ログ:フォレスト・ウルフを討伐】
【スキル『神の肴』発動!】
【ドロップ:ウルフ・ジャーキー(山椒風味)】
【効果:30分間、スタミナ回復速度が上昇します】
「……ジャーキー? 石じゃなくて?」
蓮は足元に落ちた、丁寧に真空パック(のような霊力膜)に包まれたジャーキーを拾い上げた。
異世界の魔石がドロップするはずの場所に、旨そうな匂いを漂わせる「おつまみ」が鎮座している。
『ガハハ! それは俺様への供物だが、初陣の祝儀だ、食っていいぞ!』
頭の中の声が、愉快そうに笑う。
どうやら蓮の加護を与えた神――亀岡の山々に鎮座する大山咋神(オオヤマクイ)の系譜の誰か――は、蓮を「自分の晩酌のための仕入れ担当」として育てるつもりのようだった。
「……異世界の侵略って、もっとシリアスなもんじゃなかったのかよ」
蓮は苦笑しながら、山椒の香るジャーキーを一口かじった。
ピリッとした刺激と共に、全身に力がみなぎる。
霧の向こうでは、まだ多くの「食材(魔物)」が息を潜めている。蓮の探索者人生は、どうやら胃袋と神様の機嫌に左右される、賑やかなものになりそうだった。