問題
『ベンゼンの化学式を答えなさい』
姫路瑞希の答え
『C6H6』
教師のコメント
簡単でしたかね。
神崎達哉の答え
『C6H6』
教師のコメント
君の正解解答を初めて見て、先生とても嬉しくなりました。
土屋康太の答え
『ベン+ゼン=ベンゼン』
教師のコメント
君は化学を舐めていませんか。
吉井明久の答え
『B-E-N-Z-E-N』
教師のコメント
後で土屋君と一緒に職員室に来るように。
『ねぇ、達哉』
『ん? なに、優子?』
夢を、見た。
確か、俺が優子と秀吉と出会って、三年くらい経った時のことだったろうか。
『達哉は、その……あ、あたしのこと、好き?』
俺たちは家の近所にある公園でよく三人で一緒に遊んでいて、ある日、秀吉がトイレに行って俺と優子の二人きりになった時に、ふと優子が聞いてきた。
『うん、好きだよ』
『それは……友達としてじゃなくて、女の子として?』
『もちろん』
覚えている。もう何年も前のことだから、背景は大分霞みがかってはしまっているけれど、彼女が何を言い、俺が何を言ったのかは、はっきりと憶えている。
『な、なら……大人になったらあたしを、お、お嫁さんにしてくれる?』
『お嫁さん? それって結婚ってこと? いいよ』
『ホ、ホント!? じゃあ、約束よ!』
『うん、約束』
あの時は、俺も彼女もまだ子供だった。だからこんな約束も、所詮はただの子供の口約束だと捉えていたつもりだった。
しかし──
『絶対だからね! 指切り!』
『はは、分かったよ』
『行くよ、せーの!』
『『ゆーびきーりげんまん、うーそつーいたらはーりせんぼんのーます、ゆびきった!』』
小指同士が絡み合い、テンポのいい言葉に合わせて上下に揺れた。
今でも、はっきり憶えている。
その時の彼女の笑顔が、世界の何よりも、誰よりも、美しかったということを──。
☆
「──さっさと起きんかこのバカ弟がァァァァッ!!」
「グバッハア──ッ!!?」
今日の俺の朝は、情け容赦のないかかと落としから始まりを迎えた。突如として雷に打たれたような衝撃と激痛に襲われ、俺は腹を抱えて悶えながらベッドから転げ落ちる。
「が………かはっ……! な、何しやがるクソ姉貴……!!」
しばらくの間腹を押さえながら蹲り、俺はかかと落としをかましてくれた犯人を怨みのこもった目で見上げた。
しかしとうの本人はというと、そんな俺の視線もどこ吹く風と受け流し、虫を見るかのような目付きで俺を見下ろしていた。
「なに、文句あんの? せっかくあたしがわざわざ起こしに来てやったってのに、さっさと起きないアンタが悪いんでしょうが?」
正直、あまり紹介したくないのだが、これが俺の姉──神崎
年齢21歳。文月学園のOGで、東京の某一流大学を首席で合格したいわゆる『天才』だが、『超』の上に更に『超』が付くほど凶暴な性格で、特に弟の俺には情け容赦のない暴力女である。
「……アンタ、今とっても失礼なこと考えてるでしょ?」
「いえいえそんな、滅相もないです魔王様」
「フンッ!」
「ひでぶっ!」
首をグキリと一捻りにされ、俺は床にピクピクと痙攣するハメになった。
「ったく。くだらないこと言ってないで、朝ご飯できてるからアンタもさっさと食べて着替えて学校に行きなさいよ? 確か、今日は試召戦争があるんでしょ?」
倒れる俺を見下ろしながら姉貴は言う。だったらかかと落としで起こすんじゃねえよと言ってやりたいが、今度は何されるか分かったもんじゃないので黙って頷いた。
「新学期早々ご苦労なことだけど、あまり問題ばかり起こして先生方に迷惑を掛けんじゃないわよ? この前も電話口で西村先生が愚痴ってたんだから」
教師を目指している姉貴は、卒業後もアドバイスを聞くために高校時代の先生たちと連絡を取っているらしい。中でもかつて担任だった鉄人こと西村先生とは頻繁に連絡を取っているという。彼の教育姿勢を一番尊敬しているらしく、曰く、「西村先生みたいな厳しくて容赦のない教育が良い」とか何とか。鉄人2号が誕生する日は近い。
ともあれ、呆れたように息を吐いた姉貴は、思い出したように腕時計に目をやって「ヤバっ」と呟いた。
「もうこんな時間……それじゃあアタシは大学行くけど、さっさとご飯食べなさいよ。食べた食器は自分で洗って自分で片付けること」
「へいへい」
「『ハイ』は一回! あと、家出る時は戸締りをしっかりすること。この前アンタ、リビングの窓のカギ開けっ放しで学校行ってたわよ?」
「分かったっての! お母さんかお前は!」
「アンタがガキなだけよ。それじゃ、秀ちゃんと優ちゃんにもよろしく言っておいてね〜」
じゃ、と手をヒラヒラと振って階段を降り、すぐにガチャリと玄関のドアが開いて閉じる音が聞こえてきた。まるで嵐でも通ったかのように一瞬にして騒がしくなり、一瞬にして静かになった我が家に独り残されながら、俺は大きなため息を吐き、制服に着替えて一階に降りた。
リビングの食卓には姉貴が作ったフレンチトーストとミニサラダが置いてあった。とても美味しかった。
☆
「──さて皆、総合科目テストご苦労だった」
午前中に行った補給テストを終わらせ、昼食を取り終えたクラスメイトたちに対し、教壇に立った雄二が机に手を置いて向き合った。
「午後はBクラスとの試召戦争に突入する予定だが、殺る気は充分か?」
『おおーっ』
テスト漬けの午前を過ごしても、設備改善に向けて下がる気配を見せないモチベーション。この暑苦しさは何の美点もないFクラス唯一の武器と言っても良いだろう。
「今回の戦闘は敵を教室に押し込むことが重要になる。そのため、開戦直後の渡り廊下戦は絶対に負けるわけにはいかない」
『おおーっ!』
「そこで、前線部隊は神崎達哉と姫路瑞希に指揮を取ってもらう」
「が、頑張りますっ」
「テメーら、死ぬ覚悟はできてるかーッ!」
『うおおーーッ』
雄二の紹介を受けて前に出る俺と姫路。俺たちの言葉を聞き、男共のボルテージに一気に高まった。特に姫路の部隊に充てがわれた奴なんかは、一気に燃え尽きそうな勢いで燃え盛っている。
今回の戦争において渡り廊下は戦略的価値を持つため、雄二も渡り廊下戦では本気で勝ちに行こうとしていた。投入する戦力も、元学年一位と三位の俺と姫路を先頭にFクラス総数五十人中四十人を注ぐというのだから、その本気度が窺い知れる。何にせよ、ここまでの戦力を投入して負けることはあり得ないだろう。
キーンコーンカーンコーン……。
昼休み終了のベルが鳴り響く。Bクラス戦開始の合図だ。
「よし行くぞ! 目指すはシステムデスクだ!」
『サー、イエッサー!』
俺の掛け声と同時、Fクラスのほぼ全戦力を投じた前線部隊が廊下を猛スピードで駆け出した。
初戦の目標は渡り廊下を確保することと敵を教室に押し込むことなので、ここではとにかく勢いが重要となる。
今回の俺たちの主力武器は数学。Bクラスは比較的文系が多いのと、数学担当の長谷川先生は召喚フィールドが広いというのが理由だ。他にも英語のライティングの山田先生と物理の木村先生もいる。立会いの教師の数も申し分ない。
「いたぞ、Bクラスだ!」
「高橋先生を連れているぞ!」
Bクラスの教室へと突撃する俺たちの向こうから、ゆっくりとした足取りでBクラスの生徒が歩いて来た。人数は十人程度。偵察部隊といったところか。
「いくぞお前ら! 一人残らずぶっ殺せ!」
俺のそんな言葉が皮切りとなり、Bクラス戦が開幕した。
総合
Bクラス
野中長男 1943点
VS
Fクラス
近藤吉宗 764点
ふむ、やはりFクラスとBクラスじゃあ個々の戦力差は圧倒的か。
「……となるとやっぱ、俺がやるしかねーか」
第一陣がことごとく崩され、その勢いのまま向かってくるBクラスの前に俺が立ち塞がる。
「行かせるかよ──
声と同時に展開される魔方陣。そして、そこから発生した炎に包まれながら、俺の召喚獣が現れた。
英語W
Fクラス
神崎達哉 439点
VS
Bクラス
野中長男 188点
里井真由子 191点
「くっ、よりもよって神崎が相手かよ……!」
「それに、彼の召喚獣に付いてる腕輪……あれって、まさか……!?」
と、俺と対戦することになった二人が、俺の召喚獣の腕に付いている腕輪を見て血相を変えた。
「ほう……知ってるのか。ならちょうど良い。お前らにいいモン見せてやるよ」
そんな二人に対して不敵に笑むと、俺の召喚獣の腕輪が輝きを放ち始めた。
そして──
「喰らえ……!」
轟ッ──!!
次の瞬間、俺の召喚獣が薙いだ槍から灼熱の炎が生まれ、敵の召喚獣を呑み込み焼き尽くした。
試召戦争のルールの一つとして、教科ごとに一定以上の点数を獲得した生徒の召喚獣に送られる特典として特殊能力が付与される腕輪が送られる。その能力は人によって様々であるが、俺の場合は点数を消費して炎を生み出し操ることができる。更に点数を消費することで火力を調整することも可能だ。
「うおーっ! さすが神崎だぜ! 俺たちも続くぞーッ!!」
『おおーーっ!!』
俺の戦いを見たクラスメイトたちが、雄叫びをあげながら敵の偵察部隊に突撃していく。そこにさらに、遅れていた姫路がようやく到着した。
「お、遅れ、ました……神崎君、ごめん、なさい……」
「問題ない。姫路、来たばかりで悪いがお前も戦ってくれ」
「は、はい。行って、きますっ」
荒い呼吸を整えてから、トタトタと怒号飛び交う戦場に突入した姫路。その後ろ姿に和まされていると、早速彼女は前方に立ち塞がったBクラスの生徒二人を撃破し補習室送りにした。
再びFクラス陣営から歓声が上がる。
「うおおおおーーっ!!! 姫路さんサイコーッ!!」
「結婚してーーッ!!」
信者急増中。とうとうプロポーズまでされる始末。とりあえず姫路の安全のためにも、そいつは始末しといた方がいいかもしれない。
「中堅部隊と入れ替わりながら後退! 戦死だけはするな!」
けたたましい怒号の中、Bクラスのそんな指示が聞こえてきた。それと同時にBクラスの守備が崩れていき、俺たちは徐々にBクラス教室に近づいていった。とりあえず第一目標は達成。じきに戦闘も終了するだろう。
「達哉!」
姫路と二人で戦況を見守っていると、後続に配置されていたはずの秀吉が俺の元までやって来た。
「どうした、秀吉?」
「ワシらは教室に戻るぞ」
「……は?」
唐突な言葉に、俺は思わず首を傾げた。
「理由を聞いてもいいか?」
「うむ。実はムッツリーニからの情報によると、Bクラスの代表は“あの”根本らしいのじゃ」
「根本?……って、根本恭二か?」
問い返すと、秀吉はこくりと頷いた。
根本恭二……また面倒な名が出てきたものだ。
根本という男の評判は、俺たち二年の間ではすこぶる悪いことで有名だ。目的のためなら手段は選ばず、『球技大会で相手チームに一服盛った』だとか、『喧嘩に刃物は
「そうか……確かに、奴が代表なら何か仕掛けてくるかもしれないな」
「雄二に何かあるとは思えんが、念のためにの」
秀吉の言う通り、用心に越したことはない相手だ。俺は指示に従い、姫路にこちらのことを任せて、数人の仲間と共に教室に戻った。
☆
「うわ、こりゃ酷い」
「まさかこう来るとはのう……」
早足で教室に戻った俺たちを迎えたのは、穴だらけの卓袱台とへし折られたシャーペンや消しゴムの山だった。
「ちっ、陰湿な真似しやがる。これじゃあ補給試験もままならねえじゃねーか」
「うむ。地味じゃが、点数に影響の出る嫌がらせじゃな」
「あまり気にするな。修復に時間がかかるが、この程度なら作戦に大きな支障はない」
教室の惨状を見てもなお余裕の姿勢を崩さない雄二が皆を宥める。雄二がそう言うのなら本当に大丈夫なのだろうが、正直、腹の虫が治まらない。
「ていうか、そもそもどうして雄二は教室がこんなことになってるのに気付かなかったの?」
使い物にならなくなった卓袱台や文房具を手分けして片付けながら、明久からの当然の質問が飛ぶ。昼休みが終わるまではこれらは無事だったわけだから、壊されたのは必然的にそれ以後ということになる。であるならば、戦争中ずっとこの教室に詰めていたはずの雄二が気付かないはずがない。
一身に視線が注がれる中、雄二は腕を組みながら明久の問いに答えた。
「……協定を結びたいとの申し出があってな。調停のために教室を空にしていたんだ」
「協定じゃと?」
「ああ。四時までに決着がつかなかったら戦況をそのままにして続きは明日午前九時に持ち越し。その間、試召戦争に関わる一切の行為を禁止する。ってな」
「それ、承諾したの?」
「そうだ」
「でも、体力勝負に持ち込んだ方がウチとしても有利なんじゃないの?」
「出来なくはない。だがその場合、姫路には少々荷が重くなる」
俺がそう指摘すると、明久は「あ、そっか」とデメリットに気が付いた。明久の言う通り、勢いがあり、かつ戦況が有利な今こそ一気に片を付けようと思えば付けられるが、そうした場合、姫路の体力が持たなくなってしまう。彼女のリタイアまでに決着が付けられなければ、代表が“あの根本”のBクラスにどんな手を使われて逆転されるか分かったものではない。
姫路がいなくても、その時は俺がいるから作戦の立てようはいくらでもあるが、相手が相手だけに雄二としてもリスクは少しでも潰したいのだろう。
「じゃあ、この協定は姫路さんが明日万全な状態で臨めるように引き受けたってわけだね」
「そう言うことだ。俺たちにとってもこの協定は都合がいいからな」
なるほど、と頷く一同。しかし、雄二の説明を受けてなお俺の顔は晴れなかった。何故かは分からないが、得体の知れない不安がのしかかっていた。
甘すぎるのだ。雄二はではなく、根本がである。いくらでも替えがきく卓袱台や文房具を狙うために、こんなにも対等な条件の協定を結ぶなどという愚を奴が犯すことがあるのだろうか。
「達哉、明久、とりあえずワシらは前線に戻るぞい。向こうでも何かされているかもしれん」
そんな秀吉の声が聞こえ、答える前に彼はさっさと前線へ走って行ってしまった。
「秀吉の言う通りだね。達哉、僕たちも行こう」
「………ああ」
結局、のしかかる不安を拭い去ることができぬまま、俺は明久の後に続いて教室を出た。
しばらく走って先行した秀吉と合流し、戦場が見えてきたところでそれぞれの部隊に戻る。俺と明久は同じ前線部隊なので、そのまま最前へと向かった。
「神崎、吉井! 戻って来たか!」
最前に赴くと、須川が俺たちに駆け寄ってきた。
「待たせたな、戦況はどうだ?」
「かなりまずいことになっている」
「えっ!? ど、どうして!?」
Bクラスから本隊が出てきた様子もない以上、戦力的にも苦戦のしようがないはずなのに『まずい』とはどういうことか、と俺と明久は揃って首を傾げる。
「島田が人質に取られた」
「なっ!?」
「チイッ、今度は人質か。王道な手段で来やがって」
須川に連れられて人垣を抜けると、彼の言う通り、二人のBクラス生徒に捕らえられた島田とその召喚獣の姿があった。そして彼らの側には、きっちりと補習担当の鉄人もいる。
「島田さん!」
「よ、吉井!」
明久が叫び、島田が応える。なんか、安っぽいドラマを見ているような心地だ。
「そこで止まれ! それ以上近寄ったら、この女の召喚獣にトドメを刺して補習室送りにしてやる!」
敵の一人が俺たちを牽制した。野郎ばかりのFクラスでたった二人しかいない女子をただ戦死させるのではなく、人質にして補習室送りをチラつかせ、こちらの士気を削ぐ作戦のようだ。卑怯だが、うまいやり方だ。
(チッ、どうする……)
思ったよりも効果覿面な敵の策に俺が歯噛みしていると、スッと明久が俺の肩に手を置いた。
「達哉、ここは僕に任せてくれ」
「……明久?」
自信満々な明久の顔。まさかこのバカ、島田を救う方法を思い付いたというのか。
「僕たちだって共に戦う仲間なんだから、いつも達哉ばかりに任せるわけにはいかないよ」
と、そう言った明久の姿がとても頼もしく見え、そんな彼に俺は「分かった」と大きく頷いた。
「お前に任せるぞ、明久」
「ははっ、任されました」
笑い合い、キッと表情を引き締めて明久は前に出た。並々ならぬ明久の雰囲気に敵が身構える。
「吉井……」
島田も、かつてない明久の姿に見惚れ、頰を真っ赤に染めていた。
戦場全体が明久のオーラに支配され、そこにいる全ての者が明久の一挙手一投足を注視した。
そしてその数多の視線の中で、明久は大きく息を吸い込み、学校中に響き渡る声量で叫んだ。
「総員突撃用意ぃーーっ!!!」
「………………」
あのバカを信じた俺がバカだったようだ。
「ま、待て、吉井!」
戦場全体の空気が凍りつく中、ハッと我に返ったBクラスの生徒が慌てて声を上げた。
「お前、コイツがどうして俺たちに捕まったと思っている?」
「バカだから」
「殺すわよ」
瞬間、とてつもない殺気が島田から発せられ一直線に明久を貫いた。
「コイツ、お前が怪我したって偽情報を流したら、部隊を離れて一人で保健室に向かったんだよ」
「な、なんだって!? 島田さん、それって……」
「な、なによ……」
Bクラス生徒の言葉に驚愕した明久は真っ直ぐに島田を見つめ、島田はそんな彼の視線から頰を赤くしながら顔を逸らした。島田は、普段の明久とのやり取りから暴力的というレッテルを周りから貼られているが、本当はとても健気で一途な少女なのである。それを知っているからこそ、俺は彼女の行動に共感し、また感動した。
が、
「怪我をした僕にトドメを刺しに行くなんて、アンタは鬼か!」
このバカには彼女の気持ちが伝わらなかった。
「ち、違うわよ!」
「島田美波、なんて恐ろしい子!」
俺はお前のその腐った思考回路の方が恐ろしいよ。
「ウチがアンタの様子を見に行っちゃ悪いっての!? これでも心配したんだからね!」
「え……島田さん、それ、本当?」
きょとんと明久は目を丸くした。ようやく彼女の行動が自分を心から心配してのことと理解したらしい。まったく、本当に世話のかかる奴だ。
明久が落ち着きを見せたのを確認したBクラス生徒が、安堵して再び話を戻した。
「へっ、やっと分かったか。それじゃ、大人しく──」
「総員突撃ぃーーッ!!!」
絶句。
「どうしてよ!?」
「どうしてだって? そんなの決まっている! お前は島田さんの偽物だ! 彼女は変装している敵の仲間だ!」
本当、どうしたらこういう考えに至ることができるのか俺には理解できない。一度このバカの脳を解剖して調べた方が良いのではなかろうか。きっと人類の医学史上重大な欠陥が見つかるに違いない。
「いい加減にしとけ、このバカ!」
ともあれ、さすがにこれ以上は島田がかわいそ過ぎるので、明久の背中を蹴飛ばし、さらに踏み付けて俺が出る。「ふぎゃっ!?」とカエルが踏み潰された時みたいな悲鳴が聞こえたが、無視。
「安心しろ島田。今俺が助けてやる」
「んなっ!? か、神崎だと!?」
「ひ、ひいぃぃっ!?」
俺の登場に敵が恐れをなした隙に、俺は召喚獣を召喚する。
英語W
Fクラス
神崎達哉 389点
VS
Bクラス
鈴木二郎 33点
吉田卓夫 18点
普通に行けば島田の召喚獣も殺られてしまうので、腕輪の力を使って一瞬で片をつけた。
「ぎゃあぁぁぁ………」
「たすけてぇ〜………」
鉄人に担がれて補習室へと連行された二人を見送ってから、ぺたりと床に座り込む島田の元へと歩み寄った。
「大丈夫か、島田?」
「ええ……ありがとう、神崎」
「何やってるんだい達哉!? そいつは島田さんじゃない! 早く離れるんだ!」
「……………」
いつまで島田を偽物だと思っているんだろうこのバカは。そろそろ俺も腹が立ってきた。
「よ、吉井、酷い……ウチ、本当に心配したのに……」
「まだ白々しい演技を続けるか、この大根役者め! 島田さんはそんな優しい台詞を吐いたりはしない!」
「本当よ! 本当に心配したんだから!」
「取り囲むんだ! いくらBクラスでも、この人数相手に勝てるわけない!」
ぎゅっと体を縮ませて必死に訴える島田。しかし一向に明久は信じようとしない。
「本当に、『吉井が瑞希のパンツ見て鼻血が止まらなくなった』って聞いて心配したんだから!」
「包囲中止! 彼女は本物だ! そんな嘘に騙されるバカは島田さんしかいない!」
いっそ清々しいほどの手のひら返しだった。
気まずい空気の中、もはや救いようのないバカはハッハッハと陽気に笑いながら島田に近寄っていき、自ら死地に飛び込んだ。
「島田さん、無事で良かったよ。心配したんだからね」
「………………」
島田は答えない。
「教室に戻って休憩するといいよ。疲れてるでしょ?」
「………………」
答えない。
「それにしても、まったく卑怯な連中だね。人として恥ずかしくないのかな?」
「………………」
俺は静かに、それでいて速やかにその場から避難した。
「あー……島田さん。実はね」
「なによ……」
島田の沈黙に耐えきれなくなった明久は、彼女の顔が既に修羅へと変わり果てていたことに最後まで気づかぬまま、最高の笑顔を作り、
「僕、本物の島田さんだって最初から気付いてたんだよ?」
虐殺が始まった。