【完結】姉はTS吸血鬼(姉じゃない)   作:大根ハツカ

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#010 姉弟

 

 

 

「終わった、か……?」

「ひとまずはね」

 

 ひょっこりと『姉』が顔を出す。

 血が飛び散った殺人現場のような惨状。

 視覚を失った僕がその光景を見る事はなくとも、その陰惨な匂いに眉を顰める。

 

 一方で『姉』は慣れているのか気にした様子もなく、むしろ、僕の姿形を見て弾んだ声で面白そうに笑った。

 

「ふはは。カワイイ姿になったものじゃないか」

「……僕の趣味じゃないよ。質量が足りてないんだ、仕方ないだろう」

 

 今の僕は幼児化していた。

 人御末那子に肉体を喰われ、元の構造(カタチ)を保つ事ができなかったのだ。

 ゲームで言えばHPが足りない瀕死状態である。

 

 ずれ落ちる服装を筋繊維(ワイヤー)で縛りつける。動きづらい。手足の長さに未だ慣れない。

 恐らく、あと一撃でもマトモに何か攻撃を受ければ、生存に必要な最低限の質量さえ失われるのではないだろうか。

 

「それよりも……彼女、どうする?」

 

 小さな手で地べたを指差す。

 そこには倒れ伏した女──人御末那子(ひとみまなこ)の姿があった。

 

 動きはない。呼吸も心音も聞こえない。

 自らの異能の最大出力──人域血壊と言ったか?──を(ぼく)に反射されたのだ。

 あれは本来、『姉』が辿らされる未来だったという事だ。……心底ゾッとする。

 

 ペタペタ、と『姉』は女の体を無遠慮に触る。

 女性同士でもそういうのって良くないんじゃないのかなあ……と素朴な疑問が湧いてきた。

 ……というか、今も僕と『姉』の視界は繋がっているんだ。こっちにまで伝わるからやめて欲しい。あ、やめろ。女の子の胸を勝手に触るのとかやめて欲しい。何を見させられているんだ僕は。

 

「死んで……いや、心停止しているだけだな。無論、放っておけば永眠と変わりないだろうが……安全のためだ。ここで殺しておく──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っ⁉︎」

「なんだ、冗談か。びっくりした、いつも通りの姉さんだな」

 

 良かった。『姉』じゃなかったらどうしようかと思った。

 …………。あれ? 『姉』はなぜ黙っているのだろうか? ガタガタ、と痙攣するように『姉』の震えがこちらまで伝わった。

 

「でも、姉さんの言う通りかもしれないね」

「そっ、……そうだろう?」

「ああ。殺すのは流石に正しくないけれど、戦う力を削ぐくらいは許されるだろう」

 

 言って、自分の掌を変身させる。

 口。牙。あるいは注射器。

 そんな形状(カタチ)の右手を、眠る人御末那子の腹部に置いた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ごり、ぼり、ごき、むしゃあッ‼︎ と。

 聞き慣れない異音が響く。

 

 掌を使って女の血肉を貪り喰らう。

 人間の味にも慣れてしまった。

 たった一日で、僕も随分と吸血鬼に染まったようだった。

 

 ゆっくりと、僕の体が元の質量(カタチ)を取り戻す。

 やがて、人御末那子が小学生女児並みの体格にまで質量を失った頃、僕は肉体は元々の身長にまで大きくなった。

 

「むう」

「どうしたんだい、姉さん。そんな不服そうな声を出して」

「君のさっきの姿、弱そうで可愛かったのだかなあ……」

 

 馬鹿にしているのか、残念がっているのか、声だけではその感情は読み取れない。

 僕の失った視界は『姉』が補っているが、それはあくまで『姉』視点。彼女の表情(かお)までは見えないのだ。

 

「子供が好きなのか? ……性的な目で見てたり?」

「違う! ……前から思ってたが、弟くん。君は私の事を何か勘違いしていないか? 私はその、……えっちではないぞ」

「でも、『耽溺公』って酒池肉林を楽しんでそうな異名じゃないか」

「あれはもっと単純に、私が娯楽目的で生き続けている欲深い吸血鬼だからだろう。……なんだ。私はまだ清純(おとめ)、だ」

「へえ」

「〜〜〜〜ッ、もっと何か反応があるだろう! 君は貫通済みの女が好みなのか⁉︎ それならホラッ、私も銀の杭で穴だらけだぞ⁉︎」

「どこで張り合っているんだ姉さん。言ったろ、弟は『姉』に欲情しないものだ。それに、清廉潔白な姉さんが未経験な事くらい元々知ってるよ」

「(……まあ、未経験(どうてい)ではないのだが)」

「待った、何か言ったか?」

「…………い、いや? 何も言ってない。聞き間違いではないか〜?」

 

 こういう時、視覚を捨てた事を後悔する。

 馬鹿な事を言って、顔を真っ赤にする『姉』を見るのが僕は好きだったのだと、今更ながらに理解した。

 

 清廉潔白で絶対正義な『姉』が好きだ。

 空虚で中身のない日渡昇悟(ひわたりしょうご)を満たしてくれる。

 

 しかし、それと同時に。

 『姉』の仮面(カタチ)から溢れて見える、どうしようもない()()を好きだった。

 彼女の醜態が好きだった……というよりも、醜態を晒す癖に取り繕おうとして、どうにかして清く正しい『姉』であろうと奮闘している彼女の姿が好きだった。

 

 ずっと見ていたかった。

 だが、もう遅い。

 『血』の変身は不可逆で、『目が見えない』という弱点は生涯消えない。

 

 この先、一生、日渡昇悟は『姉』の顔を見ることはない。

 吸血鬼の寿命がどれほどなのかは知らないが、伝承で語られる通り不老不死なのだとしたら、それは一体どれだけの────

 

「──弟くん?」

「……いや、何でもない。それよりも、何だっけ? 姉さんが子供好きな理由だっけ?」

「好きというか……まあ、そうだな。私は子供が相手だと安心できる。矮小でちっぽけな生命(いのち)は私を脅かす不安がないからな」

「…………」

「私はな、生きたい。何が何でも生きたい。生きて、生きて、生きて、生きて、我が吸血鬼としての生涯を楽しみ尽くしたい。……だから、側にいるものが弱いと安心するのだ。子供が好きなのではない。子供以外が、怖いのだよ」

 

 ……それ、は。

 それが、意味するのは。

 

 

「姉さんは……(ぼく)も怖いのか?」

「────、」

 

 

 つまり、そういう事だ。

 僕に幼児のままで居てほしいというのは、『姉』が僕の事だって脅威と感じているという事なのだから。

 

 ショックはない。

 薄々気が付いてはいた。

 

 僕にとって『姉』は絶対だが、『姉』にとっての僕はどうでも良い駒の一つだ。

 『姉』は僕の力を頼る事はあっても、僕に心を許す事はないだろう。

 

「……すまない。だけど、強いままの僕でいさせてくれ。弱いままじゃあ弟としての責務を果たせないだろ」

「あ、ああ」

「でも、安心しろよ、姉さん。僕は弟だ。弟が『姉』を脅かす事はない。そうだろう?」

「それは……そうだが。だが、私が『姉』でなくなれば君は──」

「姉さん?」

 

 はくはく、と『姉』の息遣いが聞こえる。

 何かを言おうとして、何も言えずに口を閉じるように。

 

「……『大黒柱』に向かおう」

「姉さん?」

「なに。エレベーターが九十九階分を降りるまでに時間はあるし、乗ってから上がるまでも時間はある」

 

 タンタン、と『姉』の靴が地面を叩く。

 その音に導かれるようにして、目の見えない僕も『姉』に追い縋る。

 

「そこで君が聞きたがった話をしようじゃないか。アインソフ=オールナイトとは何者なのか、『血海事変(アウトブレイク)』は何のために引き起こしたのか。そして──」

 

 声だけは分からなかった。

 『姉』は一体、どんな表情でその言葉を告げたのか。

 

 

「──()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「………………」

 

 無線機を手にする、一人の男がいた。

 彼は部下から上げられた報告を聞いて、重たく溜め息を吐く。

 

「はあ。〇九(ゼロナイン)が全滅、ですか」

 

 班長。

 その役職を与えられた男は、自分達に与えられた役目が失敗した事を悟る。

 

 簡単な仕事のはずだった。

 それがどうだ。特殊部隊の男達は新米吸血鬼にボコられ、頼みの綱の人御末那子(ひとみまなこ)さえも敗北した。

 

 泣きたくなる。

 でも、泣くわけにはいかない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……自分一人でも任務は果たしましょう。そもそも、自分も地下に行っていれば何か変わったかもしれません。部下の責任ではない。自分の指示が誤りだった」

 

 めき、めきめきめきめき‼︎‼︎‼︎ と。

 男の肉体が服の中で蠢いた。

 『皮』の変身。根本的な体格が変わる。

 

 否。男の──という表現すら誤り。

 彼は確かに男だが、()()()()()()()()()()()()()()

 

「自分の外見で侮ってくれるようなバカなら助かりますが……そうではないでしょうね。ですが、相手が引っかかる可能性は低くとも、仕込みをしない理由はない」

 

 声が変わる。

 外見が変わる。

 極めて合理的な理由で、男は女へと変わる。

 

 最後に。

 (おんな)は壁にかかった写真を睨み、〇九(ゼロナイン)に命じられた任務を復唱する。

 

 

「彼を──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 第二の刺客。

 共喰らいの吸血鬼、水越(みずごし)涙涸(ながれ)は牙を研いでいる。

 

 

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