【完結】姉はTS吸血鬼(姉じゃない)   作:大根ハツカ

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入門→基礎→応用、という流れです



#012 応用

 

 

 

「…………ん?」

 

 ガコン、と床の動く振動で目を覚ます。

 エレベーター『大黒柱』。

 いつの間にか、上昇が始まっていた。

 

(寝てた……の、かな)

 

 人御末那子(ひとみまなこ)と決着をつけたのは覚えている。

 しかし、それ以降の記憶が忽然と消えていた。

 

 それも仕方がないのかもしれない。

 魔眼を有する吸血鬼との戦いは激闘だった。

 疲労困憊の果てに意識を失っていたとしても不思議ではない。

 

 …………、本当に?

 まだ〇九(ゼロナイン)の残党がいるかもしれない中、『姉』の安全を確保する事もなく眠るだなんてあり得るだろうか。

 『姉』、『姉』、『姉』。頭の中で言葉が反芻される。何か。何かが引っ掛かった。理由も分からない喪失感。

 

 

「なにか、大切な話をしていたような──」

「──()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ────。

 ……寝ぼけて、いたのか。

 

 いや、でも、何か。

 何かが記憶の端っこに引っかかっている。

 

「姉さんは……何なんだ?」

「何って、失敬だな。私を忘れたのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 日渡(ひわたり)アインソフ。

 僕の、日渡昇悟(しょうご)の義理の『姉』。

 

 そうか。そうだった。

 ずっと頭にあった違和感の正体が分かった。

 『姉』は元々別の名前で、だけど、色々あって僕の義理の『姉』になったから名前の並びがしっくりこなかったのだ。

 日渡アインソフ。『姉』の横文字が、違和感を助長していた。本当にそれだけの話。

 

「君が意識を失う前は、吸血鬼が持つ異能についての話をしていた。忘れたか?」

「……そう、か。そうだった。すまない、姉さん。気付かない内に疲れが溜まっていたみたいだね」

「構わないさ。何だって説明しよう。それで、弟くんは何が気に掛かっている?」

「……そうだね、『血』の変身。一つ気になっていた事があったんだった」

 

 うん。そうだ。

 思い出した。

 意識を失う前、確かにこんな話をしていた気がする。

 

「人御末那子との戦いの最後、彼女の『魔眼血統(イヴィルアイ)』は想像以上の性能(スペック)を叩き出していた。確か──じんいきけっかい、と言ったかな。姉さんは何か知っている?」

「……ふむ。恐らくは訳語だろうな。その言葉自体は知らないが、似たような現象ならば私にも経験がある」

「と言うと?」

〇九(ゼロナイン)では独自の用語を使っているようだが、かつては神憑り(テウルギア)と呼ばれた事もある現象だ。吸血鬼の中に潜む怪物の因子を活性化させ、因子の始まりに到達する原点回帰」

 

 ざざざざざっ! と。

 頭の中に幻想(ヴィジョン)が差し込まれる。

 無限に続く二重の螺旋。それを辿っていくような光景。

 

「怪物とは如何にして生まれたか。それは分からないが……原点に『神』が存在していたのではないかと推測されている。神が零落して怪物となり、終いには吸血鬼の因子の一つに成り果てたのだと」

「……っ!」

「ならば、異能の出力を高める事で、一時的に神話の権能を引き出す事ができる」

「神話の、権能……」

 

 異能の最奥。

 神秘の極限。

 怪物の『血』の源。

 

 怪物に零落する以前の、神話に謳われるカミ。

 故に、その一撃は神の名を冠する。

 

「人の器が決壊し、怪物の『血』が暴走する。故に、人域血壊。〇九(ゼロナイン)も相応しい名をつけたようだな。……ま、大層な表現をしたが、そう身構えるような話ではない。ただ、異能の最大出力を引き出しているだけだ」

「それは……僕にもできるのか?」

「できるだろうさ。発動方法は簡単、ただ心拍数を早めれば良いだけ。異能は『血』に宿り、『血』は心臓で巡るモノだからな。異能出力の調整とは、すべて心臓で行っている」

 

 とくとく、と。

 心臓が不気味に脈打つ。

 怪物としての本能が、その身に宿る『血』を存分に振るえる事に歓喜しているのかもしれない。

 

「だが、私としては最大出力……人域血壊を行うのは反対だ。人の身を──吸血鬼の身さえも超える異能を、我々は制御すらできない。暴走染みた出力に振り回され、極大化した弱点を突かれるのが相場だ。あの人御(ひとみ)とかいう女もそうだっただろう?」

「……まあ、そうだね。異能と弱点が紐付いているなら、人域血壊の発動時は弱点が大きくなっていて当然か」

切り札(ジョーカー)の使い時は考えるべきだ。最大出力が最強ではない。その場で最適な出力を都度考え、調整する。それが最強だ」

 

 吸血鬼ならではの一言だろう。

 最大出力こそが最強ならば、神話に謳われるカミは現代まで生き残っていたはずだ。他の怪物が絶滅する事もなかったはずだ。

 だが、現存する怪物はたった七体。それも全てが吸血鬼。弱肉強食など偽り。適者生存こそが真実。必要なのは強い力ではなく、()()()()()()()()()()

 

「……その点、弟くんは天才的だな。光を屈折する異能を持っていたとしても、一発目から思い通りに出力を調整する事など普通はできない。アイデアを思い付いても、想像通りに自分の心臓を操る事なんてできやしない。────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………………………………。別に、大した話じゃないさ」

 

 そう。本当に、大した事ではない。

 『姉』だって知っているはずだ。

 僕は生まれた時から()()だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「────な、に……⁉︎」

 

 僕の生涯を語る。

 そのつもりで、口を開く。

 

 ……でも。

 開いた口から声が出る事はなかった。

 

「……? どうした、弟くん」

「いや、……何だろう。何か、違和感が……」

 

 ふと、不自然な事に気付く。

 僕は途中、意識を失っていた。

 だから、その違和感を見過ごしていた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 

 『大黒柱』は地上(1F)地下(-99F)を繋げる巨大エレベーターである。

 だが、途中階がないからこそ、このエレベーターは直通で動く。一階分を移動するのに一秒以上……たとえ三秒もかかったとしても、せいぜいが五分程度の待ち時間。

 

 五分。

 そんな一瞬、とうに過ぎ去っている。、

 

 いつの間にか、エレベーターは静かだった。

 駆動音はなく、何処かで止まっている。

 

「……妨害か。第零区で蹴散らした〇九(ゼロナイン)の連中以外にも、敵は他にもいたようだな」

「そいつがエレベーターを止めたのか」

「あるいはエレベーターだけではないのかもしれない。『鬼門封鎖(ロックダウン)』。この裏都(うらと)は吸血鬼の収容施設だ。それくらいはあって当然だろうよ」

 

 エレベーターはうんともすんとも言わない。

 上どころから下にさえも動く気配はない。

 ……さて、吸血鬼は何日くらいで餓死するのだろう?

 

「弟くん、君の出番だ」

「……まさかとは思うけど、姉さん」

「天井を破り、私を地上まで連れて行け」

「………………、」

 

 当然のように『姉』から無茶振りが飛んでくる。

 今が地下何階かは分からないが、最悪の場合は何百メートルも登る必要があるのだが……。

 

「冷静になれ、姉さん。あえて天井裏に誘き寄せるという敵の罠かもしれない。ここは慎重にだね……」

「罠を仕掛ける暇などなかった。そんな時間があれば、最初からエレベーターを止めればいいだけだ。それでも心配と言うのなら、私を天井裏に上げるまでに自分で確認すれば良いだろう」

 

 僕の躊躇いは論破された。

 仕方がない。『姉』のためだ、腹を括るしかない。

 

「それは……そうだな。よし、まずは確認だ。姉さん」

「うん? 何だ?」

「何って……確認だろ? 僕は目が見えない。確認できるのは姉さんしかいないと思うけど」

 

 

 

 

 

「くっ、なぜ私がこんな事を……っ!」

 

 ブツクサと文句を言いながら、『姉』はエレベーター天井の点検口を慎重に開ける。

 ちなみに『姉』の身長では届かないため(そして何故か『皮』の変身をしたがらないため)、僕が肩車をしている状態だった。

 

 きゅっ、と『姉』の股が僕の首を絞める。

 不安定な体勢を支えるため、『姉』の太ももをしっかりと持った。

 

「ぐっ、ぬお! 変態がァ!」

「どうした姉さん⁉︎」

「何でもない!」

「それならいいけど……」

「(……こいつ、我が鼠蹊部と太ももの感触を何だと思っているんだ……。せめてもっとドギマギして無様を晒せば良いものを、涼しい顔をしやがって)」

「本当に大丈夫なのか、姉さん?」

「大丈夫だ! くそう! 弟くんの首で股を擦ってやろうかこの野郎!」

「何言ってるか分からないけどやめてくれ」

 

 そんなこんなで暴れる『姉』を宥めている内に、かぽっ……と天井が開いた、

 

「ごほっ、ぐごぼっ⁉︎ 開いたっ、開いたぞ!」

 

 何十年も使われていなかったのか、天井裏から飛び出した埃に咳き込みつつ、『姉』は尻を振って這い上がった。

 

 『姉』の僕の家族の回線(つながり)を通して、『姉』の目に映った光景が僕の脳にまで届く。

 埃と煤で真っ黒だが、何の罠も見当たらない。頭上を見上げても真っ暗で何も見えないが、特に異常も感じられない。

 

「これで満足か! 私を辱めたんだっ、その分は働いてもらうぞ!」

「いや、別にいいけどさ……辱めたっていつの話?」

「今だ今! 今今今今! あっ、今まさに私の胸を触っただろう!」

「はいはい。話は後で聞くから」

 

 僕もまた天井裏に跳び上がり、喚く『姉』を片手で掴む。

 落としてはいけない。筋繊維(ワイヤー)をぐるぐると胴体に巻きつけ、僕と決して離れないようにした。

 

「じゃあ、上がるぞ。……本当に危険だから暴れないでくれよ」

「弟くんは私を何歳だと思っているんだ……?」

「姉さんだから歳上だ。分かってるよ」

 

 何歳扱いしているかは実年齢とは別の話だが。

 あいて明言せずに、『姉』の視界越しに頭上を見据える。

 

 プシュ! と手首から射出される筋繊維(ワイヤー)

 『骨』が壁に食い込み、筋繊維(ワイヤー)が僕らを上へ引っ張ってくれる。

 

 百メートル程度の垂直の壁面。

 吸血鬼の身体能力からすれば大した問題でもない。

 

「このまま、駆け上って──」

 

 だから、敵も予測できていた。

 だから、僕も敵の罠を警戒していたし──

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……?」

 

 わおああああ……と。

 うおわあああ……と。

 

 何か、音が反響している。

 視覚を失って鋭敏になった聴覚がそれを捉える。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

「なッ──」

「──()()()()()()()()()‼︎」

 

 

 一瞬の交錯。

 寸前で躱した落下物の正体を、『姉』の瞳が捉えていた。

 

 

「…………()()()()()?」

 

 

 響く、腐乱死体(ゾンビ)の残響。

 研ぎ澄まされた聴覚はこう告げる。

 

 ()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()

 

 

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