『分かりました。説得は諦めましょう』
無線機から女の声が響く。
交渉は決裂した。
僕は『姉』を見捨てない。『姉』のためならば、国家権力だって敵に回そう。
その心意気が伝わったのか、女は僕に救いの手を差し出すのを諦めた。
『
その上で、強引にでも手を掴むと宣言する。
どうしようもない善人。
それが、僕達の敵に回る。
「善い人だね。もっと別の出会い方をしていたら、僕の『姉』はあなただったかもしれない」
『残念ながら、どう頑張っても日渡くんの「姉」には成りませんよ。自分の名前は
「────、え」
ブツン、と無線機が最後に音を立て、二度と音声を発さなくなった。
もはや問答の余地はない。言葉に意味はなく、後は拳で語り合うしかない。
「弟くん。来るぞ」
『姉』の視界が頭に繋がる。
『
同時、僕もまた異能を発動する。
『
薄暗い地下街。
チカチカと点滅する蛍光灯。
『姉』から伝わる景色が異常を知らせる。
「……姉さん。相手の異能は『
「簡単だ。あの
血の滴る白い大剣。少なくとも形はそう。
『骨』の変身で出力された鋭利な刃物。
それが、誰に振るわれるでもなく一人でに僕を襲う。
「ッ、物体を宙に浮かせる念力か!」
物体が浮くという各地に伝わる伝承の数々。それを実現する異能の因子、『
大剣が近づくほどにその大きさに圧倒される。
地下街は狭い。いくら透明化していようと、あんな大きな刃を避ける事は難しい。
回避は不可能。しかし、いつもの
掌に爪のように『骨』を纏い、至近距離で剣を弾く。滴る血と火花が散る。
衝撃で右腕の骨がイカれた。
関節にはヒビ。『肉』の変身で修復できるとしても、そこには一瞬の隙が生まれる。
大剣は即座に方向転換した。
再生の暇すら与えず、再度僕を殺そうと襲いかかる。
再び、僕は右手を構え──
「ぁ、がっ⁉︎」
血だ。大剣から滴る血。それが付着した右手に莫大な
大剣が本体なのではなく、付着した血が本体。血を付着させた物体を操る異能!
失敗した。血に触れるのは悪手だった。
即座に、血が付着した右手を自切する。
一瞬の判断。それでも遅い。眼前には迫る白き大剣。
(ま、ず────)
「──弟くん!」
ゴッッッバッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
衝撃が炸裂する。
白い刃が肉に食い込み、体の半ばまで切断する。
──
「姉さんッ、どうして庇った⁉︎」
「ご、ぼ。……っ、何を、言っている。勝算が高い方を、温存するのが……生存戦略だろう」
『姉』の小さな体から噴水のように血が溢れる。
莫大な量の血液を吸って、白の大剣はようやくその動きを止めた。
「私の怪我は、良い。『肉』の変身ですぐに修復できる」
「……嘘だ。失った質量は戻らない。姉さんの出血量じゃ、」
「今は良い。それよりも、敵の弱点を教えるぞ。上手く活かせ」
どこか焦ったように、早口で『姉』は続ける。
「『
「そうか、それで姉さんは出血して……」
「この弱点は吸血鬼本体にも通用する。『
吸血鬼は流水に弱い、という伝承の基。
『
だけど、問題点は二つ。
一つは水を何処から用意するのか、という点。探せば水道の蛇口くらいあるのかもしれないが、探している余裕はない。
そして、もう一つは。
「吸血鬼本体──
「そう、だな。『
「いや、あるいは無視して進むか。僕達の目的は裏都の脱出。敵の撃破では──
「なッ、くそがァ!」
自分のアイデアを自分で否定する。
どうやら敵は、僕達の逃走を認めてくれそうにない。
視界を覆い尽くすのは白い大剣の
鋼鉄だろうと貫く一振り、それが百本以上。
一本や二本ならば、自分の出血で対処できたかもしれない。だが、あの量ではジリ貧だ。迎撃の前に自分が出血死する。
「……いや、そうか。姉さん、光線銃だ」
「無駄だ。『骨』に
「そうじゃない。撃つのは
「────なるほどな」
以心伝心。
『姉』は聞き返すまでもなく天井に
それと同時、無数の大剣が撃ち出された。
だが、僕達が串刺しにされる事はなかった。
それよりも前に、警報が鳴り響いた。
ジリリリリリリリリ‼︎‼︎‼︎ と。
けたたましい高音と共に
「残念ながら、天井から降る人工雨は記憶に新しいんだ」
人工雨。裏都の地下九十九階で見た『清掃』よりは小規模な
スプリンクラーのセンサーに
水を浴び、大剣の勢いが殺される。
血を洗い流され、宙に浮くモノは地へと落ちる。
「このまま天井をブチ抜くよ。雨が僕らを守っている間に、地上まで逃げ延びる」
「それが良い。水越涙涸とやらが何処にいるかは知らないが、真正面から強敵と戦うなど馬鹿のすること。地上にさえ出れば国際条約が私を守って──」
その言葉が最後まで続く事はなかった。
直後。
「
べき、べきべぎべきべきっっっ‼︎‼︎‼︎ と。
殻が割れ、雛が誕生するような破裂音。
水越涙涸は隠れていた。僕が先ほど弾いたモノ。狭い道を埋めるような
「き、さま──」
「──遅い」
瞬きの一瞬よりも速く。
水越涙涸の拳が『姉』の顎を撃ち抜いた。
「っっっ、ぁごォ⁉︎」
「自分の弱点である流水で覆い尽くす。最適解ですが……ツメが甘い。雨というフィールドは自分の異能を封じますが、同時に透明化した日渡くんの居場所も知らせます。水が
水越涙涸は不気味な姿をしていた。
異質な全身鎧。『骨』で出来たヒーロースーツ。
体を『骨』で密閉して、水の一滴も触れないように全身を覆っていた。
「そして、日渡くんの弱点──吸血鬼としての弱点ではなく、異能の弱点でもなく、日渡昇悟くんが持つ人間としての弱さもそれです」
「な、────がばあっ⁉︎」
「奇襲、初見殺し、異能の応用。アイデアを生み出すのは得意。ですが、地力が足りない。
拳の連打が僕を撃ち抜く。
ただの拳。異能でも何でもない、普通の攻撃。
だが、抗えない。『肉』の変身によって身体性能は高められても、体の動かし方が圧倒的に下手くそなのだ。
「異能はあくまでも切り札。一発逆転にはなりますが、そもそもの基礎能力で圧倒すれば奇策に頼る必要もありません。『肉』の変身と『骨』の変身、それだけで十分なんです」
「…………っ!」
「そして、異能の使い方も……特殊な攻撃法はあえて使わない。肉弾戦の延長線上、その補助として使うと良いでしょう。例えば、」
パキ、パキパキパキパキ、と。
水越涙涸を包む『骨』の全身鎧が変形する。
顎を潰されても必死に目を働かせてくれる『姉』のお陰でその全貌が分かる。
触手……だろうか。あるいは、ロボットアームのような無数の腕が背中から生えている。
「二本の腕を、もっと増やすとか」
瞬間、感覚が消失した。
無数の拳による打撃。衝撃の豪雨。その一つ一つを感じるまでもなく、まとめて一つの圧として神経が痛みを受容する。
飛来する大剣を受け止めた時と同じ衝撃。
『骨』の鎧の中にある血が、『
勝てない。
近接戦闘では戦いにもならない。
異能は使えない。使っても意味がない。透明化も光の屈折も、何の役にも立たない。
『肉』の変身では歯が立たない。筋繊維などの
『骨』の変身だってそうだ。そもそもの『骨』の形成速度、形成された『骨』の密度で負けている。こちらが『骨』の盾を作っても、速度も硬度も負けているのだから簡単に粉砕される。
基礎性能が違い過ぎる。
吸血鬼として以前に、戦士としての差が大きい。
「何度でも言いますよ。投降してください。日渡くんでは自分には勝てません」
「……ハッ。それはどうだろうね」
「強い。強いけど……いつまで続く?
「…………、」
「最後まで息は続かない。血中の酸素を絞り出しても限界はある。僕があなたに殴り勝つ必要はない。あなたが限界を迎えるまで耐え続ければ僕の勝ちだ!」
見た目のダメージに惑わされるな。
相手の打撃によって肉体を破壊されても、実際に失われた質量はそう大きくない。
あと何十分かは知らないが、耐えられる。このままなら──
「そうですね。自分にも限界はあります。──ですが、日渡くんの限界の方がずっと早い」
とん、と。
水越涙涸の掌が、優しく僕に触れる。
その直後。
「人域血壊────『
各異能の人域血壊を考えるのが大変すぎる……。
プロットを壊してこんなの考えたヤツ誰だ。