「人域血壊────『
瞬間。
僕の下半身は消失した。
「────ぁ」
火も、光も、熱もない。
ただただ『力』というエネルギーの爆破。
物質を跡形もなく四散させる衝撃波。
声も出せないほどの圧力。
必死に修復を急ぐが、質量が明らかに足りない。
『
重力に抗う反重力の極致。
即ち、重力の真逆────莫大な
「……使いたくなかったのですが、仕方ありません。
出し渋っていた訳ではないだろう。
異能の最大出力を引き出すと、弱点もまた極大化してしまう。
ジュウ、と
エネルギーの爆破は彼女(彼?)の拳を起点としていた。その拳が消滅していても不思議ではない。
しかし、本当に不味かったのは爆破そのものではなく、『骨』の鎧を身に纏う密閉環境を破った事だった。
『
そして、異能の最大出力を引き出した今の状態では、弱点は更に大きくなる。つまり、水だけではない。
衝撃の自傷以上に、空気に触れた手首の出血量の方が多い。
爆破する血液という性質が故だろうか。人域血壊を使った『血』は揮発性が高い。蒸気のように血が噴き出している。
『
ともあれ、弱点は見つかった、
僅かな空気漏れでも致命傷。
ほんの少し、傷付ける事ができれば勝てる。
……傷付ける事ができたら、だが。
(っ、弱点が……見つかったのに)
『骨』の鎧にヒビを入れる。
たったそれだけの事ができない。
水越涙涸の言っていた通りだった。
基礎能力の不足が何処までも足を引っ張っている。
質量が足りない。
時間が足りない。
何よりも、手札が足りない。
今のままで勝つ事などできない。
外見を変える『皮』の変身、体内を強化する『肉』の変身、強靭な物質を生成する『骨』の変身、光を屈折する『
それだけじゃあ全然足りない。今、必要なのは新たな力。一発逆転を引き起こせる何か!
ドクドク、と心臓が脈打つ。
入院時代には許されなかったこと。
人間時代では死んでしまうほど早く。
そうだ。そうだった。
僕は知っている。
一発逆転の
僕にはそれがある。
「心拍数の上昇……
「…………っ」
心臓が跳ね上がる。
喉が引き攣る。
「心臓で『血』を巡らせ、怪物の因子を活性化させる。異能の最大出力を引き出す人域血壊……認めましょう。それは一発逆転の
ただし。
水越涙涸は憐れむように続けた。
「──
思考が停止する。
ドグン、と一際音を立てて心臓が脈打つ。
「『
何も見えない暗闇。
敵との距離が離れているのなら、あるいは単なる逃走劇ならば役目はあった。
だが、近接戦闘においては大した役に立たない無用の長物。逃げも隠れもできないこの場で視界を暗くした所で、何の意味もない。
汗とも雨とも分からぬものが額を伝う。
何か気持ち悪いものが込み上げてくる。
スプリンクラーの雨が僕を冷やす。
体温を維持する必要最低限の機能さえもない。
それほどまでに、僕の質量は失われていた。
「では、幕引きです」
近づく足音。
光を屈折して、遠近感を惑わせる。
せめてもの抵抗。だが、無意味に終わる。
一歩、二歩、三歩。
ゆっくりとした接近。
断頭台まで一歩一歩を踏みしめるように。
やがて、水越涙涸は僕を踏み付けた。
その実在を確かめるように力を込める。
そう、それが正解。『
心臓が跳ねる。
震える表情筋を抑え付ける。
だが、堪えきれない。理性を振り切る感情。
どうしようもなく膨れ上がった心の底が、僕の
水越涙涸は眉を顰めた。
自らの視覚が騙されているのかと疑った。
だって、その
「────
「
「────────は?」
一瞬、水越涙涸は異能の暴発だと勘違いした。
自らの人域血壊を意図せず使い、莫大な斥力が右肩を粉砕したのだと。
だが、
ボンッ、ボンッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
連続する爆破が、勘違いごと肉体を砕く。
右肩。左太腿。鳩尾。三箇所から血の煙が上がる。爆破によるダメージと、外気に触れて血液が気化するダメージの複合。急激な血圧の低下に、くらり……と
「……『血』の変身っ! 新しい異能を手に入れたんですかッ? 今ここで⁉︎」
だって、あり得ない。
それは日渡昇悟の異能ではない。
『
咄嗟に水越涙涸は距離を取る。
爆破の追撃はなかった。
動揺を抑え、思考を回転させる。
(爆破の射程は近距離のみ。触れた場所を……ではあませんね。斥力を発生させる自分の人域血壊とも違います。
「……教えてくれませんか。これは一体、何の異能です?」
「ハハッ、面白いことを言うね。僕が宿した異能はたった一つしかないけど?」
「嘘ですね。『
「──
光を曲げる。可視光線を屈折させる。
それは見えやすい現象だけを切り取っているに過ぎない。
僕達人間は、見えるモノだけを見る。それで良い。僕はそれを肯定する。
でも、見えるモノだけを見る事は見えないモノを無いと見做す事ではない。この世は見えないモノで溢れている。
「『
「ま、さか──ッ」
見えるモノと見えないモノ。
概念的な話ではない。
この世界にはあるではないか。
見えないが存在するモノ。
見えないが誰もが知っているモノ。
水越涙涸も使っていた。
そう、例えば────
「
「
そうだ。原理としては電子レンジに卵を突っ込んだのと同じ。
電磁波は『骨』の鎧を貫通して内部の水分を振動させ、その摩擦熱で肉体を直接加熱する。すると内部の水分が熱膨張を起こし、内側から『骨』を突き破るほどの圧力が発生。そして、『骨』が砕けた瞬間に外気に触れて急激な減圧が起こり、沸騰した水分が一気に気化したのである。
簡単に言えば、密閉されたものを水蒸気爆発させる異能。一発逆転の
(……今のは、偶然です。偶然、手足が吹き飛んだ。
水越涙涸の余裕は吹っ飛ぶ。
自分で言った事だった。
日渡昇悟は基礎的な能力こそ足りていないが、初見殺しのアイデアは豊富なのだと。
近距離でしか爆破できないのも当然だ。
こんな応用、大元の怪物ですら行わない。
異能の拡張、解釈の拡大。理論上は可能でも、異能の出力を微細に変化させる達人芸が必要となる。
(そうか、そうでした。日渡くんは生まれつき心臓が悪く、ほんの少し心拍数が上がっただけで死ぬような状態で十五年も生きてきました。
たった一手で立場は逆転する。
いまだ下半身も修復できていない子供相手に、水越涙涸は後退りをした。
(……っ、焦るな。深呼吸をしなさい。まずは『骨』の鎧の修復を優先する。これ以上、質量を減らす訳にはいきません。このまま距離を取り続け──)
がくんっ! と水越涙涸の体勢が崩れる。
外部から攻撃ではない。
内部から爆発したのではない。
これは、
(
密閉した鎧の中の酸素は尽きた。
血中の酸素も何もかも絞り出した。
激しい運動での消費した上、電磁波による爆破が酸素を燃焼し尽くした。
「……それがあなたの弱点だ、
「……は、じめから……さんけつ、ねらいっ……でしたか」
「いいや、初めから僕の狙いは一つだけだ」
きっと、電磁波による爆破だけでは一手足りなかった。
いくつかの要素を積み上げ、ようやく王手をかける事ができた。スプリンクラーによる流水、持久戦による酸欠、僕の拙いマイクパフォーマンス。
そして、もう一手。
「
粉々になる視界の隅で、水越は少女の姿を捉える。
アインソフ=オールナイト。最低最悪の吸血鬼は勝ち誇るように笑みを浮かべた。
(『
電磁波で肉体が吹き飛んだ瞬間を狙って、体内にアインソフ=オールナイトの肉片という異物が紛れ込んでいた。
人域血壊による自爆。
頭を吹き飛ばしたのはそれだった。
薄れゆく意識。
紛れもない敗北。
走馬灯のように緩慢な景色を眺め、水越涙涸の胸に絶望が溢れる。
(ああ。ダメです、日渡くん。地上に出れば、もう後戻りはできません。
最後に、言葉が漏れる。
それは負け惜しみでも、罵倒でもなく。
ただ、一人の子供を案じる言葉。
「……『
直後。
水越涙涸の肉体は木っ端微塵に吹き飛んだ。
電磁波とか操れるんだ……