【完結】姉はTS吸血鬼(姉じゃない)   作:大根ハツカ

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#019 磔刑②

 

 

 

『怪物を殺しなさい。怪物を殺すために生き、怪物を殺すために死になさい』

 

 『磔刑』のクロイツ。

 やがて、そう呼ばれる男が初めて耳にした言葉はそれだった。

 

 男は千年続く怪物殺しの家に生まれた。

 千年間、怪物殺しを生業とする一族。

 怪物よりも怪物染みた執念で怪物を狩り、その技と知恵、そして怪物殺しに適した遺伝子を次代へ受け継ぐ狂気の家系。

 

 だが、役割に反して怪物殺しの一族には執念と呼べるほどの()は存在しなかった。

 

 空っぽで、虚で、不気味な瞳。

 ただそこにいるだけのヒトガタ。

 誰も彼もが焦点の合わない暗闇の虹彩を持つ。

 

 当然だ。執念は伝統と化し、伝統は呪いと化し、かつてあった怪物への憎悪は形骸化した。

 そこにあるのはただの銃弾。千年前に撃ち放たれた弾丸が、慣性の法則で今もなお動いているだけ。

 機械の歯車のように何も考えず怪物を処理する日々。きっと、かつての男には自我なんてものはなかった。

 

 そんな人生が変わったのは、三つの出会いがあったからだ。

 

 

『手を貸せッ、怪物殺し! 俺とお前で理不尽に決着をつける! 怪物だから仕方がないなんて、そんな諦めはこの時代で終わらせてやるッ‼︎』

 

 

 一つ目の出会いは、白銀の少年。

 黒銀(くろがね)機関の第一位となり、やがて世界から怪物を絶滅させる人域最強の英雄。

 眩いまでの彼の善性は、空っぽだった男の心に正義を灯した。

 

 少年だけじゃない。

 『黒銀(くろがね)』。十人しかいない人類の極限。

 どいつもこいつも男と同じような破綻者で、異常者で、怪物以上に人間離れした人間達。

 

 一人じゃないと思えた。

 それでも、別れは突然にやって来た。

 

 二〇世紀の終わり。

 黒銀(くろがね)機関・第一位の死亡という形で。

 

 

『ふふふ。良いじゃありませんか。怪物殺しだからって人と関わるのを避けてちゃ、あなたまで怪物になっちゃいますよ?』

 

 

 二つ目の出会いは、平凡な女。

 平和になった世界で出会った、何処にでもいる普通の女性。

 普遍的な女の愛情は、凍てついた男の心を暖めて溶かした。

 

 怪物が絶滅して、怪物殺しが必要とされなくなった時代で、再び空っぽになろうとしていた男の手を取った女性。

 初めて無償の愛を知った。同じだけの愛を返したいと思った。

 

 二度の出会いを経て、男は変わった。

 男はもう怪物を殺すだけの機械ではない。

 『磔刑』のクロイツは中身ある人間になった。

 

 ああ。

 だけど。

 

 

 ダメだった。

 怪物殺しに愛を育む権利なんてなかった。

 

 

 それに気付いたのは娘が死産した時だった。

 男の遺伝子は怪物殺しに特化している。

 歪に、不自然に、千年かけて進化している。

 普通の女性には、異常な遺伝子を受け止めるだけの強度が足りなかった。あまりにも負担が大き過ぎた。妻は出産時に意識を失い、何年経っても目覚めない。

 

 当たり前の事だった。

 怪物殺しの遺伝子は、怪物亡き平和な時代には受け継げない。

 

 娘は死んだ。生まれる事もできなかった。

 妻は目覚めない。昏睡状態は永遠に続く。

 男は絶望した。再び、男は空っぽになろうとしていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『ふ、ふははははは‼︎ そうかそうかァ、君がオレのパパというワケだな。「黒銀(くろがね)」の娘……悪くないな。少し借りるとしよう』

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()宿()()()()()────

 

 

 

 

 

「なあ、許せるかね?」

 

 ドグン、と僕の心臓が脈打つ。

 自分自身の制御から外れた鼓動。

 それはまるで、目の前の老人の感情が直接伝わってくるかのような不思議な感覚。

 

「自分の娘が、生まれてくる事もできなかった娘の肉体が乗っ取られた。その亡骸を、その生涯を、その未来を(もてあそ)ばれている。オイ、許せるワケねえだろうが」

 

 ()だ。

 老人の目には熱が宿っている。

 煮えたぎるような憎悪が爛々と輝いている。

 

「『耽溺公』アインソフ=オールナイト、貴様との出会いで空っぽだった我輩は()()を得た。貴様を殺すため、ただそれだけのために、昏睡状態の妻も放って何十年という生涯の大半を費やした。もはや我輩は怪物殺しでも、『黒銀(くろがね)』の英雄でも、ましてや彼女の夫と呼べるような人間ではない。────()()()()()()()

 

 何の言葉も、返せない。

 どうしようもないほどに自業自得。

 朽ち果てるだけだった老人を、自らを屠る天敵へ変貌させたのは他でもない『姉』だった。

 

「我輩は『耽溺公』の唯一の弱点だ。だが、我輩の声を聞かせた所で動きを止める程度。我輩だけの力では『耽溺公』を確実に殺すには至らない。ああ、二〇二〇年の『血海事変(アウトブレイク)』の時点でそれは分かっていた。だから、殺害ではなく封印を選んだ。忌々しい吸血鬼の力を借りて、『耽溺公』の精神体を娘の肉体に縫い止める()()()で刺し貫いた」

 

 老人にとっても苦渋の決断だったのだろう。

 どれほど合理的な意見を並べた所で、愛娘の体の中に怪物の精神を留めることを許せるのか。

 許せなかった。許せないまま、唇を噛み締めて合理を優先した。その苦悩が更に、憎悪の炎に薪を焚べる。

 

「精神体を傷付けるというアプローチは失敗した。故に、正攻法。『耽溺公』の本体を見つけ、殺す。それが唯一の最適解。──だが、これが困難だった。『憑霊血統(テイクオーバー)』の射程がいくら長いとは言っても、地球上の何処かにはあるはずだ。それでも、数十年探し回っても見つからなかった。そこで我輩は考え方を改めた。『耽溺公』の本体は何処か一箇所に隠されているのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこには執念があった。

 数十年の捜索が無為に終わっても、一歩でも復讐に近づけたと笑えるだけの執念が。

 

「く、くはッ! くはははははは! 見つけた時は呆気なかったなア! あんなにも探し求めた『耽溺公』の本体が見つかったのは何処だと思うね⁉︎ 日渡昇悟(ひわたりしょうご)ッ、貴様はもう既に知っている!」

「……本体は『霧消血統(インビジブル)』の異能で、」

「違う! 本体が見えないのには異能は関係がない!」

「……本体は地球の衛星軌道上を動いている、」

「違う! もっと近く! すぐ側に『耽溺公』は潜んでいる!」

 

 見えず、動き回り、すぐ近くにいる。

 そんな都合の良いモノなんて、何処にも──

 

「────、あ」

()()()()()?」

 

 ある。あり得る。

 だけど、可能なのか⁉︎

 ()()()()()()()()()()()()()()()()ッ⁉︎

 

 震える唇。

 引き攣る喉。

 そこから、たった一言分の声を絞り出す。

 

 

 

「────()()()()? ()()()()()()()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()⁉︎」

 

 

 

 目に見えないほど小さく、肉片のウイルスのサイズにまで分散するように変身する。

 他者に感染し、太陽光の当たらない人間の体内で身を潜め、人間を媒介として自由に動き回る。

 

 存在するだけで人類を蝕む病。

 人類史を貪り尽くす耽溺の獣。

 それが『耽溺公』アインソフ=オールナイトの正体。

 

「最初に見つかったのは我輩の血中だった。『血海事変(アウトブレイク)』で降った血の雨、アレに混ざっていたのだろう。青い鳥は家にいた、というワケだ。笑えるな」

 

 普通はあり得ない。考えもしない。だって、脳構造が保てなければ思考もままならない。

 だが、『姉』には『憑霊血統(テイクオーバー)』があった。脳は他人の物を借りれば済む話と割り切って、本体の安全を最優先にする狂気的なまでの生存本能があった。

 

「幸い、感染力は皆無。そもそもが太陽光を避けて体内に潜む肉片だ。空気感染など起こるはずもないし、唾液のような浅い粘膜に潜む事もない。あり得るとしたら血液感染くらいだろうよ。だから、感染者はそう多くない。────()()()()()()()()西()()()()()()()()()()()()()

「そう、か。『血海事変(アウトブレイク)』は、ただ吸血鬼を増やそうとしただけじゃなくて……っ!」

()()()()()()()()()。本体の感染者を増やし、自らの不死性をより強化するつもりだったのだろうよ」

 

 最低でも裏都の全員。

 彼らの中に潜むウイルスを処理しない限り、『耽溺公』が死ぬことはない。

 

「この裏都(うらと)自体が姉さんの本体も同然なのか……」

「そうだ、賢い生徒だな。『耽溺公』の本体は裏都に住まう吸血鬼全員の中に拡散して宿っている。では、『耽溺公』を確実に殺すためにはどうすれば良いと思う?」

「……裏都ごと爆弾で吹き飛ばす?」

「一点だけ減点だ。裏都ごと、ではない。──()()()()()()()()()()()()()()

 

 ────。

 息が、止まる。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 会議の予定を告げるみたいに当たり前に。

 老人が言ったのは問答無用の死刑宣告だった。

 

「知っているか? 通常、吸血鬼は吸血鬼にしか殺せないとされているが、それは都市部に入り込まれた場合のみだ。被害を考えなければ、人類の兵器でも吸血鬼を殺す事はできる」

「……っ」

「純粋水爆。水素の核融合反応で莫大な熱と光を生成する兵器。生み出された光は吸血鬼を一掃する。科学的には小さな太陽を生み出すのと同じ事だからな。故に、その爆弾の名は『可愛い坊や(リトルサン)』。東京都を消滅させ、この世から『耽溺公』を駆逐する対吸血鬼決戦兵器」

 

 クロイツの枯れ木のような指が空を指す。

 漆黒の夜空には何も見えない。

 だが、音が。空気を裂くような何かの音だけが聞こえる。アレは飛行機、か?

 

 爆弾が投下される準備は既に整っていた。

 日の出と共に投下、というのは単に念の為の撃ち漏らしがないように……くらいの意味合いだろう。

 きっと、何か不具合が起こればすぐにでも爆弾は落ちる。東京都は、消滅する。

 

「安心しろ。純粋水爆は原子爆弾とは違ってクリーンな兵器だ。長期に渡った土壌汚染など存在しない。そして、今の日本は二〇二〇年の『血海事変(アウトブレイク)』から学び、首都機能を各地に分散している。東京都が消滅しても、この国が滅ぶ事はない」

「あなたは……『黒銀(くろがね)』は、人類を守る正義の味方じゃなかったのか……?」

「違う。我輩は復讐鬼だ。……そもそも何を悲しむ事がある? 見ろ、この小綺麗な街並みを。汚泥を地下に押し込んで、外から見える地上ばかりを整えたハリボテの首都を! なんて醜い。見ないフリをしてきたツケが回って来たのだ。滅ぶなど当然の報いだろう」

「…………っ‼︎」

 

 言いながら、老人は一歩も動かない。

 そこには覚悟があった。

 だって、感染者が全て殺されると言うのなら、それはクロイツだって例外ではないのだから。

 

「我輩も、貴様も、『耽溺公』を宿した感染者は皆、此処で死に絶える。今更我輩一人を殺した所で無駄だ。我輩はな、冥府の底から誰も逃がさないための番人でしかないのだ」

 

 朝が迫る。

 それは残酷なまでのタイムリミット。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 東京都、消滅まで。

 残り三十分。

 

 

 





知らない爆弾だ……(何度も同じ過ちを繰り返す作者)
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