【完結】姉はTS吸血鬼(姉じゃない)   作:大根ハツカ

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本日2話目の投稿です。



#020 磔刑③/闇黒①

 

 

 

 東京都、消滅まで。

 残り三十分。

 

 実感は何も湧かない。

 いや、むしろ……ど(・)う(・)で(・)も(・)良(・)か(・)っ(・)た(・)。

 

 東京都が消滅しようが、僕の知らない誰かが死のうが、何の興味もない。

 他人の生死に心を揺るがされるほどに僕の感情は発達していない。

 

 だから、注目すべきは一点だけ。

 東京都が消滅した後、『姉』をどうやって生かすのか!

 

(……は。笑えるな。亡骸とはいえ赤子の肉体を勝手に使っているって聞いたばかりなのに、まだ姉さんを『姉』だと思っているのか)

 

 ああ、でも仕方がない。

 そう思ってしまったんだから。

 

「……あなたの復讐に、正当性はない」

「なに?」

「赤子の肉体を勝手に使ったのは罪だ。言い逃れなど出来るはずもない。姉さんは肉体をきちんと返還して、罰を受けるべきだと思う。……けどさ、こう言っては悪いけど……死(・)ん(・)で(・)償(・)う(・)ほ(・)ど(・)の(・)罪(・)か(・)な(・)、そ(・)れ(・)は(・)」

「─────」

 

 ピキッ、と。

 老人のこまかみが脈動する。

 

 倫理観の違い、あるいは僕が情状酌量の余地を求めているだけなのだろう。

 でも、罪に反して罰が重過ぎると思ったのは、嘘偽りない僕の感想だった。

 

「あなたがどれだけの苦しみを受け、どれだけ復讐心を募らせたのだとしても──姉さんを殺す事が正当だなんて言わせない」

「本気で言っているのか?」

「当(・)然(・)。む(・)し(・)ろ(・)、姉(・)さ(・)ん(・)に(・)感(・)謝(・)す(・)る(・)べ(・)き(・)だ(・)と(・)思(・)わ(・)な(・)い(・)か(・)?」

「──────は?」

 

 笑え。

 ハッタリだろうと何だろうと。

 ひっくり返せ、この状況を!

 

 

「姉さんはあなたの声を聞くと身動きが止まる。姉さんが憑依した肉体が、あなたの声を覚えている。────ま(・)だ(・)、あ(・)な(・)た(・)の(・)娘(・)は(・)生(・)き(・)て(・)い(・)る(・)ん(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)の(・)か(・)?」

 

 

 老人の声が止まった。

 ばくばく、と心臓の音だけが響く。

 

「本来なら、死産として亡くなるはずだった赤子の命が、姉さんが憑依したお陰で延命されたんだ……そう考える事はできないかな?」

「…………」

「まだ自我は発達していないかもしれない。まだ人格なんてものは形作られていないのかもしれない。でも、もしかしたら、姉さんが脳味噌を使い続けていれば、今度こそ彼女は生まれる……か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)」

「…………………………、」

 

 かもしれない、ばかりの理想論。

 でも、否定させない。

 だって、そっちの方がハッピーエンドだ。

 娘は生きていて、クロイツは復讐鬼になる必要がなくて、『姉』は誰も不幸にしていない。

 

 僅かな可能性を振り絞れ。

 理想論に賭けろ。

 希望で憎悪を塗り潰せ!

 

「力を貸せよ、生きる伝説! 心を自在に操るあなたと精神干渉の異能を持った姉さんがいればッ、今度こそ娘を助ける事ができる‼︎」

「……………………………………………………………………………………………………く、はは、はははははははははははははははははは‼︎‼︎‼︎」

 

 老人は涙を流した。

 顔を歪め、見た事もない表情を浮かべる。

 

 

 

「巫(・)山(・)戯(・)る(・)な(・)詐(・)欺(・)師(・)が(・)。そ(・)れ(・)は(・)『耽(・)溺(・)公(・)』が(・)我(・)輩(・)か(・)ら(・)逃(・)げ(・)た(・)時(・)と(・)同(・)じ(・)手(・)口(・)だ(・)よ(・)」

 

 

 

 ドス黒い怒り。

 生涯で一度も見た事のない、心の底から湧き出た憤怒の形相。

 

「……ああ、そうだ! 願ったさ! 希望に縋った! そんな奇跡もあるかもしれないと信じて、我輩はヤツを逃した! 銀の杭を打ち込まれたヤツがッ、数十年も前に我輩に封印された『耽溺公』がなぜ今になって悠々と裏都まで来れたと思う⁉︎ なぜ我輩が見逃したの思う⁉︎ 貴(・)様(・)と(・)同(・)じ(・)口(・)振(・)り(・)に(・)騙(・)さ(・)れ(・)た(・)か(・)ら(・)だ(・)よ(・)‼︎」

「…………っ‼︎」

「だがッ、結果はどうだ⁉︎ 結局、娘は蘇らなかった! 声に反応するなんてのは脳の反射に過ぎなかった! 妻だってそうだ! 掌を握れば握り返してくれる。でもっ、何十年経っても目覚める事はなかった! ……もう無理だ。もう散々だ。我輩にはもうッ、希望なんて持つ余裕はないんだよォォオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ‼︎‼︎‼︎」

 

 失敗した。

 失敗した。失敗した。失敗した!

 火に油を注いだ。憎悪の炎に薪を焚べてしまった!

 

 老人の瞳は更に爛々と輝く。

 まるで虹彩の中で真っ黒な炎でも燃えているみたいに。

 

「確かに姉弟(きょうだい)だ。同じ発想、同じ手口、同じ悪性! もはや貴様を被害者とは思わん。『耽溺公』の同胞、痰壺にも劣る畜生! 貴様の要望の通り、共に鏖殺してやろう。残り三十分、存分に苦しんで死ぬと良い‼︎」

 

 老人は十字剣を振った。

 速度も攻撃力も必要ない。

 当たらずとも、威力が足りずとも、先に心を切り刻む幻死痛哭(ファントムペイン)。

 

 死すら生温(なまぬる)いと思えるほどの苦痛。

 それを覚悟して歯を食いしばり、

 

「……、…………は?」

 

 

 何(・)も(・)起(・)こ(・)ら(・)な(・)い(・)。

 

 

 痛みはない。

 後追いで傷も生まれない。

 僕の精神には何の影響も生じていない。

 

「……そうか」

「なに、を」

「精神を先に殺す剣、か。残念ながら、もう僕には効かないようだね」

「ッ、何をしたキサマァ⁉︎」

「僕(・)じ(・)ゃ(・)あ(・)な(・)い(・)。姉(・)さ(・)ん(・)の(・)お(・)陰(・)だ(・)よ(・)」

 

 取り繕う余裕もなくなった老人に、僕はハッキリと告げる。

 

 

「痛(・)み(・)を(・)与(・)え(・)る(・)あ(・)な(・)た(・)の(・)洗(・)脳(・)よ(・)り(・)、痛(・)み(・)を(・)失(・)く(・)す(・)姉(・)さ(・)ん(・)の(・)洗(・)脳(・)が(・)勝(・)っ(・)た(・)だ(・)け(・)の(・)こ(・)と(・)」

 

 

 唖然とした顔の老人を嘲笑う。

 ……なんか、『姉』の性格の悪さが混ざっている気がするけど今は気にしない。

 

「やはり姉さんだ。姉さんこそが最強。清廉潔白にして絶対正義。『姉』に身も心も委ねる事であなたの精神干渉は無効化できる」

「……イカれている。昨晩出会ったばかりの怪物に自分の全てを委ねるなどッ、理性が許しても本能が拒否反応を起こすだろう⁉︎」

「起きない。起きるワケがない。弟(ぼく)が姉さんを拒絶するワケがない」

 

 全能感が脳を満たす。

 そうだ、思い出してきた。

 『姉』に完全に洗脳されていた時の感覚。

 『姉』は清廉潔白で、絶対正義で、だからこそ全てを委ねていた時の心地よさ。

 やはり『姉』は正しい。『姉』は最高。『姉』こそが世界で一番素晴らしい文化だ。

 

「貴様、目が……いや、いい。もはや何も言うまい。問答は無意味だろう」

「姉さんの話なら無限にできるけど?」

「死ね。──そして、舐めるなよ。腐っても我輩は『黒銀(くろがね)』に名を連ねていた怪物殺し。もはや栄光は錆び付いたとしても、手(・)札(・)の(・)一(・)つ(・)や(・)二(・)つ(・)へ(・)し(・)折(・)れ(・)た(・)程(・)度(・)で(・)弱(・)る(・)ほ(・)ど(・)ヤ(・)ワ(・)で(・)は(・)な(・)い(・)」

 

 クロイツは枯れ木のような自身の腕に十字剣の刃を走らせる。

 瞬間、ぞぞぞぞぞぞッ‼︎ と。

 『姉』の全能感を打ち払うほどの悪寒。

 一滴。たった一滴の血を見ただけで背筋が凍る。

 

「吸血鬼に血の好き嫌いがあるように、全ての怪物には人間の得意不得意がある。我輩の血はその結晶。怪物が苦手とする遺伝子を千年かけて掻き集めた、怪物殺しの血統。い(・)わ(・)ば(・)、人(・)間(・)が(・)生(・)み(・)出(・)し(・)た(・)人(・)工(・)の(・)弱(・)点(・)────『致命血統(クリティカル)』」

 

 人工の弱点。

 怪物を殺す、異能殺しの異能。

 

「我が血は毒であり怪物を内側から滅ぼす。……残念ながら、平凡な女との間に作った娘には受け継がれなかったようだが。後悔ばかりだ。我(・)輩(・)が(・)家(・)族(・)を(・)作(・)り(・)た(・)い(・)な(・)ど(・)と(・)思(・)わ(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)、誰(・)も(・)不(・)幸(・)に(・)な(・)る(・)事(・)は(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)の(・)に(・)」

 

 老人の瞳が語る。

 だからこそ、許せない。

 偽りの家族関係を続けようとする僕らを、絶対に許しはしない。

 

 血が刃を伝う。

 一滴。たった一滴でも触れただけで、多分、僕は死ぬ。

 

 呼吸が荒くなる。

 心臓が動悸を増す。

 本能が怪物殺しの『血』を恐れる。

 

「ハハッ。いいさ、存分に殺し合おう。東京都の存亡なんてどうでも良い。僕とあなたで、盛大に親子ゲンカをしようか」

「……親子だと?」

「あなたが姉さんの使っている体の父親だって言うのなら、僕にとっても父親みたいなものだ。そうだろう、お義父さん?」

「死ね。殺す」

 

 瞬間、二つの影は弾けた。

 吸血鬼と怪物殺し、相反する二人は激突する。

 

 

 

 ────そ(・)の(・)、寸(・)前(・)。

 

 

 

 

『ぱ(・)ぱ(・)?』

 

 

 

 

 な(・)に(・)か(・)、地(・)響(・)き(・)が(・)し(・)た(・)。

 そ(・)れ(・)は(・)子(・)供(・)の(・)声(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)聞(・)こ(・)え(・)た(・)。

 

「オイ、今更こんな手口で我輩が騙されるとでも────」

「──待(・)て(・)。何(・)だ(・)こ(・)れ(・)……」

 

 揺れる。

 揺れる。

 揺れる。

 

 地面が揺れる。

 ──だ(・)け(・)じ(・)ゃ(・)、な(・)い(・)?

 

『ぱ、ぱ、ぱ、ぱ、ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ』

 

 体の奥底から何かが響く。

 血の中で何かが揺れている。

 精神が、直接揺さぶられる。

 

 何が、起こっている……?

 状況が理解できない。

 あらゆる感覚が吹っ飛んだ。

 恐怖とも違う、未知の感情。

 記憶を思い出せない不快さ、のような。

 

 

「────ま(・)、さ(・)か(・)」

 

 

 そ(・)う(・)呟(・)い(・)た(・)の(・)は(・)『姉(・)』だ(・)っ(・)た(・)。

 

 クロイツの声を聞いて動けなかったはずの『姉』は、どうしてか動けるようになった。

 地べたに倒れていたはずの『姉』は、驚愕と共に自分の胸を抑えていた。

 

「ねえ、さん。……コレは、何だ?」

「……これは、私にとっても想定外だ。だから、まずは事実から伝えるぞ。──今(・)、私(・)が(・)有(・)し(・)て(・)い(・)た(・)は(・)ず(・)の(・)ク(・)ロ(・)イ(・)ツ(・)の(・)声(・)と(・)い(・)う(・)弱(・)点(・)が(・)消(・)え(・)た(・)」

「──────────な、に?」

 

 それが意味するのは一つ。

 肉体に宿っていた精神が消失したこと。 

 

「そして、ここからは推測だ。もしかしたらの話だが……策略などではなく、娘(・)の(・)精(・)神(・)は(・)本(・)当(・)に(・)生(・)き(・)て(・)い(・)た(・)の(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)。元々は眠っていて、そして、今まさに目を覚ました」

「あり得ない!」

 

 老人は唾を飛ばした叫ぶ。

 そう、老人にはもう未来に期待する余裕はない。

 

「精神が蘇ったのなら貴様は死んでいる! 肉体の人格に押し潰される形でダメージを受けて──」

「──『憑霊血統(テイクオーバー)』。目(・)覚(・)め(・)た(・)精(・)神(・)が(・)す(・)ぐ(・)に(・)外(・)に(・)出(・)た(・)と(・)し(・)た(・)ら(・)?」

 

 ない、のに。

 期待が、生まれてしまう。

 

「精神体は入り込みやすい肉体を探す。そして、彼女は見つけたのだろう。精神が宿っていない肉体────こ(・)の(・)私(・)の(・)肉(・)体(・)を(・)‼︎」

 

 直後。

 

 

 ぼ(・)ッ(・)ッ(・)ッ(・)ご(・)ッ(・)ッ(・)ッ(・)‼︎‼︎‼︎ と(・)。

 エ(・)レ(・)ベ(・)ー(・)タ(・)ー(・)の(・)縦(・)穴(・)か(・)ら(・)ド(・)ス(・)黒(・)い(・)汚(・)泥(・)が(・)噴(・)き(・)出(・)し(・)た(・)。

 

 

「なんっ⁉︎ 何だアレッ⁉︎」

「私の肉片の集合体ッ、病の塊! 『大黒柱』を逆流して来たかッ!」

 

 ぶく、ぶくぶくぶくぶく‼︎ と。

 沸騰するように汚泥は沸き立つ。

 泥の表面に波紋するように、声は響いた。

 

『パ、パ?』

「……ほんとう、に?」

 

 老人の頭に、古い記憶が蘇る。

 幸せだった時代。

 まだ、家族三人がいた時代の話。

 

『あっ、お腹を蹴った。わたしはここだよ〜って主張しているんだわ。ほら、あなたも返事してあげて』

『あ、ああ。……パパも、ここにいる。会えるのを楽しみにしているよ』

 

 奇跡だった。

 数十年を経て、死んだはずの娘は蘇った。

 ようやく、ようやく。辛い生涯が報われた。

 

 

『パパ』

「クリス───」

 

 

 

 ────ぐ(・)ち(・)ゃ(・)。

 

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 だけど。

 その奇跡は、余りにも汚かった。

 

『パパ?』

「──────」

 

 黒(・)泥(・)は(・)老(・)人(・)を(・)押(・)し(・)潰(・)し(・)た(・)。

 地(・)面(・)に(・)は(・)た(・)だ(・)、ド(・)ス(・)黒(・)い(・)血(・)の(・)跡(・)だ(・)け(・)が(・)残(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)。

 

「……………………は?」

 

 訳が、分からなかった。

 瞬きをした一瞬で、『磔刑』のクロイツは消えた。

 

「……生まれたばかりなのだ」

「ねえ、さん。それは、どういう……」

「ア(・)レ(・)は! ついさっき、ようやく目覚めた精神なのだ! だからッ、何も理解していない。赤(・)子(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)無(・)邪(・)気(・)な(・)精(・)神(・)が(・)ッ、殲(・)血(・)禁(・)忌(・)の(・)一(・)角(・)た(・)る(・)私(・)の(・)肉(・)体(・)を(・)操(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)‼︎」

「────────────、は」

 

 それは。

 つまり。

 

 

『ぱ、ぱ、ぱぱぱぱぱぱぱぱぱ‼︎‼︎‼︎』

 

 

 何(・)よ(・)り(・)も(・)無(・)邪(・)気(・)で(・)、何(・)よ(・)り(・)も(・)幼(・)稚(・)で(・)、何(・)よ(・)り(・)も(・)最(・)悪(・)な(・)災(・)厄(・)が(・)目(・)を(・)覚(・)ま(・)し(・)た(・)。

 

 

 





ヒロインの悪業を盛りすぎたので、慌ててバランス調整したらラスボスが変わりました(なんで?)
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