ラストバトル。
「いひひっ、来ますよ〜!」
東京都上空。
飛行機が爆弾を落とす。
日の出というタイムリミットは無視された。
地下から黒泥が噴き出す今、悠長に待機している余裕など失われている。
対吸血鬼殲滅兵器、『
東京都を一瞬で消滅させる純粋水爆。
迫るそれを、
──そう。人御末那子の
「『
爆弾は上空で停止した。
金縛りや石化の応用、相対的な位置の固定。
爆弾はこれ以上動けない。
少女の瞳が、落下エネルギーをゼロにする。
しかし、まだ気は抜けない。
爆弾の落下は止められても、爆弾自体を排除できた訳ではない。
こんなのはただの延命。瞬き一つで、東京都は焦土に変わる。
あるいは、瞬きすら必要ない。
爆弾の不発を確認した飛行機は、翼を翻して爆弾へ突っ込んで来た。
『──舐めんなよ、ガキ。俺だってあの爺さんに最期まで付き合う覚悟で飛んでんだ』
何処からか声が響く。
中年と思われる男性は告げた。
『磔刑』のクロイツが全てを任した実行役、東京都を滅ぼすボタンを渡された哀れな男に迷いはない。
世界を救う。
『耽溺公』を滅ぼす。
そして、老人の復讐を手伝う。
爆弾が起動しないのならば、自らが引き金の代わりとなればいい。
その思いで、飛行機ごと停止した爆弾へと突っ込む。
「『
その、寸前。
ぐいんっ⁉︎ と、飛行機の軌道が逸れた。
まるで巨人の手で引っ張られたように。
『血』だ。
飛行機の翼に『血』が付着していた。
そこから発生した莫大な『力』が飛行機を強引に引っ張ったのだ。
「『耽溺公』を殺すのは構いません。ですが、そのために東京都民を巻き込むと言うのなら──止めますよ。自分達は警察ですから」
『こ、の……っ!』
自爆するように消えた彼女(彼?)だったが、実は飛ばした肉片を念力で操って体を再構築していた。
自爆したように見えたのは、一時的な緊急待避に過ぎなかったのだ。
警察官は諦めない。
子供の命を、国民の命を、絶対に。
『っ、無駄な努力だぜ!』
制御の効かない飛行機の中で、男は笑う。
この奇跡があと数秒しか続かない事を知っていたからだ。
『もうすぐ日の出だ。太陽光でアンタは消えて、爆弾もすぐに落ちる! もって数秒の命、せいぜい噛み締めな‼︎』
「残念ですが、そうはなりません。……本当に、残念な話ですけど」
しかし、水越涙涸は言い切った。
かつての敵対した少年をよく知っているが故に。
「
瞬間。
日の出と同時にそれは起こった。
全長三百メートルの縦穴。
『大黒柱』の空洞。
弾け飛んだ黒泥を補うように。
地下の奥底から黒泥が噴き出す。
「どうする、弟くん⁉︎」
「どうもこうもない。一掃する」
実の所、
吸血鬼相手ならば最強のカード。
たった一枚で全てを覆せるジョーカー。
使わなかったのではない。これまで使えなかった切り札が。
だが、条件は整った。
僕の手は世界に届く。
僕の力は『姉』を守れる。
バクバクと心臓が音を立てて跳ねる。
今か今かと血潮が湧き立つ。
即ち、それこそ『
「人域血壊────『
僕の視界は勿論の事、『姉』から伝わる視覚情報も。あるいは、縦穴で繋がった地上さえも。
『
その効果は単純。光を吸収して真っ暗闇の極夜を生み出す事。
自分だけが見えなくなるのではない。何も見えない、誰もに不可視を強制する空間。
しかし、光は消えた訳ではない。
吸収。いわば、食べられただけ。
落ちた夕陽が、朝日となって昇るように──
──
「────
暗闇の真逆。
光によって視界はホワイトアウトする。
黒泥は一瞬にして消失する。
灼けて、燃えて、灰も残らず消え失せる。
日渡昇悟の切り札。
地上かつ日中しか使用できない応用。
筋繊維を通して地上の光を汲み上げ、鞘のような形状の『骨』に日光を閉じ込め、それを一気に放出する。
『血』、『肉』、『骨』。僕の全部を出し切った全力全開の切り札。
そもそもの話、『
太陽光に灼かれる事も、日の下で炎上する事もない。僕という存在は、吸血鬼の中でも唯一無二のデイウォーカーなのだ。
僕だけは日の下で歩く事を許される。
僕だけは日の光に干渉する事を許される。
光の奔流が黒泥を一掃する。
跡形もなく、何もかもを消し飛ばす。
「────ッ」
無論、僕も無傷ではない。
ただ日の下を歩くだけなら可能だろう。
だが、光を吸収して相手に放つとなれば、何処かのタイミングで必ず光は僕の肉体に触れる。
熱。光。白。
内側から太陽光が僕を灼き焦がす。チカチカと視界が点滅し、一秒で気が触れそうになる。
文字通り、神経を焼く激痛。全身をみじん切りにして、細胞一つ一つを火で炙って、神経に直接痛みの信号を走らせて、それでもまだ足りない苦痛。
言語化できる上限を容易く超えた感覚が脳味噌を揺さぶる。ストレスで物理的に脳味噌が破壊される。
吸血鬼が本能的に光を恐れるのも当然だ。
こんな苦痛、耐えられる訳がない。
根性がどうとか言う以前に、これは生命が耐えられる構造をしていない。
イカれる。
気が狂う。
精神が消失する。
──
イカれる? 残念。もう僕はイカれている。
気が狂う? 残念。もう僕は狂っている。
精神が消失する? 残念。僕の精神はもう僕だけのものじゃない!
『姉』がいる。
どれだけ頭がイカれても、『姉』が精神に直接叩き込む情報が僕の目を覚まさせる。
太陽が何だ。『姉』の方が眩しい。『姉』のギラついている。僕はとっくに『姉』にイカれている。光を耐える正気なんてそもそも残っちゃいない!
「聖剣ッ、抜刀ォォオオおおおおおおおおお‼︎」
ゴッッッバッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
裏都全てを揺るがす衝撃。
九十九階分を貫く一閃。
黒泥を消し飛ばす光の一撃。
着地と同時に床もブチ抜き、本当の最下層──地下百階にある下水処理施設まで到達する。
弱い。
今まで戦ったどの敵よりも弱い。
単純な
しかし、目の前の存在には対応力がない。
これまでの戦いでは、たった一つの切り札だけで相手を倒せた事はない。初見殺しは、一度見られたら対策されてしまう。
目の前の存在は違う。
ただ無邪気に暴れるだけの赤子。
太陽光という僕の切り札に対し、何の対策も立てない。対応するという概念を知らない。
誰よりも弱い吸血鬼。そもそも戦闘という言葉も知らない、泣き喚くように暴れる災害。
(一緒だ、僕とあなたは。中身がない。何の意味も理由もなく産み落とされた生命。
日渡昇悟のイフ。
僕が弟になったのは偶然だ。
たまたま、その
もしも出会ったのが『姉』でなければ、正義の味方にも、悪の親玉にも、ただの一般人にもなっていた。
宿ったのが黒泥の肉体だったのなら、同じように世界を蹂躙していた。
最下層。
闇に包まれた下水処理場を光で切り裂く。
ドクン、と。
光に呼応するように、地面が脈打つ。
見える。『姉』の視界越しに対象を捉える。
『姉』の予想通り。
吸血鬼の弱点──
「姉さん、道は僕が切り開く。だから──」
「──ああ。私に任せておけ、弟くん」
『姉』が心臓に触れる。
それだけでこの馬鹿騒ぎは終わる。
……ああ。終わってしまう。
『姉』と過ごす時間はこれで最後。
それでもッ!
「聖剣、抜刀ッ‼︎」
せめて、最後には綺麗な思い出が残るように。
こんな汚泥の底ではなく、キラキラとした景色が目に映るように光を全開で放出する。
──
(く、そ……っ! なんだコレっ、重い⁉︎)
黒泥と閃光の激突。
その瞬間、違和感に気付いた。
灰も残らず消え失せた今までとは違う。
黒泥は確かに抵抗している!
消滅する速度よりも黒泥が噴き出す速度の方が速い⁉︎
(くそッ、姉さんが千年間溜め込んだ
ピシ、ピシシッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
僕の肉体に亀裂が走る。
日光に蹂躙された体内が限界を迎える。
足りない。足りない。足りない。
肉体の強度が、攻撃の威力が。
一発逆転の奇跡が足りていない!
道が閉ざされていく。
走る『姉』は黒泥に飲み込まれ──
「────
しわがれた老人の声だった。
今にも消えそうなか細い声だった。
あり得ない。
あり得る訳がない。
でも、そうだ、でも確かに!
「──なんて、我輩の『
『磔刑』のクロイツ。
黒泥の濁流に呑み込まれ、いつ死んでも不思議ではないほどに傷付いた老人。
傷ついていない所などない。手足はあり得ない方向へ曲がり、血の気が失せた顔面は蒼白で、指一本動かすのだって苦痛だろう。吸血鬼ならざる人間の身ではあまりにも致命的な
しかし、それでも、彼の目は死んでいない。ギラついた復讐鬼の瞳ではなく、
老人は手首が血が噴き出す。
『
「娘は我輩の血を半分継いでいた。『
黒泥の動きが鈍る。
千年積み上げた執念が怪物に届く。
『姉』が宿った肉体、そして
おかしな話だ。
肉体を交換したからこその異常。
本当なら逆だっただろうに。
『姉』の肉体に宿った娘は止まり、娘の肉体に宿った『姉』は止まらない。
「──感謝するぞ、クソったれの怪物共。貴様らがいなければ、我輩はもう一度娘に会う事もなかった」
いける。
光を凝縮する。
ひび割れた肉体など知るか。
僕の限界なんて知ったことか。
たとえこの身が灰になろうとも。
全て解決した先に『姉』の姿がなくても。
僕は役割を全うする。『姉』が与えてくれた人生の
「弟を────執行するッッッ‼︎‼︎‼︎」
全身全霊を絞り出した光の斬撃。
黒泥を切り開き、道を生み出す。
さあ、走れ。
あなたの道は僕が作った。
こんな狭い地下じゃなくて、もっと広い世界に飛び出していけ!
「行けッ、姉さん!」
走る。奔る。疾る。
視界が目まぐるしく動き回る。
永遠のような一瞬。
しかし、それは一秒もない瞬きの永劫。
吸血鬼の脚力が道を駆け抜ける。
少女の掌が心臓に触れる。
「悪かったな。……返すよ。肉体も、人生も、父親から注がれる愛情も。君が受け取るはずだった全てを返す。だから──」
『耽溺公』に宿った赤子の精神。
赤子に宿った『耽溺公』の精神。
入り混じったそれらが、正しい場所へ還る。
「──
瞬間。
僕の視界は真っ暗になった。
『姉』から共有された視覚がなくなったのだ。
何が、どうなったのか。
結末は何も見えない。
でも、こんな暗闇の景色でも分かる事は一つあった。
「ぱぱ?」
次回、エピローグ。
本日中に投稿します(間に合えば)