突き付けられる十を超える銃口。
相手を刺激しないよう、僕はゆっくりと両手をあげた。
(
地上では都市伝説に過ぎなかったそれが、地下においては実在の軍隊として存在していた。
だが、いくら都市伝説の軍隊だからといって、相手は公的な機関に属する者。問答無用で射殺なんて事はないはずだ。……ないはずだよね?
「貴様らには住居不法侵入及び傷害罪の容疑がかけられている。証拠もある。行政機関が集約した第零区で白昼堂々、暴行を働いてくれたモノだ。監視カメラの映像に一部始終が映っていた」
男の言っている事は正論だ。
強盗犯との戦いは僕から仕掛けた。
相手が先に犯罪を働いた事を加味しても、逃げた犯人を追跡して強襲だなんて過剰防衛に決まっている。
だが、納得がいかない事があった。
僕は両手をあげたまま尋ねる。
「質問、いいかな」
「……許可する。何だ」
「吸血鬼には変身能力がある。監視カメラに僕の姿が映っていたとしても、それは証拠に当たるのか?」
『姉』は言っていた。
吸血鬼は現行犯以外では捕まえられない。
だから、
治安崩壊の前提となる事実。
しかし、目の前の男はあっさりと答えた。
「
つまり。つまり、だ。
吸血鬼が現行法では対処できないのではない。
「そ、そんなふざけた話がっ」
「──許可なく口を開くな! 吸血鬼‼︎」
カチリ、と容易く
発砲音はなかった。そもそも、その
飛び出したのは
「がっ、ぁ⁉︎」
「九九式光線銃。吸血鬼が苦手とする日光を再現するモノだ。痛い目を見たくなければ黙ってついて来い」
──────。
──思考が、沸騰する。
僕が、撃たれるのは良い。
だって、それは正しい事だ。
たとえ証拠がないのだとしても、僕が他者に暴行を働いた犯罪者である事に変わりはないのだから。
だが、『姉』は違う。
『姉』はまだ罪を犯していない。
正しくない。正しくない。正しくない。目の前のコイツは
守れなかった。
『姉』も、約束も、守れなかった。
僕は何をしている、何を突っ立っている。
『
「オイ。『姉』じゃない癖に調子に乗るなよ」
「……貴様。それは我々に向かって言っているのか? 許可なく口を開き、
「我々じゃねえよ、お前だよ。お前に言ってんだよチキン野郎。責任を分散するな。群れないと何もできねえのか。
ピシッ、ピキッ、と。
不気味な音が響き渡る。
その異様な雰囲気に、光線銃を構えた特殊部隊は一歩後ずさった。
「
耐えきれず、一人が引き金を引く。
まさかにその瞬間。
ドゴアッ‼︎ と。
太陽光を再現した
「なっ、
光線銃を突き付けられ、僕はただ黙って立っていた訳ではない。
足の裏から『骨』を生成。その刃でアスファルトをくり抜き、『肉』の変身で生み出した筋繊維によって『骨』を動かす事で、気付かれないように相手の足元まで『骨』を忍ばせていた。
アスファルトが捲り上がったのは『骨』を地中から抜き出したため。
「狼狽えるな! 吸血鬼の『骨』にも九九式は通用する! 落ち着いて狙えば────ごばっ!」
声をあげ、率先して足元の『骨』に
『肉』の変身により筋繊維を増幅し、吸血鬼の怪力によってアスファルトを投げ飛ばしたのだ。
瓦礫を盾として使い、足元から『骨』が出現した事で、彼らの意識は瓦礫から逸れる。
僕はその隙を突いた。巨大な質量という何よりも強い凶器で男達を圧倒する。
(前列の五人はやった。残り七人。応援を呼ぶ暇すら与えずにここで一掃する!)
プシュッ! と掌から噴き出す音。
凝縮した血液の勢いで射出する
仕掛けられた『骨』のフックが男の一人に絡みつき、『肉』の変身で筋繊維の長さを短くする事で男を引っ張る。
「っ、おお⁉︎」
一方で、人間相手には何の効果もない。せいぜいが目眩し程度。恐らく、吸血鬼に奪われた時の事も考えた
「っ、貴様ッ! 人質を──」
「──遅い」
男を盾にしたまま突進する。
特殊部隊は吸血鬼には近づこうとせず、遠距離からの
単純な話、近接格闘で人間は吸血鬼に勝てない。鋼鉄をも砕く膂力と目にも止まらぬ速度を前に、ちっぽけな人間が築き上げた格闘術は押し潰される。
ドガッ、ベキ、ゴギャア‼︎ と。
非常に鈍い音が何度かして、やがて立っている者は僕だけになった。
瞬殺。自慢できるような事ではない。ただ人間では吸血鬼に勝てないというだけの事。
「姉さん。無事か?」
「あ、ああ……随分と派手にやったな」
「相手がその気だったから仕方がない。それより、援軍が来るかもしれない。急いでここを──」
「わあお、地獄絵図。特殊部隊が情けなーい。洗脳されても問題ない面子を集めたのが失敗ですかねー」
瞬間。
体が、硬直した。
比喩でも、精神的なものでもない。
指先一つ動かない。
瞬きさえもできない。
開いたままの口が、カラカラと乾いていく。
(な、んだ……⁉︎)
ごくり、と唾を飲む。
どうやら喉は動くようだった。
だが、皮膚が引き攣ったような不思議な感覚。
喉の中は動いても、
カツ、コツ、と。
足音はゆっくり響く。
その余裕を覆す手段は、今の僕にはない。
目玉を動かして焦点を合わせる事もできず、ぼやけた視界。そこに人影が浮かび上がる。
長身の女だった。目隠しをした、赤い長髪の──長、髪? いや、待て。アレは……
頭から伸びた繊維の束。筋繊維、血管、神経、そういったグロテスクな何かの先端に、
「なんっ、人間じゃ……ない⁉︎」
「当たり前じゃーないですか? 蛇の道は蛇。吸血鬼を殺せるのは吸血鬼だけでしょー」
目の前にいるのは吸血鬼。
「あっ、もちろん人間ちゃんだって良い所はいっぱいありますよー? 流石の吸血鬼だって水爆落とされたら死ぬでしょーし。でもでも、市街地に入り込まれたらそーゆー荒技もできませーん。ってなワケで、
「……知っているとも。恥知らずの
「ありゃりゃー。アインソフちゃんってばダ・イ・タ・ン。うひひっ。やばやばヨダレ出ちゃう。殺意が脳にビンビン来てキマッちゃーう!」
「アイン、ソフ……?」
「…………ん?」
「あっ…………」
時間が止まったと錯覚するような沈黙。
首を傾げる女と、小声で「やばっ」と呟く『姉』。
アインソフというのが『姉』の名前か。
「え? ……マジで? そんな事も教えてあげてないの⁉︎ かっわいそー!」
「……なんの、話だ?」
「うひひっ。いーよー、教えたげる。その女の名前はアインソフ=オールナイト。『耽溺公』と謳われる純潔の吸血鬼。あとはー、……
「……………………は、」
「温室育ちの日渡ちゃんも流石に知ってるっしょ? 一千万人が吸血鬼となった『
首が動かないから振り返る事もできない。
『姉』はどんな表情をしているのか。
嘘だと言って欲しかった。馬鹿なと笑い飛ばして欲しかった。
だが、答えは沈黙。
明言する事なく、しかし、それが肯定を意味する事は明白だった。
教科書で読んだ大混乱。アレを生み出したのが『姉』だったのなら──彼女は
「……そこまで知っているならば、分かっているはずだ。
「うひひっ、そんなの守られるワケないじゃーん! 『独善公』は良いよ。『貪欲公』も仕方ない。でも、東京を穢した『耽溺公』だけは認めない……だってさ」
「チッ、日本警察の暴走か。いつになったら私は楽園の地に辿り着けるのか」
「はいはい。かわいそかわいそ。ま、
ぞくぞくっ、と身を震わせる女。
『姉』を甚振って殺す想像でもしているのか。
そう思った時、反射的に、許せるかと奥歯を噛み締めた。
過去の事は分からない。
もしかしたら『姉』は『姉』じゃないのかもしれない。
でも、だけど。
かもしれない、で『姉』を見捨てたくはない。
この目で『姉』が『姉』じゃないと分かるまで、この暫定『姉』を守り抜く必要がある。
(ッ、この状態から……⁉︎)
絶体絶命の硬直状態。
指一本動かない体、不自由な選択肢。
『姉』を救うため、ここから全部ひっくり返せ!