「吸血鬼は絶滅した怪物の異能をその身に宿す事ができる」
『姉』は告げる。
ドラゴン、魔女、人魚、狼男。
絶滅したファンタジーの怪物達。
吸血鬼はそれらを現代に蘇らせる事ができるのだと。
「吸血鬼の伝承に語られる異能の数々とは、即ち数多の怪物の異能を取り込んできた歴史だ。人狼から不死性を、人魚から催眠術を……なんて風に、吸血鬼の『血』には古今東西ありとあらゆる怪物の因子が混ざっている」
吸血鬼という存在は数千年も前から語られる。ヨーロッパに限らず、古今東西ありとあらゆる地域で、姿を変え人の血を啜る怪物の伝承が謳われる。
そして、吸血鬼が喰らったのは人間のDNAだけではなかった。世界各地に存在した怪物、彼らの二重螺旋を取り込んでいた。
「血の中に混ざる怪物の因子を引き出し、吸血鬼に加えて更なる怪物の力を取り込む。それが第四の変身──『血』の変身」
とある有名な映画において、琥珀の中に閉じ込められていた蚊の採取した血液から絶滅したはずの恐竜のDNAが発見され、現代に恐竜が蘇る大事件が起こった。
言うなればそれと同じ。幾星霜を生きる吸血鬼は、絶滅した怪物共の力を呼び起こす。
それもまた、吸血鬼を表す言葉の一つ。
「……何でもありじゃないか」
「そんな事はない。怪物に変身と言っても、変身できる怪物は自らが有している因子のみ。『血』の中にどの怪物の因子が混ざっているかは分からない。望み通りの能力が得られるかは不明だな」
「能力は一つ一つってコトか」
「いいや、そうとは限らない。例えば、私は二種類の異能を宿している。吸血鬼に混ざっている因子の数さえも完全なランダムなんだ。一つもないかもしれないし、百の因子を宿しているかもしれない。……そうだな、実際に試してみるか」
プチプチプチ、と『姉』は僕が着るシャツのボタンを外すと、何だかヤラシイ手つきで僕の首元をなぞった。
「そのままじっとしていろ、弟くん」
「今……? 急に腹でも減ったのか、姉さん。いや、僕の首くらい、いつでも差し出すけど」
「ち・が・う・わ! 君の血を飲みたくなったんじゃない! 話の流れを考えろエロガキ!」
「吸血ってそんなにエロいかな……? 性欲より食欲じゃないの???」
「ちがッ、バカが! バカバカバカバーカ!」
顔を真っ赤にしてブンブンと首を振る『姉』。
思春期だもんな、仕方がない。……あれ、『姉』って何歳だっけ?
思考が逸れる、一瞬の隙。
耳を真っ赤に染めながら、かぷりっと『姉』は首に牙を突き立てる。
「ッ、やっぱり吸血した! エロだエロ!」
「うるさいエロガキ! ちょっと血の味を確認しただけだ!
「……やっぱり吸血を性的に感じてない???」
それもまあ仕方がない、のか?
吸血鬼の伝承をどこまで信じていいのかは分からないが、吸血鬼は吸血によって数を増やすという話も聞く。
それ即ち、吸血は子作りに等しい行為だ。食事兼子作り、食欲兼性欲……三大欲求のうちの二つが統合されているのだ、吸血鬼の飢えは相当なものだろう。
「ふん。勝手に言っておけ。……やはり雑味のない良い味をしている。これならば
「分かる、のか?」
「私の舌が確かなら、感じられる因子は四つ。『
ワインのソムリエが一口飲んだだけでブドウの産地を言い当てるように、『姉』は人舐めしただけで僕の『血』に宿る怪物の因子を言い当てた。
「それぞれの能力は?」
「その名の通り。『
「
どれも強力な異能。
人の身には余る、怪物の因子。
「四つの能力か。ありがたいな。さて、これを組み合わせてどんな事ができるか……」
「宿っている因子は四種類だが、その全てを解放するのはオススメしない」
「なんだって?」
「四つの因子など少ない方だ。私ならば、その数十倍の因子は有している。だが、引き出した能力はその内のたった二つ。それはなぜか。──
「弱点……?」
「怪物には必ず弱点がある。吸血鬼にとっての日光のような、適応のしようがない致命的な穴が」
吸血鬼が持つ『変身』の能力は、日の光という弱点と紐付いている。利点だけを得る事はできない。
それと同じで、どんな怪物の因子にも
「例えば、弟くんが有する因子の一つ──狼男などを由来とする『
吸血鬼の伝承において、無数の異能と無数の弱点が語られている。
当然の話。異能とは弱点は不可分。無数の異能を有するならば、無数の弱点を抱えざるを得ない。
「異能を使う時だけ変身すれば良いんじゃないのか?」
「『血』の変身は不可逆だ。一度変身すれば、二度と元に戻る事はできない。持ち得る異能の出力を調節する事はできても、異能も弱点も解除する事は生涯できなくなる」
「…………、」
「
『
この中から、自分に宿す異能を一つだけ選ぶ。
「……それって逆も言えるんじゃないのか?」
「なに?」
「『血』の変身により、僕達に弱点が増える。
ピチャリ、と。
僕の頭から落ちた水滴が、地面の水溜りに波紋する。
水面に映った歪な僕の形。それを眺めて、僕は決めた。
「どうせなら、あの女の弱点を突ける異能にしようか」
「まーだーでーすーかー!」
その更にそびえる地上と地下を繋ぐ全長三〇〇メートルの巨大エレベータ『大黒柱』のふもとで、目隠しをした女──
裏都はすり鉢状の形をしていて、人御のいる第零区は一番低い場所にある。
第四区から流れる水を、不愉快そうに彼女は蹴り上げた。飛び散る水飛沫は極彩色に靴を汚す。
地面やビルの壁面に塗りたくられた蛍光塗料の
ギラギラと夜を彩る景色も触れてみればこんなにも汚い。カタチばかり整えられて、中身は整っていない。まるで裏都を象徴するようだ、と人御は笑った。
(そこが好きなんですけどね〜。この街も、人間も、吸血鬼も、一皮剥けばグロテスクな中身が垣間見える。ほんっとたまんなーい! アインソフちゃんとかもー大好き! あーとーはー涼しげな顔をした
来た。
それが誰かなんて言うまでもない。
第四区から第零区へ。
すり鉢に広がった裏都の中心へ向かって、下り坂を駆け降りる
自動洗浄車。恐らく、中で誰かが運転しているのだろう。
しかし、人御が目を奪われたのはその上。
自動車の上で掲げられたあるモノ。
それを目にして。
(────────ッ)
きらりと光を反射するそれ。
誰もが一度は目にした事があり、どこにでも溢れている物品。
太古の神話に曰く。
そして、無数に語られる吸血鬼の伝承の中には、
即ち、それが吸血鬼が『血』の変身によって負った新たな弱点。
鏡、『
彼女が第四区へ立ち入らなかったのもまた、自らの弱点を恐れてのもの。
水溜りや磨き上げられた地面、光を反射して姿を映すモノはたくさんあった。
人御がどれだけ強力な異能を持っているとしても、鏡を向けられただけで破滅する。
他者を停止させる魔眼が、自らの行動を完全に封じるのだから。
「
「確かにそーですよー? 鏡のように光を反射するかどうかには材質は関係ない。必要なのは物体に存在する微細な凹凸をどれだけ平らにできるかといつ一点のみ。だーかーらー、やろうとすれば『骨』を鏡のように出力する事はできまーす。……いや、つまんな。ゲームじゃーないんですよー? 弱点を提示しただけで勝てるわけさないじゃーん」
ぽとり、と眼球の一つが地面に落下する。
ただ、それだけだった。
鏡を向けられ、魔眼の力を反射させられても、彼女の動きは何一つとして止まらない。
何のために目隠しをしていると思っている。
何のために無数の眼球を用意していると思っている。
鏡によって視線を反射されても、そこに映るのは長髪の毛先のみ。よって、跳ね返った『
自分の眼球を使わないのだから、鏡で真正面から自分を見ることもない。
追撃はない。鏡という弱点を見つけ、それに胡座をかいたのか。
何の工夫もなく駆け降りる自動車を眺め、人御は失望の溜め息を吐いた。
「殺し殺されの酒池肉林は無理かあ〜。殺すだけで我慢しましょーかね〜」
「───
「──────あ?」
真正面。
感触としては爪。あるいは牙。
引き裂く……と言うよりも、喰らいつくとさえ表現できるような痛み。
何かが肺や心臓を抉り、人御の血肉を貪り喰らう。
「は、なに。がっ、ごぼ⁉︎」
なのに、何よりも異常だったのは──
傷跡はある。なのに凶器がない。
痛みはある。なのに犯人がない。
攻撃はある。なのに姿形が見えない!
血飛沫が飛ぶ。
地面に落ちるはずの血が、宙に留まる。
──いいや、違う。
見えない何か。
不可視の殺人鬼。
即ち────
「──『
「ご明察。僕があなたの天敵だ」
本日はもう一話投稿……できたらいいなあ。