第三バッタ男は仮面ライダーになりたかった。   作:修司

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偉大なる先駆者の作品を見て書いてみたくなりました。


プロローグ

プロローグ:三番目だったはずの男

 

 この国には「ヒーロー」がいる。

 

 だが、それはテレビの中の物語であり、子供たちの夢というだけのはずだった。

 東島丹三郎、40歳。彼は、幼い頃から抱き続けた「仮面ライダーになりたい」という狂気にも似た情熱を、40年という歳月をかけて一度も腐らせることなく持ち続けてきた変人である。  

師もいない。教本もない。

ただ、画面の向こう側の戦士に一歩でも近づくためだけに、己に想像を絶する特訓を課してきた。

雨の日も、雪の日も。拳が割れれば固め、足の爪が剥げれば結び、何十万回、何百万回と虚空を突き、山を駆け、崖を登ってきた。その肉体にはもはやスポーツや格闘技の範疇では説明できない、異様なまでの「仮面ライダーへの渇望」が宿っている。

 だが、2021年の現代。あり得ないはずの「本物の怪人」が街に現れ始めた。  東島は、同じ志を持つ岡田ユリコ、そして島村一葉 、三葉と共に、着ぐるみの「ライダーごっこ」ではない、真実の絶望と対峙することになる。  今夜、彼らが公園で追い詰められているのは、ショッカー最初の改造人間――蜘蛛男。  物語が、安全な「ごっこ」を通り越し、命が塵のように消える戦場へと変貌したその瞬間から――運命は加速する。

 

 

 

 

「……撤退ッ!! 全員、今すぐ撤退するぞッ!!」

 島村一葉の悲鳴が夜の静寂を切り裂く。  目の前には人間を遥かに超越した質量と、生物学的な嫌悪感を呼び起こす殺意。  本性を現した「蜘蛛男」が体内の人工臓器を脈動させ不気味な駆動音を立てながら一歩ずつ距離を詰めてくる。その一歩ごとにアスファルトには蜘蛛の脚のような深い亀裂が走り、周囲の空気は重苦しく淀んでいく。

 だが――ただ一人、東島丹三郎だけは違った。  その拳は恐怖だけではなく、爆発的な歓喜によって激しく震えていた。

 

「……逃げない。逃げるわけがないだろう……。見ろ、俺の拳が……俺の体が、本物のショッカーを前にして……喜んでいるんだッ!!」

 

 

 40年。

この一瞬に出会うために俺は人生のすべてを特訓に捧げてきた。  誰も信じなかった、馬鹿にされ続けたあの月日が、いま純粋な熱量となって血管を駆け巡る。  

眼前の蜘蛛男が、あまりに恐ろしく、あまりに巨大で、あまりに「本物」であることに東島の魂は打ち震えていた。 

 

「ここで戦わなければ、俺の人生に何の意味がある! 来い、蜘蛛男! 俺は、今……最高に『仮面ライダー』に近い場所にいるぞッ!!」

 

 溢れ出す涙と鼻水を拭いもせず、東島は魂の底から咆哮した。 

 

「仮面ライダーは、逃げないッ!!」

 

 男が命を薪にして燃やしその無謀な一歩を踏み出そうとした、その瞬間。

 

 

 

 

 ――ブオォォォォンッ・・・!!!

 

 

 

 

 空気を引き裂き、五臓六腑を直接揺さぶるような凄まじいアクセル音が響き渡った。

それは文明の利器が立てる音ではない。

咆哮。猛獣の唸り。  

東島、ユリコ、一葉、三葉、ユカリス。その場の全員が、まるで心臓を直接掴まれたかのように全身を強張らせ、反射的に音のした方向――公園の入り口へと顔を向けた。

そしてそれは蜘蛛男も例外ではない。その恐ろしい風貌の顔を音のする方へと向けた。

 

 その直後。

 

 一直線に走る二条の光が網膜を焼くと同時に蜘蛛男の巨体を蹂躙した。

 

「・・・・・ッ⁇⁈!!」

 

鉄塊が肉を砕く、重く、鈍い衝撃波が周囲に伝播する。  数トンの質量を持つ怪人が巨大なプレス機に叩きつけられたかのように無様に宙を舞い、街路樹を根こそぎなぎ倒しながら吹き飛んでいく。 

 バイクは火花を散らしながらアスファルトを深く削り取り、白煙を上げて急停止した。     

 

……静寂。    

 

あまりの光景に、東島は立ち尽いたまま、その「影」へ問いかける。

 

「あ、あんた……い、一体……?」

 

 

 アイドリングの脈動が空気を震わせる中、東島の鋭い視線がその「影」の細部をなぞっていく。  

 

そして気づく。

 

闇の中で鈍く、しかし清潔な輝きを放つ武骨で機能的なライダースーツ。 整備が行き届き一切の無駄を排した流線型のフォルムを持つ白いマシン。 そして――夜風にたなびく一本の白いマフラー。

 東島の心臓が、特訓の時ですら経験したことのない速度で跳ね上がる。 脳内でバラバラだった40年分の憧れが、凄まじい速度で一つの像を結んでいく。

 

「あ、あんた……ッ!

そのスーツ! そのマシン! そのマフラー!

まさか……まさかあなたはッ!?」

 

 蜘蛛男が、千切れかけた肢を再生させながら這い上がる。

 

「……何者だ。ショッカーの全記録、及び全個体データに、貴様のような個体は存在しない……。この計算不能な高出力は、一体……」

 

 

 蜘蛛男の複眼が激しく明滅し、静かな戦慄がその声を震わせる。  バイクに跨った男は何も答えず、ただ腰に巻かれた、重厚な金属音を立てるスイッチを押し込んだ。

 

「本物のッ⁈」

「何者だ・・・」

 

 

「変身」

 

 

 突風が吹き荒れた。  男のヘルメットが内側から複雑な動きをしながら機械音を立てて変形し、再構成される。

まだ傷一つない、深みのある鈍いグリーンのマスク、鋭利な白いクラッシャー。そして、獲物を冷徹を見据える吸い込まれるほどに紅い複眼。  全身各所に走る赤いライン。胸部には新調されたばかりのような美しく、しかし強固なコンバーターラングが鎮座し、身体の中心に位置するベルトの風車が、周囲の大気を強引に吸い込んで激しく唸りを上げている。

 そして一切の無駄を削ぎ落とした、あまりに鋭い、あまりに「本物」の変身ポーズが決まる。

 

 そこには、彼らが知る戦士たちと同じ――仮面ライダーの特徴を備えた戦士が立っていた。

 

 

  ライダーは一言も発さない。  蜘蛛男が怒りに任せて音速を超える速度で爪を振るう。 だが動かない。最小限の頭部の動きだけで爪をかわし、同時に蜘蛛男の懐へ、滑るような歩法で潜り込んだ。

(――戦術演算、第14パターンを選択。目標、外部装甲、強固。だが関節接合部に致命的な設計の脆弱性を検知。……打撃開始)

 ライダーの拳が、蜘蛛男の胸部中央へ正確にめり込んだ。  

それは空手でも格闘技でもない。改造された人工筋肉の出力を一点に集中させ標的を破壊するためだけに最適化された、冷徹な物理的「作業」だった。  蜘蛛男の巨体が、その一撃だけで衝撃波を巻き起こしながら、十メートル以上も後退する。

 

「グギッ…貴様……この出力ッ……あり得ん……ッ!」

 

 蜘蛛男が吼え指先から鋼鉄の強度を持つ粘着糸を網状に放つ。公園の空間そのものを封鎖し退路を断つ必殺の絡め手。

 ライダーは後方にあった子供用の「鉄棒」に手をかけると、改造人間の膂力でそれを根こそぎ引き抜いた。  重厚な鉄の支柱をまるで指揮棒のように軽々と振り回し迫りくる粘着糸を凄まじい遠心力で巻き取っていく。  糸を絡め取った鉄棒が瞬時に蜘蛛男の視界を遮る盾となり、一瞬の針の穴を通すような隙間を作る。

 その隙間を、弾丸のごとき速度でライダーが駆け抜けた。

 蜘蛛男の死角――真後ろに、既にライダーは立っていた。  振り向きざまに繰り出される蜘蛛男の裏拳、それをライダーは左腕一本で重戦車の突撃を受け止めるかのように完璧に遮断する。

 衝突した腕と腕の間から青白い火花が散り、衝撃で周囲の木々が激しくしなった。

 ライダーは無言のまま、右脚を軸に全身を鋭く回転させる。  遠心力と人工筋肉の収縮が重なり、ライダーの回し蹴りが蜘蛛男の側頭部を捉えた。

 肉が砕け、外殻が粉砕される乾いた音が響き渡る。  

悶絶し地を這う蜘蛛男。ライダーは一歩地を踏みしめた。それだけでアスファルトがクレーター状に陥没しその反動を利用して垂直に跳躍する。

 夜空、満月を背に、黒い影が一点で静止した。  ライダーの全身から、余剰エネルギーの熱気が背面コンバーターウィングから陽炎のように立ち昇り、バッタの翼を形成し夜の冷気を歪ませる。

 

 ――ライダーキック。

 

 声すら上げぬ、流星のごとき一撃。  蜘蛛男は迎撃の構えすら許されず、胸部中央にその足刀を叩き込まれた。

大気が悲鳴を上げ、凄まじい火花が公園全体を真昼のように照らし出す。

 

「おのれ…………ッ!!」

 

 蜘蛛男は胸部を深々と撃ちこまれ体液を撒き散らしながらのたうち回る。  命の危険を悟った怪人は、最後の力を振り絞って戦闘員を自身の牙で融解させてその白煙に紛れて闇へと消え去った。

 

 ……。

 静まり返った公園。  東島は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら憧れの象徴へ一歩、また一歩と歩み寄る。

東島丹三郎の脳内は、今、爆発していた。

 難しい理屈など何一つない。目の前の戦士が、あまりにも、あまりにも「正解」だったからだ。

 40年間、毎日毎日、バカみたいに拳を振り、山を駆け、崖を登ってきた。すべてはこの「本物」に少しでも近づくため。その「本物」が、今、目の前で湯気を立てて立っている。

 

(本物だ……ッ! 本物だ本物だ本物だ本物だ!!)

 

 東島の胸のうちは、その一言だけで埋め尽くされていた。

 見ろ、あの強さを。あのバイクを。あの、闇夜にたなびく、眩しすぎる白いマフラーを!

 これまでの40年、誰に何を言われようと関係なかった。でも、今、確信した。俺の修行は今日この瞬間にこの男と会うためにあったんだ!

 

(ああ……すげえ……!! かっこよすぎる……ッ!!)

 

 東島の魂は、ただただ圧倒されていた。

 これほどの男だ。仮面の下にはきっと地獄を見てきたような、凄まじく厳しい、岩のような「戦士の顔」があるに違いない。俺のような未熟な男は、一喝されるだけで気絶してしまうかもしれない。

 だが構わない。この男になら殺されたって本望だ!!

 

東島の背後で、共に戦場にいた仲間たちもまた、その圧倒的な「真実」に射抜かれていた。

 島村一葉と三葉の二人は震える膝を抱えながらその「緑色の背中」を凝視している。彼らもまた、東島という狂気の引力に引き寄せられ、ライダーという名の十字架を背負った者たちだ。

 

(本物だ……。これこそが、……本物の、仮面ライダーなんだ……ッ!)

 

 恐怖よりも先に、全身を貫くような「正解」への感動がユリ子の瞳を濡らす。

 

 だが――ただ一人、ユカリスだけは違った。

 彼女の鋭敏な感覚は、目の前の戦士から立ち昇る「異質」を本能で嗅ぎ取っていた。東島たちが「正義」や「憧れ」で見ているその存在が、ユカリスの目には、自然界の理を完全に踏みにじった『完成されすぎた

暴力の化身』として映っている。

 

(なんなの……これ……。怖い、怖い、怖い!! 蜘蛛男なんかより、ずっと得体が知れない……! あんなのが……人間なわけないじゃない……ッ!!)

 

 ガタガタと歯の根が合わないほどの戦慄。彼女にとって、そのライダーが放つ無機質さは、死神にしか見えなかった。

 そんな各々の激しい感情が渦巻く中、東島は己の全神経を目と耳に集中させその男が発する「伝説の第一声」を待った。

 

 

 

「あ、あの……俺は……あんたに……ッ!!」

 東島が万感の思いを込めて声をかけた、その瞬間。

 ライダーは、ビクッと肩を跳ねさせ、目に見えてビビったように後退りした。そして震える手で、自身の顔を覆うマスク――そのロックを解除する。  

 カシャン、という金属音と共にクラッシャーが外れ、マスクを脱ぐ。

 現れたのは――酷く顔色の悪い、今にも泣き出しそうな一人の青年だった。

 東島達が「歴史的な一言」を確信して固唾を呑む中、戦士は唇をガタガタと震わせ、ようやく絞り出すように言った。

 

 

 

 

 

「あ、あの……け、けけ、怪我とかッ……ない、です……か……」

 

 

 

 

 

・・・・・⁇⁇

 

 

「「「「あれぇぇぇーーーーっ!?」」」」

 

ビクッ⁈

 

 東島たちの魂を削り出したような絶叫が夜空に巨大な空白を切り裂いた。

 




昔からバイク乗り、ライダーには必需品。
そして、ヒーローといえば赤なんでしょう?

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