「……あ、あの……すみません……その……」
マスクを脱ぎ、ファー付きの重厚なトレンチコートの襟を立てた戦士が、今にも消え入りそうな声で謝罪した。先ほどまで、蜘蛛の怪人を無機質な手際で戦闘していた冷徹な兵器の面影はどこにもない。そこにあるのは、自意識の重みに耐えかねて震える、一人の青年の姿だった。
その直後、東島丹三郎がその両肩を、骨が鳴らんばかりの力でガシィッと掴んだ。
「語ってくれ!貴方のその、宇宙よりも深い孤独を、我々に語ってくれッ!!」
「ひっ、あ、いや、えっと、離して……っ」
「ダメだッ! こんな寒々しい公園では足りん! 我らが真実の『仮面ライダー』を拝聴するには、あまりに夜風が冷たすぎるッ!!」
東島の咆哮に、背後に控えていた島村一葉が、黒いレザー上下を軋ませながら身を乗り出した。
「俺の妹の店だ! ちょうどこの先にあるッ! そこなら深夜でも開いているし、身内だ、いくらでも語り合えるッ!!」
一葉の号令に、仕事着のシャツにライダーマンマスクという異様な姿の三葉が「了解だよ兄さん!」と瞳を輝かせ、ユリコが「ええ、行きましょう」と頷く。ユカリスだけが「なにこれ?」と深いため息をついた。
「ちょ、何この人たち……圧凄すぎる・・…よくみたらライダーマンさんじゃないし・・・ちょ、助けて、ください……。誰か……っ」
戦士の消え入りそうな助けを求める声は、東島の「お迎えするぞぉぉぉッ!!」という熱い叫びにかき消された。トレンチコートの下に隠した、異質なライダースーツを必死に隠すように肩を丸める青年。彼は東島の巨大な腕に抱えられ、抗う術もなく夜の街へと連行されていった。
それが新たな地獄の入り口であった。
深夜の『居酒屋ふたば』。
カウンターの中でグラスを拭いていた店主・二葉は、入口の引き戸がレールを削るような音を立てて乱暴に開かれたことに、反射的に顔を上げた。
「いらっしゃいませ――」
だが、その言葉は驚愕と苛立ちで喉の奥に張り付いた。
先頭で入ってきたのは、にっくき兄貴一葉。その後ろに子供用の仮面ライダーのお面を被った巨漢・東島。その後ろには、自作のオリジナル要素を出した電波人間タックルの衣装を纏う岡田。弟の三葉はシャツにネクタイ、スーツズボンという仕事着のまま、頭だけライダーマンのマスクを被っている。さらに三葉の彼女であるユカリスは、ショッカー女戦闘員のタイツ姿。
最後に、その変態集団の中心で、重厚なファー付きトレンチコートを深く着込み、ガタガタと震えている風間。
「…………はあぁぁ??
」
二葉の手にあったグラスが、カウンターの木に鈍い音を立てて叩きつけられた。
「何しに来やがった、兄貴ッ!!」
二葉の怒声が一葉を真っ向から貫く。一葉は全身黒のレザー上下という、彼なりにビシッと決めた格好で、平然と胸を張った。
「6名様だ!二葉、そう熱くなるな。今夜は特別な客を連れてきたんだ」
「特別すぎるだろッ!! 鏡見てから言えよッ!!」
二葉は一葉の背後に並ぶ面々を指差し、その指を激しく震わせた。
「何だ、その横でお面被ってるデカいのは!? そっちの赤タイツと黒タイツの女は!? 極めつけにその、北極から密航してきたみたいなトレンチコートの男はッ!! おまえついに頭のネジが全部飛んで、変態のブローカーでも始めたわけ!?」
「二葉、失礼だぞ。彼らは同志だ。そしてそこの彼こそが……」
「やかましいッ!!」
二葉はカウンターの下から引っ張り出したほうきを、一葉の足元へ親の仇のように叩きつけた。床が乾いた音を立てて鳴る。
「あんたが一人でライダー、ライダーって騒いでる分にはまだ我慢できたよ! でも何だこの集団はッ! 私の店をショッカーの基地か何かに作り替えるつもりか?!!」
二葉の猛烈な怒火に、風間は短く悲鳴を上げ、ファー付きの重厚なコートの襟をこれ以上ないほど固く握りしめた。二葉の凄まじい糾弾を、一葉はレザーの襟を正しながら溜息で受け流した。
「二葉。文句なら後でいくらでも聞いてやる。今は彼に、最高の酒と肴を出せ。6名様だ、奥へ案内しろ」
「……!!」
二葉が頬を引くつかせる中、一葉は勝手知ったる様子で「さあ、奥へ」と一行を促し、一行は噴火寸前の二葉の脇をすり抜けて、奥座敷へと雪崩れ込んでいった。
居酒屋の奥座敷。
風間義志は、まるでお化けでも見たかのような顔で、目の前のハイテク機器(タブレット注文機)を凝視していた。
「……アナタ、さっきからそれ見て震えてるけど、注文しないの?」
岡田ユリコが呆れたように声をかける。戦士はビクッと肩を跳ねさせ、消え入りそうな声で答えた。
「あ、あの……これ、電子計算機……ですよね? こんなに薄いのに、カラーテレビみたいな画面が付いてるなんて……。僕のいた頃の計算機は、部屋一つ分くらいの大きさで、パンチカードとか使ってて……」
「……本気(マジ)なのね。令和の時代に、部屋サイズのコンピューターとか言ってるの」
ユカリスが冷めた目で酒を煽り、隣に座る三葉の袖を引いた。
「ねえ三葉、ちょっと……あれ、ヤバくない? さっきの蜘蛛男への戦い方、見たでしょ。感情が一切ない、ただ標的を解体するだけの『作業』。なのに中身はこれよ? 生理的に怖すぎるわ、あんなバケモノ」
三葉は、ユカリスの言葉が耳に入っていないかのように、キラキラと輝く瞳で戦士を凝視していた。
「……すごい。ねえユカリス、見える? あの人の指先、あんなに震えてるのに、さっきはあんなに強かった……。あれが、本物の仮面ライダーの『震え』なんだよ……。カッコいい……ッ!」
「ダメだわ、こっちも脳が焼けてる」
周りが盛り上がるたびに戦士の肩身は狭くなっていく。そうしているうちに二葉が飲み物を運んできた。
「ほらよッ! 特濃ハイボールにビール、コーラに……あんたは水でいいわね不審者さん!」
「ひっ、あ、ありがとうございます……っ」
東島が、溢れんばかりのビールが入った大ジョッキを片手に立ち上がった。
「よしッ!! まずは、我らが新しき同志との、いや。夢の邂逅を祝して……乾杯ッ!!!」
「「「乾杯!!!」」」
ジョッキがぶつかり合う重い音に風間は肩をすくめ、コップの水を毒見するかのように恐る恐る口にした。
一息ついたところで、東島が子供用のお面を被り直したまま、居住まいを正して名乗った。
「東島丹三郎だ」
「私は岡田ユリコ」
「島村一葉だ!」
「島村三葉です! こっちは彼女のユカリス」
「……ユカリスです。どうも」
全員が名乗りを終え、視線が最後に集中した。
戦士は周りの異常な熱に挟まれ、今にも蒸発しそうだった。
「ひ、ひぃっ……! すみません、そんな……。僕は、風間、義志と言います……」
風間はグラスを握る指先を見つめながら、ぽつり、ぽつりとつぶやいた。
「さっきは助かりました!今の僕たちだけではとても怪人相手に生き残るのは難しかったですし・・・」
「いえそんな・・・流石にその・・・危ないなって・・・」
「そ、それでその・・・!やはりあなたは仮面ライダーなんですよね・・・!」
」
「い、いやそんな・・・僕はそんなたいそうな者ではなく、というか流れで来ちゃいましたけど僕お金が・・・」
「そんなものは俺たちがなんとかするから!今はお前について聞かせてくれ!」
「ひえぇ・・・圧力が凄い・・・」
主に二人の視線で押しつぶされそうになる風間。
それを見た三葉は二人を一旦落ち着かせ、といっても自身も興奮しているが。
座らせて改めて風間に問いかけた。
「その、あなたはショッカーの改造人間ではあるんですよね?それで、いつ改造されたんですか?」
風間は震える手でマフラーの端をいじりながら、視線を泳がせた。
「そ、その……みなさんは、ショッカーライダー……という存在を、ご存知ですか?」
「ショッカーライダーだと?」
一葉が低い声で応じる。
「1号、2号と同等の性能を持ち、黄色いマフラーを巻いた偽のライダー。全部で6人存在したとされる、ショッカーの精鋭部隊のことか」
「あの話格好よかったよな!偽物とはいえ怪人としてのライダーはカッコよかった!」
東島がテンションを高めて言う。
「あ、はい……。実は、僕は……その6人を率いるための……指揮官として、作られたんです」
「「「ウソぉ?!!」
「ショッカーライダーに指揮官が⁈た、たしかにあの場面で怪人が指揮官というのは違和感があったが・・・!!」
「い、いえ……高度なスペックを詰め込もうとしたんですけど……設計が複雑すぎて、神経接続の開発がずっと難航してしまって。結局、完成が後回しにされて、倉庫の隅で、ずっと寝かされてたんです」
風間は消え入りそうな声で続ける。
「……で、ようやく開発が終わって。あとは……あとは洗脳をするだけ、っていう段階で……ゲルショッカーが、壊滅しちゃったんです。組織がなくなって、誰も僕を洗脳しに来てくれなくて……。そのまま放置されて……気がついたら、この時代になってたんです。」
「・・・え?ということは貴方僕より年下に見えてたけど実は・・・⁈」
三葉が震える声で漏らした。
それはどんなに恐ろしい話だろうか。1971年から現在まで眠り続けた。すなわち彼の生きていた世界はすでになく、彼を知るものももうほとんどいないということではないか。
「洗脳待ちのまま、何十年も……。」
「目覚めた時、右も左もわからなくて、化け物だと恐れられるって思ったんです。でも、外に出たら『仮面ライダー』の名前はヒーローとして知れ渡っていて……」
風間の瞳に、救いようのない絶望の色が混じる。
「……それなら、僕もヒーローとして少しは居場所があるのかな、なんて一瞬でも思った僕がバカでした。すでにV3さんも……挙句に『仮面ライダー3号』さんまで、僕が知らないうちに、もうちゃんと存在していて……。ライダーの中ですら、僕の番号(いばしょ)は、もう無かったんです……。僕は、どこにも当てはまらない……ただの、あまり物……最後に残る焼き鳥・・・」
ふへへ・・・と不気味な笑いをする風間にある程度常識のあるものは絶句する。
一方、兄の一葉は、風間の語る「ショッカーの内部事情」に、歴史の証人を見つけたかのような法悦の表情を浮かべていた。
「……ショッカーライダー指揮官機……ッ! まさか、あの1号2号の能力を凌駕し、ゲルショッカーへの移行期に闇に葬られたとされる、伝説の『未踏のスペック』が実在したなんて……ッ! アンタは生きた神話だ! 素晴らしい、素晴らしすぎるぞ!!」
「ひ、ひぃっ……! すみません、神話とかじゃなくて……ただ、開発が難航して寝てただけで……。起きたらもう3号さんの席も埋まってて、僕、ただの『予備の欠番(ミッシングリンク)』なんです……。履歴書も、住所も、居場所も、どこにも……。僕、もう、どう生きたらいいか……」
風間の瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
だが、その「絶望」を聴く東島の瞳には、太陽のような熱い火が灯っていた。
「……素晴らしいッ!!! なんという『孤高』ッ!!!」
東島が満タンの大ジョッキをテーブルに叩きつけた。ジョッキの底がアスファルトのようにテーブルを凹ませ、溢れたビールがテーブルに降り注ぐ。
「ひぃっ!?」
「いいか、みんなッ!! 聴いたか今の言葉を!! 『居場所がない』だと!? 違うッ! 貴殿は、時代そのものが追いつけなかった『真実の先駆者』なのだッ!!」
東島は感極まり、ビショ濡れの風間の両手をガシッと握りしめた。
「V3でもない! 映画の3号でもない!! 誰からも祝福されず、誰にも知られず、ただ独り、半世紀もの時間を孤独という名の調整槽で耐え抜いた!! これこそが……これこそが、俺が40年間、拳を突きながら夢想した『改造人間の悲哀』の結晶ではないかッ!!」
「え、あ、いや……ただ寝過ごしただけで……」
「謙遜するなッ! 番号(ナンバリング)など、組織のレッテルに過ぎん!! 貴殿は今日から、俺たちの師……『仮面ライダー』だッ!!」
風間は本気で逃げようとしたが、東島の「特訓だけで作り上げた異常な握力」から逃れることはできなかった。
三葉が「かっこいい……」と呟き、一葉が「資料的価値が計り知れん……!」と熱い吐息を漏らし、ユカリスが頭を抱える中戦士が語り出す。
「っ。……勘弁して、ください……っ」
風間の声は、叫びというにはあまりに弱々しく、喉の奥でひっかき集めた音をようやく外へ零したような、震える掠れ声だった。東島のあまりに強すぎる「期待」という熱を浴びて、風間の精神は今にも蒸発して消えてしまいそうだった。
「無理です……っ。……仮面ライダーなんて、そんな……そんなカッコいい枠、僕には重すぎます……。僕はただの忘れ物なんです……。設計が上手くいかなくて、倉庫の隅で埃を被ってただけの、あまり物なんです……。そんな、真っ直ぐな目で見ないでください……影が、影が消えてしまう……」
風間は東島の異常な握力から逃れようと、力を入れることすらできず、ただ弱々しく手首を震わせた。
「だいたい、僕……戦うのなんて、本当は嫌なんです……。調整槽の中で……あの、ずっと暗くて、静かで、泡の音しかしない場所で……外界のことなんて何も知らないまま、何十年でも、泥みたいに眠っていたかった……。なのに、何故かこの時代で目覚めるし、戦いだって身体が、勝手に……。さっきの蜘蛛男さんだって……僕はただ『怖い、早くどこかへ隠れたい』って思っただけなのに……指先が、脚が……僕の意識を無視して、残酷に……最短距離で、戦っちゃうんです……」
風間はガタガタと震えながら、ズルズルと座布団から滑り落ち、テーブルの影に顔を半分埋めるようにして縮こまった。
「僕……今のこの、令和の空気……吸うだけで精一杯なんです……。こんなに薄い板に色が映って……みんなスマホっていう、未知の計算機を使いこなしてて……。僕……ショッカーの洗脳より、この『未来』っていう情報の暴力の方が、ずっと怖い……。僕のことは忘れてください。公園のベンチの下とかで……苔みたいに、静かに生きていくので……っ」
マフラーを鼻先まで引き上げ、自身の吐息で曇る視界の中に閉じこもろうとする風間。
しかし、その「極限の卑屈」こそが、東島の魂にさらなるガソリンを注いだ。
「おお……おおお……ッ!! 見ろ、みんな!!」
東島は、テーブルの隅で消えそうになっている風間を見て、ついに号泣した。
「この……ッ! この絞り出すような『自己否定』!! 力を持ちながらそれを疎み、ただ静かな生活を望む……。これこそが、かつて本郷猛が、一文字隼人が抱えていた『改造人間の悲哀』の結晶ではないか!! 現代人は強くなることばかりを求めるが、この方は『強くありすぎてしまう自分』をこれほどまでに呪っている!! 本物だ……間違いなく、本物中の本物だッ!!」
「ちが……っ、違うんです……。ただの……ただの、極度のコミュニケーション障害なんです……。ちょ、誰か助けて………」
風間の消え入りそうな助けを求める声を、三葉が「……悲哀の密度が、エグい……」とうっとりした目で見つめ、一葉が「この精神的脆弱性すらも、初期ショッカーの極限状態が生んだ芸術品か……!」と狂ったように分析を続ける。
ユカリスだけが、空になったジョッキを置いて冷たく言い放った。
「……もういいわよ。とりあえず、この『超兵器』をここに放置するわけにもいかないでしょ。あんたが責任取って、どっかに収容しなさいよ」
「言われるまでもないッ!! 我が家へ、我が聖域(ボロアパート)へお迎えするッ!!」
「ひえぇ……どうして
……未来の子達怖い…⁈」
風間義志の、令和最初の夜の絶望は、東島の「善意の猛追」によって加速していくのであった。