拝見天国の父さん母さん。
親孝行も出来なかった親不孝者の自分をお許しください。
現在僕は遥か未来の世界で生きています。昭和の頃と違って世間は割と冷たくなっててそれがなんとなく今の自分的に生きやすいなって考え始めていましたがどうやら甘い考えだったようです。
僕の周りにいる人たちはどこか頭のネジがぶっ飛んでいます。
東島さんのアパートに連行されてからというもの、僕の「令和ライフ」はショッカーの調整槽の中で泥のように眠っていた方がマシだったと思えるほど、刺激の強すぎるものへと変貌していた。
「風間さんッ! 朝ですッ!! 労働と修行、その二つが揃ってこそ正義の車輪は回転するのですッ!!」
朝の6時。
昭和の香りが染み付いたアパートの薄い壁を、直接粉砕せんばかりの咆哮が響く。
東島丹三郎さん、40歳。彼はこれから日雇いの工事現場へバイトに向かうというのに、なぜか既に上半身裸で、仕上げの正拳突きで空気を爆ぜさせていた。
「……あ、あの、東島さん。今日も、その……朝から、すごく元気……ですね……。これから、お仕事……なんですよね……?」
僕は湿った布団の中から、引きつった顔で尋ねた。見た目は僕の方がずっと年下に見えるはずなのに、この「本気で仮面ライダーになろうとしている男」のバイタリティの前では、僕の方が余命いくばくもない老人のような気分になる。
事実老人ではあるけども。
「当然ですッ! 現場で土嚢を運ぶ一歩一歩が、ショッカーを追い詰めるロード(道)となる! さあ、風間さんも起きなさいッ!! 令和の朝は、待ってはくれないぞッ!!」
「ひっ……! わかりました、起きます、起きますから……! お願いですから、その拳を僕の鼻先数ミリで止めるのはやめてください……っ。風圧だけで機械の心臓が止まりそうです……っ」
東島さんはかつて、孤独死を恐れて大事なグッズを全て売り払ったという悲しい過去を持つ。だが今の彼は、仮面ライダーという「概念」そのものに成り代わろうとするかのように熊をも屠る拳を鍛え上げる暑苦しすぎる正義の塊となっていた。
僕はガチの改造人間だけれどこの人を見ていると、僕の方がよっぽど「ひ弱な一般人」に思えてくる。
「よし! 私は現場へ向かいます! 風間さん、三葉くんの店を頼みましたよッ!! トォォォッ!!」
東島さんは玄関のドアを勢いよく開け放ち、階段を一足飛びに駆け下りていった。
……嵐が去った。僕は泣きながら、昨日コンビニでこっそり買った安盛りパンを口に押し込んだ。
とはいえホームレスだった僕を家に入れてくれた恩人でもある。
そんな東島さんのアパートの家賃を折半するため、僕は三葉さんが店長を務めるファミレス『ジョナサン』でアルバイトをすることになった。
三葉さんは「風間さん、ライダーマンはね、知性が武器なんです。だから接客も戦いですよ!」と爽やかにわけわかんない言ってくれたけれど、僕にとって令和のファミレスは、最新鋭の要塞のように複雑だった。
「……あ、あの、お客様。その、QRコードというのを読み取って……ええと、注文は『クラウド』に行く、のでしょうか……?」
タブレットを差し出す手が震える。結局、注文を入れ間違えて三葉さんに謝り倒し、「風間さん!ゆっくりで大丈夫ですよ!なんてったってここは未来なんですから!」と爽やかにフォローされる始末。今の僕は、最新鋭のOSを積んだコンピュータの中に、40年前のそろばんを持ち込んだような場違い感に苛まれていた。
「……三葉さん、あ、あの……あそこで動いている猫型の……『配膳ロボット』は、僕の後を追ってきたりしませんよね……?」
「大丈夫ですよ、敵じゃないですから!」
三葉さんは笑うが、僕の脳内の戦術演算システムは、あの猫型ロボの駆動音を聴くたびに「新型の自律兵器」としてアラートを鳴らしてくる。右拳を抑え込むだけで、一日分の精神力を使い果たしてしまう。
そして、最も精神を削る時間がやってきた。休憩時間だ。
狭い休憩室のベンチ。僕の数メートル隣には、三葉さんの彼女であるユカリスさんが座っている。
「(……気まずい。大学の合格がかかった最終面接の待ち時間より、ずっと空気が重い……)」
ユカリスさんは背筋を不自然なほどピンと伸ばし、手元のスマホを凝視している。彼女は僕と同じでショッカーによって改造された被害者らしい。ただ、そのスマホを持つ指先が、わずかに小刻みに震えている。
彼女が僕に抱いているのは、野生動物が捕食者を前にした時のような本能的な恐怖。
僕が彼女に抱いているのはメンタルを粉砕されることへの恐怖。
「……お疲れ様、です……」
「あ、お疲れ様です……。風間さんも……お仕事、お早い、ですね……」
お互いに「私は平静ですよ」というオーラを必死に出そうとして、結果的に室内の気圧が異常に高まっているような、そんな地獄の休憩時間だった。
バイトの終わり、三葉さんが手渡してくれたのは特製のオムライスだった。
僕はそれを、店の隅で一人、噛み締めるように食べた。
「(……美味しい。卵が、ふわふわだ……。僕という欠陥品を肯定してくれるような気がする……)」
なんかわけわかんないこと考えた気がする。
オムライスの温かさに癒やされ、僕は夜道を歩いてアパートへと向かった。「今日は東島さん、もう寝てるかな……」と、微かな希望を抱いてドアをそっと開ける。
だが、僕の期待は、ドアを開けた瞬間の「異様な熱気」で霧散した。
「……あ、東島さん。先に、帰ってたんですね……」
暗い部屋の中。東島さんは電気もつけず、月明かりの下で片手一本の逆立ちをしたまま、微動だにせず床を見つめていた。その全身からは、日雇い労働を終えた直後とは思えない、蒸気のような汗が立ち昇っている。
「……風間さん。おかえりなさい。待っていましたよ」
東島さんは重力を無視したような動きで着地すると、ギラギラとした眼光で僕を射抜いた。
「東島さん。今日も、その……元気、ですね。お仕事、大変だったんじゃ……」
「いいえ! 労働で流した汗が、私の魂をより一層、仮面ライダーへと近づけたようですッ! 疲労など、正義の心の前では塵に等しいッ!!」
ダメだ。この人、僕よりも圧倒的にスタミナがある。
逆立ちから着地した東島さんは、拭いもせず滴り落ちる汗をそのままに、僕の目を見据えて言いました。
「風間さん。私には……どうしても、死ぬまでに一度、この目で見ておきたいものがあるのです」
「え……? 見ておきたいもの、ですか?」
東島さんは一歩、僕に詰め寄りました。その表情はいつになく真剣で、どこか祈るような敬虔ささえ湛えています。
「風間さん。貴方は、かつてショッカーの手によってその身を改造された。つまり貴方の内側には、本物の、オリジナルの『仮面ライダー』と同じ鼓動が脈打っている……。私は、それがどうしても見たい。概念としてのライダーではない、肉体としての、本物の変身を……この目に焼き付けたいのですッ!!」
「……は、はい?」
「お願いだ風間さん! ーーーーーー
「はあああああッ!?!?」
昭和のボロアパートに、僕の困惑と絶望が混ざり合った絶叫が虚しく響き渡りました。
もし今も貴方達がいたのならきっと涙を流して悲しませてしまうことでしょう。
僕は今同居人の四十のおっさんの前で上半身を裸にして立っています。
いかがわしい理由?
そういうわけーーーーではないはず。うん。
昭和の香りが染み付いた壁紙。蛍光灯の紐が微かに揺れる中、僕は意識を深く、深く沈めていきます。
「……いいですか、東島さん。一回だけですよ……」
僕は、あえて言葉を捨てました。
こくりと目を輝かせながらこちらを見る東島さんはこれから始まる現象にむねをふくらませている。
腹の底から、改造された肺が熱い空気を吐き出します。
ギチ……ギチギチ……ッ!!
沈黙の部屋に、生々しい「肉と骨が軋む音」が響き始めました。
僕の背中の筋肉が、生き物のように歪に盛り上がり、皮膚の下で人工筋繊維が激しく蠢きます。
「……ッ!!」
メキメキッ! バキッ!!
骨格が組み換わる凄まじい音が、薄い壁を震わせます。
僕の顔面を緑色の外骨格が覆い尽くし、鼻が、口が、人間としての輪郭を失っていく。
最後に、巨大な赤い複眼が「カチッ」と音を立てて焦点を結んだとき、そこには六畳間の空間を圧迫するほどの質量を持った異形――飛蝗男が立っていました。
「…………ッ!!」
東島さんは、言葉を失っていました。
至近距離で放たれる、改造人間特有の獣じみた殺気と、排熱の熱気。
彼は、恐怖に震えるどころか、まるで聖母像を前にした巡礼者のように、その瞳をキラキラと輝かせていたのです。
「ああ……これだ……これですよ……。なんと禍々しく、なんと神々しい……。本物の、本物の『ライダーの中身』が、今、私の目の前に……ッ!」
東島さんは、感動のあまりボロボロと大粒の涙を流しながら、合掌するように手を合わせました。
「風間さん……! ありがとうございます……! 骨の軋む音、皮膚の裂ける音、そのすべてが、私という不完全な男の魂を浄化していく……。私は今、猛烈に感動しているッ!!」
東島さんは、感激のあまりガタガタと震える手で、僕の外骨格にそっと触れようとして、恐れ多いと言わんばかりに再び手を引っ込めました。
(……この人、やっぱりネジが全部ぶっ飛んでる……ッ!)
赤く発光する複眼で、むせび泣く上半身裸の40歳男性を見下ろしながら、僕は「令和の夜は、ショッカーの改造槽よりずっと息苦しい」と確信しました。
令和という時代。
どうやら僕が思っている以上に頭のおかしい時代のようです。
貴方達に再び会えるのは一体いつになるかはわかりませんが親不孝の罰としてこの時代を乗り越える必要があるそうです。
そして僕の先輩達と後輩達。
異形として怖がられるみたいな感じ出してましたけど、どうやら令和の人たちは僕たちが思っているよりずっと多様性?とかいうものに寛大なようです。
なんなら怖がられる方がマシだったかもしれません。
そしてそして僕を改造してくれやがったショッカー共。お前らはマジでいつかぶっ飛ばす。
「断る勇気」という言葉を、昭和の教育でもっと深く教わっておくべきでした。
僕は今、時速数百キロで走ることを想定された高性能マシンのハンドルを握りながら、背中に剥き出しの狂気を背負って走っています。
「と、特訓……? え、あの、特訓って……腕立て伏せとか、そういう、お家の中で完結する平和なやつ、ですよね……?」
僕の口から漏れたのは、今にも消え入りそうな蚊の鳴くような声でした。
変身から数日経って東島さんはボロアパートの玄関先でパンパンに膨らんだ大型のボストンバッグを抱え不思議そうに首を傾げました。
「何を言っているんですか風間さん。この間の飲み会で決まったじゃないですか。俺たちもいつか来る怪人と戦えるように、本物の改造人間である風間さんに稽古をつけてもらうと!」
「……飲み会? いや、僕、未成年ですし……そもそもあの時、皆さんのテンションに馴染めなくて、端っこで冷めたポテトを黙々と食べてただけで……そんな物騒な約束をした覚えは……」
「ああ、あの時は風間さん、何故か混乱してましたからね。無理もありません、高速で変化する令和の飲み会の空気に昭和の繊細な脳が追いついていなかったのでしょう。ですが約束は約束ですッ!」
正直、約束した覚えなんて欠片もありませんでした。
そもそもその「飲み会の空気」とやらを吸い込みすぎて、僕はあの夜、酸欠気味でずっと意識が遠のいていたんです。それを「混乱」の一言で片付けて、勝手に『怪人役の教官』に任命するなんて令和の人はコミュ障の沈黙をすべて「イエス」のサインだと誤認する特殊な進化でも遂げているんでしょうか。
そんな流れがあって現在、僕は愛車であるサイクロン号を走らせています。
目的地まで行くとなると電車代もバカにならないので仕方なく脳波でサイクロン号を呼び出したのですが、それがまた一騒動でした。
住宅街の真ん中に無人で爆走してきたサイクロン号が現れた瞬間、東島さんが「あああああああッ!! きたッ! きたあああああッ!!」と、近所迷惑なんて次元じゃない絶叫を上げて路上のマシンに飛びついたんです。
感動のあまり鼻水と涙を噴水のように撒き散らしながら、「美しい……この排気音、このフォルムッ! 私は今、宇宙で一番幸せだッ!!」と狂ったように叫びながらアスファルトを転げ回る、ジージャン姿の40歳。
見た目こそ普通の、おじさんですがやっていることは完全に「ヤバい人」そのもの。通行人が悲鳴を上げて逃げ出し、遠くでパトカーのサイレンが聞こえ始めたときは、本気でそのままアクセル全開で東島さんを置いて逃げようかと思いました。
本来なら孤独に荒野を駆けるためのショッカーの最高機密であるこのマシンに、今はジージャンの袖をバタつかせたその男が、僕の細い腰を折れんばかりの力でホールドしています。
「うおおおおおっ!! ズビッ! ズズゥッ!! 素晴らしいッ! 素晴らしいぞ風間さんッ!!」
バックミラーを覗かなければよかったと、僕は心底後悔しました。
鏡の中に映る東島さんの顔面は、もう放送コードを無視した惨状でした。
猛烈な風圧を受けながら、彼はバケツをひっくり返したような涙と、糸を引くほどの鼻水を撒き散らし、顔をぐちゃぐちゃに歪めています。
「このサドルの振動ッ! 肺を焼くようなガソリンの匂いッ! これこそが……これこそが、本物のライダーが死闘の合間に感じていた世界なのかッ!! 私は今、猛烈に……猛烈に感動しているッ!! ズビィィィッ!!」
「ひっ……! 東島さん、汚い、汚いです……っ! 鼻水が風に乗って、僕の首筋に……あああ、温かくてヌルッとした何かが直撃してる……っ! !」
「 私の魂が『トォォォッ!』と叫びたがっているのだからッ!! この加速…ライダーのスピードを肌で感じなければ、正義のカウンターは叩き込めないッ! もっとだ! もっと加速するのだ風間さんッ!!」
何を本郷先輩っぽいことを言っているのだろうかこの人は。
追い越し車線のトラックの運転手が、改造バイクの後ろでジージャンを風にたなびかせながら「号泣・鼻水」という奇怪な情熱を撒き散らす男を見て、恐怖に顔を引きつらせながら十字を切っていました。
せっかくの綺麗な景色でのツーリングのはずなのに、東島さんは結局このテンションのまま一葉さんの家まで続いたおかげで特訓の前に凄まじく疲れることとなりましまた。
改めて先輩方達、後輩達よ・・・貴方達は一旦何をしたらここまで人を狂わせるのでしょうか・・・。
怖い・・・。