第三バッタ男は仮面ライダーになりたかった。   作:修司

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頼むから想像した展開に行ってくれ書いてて疲れるんだよ・・・!
と言うわけで新しいお話です。汗


特訓って怖い

 

 

東島さんの拳でユカリスさんが物理的に「沈没」した後、広場はさらなる狂気に包まれていた。

一葉さんの仕切りで始まったのはもはや特訓なんて綺麗な言葉じゃ形容できない「地獄の運動会」だ。

僕は縁側で膝を抱えバッタ男の複眼でその凄惨な光景を眺めていた。改造された僕の耳は普通の人には聞こえない小さな音まで拾ってしまう。だから広場で繰り広げられている「兄弟喧嘩」の生々しい音がダイレクトに脳に刺さるんだ。

ドカッ、とか、バキッ、とか。

……いや、今のは「メキッ」だった。一葉さんが三葉さんの腕をデストロンの拷問を再現するとかいう狂った名目で本気で引きちぎろうとしている音だ。

 

(……ねえ、もうやめてよ。なんでそんなに楽しそうなの? 一葉さん、笑顔で「左腕を失う覚悟が足りん」とか言ってるけど、それ、僕ら改造人間が一番言われたくない言葉だからね? 本気で欠損させようとするのを『教育』って呼ばないでほしい……)

 

視界の端では鼻血で顔を真っ赤に染めた三葉さんが「流石だ兄さん……!」と恍惚の表情で吹っ飛んでいくのが見える。

 

(……怖い。この人たち、マジで痛覚の設定がバグってる。昭和の怪人の方がまだ「お仕事」でやってる分話が通じる気がする。この人たちの「正義」には、ブレーキも生存本能も欠落してるんだ……)

 

だが、そんな島村兄弟以上に僕の胃をキリキリさせているのは、少し離れたところで満足そうに頷いている東島さんだ。

 

(……一番怖いのは、やっぱりあの人だ。「よし、いいぞ……魂のぶつかり合いだ」って、あれ、ただの凄惨な暴力ですよ? 東島さんの背中からは、隠しきれない『次は僕がもっとすごいパンチを打ち込んでやる』という純粋すぎて濁りきった闘志が漏れ出している。あの人の隣にいるだけで、僕の改造筋肉が『捕食者に狙われている』って警告を出してる……)

 

昭和の闇とか孤独とか、そんな湿っぽい設定、あの人の前では一瞬で蒸発しちゃう。

 

(……はぁ……。もういっそ、このまま地面に潜って化石になりたい。そしたら、この人たちも寿命でいなくなってるだろうし……)

 

そんな僕のささやかな現実逃避は、一葉さんの「次は、タックルと風間くんだッ!」という、無慈悲なマッチメイキングによって打ち砕かれた。

 

(……え、岡田さんと? いや、また僕に女性を相手にしろって言うの? この庭だけコンプライアンスの概念が大正時代で止まってる……)

 

僕が困惑して固まっていると、岡田ユリコさんが、どこか「獲物を見つけた猛獣」のような目で立ち塞がった。

(……うわ、岡田さん、目がマジだ。さっきまでのファンとしての優しさが一ミリも残ってない。「私の心臓を止めてごらんなさい」みたいなオーラ出すのやめてほしい。タックルちゃんになりたいのは知ってるけど、普通の女の子ならバッタ男を前にしたら泣いて逃げるでしょ……。なんで一歩踏み込んでくるの……)

 

「風間くん。手加減はいらないわ。……あなたが本気で私を壊そうとしてくれないと、私は『電波投げ』の神髄に辿り着けないの……ッ!」

 

(……神髄とかいいから。僕、改造人間だよ? 力を入れたら人間なんて豆腐みたいに崩れるんだよ? なんでこの人たち、僕に『加害者』になることを強要するの……)

 

僕は重い腰を上げ、殺意120%の「なりたがり」たちが待つ血の匂いのする広場へと、トボトボと歩き出した。

 

 

そうして始まる第三回戦。

「はあぁぁぁぁっ!!」

ユリコさんの鋭い踏み込みと共に、その拳が僕の胸元へ叩き込まれた。

 

(……あ、今だ。少しだけ後ろにのけぞって……「くっ、やるな!」みたいな顔をして……)

 

僕は彼女の拳が触れた瞬間にわざとらしく体を震わせ、数センチだけ後退してみせた。

 

(……どうだ! 今のはかなり「入った」感じに見えたはず!)

 

だが、僕の内心のドヤ顔とは裏腹に、攻撃を仕掛けたユリコさんの顔は驚愕に染まっていた。

 

(な、なによ……今の手応え……ッ!)

 

ユリコの視点では、事態は全く違って見えていた。

彼女は今人生で一番の踏み込みと、一番の重さを乗せた拳を叩き込んだはずだった。だが、その拳から伝わってきたのは、岩石を殴ったような衝撃ですらない。

 

(私の拳が……まるで、巨大なゴムの壁に吸い込まれたみたい……。手応えがないんじゃない。私の全力の衝撃を、この人の肉体が『一瞬で完全に無効化した』……!?)

 

「はっ、はあぁッ!!」

 

焦った彼女は、続けざまに渾身の回し蹴りを僕の脇腹に叩き込む。パシィィィン! と広場に乾いた音が響き渡った。

 

(よし! 今のはいい音だ! さっきより少し「おっとっと」って感じでよろめいて……)

 

僕は必死に、バランスを崩したフリをして数歩よろめいて見せた。

 

(……信じられない。今の蹴り、完全に芯を捉えたはずよ。なのに、この人……びくともしてない。どころか、私の足の方が、鋼鉄の柱を蹴ったみたいに痺れて……。……え? 今、この人……わざとらしくよろめいたわね?)

 

ユリコさんの背筋に、冷たいものが走る。

彼女が見ているのは、自分を倒そうとする敵ではない。自分の全力を、まるで赤子の遊びをあやすように、優しく、そして完璧に「処理」し続けている、底の見えない異形の怪物だ。

 

(……化け物だわ。V3や、ライダーマンの比じゃない。これが……これが本物の、悪の組織に作られた『改造人間』のスペックなの……!? 私がどんなに命を削って打ち込んでも、この人の表面の産毛一根すら動かせない……ッ!)

 

「……はあ、はあ……っ」

 

 

(……よし、考えろ。落ち着いてシミュレーションするんだ。ここで僕が下手に手を出せば、岡田さんの骨は文字通り粉々になる。かと言って逃げ回れば、一葉さんや東島さんが『喝ッ!』とか言って乱入してくる未来しか見えない。……なら、答えは一つだ)

 

僕は、ジリジリと間合いを詰めてくる岡田さんを見つめながら、必死に「敗北のロードマップ」を描いた。

 

(……わざと技を受ける。岡田さんが電波投げのモーションに入ったら、僕は改造筋肉の出力を最低まで落として、自分からふわっと宙に舞う。そのまま地面に激突して、『ぐわあぁーっ! やられたー!』ってのたうち回る。……これだ。これなら岡田さんの自尊心も満たされるし、僕も加害者にならずに済む。完璧なプランだ、僕天才かもしれない……!)

 

「真!!電波投げエエエエエエッ!!」

 

岡田さんが鋭い踏み込みと共に、僕の腕を掴んだ。

本来なら、僕が少し踏ん張るだけで彼女の体の方が弾き飛ばされるはずだ。けれど僕は、あえて柳の枝のように力を抜き、彼女の回転に合わせて自ら地面を蹴り上げた。

 

(さあ! 投げて! 盛大に投げて岡田さん! 僕は今、最高に投げやすいサンドバッグだよ!)

 

フワリ、と僕の巨体が宙を舞う。

僕は空中で「いかにも効いてるっぽいポーズ」をとりながら、背中から景気よく地面に叩きつけられた。

ドォォォォン!!

砂煙を上げ、僕は大げさに手足をバタつかせる。

 

「ゴ、ゴアアアアァァァーーーッ!!! ギィィ、ギチィィィッ……!!!」

 

 

(……よし。完璧。アカデミー賞ものの名演技だ。これでこの茶番も終わり――)

 

「…………ふざけてるの?」

 

静まり返った広場に、氷点下の声が響いた。

恐る恐る目を開けるとそこには感動で打ち震える岡田さん……ではなく、額に青筋を浮かべ今にも鬼に変じそうな形相で僕を見下ろす岡田ユリコさんが立っていた。

 

「風間くん。今のは何? ……今の、何なのよッ!!」

 

(……えっ、あ、いや……投げられましたけど……?)

 

「私が求めているのは、そんな『接待ゴルフ』みたいな茶番じゃないわ! 私が投げたいのは、私を殺そうとする本物の怪人なの! 今のあなたのジャンプ、何!? 滞空時間長すぎでしょ! 自分で飛んだわね!? 私の力じゃなくて、自分の意志でピョンって跳ねたわね!?」

 

(……バレた。即座にバレた。やっぱりガチ勢の目は誤魔化せない……!)

 

「タックルの言う通りだッ!!」

 

一葉さんの怒声が、追い打ちをかけるように飛んできた。

 

「風間くん! 今の軟弱な態度は、命を賭して君に挑んでいる岡田くんへの……そして仮面ライダーという概念への冒涜だぞッ!!」

 

(……冒涜!? いや、僕はただ、死人を出したくないっていう人道的な配慮を――)

 

「風間くん……。僕は悲しいですよ。改造人間が、そんなにも自分を偽るなんて……」

 

三葉さんまで、鼻にティッシュを詰めたまま、軽蔑の眼差しを向けてくる。

 

(……待って。なんで僕が一方的に悪いことしたみたいになってるの? 誰よりも平和を願ってるのは僕だよ!?)

 

そんな非難の嵐が吹き荒れる中、地面に転がったままピクリとも動かなかったユカリスさんが、幽霊のような手つきで顔面のタオルをずらし、虚空を見つめながら力なく呟いた。

 

「……いや……バッタ男様の配慮の方が……一億倍まともでしょ……。なんで、誰もそっちの味方しないのよ……。狂ってる……この庭の酸素、狂気で汚染されてるわ……」

 

(……ユカリスさん! 唯一の、唯一の理解者……っ! でも、その声は彼らには届かないんだ。だって、彼らの耳は『正義の咆哮』を聞くためにしか機能してないから!)

 

 

そして、何よりも恐ろしい沈黙を破り、東島さんがゆっくりと一歩前へ踏み出した。その目は、もはや澄み切っているどころか、どす黒い「正義の炎」で燃え上がっている。

 

「風間くん。君にそのつもりがないのなら……私が君を、本物の怪人にしてやるしかないようだな」

 

東島さんのその一言で、広場の空気が完全に「処刑場」のそれに変わった。

 

(……いや、東島さん。意味が分からないです。僕は生まれつき……じゃない、改造された時からずっと本物の怪人なんです。これ以上どうしろって言うんですか……!)

 

「v3、タックル。……君たちの熱意は、残念ながら今の風間くんには届いていない。彼をその気にさせるには、『死』を突きつける以外に道はないのだ」

 

(……東島さん、今『死』って言いました!? 本物の怪人にするために死を突きつけるって、それもうただの殺害予告ですよね!? 先輩達だって、たまに教育のために後輩を死ぬほど追い込んだりしますけど、それをこんな所で再現しないでください……っ!)

 

「タックル! 構えろッ!」

 

東島さんの鋭い声が飛ぶ。

 

「……わかったわ、やるわよ」

 

(……え? 岡田さん? いま、さらっと返事したけど、うわっ!?目つきがもう、さっきまで僕を拝んでたファンじゃなくて、獲物を仕留める直前の戦士のそれだよ……!)

 

「風間くん。あなたのさっきの態度は、私への侮辱よ。……本気で来なさい。私が壊れるか、あんたが怪人として覚醒するか。二つに一つよ。いくわよッ!!」

 

(……うわ、岡田さんノリノリだ。東島さんの無茶苦茶な理論を、なんでそんなにスッと受け入れられるの!? 先輩達が組んで怪人を倒すのはテレビの中だけにしてよ! 令和の民家に、そんなオーバーキルな火力を持ち込まないで……っ!)

 

東島さんがゆっくりと腰を落とし、40年煮詰めた殺気(正義)を拳に集中させる。その横で、ユリコさんも「電波投げ」の予備動作に……いや、もはやただの格闘家の構えですらない、何かを呪うような禍々しい構えに入った。

 

(なんで先輩とタックルのドリームチームで僕を袋叩きにする流れになってるの!? 1+1が2じゃなくて、狂気が2倍になってるだけだよ!)

 

東島さんが40年煮詰めた拳から、物理的な熱波が立ち昇る。

 

(……ああ、終わった。これ、僕が本気で防御しないと、文字通り肉塊にされるやつだ。……でも本気を出したら、この近隣一帯の窓ガラスが全部割れる。……逃げ場がない。僕、この人たちに殺されるか、この人たちを殺して前科者になるかの二択しか残ってないの……?)

 

「いくぞ、風間くんッ!! ライダアアアアアアアアッ!!」

 

「はあぁぁぁぁぁっ!!」

 

(……嫌だぁぁぁぁぁ! 誰か警察呼んでぇぇぇぇぇ!!)

 

僕は異形の肉体を震わせながら、人生最大級の絶望とともに、迫りくる「なりたがり」たちの究極コンビネーションを迎え撃つこととなる。

 

 

「 パアアアアアアンチッ!!」

「はあぁぁぁぁぁっ!! タックルゥゥッ! パンチィィィッ!!」

 

東島さんの40年分の執念が乗った正拳と、ユリコさんの殺意に満ちた拳が、僕の腹部と胸元に同時に突き刺さる。

 

(……ぐ、ふぅっ!? ちょっ、ちょっと待って! 東島さんのパンチは重戦車に突き飛ばされたみたいな「重い面」の衝撃だけど、岡田さんのパンチは一点に殺意を凝縮したような「鋭い点」の痛みがある! 全然タイプが違う衝撃が同時に来たせいで、脳内のダメージ処理が追いつかない……!)

 

(……というか、岡田さん!? さっき「電波投げの神髄」って言ってませんでした!?タックルパンチって何⁈ なんで普通に顔面や腹部を狙って殴りかかってきてるんですか! 目が、目が完全に「一発入れてやる」っていう不良のそれだよ!!)

 

僕は本能的に改造筋肉を最大出力で硬化させた。ギチギチと音を立ててバッタの表皮が鋼鉄以上の硬度へと変貌する。

衝突と同時に響き渡る衝撃音。

それらを眺めていたもの達もその戦いの熱に当てられて立ち上がってくる。

 

「V3も加勢するッ! V3ーーーッ! マッハキィィィィック!!」

 

横から一葉さんの烈風のような蹴りが飛んでくる。

 

(……一葉さん! いよいよもってリンチじゃないですか! 改造人間は孤独だって言ったけど、こういう意味での「独り」を求めてたわけじゃないんだよ!)

 

「兄さん達だけずるい!僕も参戦するッ!!!」

 

そこへ、鼻血を垂らした三葉さんが、信じられないほど静かな、それでいて淀みのない動きで滑り込んできた。彼は何も叫ばない。ただ無言で、僕の動きが止まった一瞬の隙を突いて、僕の手首と肘を確保しに来た。

(……三葉さん、貴方もなの!? マジで僕を関節から極めて無力化しようとしてるのが伝わってきて怖いよ!!)

 

三葉さんは僕が東島さんのパンチやユリコさんの連打を耐えようと踏ん張った「反発力」を完璧に捉え、流れるような動作で僕の重心を奪い、地面へと誘導し始める。

 

(……やめて、三葉さん! 下手に僕の力を利用しないで! 僕がちょっとでも反射的に力んだら、三葉さんの手首が雑巾みたいに絞り切られちゃうから! その合気道は、僕にとっても三葉さんにとっても自爆営業すぎる!!)

 

「いいぞ……これだ! これこそが、我らなりたがりが夢にまで見た『大幹部戦』だッ!! ライダーーーッ! キーーーーーックッ!!」

東島さんが恍惚とした表情で、三葉さんが崩した僕の体を強引に掴んで振り回し始める。

 

(……大幹部戦!? 僕は大幹部じゃない、ただのしがないバッタ男ですよ! 二人のパンチを同時に受けてから、ずっと吐き気が止まらないんですけど!!)

 

地面に転がったままピクリとも動かないユカリスさんは、顔面のタオルをわずかにずらし、この世の終わりを見るような目でこちらをみている。

「ライダーーーッ! チョップ!!」

「タックルゥゥッ! パンチ!!」

「V3ーーーッ! 反転キック!!」

 

(……僕、ただライダーに憧れる、ちょっと内気なバッタ男でいたかっただけなのに……!)

 

僕は、四方八方から飛んでくる「技名」と「打撃」と「無言の合気」の濁流の中で、ただただ警察の到着を祈りながら、異形の絶叫を上げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

時計の針はとうに夜の時間を指していた。

周囲を見渡せば見渡す限りの田畑と山。街灯すら疎らなガチの田舎だからこそ、島崎家の庭で繰り広げられた「大爆発を伴うリンチ」が露見せずに済んだ。

 

(……本当に、ここが田舎で良かった。都会の住宅街だったら、僕が腕を振った瞬間に発生した衝撃波で通報だよ……)

 

僕はバッタ男の異形の姿のまま、縁側に力なく腰掛けていた。

あまりの恐怖とストレスのせいで人間に戻る余裕すらなく、節々の尖った改造筋肉をガタガタと震わせている。その複眼には月明かりに照らされた「ボロボロの庭」が虚しく映り込んでいた。

 

「……ふぅ。今日は実に、実りある時間だった」

 

帰宅の準備を整えた東島さんが、スッキリとした顔で言った。その拳は真っ赤に腫れ、服もボロボロだが、表情だけは40年来の宿願を果たしたかのように晴れやかだ。

 

「ええ……。一瞬、死の淵が見えたけれど……あれこそが、私が求めていた『本物』の衝撃よ。……見て、風間さん。あなたに殴られた跡、一生の宝物にするわ」

 

ユリコさんも、髪を振り乱し、膝をガクガクさせながらも満足げに微笑んでいる。その手には、風間くんの「硬すぎる皮膚」を殴り続けたせいで真っ赤になった拳を保護するバンテージが巻かれていた。

 

(……いや、宝物にしないで。一生の傷にするつもりで殴ったわけじゃないんだよ、僕は必死にガードしただけなんだよ……!) 

 

僕は異形の絶叫(ゴアアッ……)という鳴き声を漏らす力もなく、ただガタガタと震え続けている。

 

「風間くん。君の『覚悟』、確かに受け取ったぞ。庭の修繕については……まあ、そのうちやる」

 

一葉さんが、クレーターだらけの自宅の庭を見つめながら、相変わらずの狂った価値観で親指を立てる。その横では、三葉さんが「……これが、合気が通じない領域の力……」と、脱臼した肩を自分でバキッという音を立てて入れながら悦に浸っていた。

広場の端では、ようやく意識を取り戻したユカリスさんが、虚無の表情で荷物をまとめていた。

 

 

(……だめだ、このままだと人間に戻れない。精神的に消耗しすぎて変身解除のコツが掴めない……)

 

僕は震える手で、傍らに止めてあったサイクロン号(本物)のサイドバッグから、鈍く光る「変身ベルト」を取り出した。本来は変身するための道具だが、僕にとってはこれこそがエネルギーを制御し、人間の姿を繋ぎ止めるための安定装置でもある。

カチリ、と腰にベルトを装着する。

 

(……よし、頼むよ。僕を人間に戻してくれ……)

 

僕が横のスイッチを親指で押し込んだ瞬間。

――キュゥゥゥゥゥィィィン!!

静かな夜の庭に、あの特有の、空気を震わせるような高周波の回転音が響き渡った。ベルト中央の風車「タイフーン」が猛烈な勢いで回転し、溜め込まれていたエネルギーが白光となって放出される。

光が収まると、そこには異形の怪人の姿ではなく元に戻った僕。

 

「「「おおおおおおおっ!!!」」」

 

その光景を見た瞬間、疲れ果てていたはずの一同から、地鳴りのような驚愕の歓声が上がった。

 

「そうか……! そうやって人に戻っていたのか……!」

 

一葉さんが、感極まった様子で僕の体を凝視する。

 

「なるほど!変身はあくまで異形の姿への変異でスーツはあくまで外付けのもの!」

 

「ええ……この間の防護服はあくまで『別物』として存在するということなのね!? 」

 

「はあ、はあ……。い、いや……そんな……大げさなものじゃ……ただの、換気みたいなもので……」

 

 

岡田さんも、顔を赤らめる余裕すらなく、その「リアリズム」に打ち震えている。

 

「うん、うん……。実に興味深い……。劇中では描かれない、改造人間の『肉体の真実』を今、我々は目の当たりにしているのだな」

 

「あ……はい……。そ、そうですね……。東島さんがそう言うなら、たぶん……そういうことなんだと思います……もう、何でもいいです……」

 

 

東島さんが深く頷き、納得しきった表情で腕を組む。三葉さんに至っては、裸の僕の皮膚に残る、怪人時代の名残のような火照りを「これぞ改造手術の痕跡……」と拝むような目で見ている。

 

「よし! 風間くんの『変身解除の理』も確認できたところで、今日の特訓は終了だ!」

 

一葉さんが満足げに手帳を閉じ、全員を見渡した。

 

「だが、今日の戦いには多くの課題が見つかった。……来週の土曜日、例の場所で今回の『反省会』を行う! 全員、日時を空けておくように!」

 

「承知した。反省会か。この興奮が冷めぬうちに議論したいものだな」

 

「私も行くわ。今回の『防護服と生体装甲の差』についても、もっと掘り下げなきゃいけないし」

 

(……来週土曜!? 嘘でしょ、またこの地獄の続きをやる気なの!? 反省会って言ってるけど、絶対また殴り合いに発展するやつだよこれ……!)

 

月夜に照らされたクレーターだらけの庭で、上半身裸の僕は、来週土曜日への底知れない絶望に肩を震わせるしかなかった。

 

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