私の大事な下心   作:づーーー

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嫌われ薬ものが読みたくなったので自給自足。



あの娘の頭に掛かれるは白ア

 

──少女、山辺(やまのべ)つぐみは真っ直ぐである。

 

 彼女はいつも直向きで、何ものをも恐れずに前進する。平生からとても明るくて、一度決めたことは困難があってもやり通す。そんな気槪のある少女であった。

 

 目を閉じても、目蓋(まぶた)に焼き付くのはにこやかな表情を浮かべた少女の姿だ。顔には常に笑みを(たた)え、晴れ晴れとしたその姿は周りを明るくするかのようだ。

 そこに居るだけで教室の雰囲気が華やぐと言うのか、見ているだけで楽しくなる魅力が彼女にはあった。ムードメーカーと言うやつだ。

 

 そんな明るくも向こう見ずな性格をした少女であったが、だからと言って不真面目なことは一切なかった。むしろ、決まりに固く真面目そのものだ。

 

 試験の成績は芳しいもので教師からの覚えも上々、頼りにされることも(しばしば)。空気が読めず一人突っ走ることも多々あるが、それも愛嬌というのか。

 彼女を嫌えるとすれば、それは(ねた)みか(そね)みか。愛らしくよく笑う彼女に惹かれる人は存外多かった。

 

 愛嬌のある性格と、時偶(ときたま)見せる空気の読めなさから、クラスメイトからは半ばマスコット扱いをされていたのは記憶に新しい。

 本人はその扱いに幾分不機嫌さを(あらわ)にしていたものの、槪ね満ち足りた表情を見せていた。まさに、順風満帆を体現したかのような少女の日常であったが。

 

 

──そんな彼女が、壊れてしまったのは何時のことだっただろうか。

 

 (にわか)によぎるのはそんな言葉だ。“壊れた”。それはとても直接的で、強い表現であった。もはや暴力的とも言えるその言葉は、少年の脳裡に浮かび上がっては離れない問い掛けだった。

 

 そして、その問い掛けに対して答えを出せなかった。

 

 言葉を発そうとしても口がパクパクと開くだけ。言語音声としての言葉は何時まで経っても発されない。思考は途中で霧散(むさん)していく。

 どうして問いの答えを発せられないのか。その答えはとっくに分かり切っていた。前提自体が違ったのだ。より正確な問い掛けが頭に浮かぶ。

 

──彼女の周囲(・・)が壊れたのは何時だったのか。

 

 必死に思考する。今更考えたところで手遅れの筈なのに、脳を焦がすようにして頭を巡らせた。

 

 彼女が仲の良かった筈のクラスメイトから嗤われていたのを目撃したときか。彼女の私物がゴミ箱に捨てられているのを見つけたときか。

 将又(はたまた)、頭に白粉を附着させて暗い目をする少女とすれ違ったときか。

 

 そのどれも大事に思えず、気づいた頃には全てが終わった後だった。少女の問題は、自分には手出しのできない様になっていたのだ。

 

 何も解決していないはずなのに、全てが丸く治まったように機能していた。

 少し経ったころには、彼の出る幕は既になくなっていたのだ。眼前には、何事もなかったかのように動いている世界しか見えなかった。

 

──どうしてこうなったのだろうか。

 

 何も出来ずに、ただただ呆とゴール板を眺めるばかりだった。どんなに足を動かそうと追い付けやしない。だってレースはとっくに終わっているのだから。

 やり直しなど存在しない。八つ当たりのように、彼はぐっと手を握り込んだ。ゲートが壊れて出遅れた。カンパイはない。

 

 

 

◆◇

 

 それは五月某日、黄金週間(ゴールデンウイーク)もとっくに過ぎた木曜日の早朝のことだった。

 梅雨に這入る前という事もあり天気は快晴。真っ青な空に浮かぶ太陽は燦々(さんさん)と地面を照り付ける。しかし、季節はまだまだ春でその熱気は暑苦しいものではなく、程よく快適なものだった。

 

 そんな、よくある普通の平日のこと、県立高校に続く道のりに一つの人影が見える。黒い学ラン姿に灰色のリュック。その人影は学生服に身を包み高校に向かって歩みを進めていた。

 

 彼、市川晶(いちかわ あきら)は、県立高校に通う高校二年生の学生である。

 

 部活動は帰宅部で、体型は瘦せ過ぎず太り過ぎず。身長は平均より少し高めで、顏は特段美形ではない造形だ。

 瞳は上下に白目が見える所謂(いわゆる)四白眼というもので、鼻は特段高くなく中ぐらい。髮は癖のある黒髮で、それを(ひたい)が見える程度まで上げている。

 

 何だかこう書くと、世の中にごまんと居そうな平凡な人間の描写だ。他に何か特徴は無いかと、よく観察してみる。

 

 左の(まなじり)にはホクロがある。肌は帰宅部であるからなのか日に焼けていない。足のサイズが平均より気持大きめ。手相は生命線は普通ぐらいで運命線はない。

 

 このようにして無理やり特徴を幾つか挙げていくも、此処で言葉に詰まった。これ以上語る内容がなくなったのだ。口を(つぐ)む他ない。

 

 畢竟(ひつきよう)、晶は特別目立った容姿を持っていなかった。目立った特徴のない外見の少年だった。

 

 そして、それは外見以外の話でも同様である。

 

 性格が特別良いことも悪いこともなければ、勉学の天才ということでもない。運動神経だってお世辞にも良いとは言えない。表情があまり変わらないから、無愛想に思われることが多く、クラス内では少し浮いているが、全く誰とも話さない訳でもない。どれも中途半端。

 

──これが少年市川晶という人物の総評であった。

 

 と言っても、早朝に通学路を歩く一人の男子生徒を見ただけと考えると、この結果になるのも当然のことだ。無作為に選んだ少年を調べて何か特異な特徴を探し出せと言われれば、それは困難を極める註文である。

 多少の個性は見つかったとしても、どう頑張ってもそれは一般人の域を出ないだろう。

 

 

「……あと二、三分で学校に着くかな」

 

 そんな何処にでも居るような少年市川晶は、通学路の風景を見て一人呟いた。木曜日の早朝、学生である晶が学校への道程を歩いている光景。別に特筆すべき所などないように見える。

 ただ一つ指摘するべき所があるとするなら、それは時間が早すぎるということだった。

 

 朝の七時半。学校まで後少しで到着するというこの距離での時間なのだ。朝のHRが始まるのが八時四十分なので、始業時間まで一時間以上ある。それは余りにも早い時間だった。

 

 こんな時間に学校に居る者など教師か部活動の朝練生ぐらいだろう。そして既に述べた通り、晶はその二つの何方(どちら)でもない。ただの帰宅部である。

 では、どうして晶はこんな早い時間に学校へ向かっているのか。それにはある理由があった。

 

(……休んでた間の連絡事項があるから早くに学校へ来い、か)

 

 

 晶は心の中で呟く。連絡事項。これが疑問への答えであった。

 

 ノートの写しに、学校便りと称されるプリント類、そして中間テストの範囲表。その答えは、前日まで晶は学校を休んでおり、今日は彼にとって休み明け初日の登校であったのだ。

 

 発熱に鼻水、喉の痛み。そこに季節外れという文字が加われば、それはすなわち夏風邪である。

 先週の金曜日、クラスで隣の席の女生徒が体調を崩し缺席していたことが思い出される。英語の読み合いの際に、思い切り(くしやみ)を吹き掛けられた覚えがあり、(およ)そ感染経路はその生徒だろう。

 

 そのクラスメイトは未だ熱に(うな)されているとのことで、恨み言を吐けないのが辛いところだ。

 

 熱が出たのが日曜日からで、晶は月火水と学校を休んだことになる。現在は定期テスト直前であるため、三日間の缺席とはかなりの痛手であった。

 しかし、熱が下がらなかったのもまた事実。『中間テストの日に風邪を引かなかっただけマシだ』と考える他ない。そんな事情から、晶は朝早くから電車を乗り継いで学校へと向かっていた。

 

 

 高校は山を切り開いた住宅街の奥にある。駅から学校までの道程は坂が多く、普段であれば歩くのが億劫に感じるものだ。

 

 しかし、散々苦しめられて来たビールス菌から解放されたばかりとあり、彼のテンションは存外高かった。もしそうでなきゃ、朝早くに学校へ行かなくてはならないことへのボヤきを延々と吐いていただろう。

 

 そんな詰まらない事を考えている内に、住宅街を抜けて(ひら)けた場所に出た。晶の目に校舎の姿が映る。高校前まで着いたのだ。

 これから授業が待っているのかと考えると、俄に気が重くなり、此処から回れ右をして帰りたくなる。しかし、風邪で苦しんでいたときよりマシかと思い直し、歩みを進めた。

 

 

 校門を抜けると、校舎の前に設置されている時計が目に入る。時計は始業時間よりもずっと前を指しており、朝練のない生徒の中では一番乗りではないかと思う程の時間であった。

 

 教師から指定された時間よりも隨分と早い。

 

 晶はここに来て(ようや)く、早く学校へ来すぎたのかも知れないと実感した。電車のダイヤグラムの都合上、想定よりも早くに学校へ着いてしまったようだ。

 

 こんなことならもう一本遅い電車でも良かったなと思いつつも、その考えはすぐに消える。

 

 

(……ガランとした昇降口。何だかちょっとだけ優越感を感じるかも)

 

 閑散とした高校は、澄み切ったような空気がして清々しいもので、後悔は直ぐに立ち消えたのだ。前日まで風邪で家に閉じ籠もっていたことも、尚更そう感じられる材料となった。

 誰も居ない学校の中で一人。何だか中二心が擽られる気がする。

 

 そんな清涼な空気のなか、昇降口に這入った晶はふと下駄箱に目を向けた。

 彼は俄に足を止めて目を向ける。

 

 その下駄箱は自分のものではない、知らない人の使う下駄箱であったが、不思議と晶の目はソレに吸い寄せられたのだ。晶は足を止める。

 

 

(……うん?何だろ)

 

 それは自クラスの下駄箱ですらなく、少年のクラスと向かい合うクラスのものだった。奇妙な違和感と共に、晶の視線はその下駄箱へと向けられる。

 

 どうしてその下駄箱に目が行くのだろうか。

 

 晶は理由を考えようとしたところで気づいた。スンスンと鼻を嗅ぐ。何やら下駄箱から発される臭いが鼻に付いた。

 

 

「……これ、ラッカーの匂い?」

 

 それは(ほの)かに鼻を裂くような匂い。その特徴的なシンナー臭は、ラッカー塗料に違いなかった。しかしながら、どうして下駄箱からラッカー臭がするのか疑問が残る。

 普段なら疑問に思いつつも気にも留めないことであるが、今日は事情が違った。朝早い時間に学校に着いているのだ。

 

 時間に余裕がある。これは好奇心を刺激するには十分な理由であった。

 

 休んでいる間、ずっと家に閉じ籠もっていたことの反動だろうか。晶は行動が大胆になっていたのだ。

 『他人の下駄箱を覗く』という冷静に考えてみるとかなり変態的な行為をしても、誰も咎める人が居ないという状況が彼の背中を押した。

 

(……下駄箱の塗装が落ちてて補修したとか?)

 

 晶は素人っぽく心の中で呟いてみる。彼の想像力ではこのくらいの思考が精一杯だ。

 とは言え、近づいてみればその理由は直ぐに分かる。そう思い直し晶は思考を止めた。特別何も考えず、軽い気持で下駄箱に近づいた。晶は下駄箱の何処から臭いが来るのか、その発生源を(さぐ)る。

 

──廊下側の端っこ、下から数えて二番目の段。

 

 刺激臭を辿ると自然とそこに行き着いた。恐らくそこが発生源だ。晶は背負っていたリュックを床に置くと、ボックス上部の棚板を支えして膝を付き、身を(かが)めた。

 それは何の覚悟もない行動だった。殆ど何も考えずに晶は下駄箱の中を覗き込んだのだが。

 

 

「えっ」

 

 途端、晶はそのような言葉をあげ、身体をピシリと停止させた。彼は何か助けを求めるようにして目を左右に動かした。急激に目が醒めていくような、そんな厭な感覚が広がったのだ。

 

 

「……いや、どういう、何で」

 

 声にならない悲鳴。「あ」と「え」の中間のような、困惑の感情が入り込んだ声が少年の口から漏れ出た後、戸惑いの言葉が出た。見間違いではないかと疑うように、晶は下駄箱の中にあるものをじっくりと瞳に映す。

 

 

──それは、色とりどりに色付けが施された上靴だった。

 

 赤青黃。色が重なったところは黒ずんでいる。乱雑な配色で、何も考えずにキャンバスに絵の具をぶち撒けたように見える。ラッカー臭は強い。ごくごく最近付けられた匂いのようだ。

 遠くから感じたラッカー臭は、これを作り上げるために出来た臭跡なのだろう。

 

 

「……いや、早合点だ。自分で汚したとか、かも知れないし」

 

 晶は言い訳をするようにして言葉を紡ぐ。その言葉は弱々しいものだ。真っ先に思い付いた可能性を否定せんと考えた仮説だ。晶は何かを否定しようと、上靴を右手で摑み取り出そうとする。──と、その瞬間。

 

「──イッ」

 

 指先に鋭いモノが刺さる感覚。晶は慌てて上靴を手放すと痛む中指を見た。

 見ると、指先に血が流れている。そして床に落とした上靴を見ると、中にセロハンテープで固定された画鋲がそこに瞳に映った。

 

 

──背筋が寒くなるような感覚がする。喉はヒクッと変な音が鳴った。

 

 それは悪戯で済ませていい所業なのか。晶はその悪意に塗れた上靴を見て、ただ呆然としていた。

 思わず、目を逸らして何も見なかったことにしようと考えるも、結局その場から動くことが出来ない。

 

『虐め』

 

 他人の感情の機微に疎い晶であったが、それでも頭の中にその言葉がハッキリと浮かび上がっていた。

 

 




こういうのは勢い。主人公くんの名字はおシャニの市川雛菜から。
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