私の大事な下心 作:づーーー
書いたぜ。
教室に戻った晶は深く溜め息を吐いた。理由は単純明快。教師を頼りにできないと理解せられたためである。
まず以て、教壇から彼女の机が丸見えなのが問題だ。
昨日だって様々な教師が2年2組の教室で授業をしていたことだろう。何人もの教師が2年2組の教壇に立つ。そんな中、果たして山辺少女の机の惨状に気が付かないものはいるのだろうか。正直に言って余り想像がつかない。
イヂメが始まったのが今朝から、という可能性も残っているが、それにしてはイヂメの内容に手が込みすぎている。
仮に、イヂメに進行度というのがあるとすれば、あの現状はかなりの進行度を誇っているように思える。もし違うとしたら、初手で机の中に動物の死骸を入れるのは、かなりガッツのある行為だと思う。
否、以前からイヂメが存在していたとしても、中々見ない行動だ。動物の死骸を触って感染症とか気にならなかったのだろうか。
と、そんな理由から晶は少女への虐め行為が始まってから、ある程度日数が経っていると推測をした。そして、そうであるなら確実に教師の目に映っているとも思われた。ならば、教師は見て見ぬ振りをしていることはほぼ確実であり、彼らを頼りにするのは悪手であると言える。
しかしながらと晶は思う。
見て見ぬ振りだとしても、この状況は明らかに可笑しいと言えた。こんなことが現実的にあり得るのかと。一人の教師の独断ならばまだしも、複数の教師が認識してあの状況を無視出来るのかという疑問が付き纏う。
例えば、イヂメっ子が暴力や権力で周囲を黙らせているとか。何か理由付けがないとどうにも不可解に感ぜられる。この状況は現実的ではないだ。
そして、この状況への一番の疑問がある。
──
晶が一番疑問に思っていることはソコだ。この状況は初めからおかしいのだ。
彼の記憶する限り、山辺つぐみは人気のある少女であった。仲の良い友達だって沢山居たし、可愛らしい顏立ちをしていたことから男子からもモテていた。
一年の頃、定期テストの上位成績者の張り出しでは常に上位に居て、教師からの覚えも良かった筈だ。
彼女に対する悪口の落書きを見るに、何か悪い噂が流れていることは確かだ。それに影響されて、彼女を排斥する空気が生まれるのも理解できる。
しかしながら、彼女はほんの数日前まで人気であった少女なのだ。すなわち、このような状況に陷る土台がない。それとも、晶が夏風邪で休んでいた短い期間であっても、人はこうも簡単に排斥されるのだろうか。
彼女には、仲の良い友達が複数人居た筈だし、男子生徒に人気があったのだから彼らから総スカンを食らうとは考えづらい。
そして彼女に何かが起きたからと言って、大人である彼らからここまであからさまに腫れ物扱いされることはあるだろうか。
「……これ、明らかにそこが可怪しい」
「うん?ドコがおかしいって?」
晶が歎息しながらそう呟いた次の瞬間、後ろからそのような言葉が掛かった。
いつの間に教室へ這入って来たのだろうか。後ろには人の良さそうな笑顔を浮かべる少年が立っていた。
クラスメイトの谷内だ。下の名前はテイキだった筈だが、漢字表記は分からない。これが意味することは、彼とはそのぐらいの仲であるということを示している。
彼は晶のクラス、2年1組の学級委員で、眼鏡を掛けた如何にも学級委員をしていそうな見た目の少年だ。部活動はサッカー部に所属しており、体育のサッカーの授業では偉く活躍していた覚えがある。
「風邪大丈夫だったか?皆んな結構心配してたぞ」
谷内は晶に気遣わしげな表情で話し掛ける。
真のイケメンとは、クラスで陰気な少年にまで心配を掛けてくれるという言葉が脳裡に浮かぶ。真のスコットランド人論法ではあるが、実例を見ると信じたくなるものだ。
話を聞くに、どうやら晶が休んでいた期間の板書のコピーの出処は彼であるという。
「も、もう元気になったよ。……ええと、色々気遣ってくれて有難うね」
「良いよ良いよ。板書写してたの学級委員長だったからだし、オレは何もしてないよ」
谷内はそう嘯くと爽やかに笑ってみせる。イケメンだ。晶はその姿に嫉妬すら湧かなかった。
「それよりさ。さっきオカシナ状況って言っていたけど、どうかしたの?」
彼の口から疑問の声が出る。当然の疑問だ。
おかしな状況とは、山辺少女を取り巻く現状のことを指すが、素直にそのことについて話してよいのか、晶には分らなかった。
(彼女とクラスが違うと言っても、僕が学校を休んでいる間も谷内くんは学校に居たんだ)
晶は思う。彼がその期間学校に居たのならば、山辺少女についての事情を知っているかもしれないと。そしてその場合、本当に谷内を頼ってよいのか判断しかねるのだ。これは、センシティブな話題ではあるが、無視をすることもできない話である。
晶は、教師の一件で人間不信の気が強くなっている。当然、谷内のことを幾許か警戒していた。しかし、現状を把握するためにも話し掛けない訳にはいかなかった。
「……その、さ。今日学校に来てみて思ったんだけどさ」
「うん、学校でどうしたんだ?」
「隣のクラス、山辺さんのことなんだけど──」
晶は核心に触れる言葉を吐こうとしたところで、谷内が「あー」と声を出して彼の言葉を遮る。晶はびくりと肩を搖らして口を噤む。
恐る恐る谷内の顏を見ると、彼は徐に口を開いた。
「アレ、別に気にすることないよ」
谷内はそう述べると、話題を変えるように顏に笑みを浮かべて「でさー」と言葉を紡ぎ始めていた。晶は彼の言葉を半ば無視するように「ごめん、少しお手洗い行ってくる」と述べ、トイレに向かい席を立った。
◆◇
時間が飛んで昼休み。少年、市川晶は自席にて弁当を広げていた。
中身はソーセージと唐揚、サラダにミニトマト、そして白米である。育ち盛りの高校生としては些か小さな弁当箱に見えたが、少食な少年にとってそれは十分な量であった。
彼は苦手なミニトマトを箸で摑む。トマト自体は嫌いでないが、ミニトマトは食べづらいため苦手だ。嚙んだときに喉に汁が飛ぶことが多く、それで苦手意識がついたのだろう。好き好んでは食べたくない。
しかし、母はそれを知ってか知らでか、弁当箱にミニトマトばかりを入れる。好き嫌いを無くせとの有難い言葉なのか、嫌がる姿を楽しんでいるのか。
普段の様子からすれば後者に感じるのは、果たして良いことだろうか。
いつもの彼なら、弁当箱の料理を箸でつまみながら、そのような益体も無いことを考えていただろう。しかしながら、今日は何時もとは違い弁当とまったく別のことを考えていた。
それは一体何だろうか。答えは推して知るべし。
晶はハアと溜息を吐くと、今後の行動について考える。
(……虐めが起きているのは確定。そして、教師はちゃんとそれを把握している)
虐めについては、これは殆ど確かなことだ。
休み時間。晶は少女が学校に登校しているのかを確かめるべく、二組の教室を覗いたときのこと。
教室を覗くと、彼女は学校に登校しているのが確認できた。
しかしながら、その様子は驚きの一言でしか表せなかった。別人ではないかと思うほど、彼女のイメージからは離れた姿がそこにあったのだ。
昔。一度見たときのイメージしかないが、以前の明るさはそこにはなく、俯きがちに一人本を読んでいた。
時折、物音がするとビクリと身体を強張らせており、元気さの
目の下は
何よりも一番目立ったのは笑顏の無さだ。彼女の特徴とも呼べるそれは、自信無さげな表情に取って代わられていた。
これは、一度見たことがあるだけの晶でも分かる変貌具合だ。ならば毎日見ている教師が気が付かない筈がない。そして、体育等、2組と合同授業をすることの多い晶の属する1組だって、彼女の姿を見れば、何か察するものはあるはずだろう。
よって、学校ぐるみで何か異常が起きていることまでは把握できたのだが。
──こうなると、学校にイジメの報告をしたのは正しかったのか疑問に思ってしまう。
そんな、有り得てはならない思考が思い浮かぶほど、晶には不信感が募っていた。
彼女の現状について、目に見える範囲において痣はないのと、不登校にならずにいることから、今の所、直接的な暴力はないと考えている。
実際はどうかは分からないが、そうだと信じたいのが率直な気持だ。
(……どうにもならない)
いかんともしがたい状況だ。
晶は箸でウインナーを取ると、一気に口の中へと放り込む。弁当箱の中で冷えたウインナーは、冷たいながらも白米に合った。
ウインナーと白米を嚥下すると、サラダを口へと運ぶ。
サラダを食べ終え少しした後水筒を取り出し、喉に水を流し込んだ。そこでようやっと晶は弁当箱が空になったことに気づいた。
物思いに耽っている内に弁当を食べ終えてしまっていたようだ。
晶は空になった弁当箱に蓋をつけてゴムバンドで締め付ける。彼は弁当箱を巾着袋へと入れると、それを鞄の中に仕舞った。
教室の壁に掛けられている時計を見ると、昼休みの終わりまでまだ十分近く残っている。少年はやることがなくなったとばかり、溜息を吐いた。
──何か行動指針が欲しい。
それが少年の考えであった。
どう行動を取れば良いのか決まらない。何をするにも、それが本当に正しい行動なのか分からないのだ。
ゲームのように選択肢があれば良いのに。晶はそんなことばかり考えていた。
下手な行動を取り失敗すれば、取り返しのつかない事態に陷るやも知れない。そんな思いが晶の行動を妨げていた。
晶の生来の気質、決断力の無さも影響するのだろうが、これに関しては問題が難しすぎる。この言葉に尽きるだろう。
繊細な問題であり、ベストは大人に指示を仰ぐことだというのは分かっている。藪蛇ではないが、簡単にちょっかいを出して良いことがないのは少し考えれば判断がつく。
だが、そのベスト判断を下せない現状に苛立ちを覚える。何をするにも上手くいく未来が晶には見えなかった。
──しかし、今の状況を放置するのは不味いとしか思えない。
そう。質が悪いことに、放置をするのが最悪の選択肢であることだけは分かるのだ。それは、彼女の置かれている状況を見れば火を見るよりも明らかだった。
本来であれば、教師に下駄箱での出来事を報告した時点で少年に出来ることをし終えたと、そう判断出来なくもない。
実際、晶からすればこれでも勇気を出した方だ。
しかしながら、報告をしたところでその教師の態度が怪しく、事態は好転しそうにないと素人ながら思えてしまった。
そんな中で彼女を放置すれば、遅かれ早かれ悪い未来が訪れよう。
(あぁぁ!もう!)
晶は心の中で叫ぶ。感情を顯わにすることの少ない彼にとって、珍しい叫びである。
教師が駄目ならもっと上の機関を頼れば良い。晶の中の理性はそう嘯く。けれど、そこまで事を大きくするのは小心者の晶には躊躇われた。
いや、躊躇われた本当の理由としては、今の晶の心情からして上の機関への信用もなくなっていたのだ。
上に報告したとしても、実際に動き出すのはそれほど早い気がしない。止めるものが居ないのだから、事態は遅くなればなるほど悪化していく一方だ。もはや陰謀論者のような思想であるが、晶はその陰謀を信じかけるほど焦燥していた。
(……もう、なるようになれで行動をするしかない)
晶は覚悟すら決まっていない頭で、そのように呟いた。
何でも良いから動くしかない。少年はそう決断をしたのだ。どう転んだとしても、今の状態を放置するよりかはマシな未来になる筈だ、と。
少女の話を聞いてから、上の機関への報告は考えれば良い。そう考えると、少年の心は
少女のクラスに、彼女の味方になりそうな人物は居なかった。もし居たとすれば、あのような状況になる筈がない。
晶のクラスから誰かに助けを求めようにも、ここで彼の交友関係の狭さが問題になる。
現状、二組での彼女の嫌われっぷりは異常であった。何があったのかは知らないが、学校を休んでいる間に彼女にとって決定的な何かが起きた。晶はそのように睨んでいた。
六月の終わりごろと
何とかして、彼女にコンタクトを取り、話を聞く他ない。
しかし、どのようにして彼女とコンタクトを取ればよいのだろうか。直接会うのはマズイだろう。彼女に負担を掛け過ぎるというのと、周りの人間の目が怖いのだ。
ならば手紙で……と思ったが、下駄箱や机の中の現状を考えると、手紙を入れてもまともに伝わるかは疑問が残った。晶は暫く考え込むと、あることに思い当たった。
──確か、LANEに機能していない学年全体のグループがあった筈。
晶は携帯電話を鞄から取り出し、そんなことを考える。
学年全体の連絡網であり、晶も一年の頃に入れられた覚えがある。しかし、過ぎたるは猶及ばざるが如し、とは少し違うが、大き過ぎるグループは利便性としては悪かった。
連絡網としてはクラス単位のグループトークで事が足り、次第に機能しなくなったグループであった。しかし、動きが全くないことからその存在を忘れられ、メンバー自体はかなり残っていた筈だ。
晶は、スマートフォンを開き、グループのメンバーをスクロールしていく。すると、『つぐみ』と記されたアカウントが見つかった。
ステータスメッセージを見ると、一高2-2山辺つぐ実、とある。
きっとこれだろう。
晶は少し考え込んだ後、友達追加ボタンをタップした。
ヒロイン、初登場(?)です。