物書きの魔法少女は見る   作:おおは

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一話:雲散霧消

『魔法少女というものは、実に地球という存在にとって理に適っているものと言えるだろう。「何故少女なのか」と人々は言う。まさしく今の言葉に答えがあるように思える―――――』

 

五劫ミル『魔法少女』より。

 

 

 

 

 

 

 

眼前に広がる光景。

 

それは、誰も、何もいなくなった現場の姿。

 

額を流れる血を抑えながら、魔法少女として私は少し悔しくなった。

 

だが真に悔しかったのは安堵してしまった私自身だった。

 

私は未だ降る雨を吸い続けてぐしょりと濡れたドレスの布を握りしめた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー!」

 

私自身の、一際明るい声が教室に響き渡る。

 

周囲を見回すと、窓際にこちらへと手を振り返してくれる存在がいた。

 

「お~おはよ~奏」

 

ガヤガヤと喧騒を取り戻し出した教室の中で、気だるげにそう言うのは私の友達。

 

名前は霞長見(かすみおさみ)といい、昔っからどこか飄々としているけど、私の親友の一人なのだ。

 

机に頭を乗せ、薄青色のショートヘアーを乱しながらのんびりと欠伸をする。

 

「今日は見回りいいの~?」

「うん、学校ちゃんとやって来いって怒られちゃった」

 

私は頭を掻きながら席に座る。

 

今日は私は非番。

 

何の非番かって?

 

それは、そう――――魔法少女。

 

この社会に現れる求歪人(ラプス)を倒す役割を持った存在で、私の誇り。

 

「確かに、この前ファンに囲まれたりしてて大変そうだったもんね~」

 

「えっ見てたのっ?!」

 

私が驚いても、長見は特にのんびりとした表情を崩さない。

 

「そりゃあね、奏一応上位の魔法少女なんだし」

「一応って何……」

「今の奏見てても思えないな~って思って」

 

長見が私の恰好を上から下まで見る。

 

確かに今の私は制服を纏っている上に、伸びきった髪で目元まで隠れているが、それは最近魔法少女としての活動が忙しかったから切れてないだけ。

 

この前先輩が「ズバッと切ってあげようか?」と言ってくれたのだが、その先輩の得意武器が刀であることを考慮して丁重にお断りした。

 

「ちゃ、ちゃんと切るよ……」

「ホントに~?そんな発言、私何回も聞いたことがあるんだけど~」

「ほ、ほんとだよっ」

 

私が叫んでも、長見は怪訝な表情をやめない。

 

全く……信用がないなぁ。

 

そう思ったとき、突然前の前にクマのぬいぐるみが現れた。

 

「うわッ?!」

 

私が驚いて声を上げる一方で、ぬいぐるみは酷い慌てようで私に迫真の表情で叫んでくる。

 

『大変だっぴ!近くにランクⅥの求歪人が現れたっぴ!』

「えっ……でも私今日非番って……」

『そうだけど今人手が全く足りてないんだっぴ!強くて皆やられてしまったんだっぴ』

 

私はポケットからカードを取り出す。

 

カード――――それは魔法少女の変身道具・情報を記録する為のものだ。

 

これが私を魔法少女たらしめるもの。そして、誇り。

 

私の前で必死の表情をしているぬいぐるみというのはマスコット、つまり魔法少女の相棒、バディ。

 

そんな存在必死に助けを求めてきているのだ。

 

私は決意してカードを握りしめた。

 

「行くの~?」

「うん。私は魔法少女だから!」

「気を付けてね~帰ってきたら特別に肩揉んであげる」

「ありがとう!」

 

ぬいぐるみを連れて喧騒の教室を飛び出し、本来駄目だけど廊下を走り、屋上に立つ。

 

そして、風に伸びきった黒髪を揺られながらカードを自身の胸に掲げる。

 

「変身―――――」

 

瞬間、私の身体まるで自身が花畑の土になったようにを沢山の花が覆う。

 

それが風で舞うと、私は魔法少女の姿になっていた。

 

オレンジからのグラデーションと花のあしらわれたドレスが象徴的な、私だけの魔法少女としての、ミドルミストの姿。

 

『それじゃあ案内するっぴ!』

「うんっ!お願いっ!」

 

私は秋風に揺られながら、魔法で空中浮遊してマスコットの後を追いかけた。

 

 

 


 

 

 

現場は悲惨なことになっていた。

 

左を向いても右を向いても地面や壁にめり込み動かない魔法少女の姿。

 

稀にしか見ないほどの惨状に私は思わず目を見開いた。

 

壁はあちこちが崩れ、地面は罅だらけで、最早以前の人間生活の活気など感じられない。

 

だが、最も異質だったのはその地獄空間の中央で悠然と浮かぶ存在だった。

 

『まずいっぴね……ここまでのラプスだったとはっぴ……』

 

私達の視線が、自然とそこへ向かい、冷や汗が額を垂れる。

 

「hyyyyyyyy」

 

ポツポツと雨が降り出した曇り空を背景に浮かぶのは、そう、私達の敵。

 

ラプス―――――

 

地球という存在が作り出した過去の栄光。

 

即ち、過去の偉人を元に作られた存在。

 

私は目を凝らして浮かぶ存在を見る。

 

最も目立つアロンジュ――――バッハなどの偉人の髪形である大きな縦ロールに、昔の貴族が来ていたような服を身に纏っているように見えるが、顔は黒のクレヨンでぐちゃぐちゃに塗られたように全く見えず、全体的に時々ノイズのようなものが走っている。

 

『早く倒さないと更に強くなってしまうっぴ!』

 

マスコットのクマがまくし立てるように叫ぶ。

 

それはルーなどという可愛い名前とは真逆の必死の形相だった。

 

「分かってるよルー!でも、あれは凄く強いよ……!」

 

場の空気に足を竦ませながらも、何とかラプスに向かって一歩踏み出す。

 

そこで漸く私の存在に気が付いたようで、真っ黒のクレヨン顔がこちらを見た。

 

「ryyyyyy……」

 

ラプスの周りの空気が水滴のように波紋を生み出したかと思うと、そこから突如一つの赤い実が現れた。

 

「――ッまさかッリンゴ!?」

 

思い当ってしまった最悪の答えに、私は背筋が凍るような思いをした。

 

リンゴに関連する偉人など、有名どころであれば一人しかいない。

 

リンゴが落ちる様子から、万有引力を見つけ出した偉人。

 

私はそこそこ強いという自負はあるものの、もしそれが本当なら、単独で挑めるほどのレベルではない。

 

逃げる?いや、応援を呼んだ方が―――――

 

『――――ミドルミスト!避けるっぴ!』

 

ルーの声が耳に入ったと同時、気づけば私の体は壁に打ち付けられていた。

 

「――!アガッ」

 

肺の空気がまるで吸われることを拒否するかのように抜けていき、呼吸ができず、私は激しく咳き込む。

 

同時に全身を痛みが襲う。

 

『大丈夫っぴか?!』

「な、なんとか……痛いけどッ」

『突然ミドルミストが横に吹き飛んだように壁にめり込んで……何があったっぴ?!』

「多分……重力の方向を変えたんだと、思う……」

 

咳き込みそうな気分を何とか抑え込みながら立ち上がり、再びラプスの方へ目を送る。

 

そこには変わらず優雅に浮かび、手の平にリンゴを浮かせるラプスの姿があった。

 

思わず唇を噛む。

 

「ルー、応援は……?」

「呼んではいるっぴが、皆遠くて暫く時間がかかるっぴ……」

「なら……仕方ないね」

 

異空間から先端にオダマキの花マークのある自分の杖を取り出し、魔力を纏う。

 

するとラプスは私の行動を警戒したのか、手の平でゆっくりとリンゴを横に回した。

 

瞬間、私は再び横へと落ちだした。

 

まるで下が横にあるような感覚が私を襲う。

 

「――――――ッ厄介な能力だねッ」

 

落下しながら何とか体制を整え、杖を振る。

 

呼応するように、横の地面が大きく割れるとともに何本もの蔦が生えて、私を受け止めた。

 

そのまま杖を再び振り、私から見ると横向きのラプスに棘を射出する。

 

だがラプスがリンゴに禍々しい魔力を込めると、一瞬にして棘は速度を失い、今度は私に向かって豪速で降りかかってきた。

 

「重力の強度も変更できるのッ?!」

 

驚きながらも蔦で何とか防ぐが、頬に切り傷ができ、血がツーと流れてきた。

 

「どうしようかな……花に強い重力に逆らえる力はないよ……」

『だったら何本も重ねてみるっぴ!』

「う、うん!」

 

杖に一気に魔力を流し込み、大量の蔦を縄のように一本に固める。

 

「はぁッ!」

 

蔦が一気にラプスへと向かっていく。

 

だがふとラプスから禍々しい気配が立ち上る。

 

同時に最早先ほどと比較にならない重力が私を襲ってきた。

 

「ぐッううううぅぅぅ!」

 

身体がゾウに乗られているように悲鳴を上げ、ミシミシと音を鳴らす。

 

重力が収まった時には、私の身体は悲鳴を上げた。

 

筋肉が繋がっていないのか、体が痛みを訴えるばかりで動こうとしない。

 

ガラガラと重力で大量に崩れた瓦礫の煙が私を囲み、鮮やかなドレスが雨でじわりと濡れる。

 

『大丈夫っぴか?!』

 

ルーが私の傍に飛んでくる。

 

「が……」

 

返事をしようと口を開くが、漏れたのは苦痛の声だけ。

 

ルーが『不味いっぴね……』と苦汁を呑んだような表情で空を見上げる。

 

敗北を強く示すように雨の勢いが強くなりだした空を、余裕の様子で浮かぶラプス。

 

『こうなったら、僕が戦うっぴ……!』

「で、でもッそれはルーにとって危ないんじゃ……!」

『でもこのままだと死ぬだけっぴ!』

 

ルーが私の前に庇うように浮かぶ。

 

『僕が時間稼ぎを―――――』

 

決意を滲ませ、ルーがその小さな体躯に魔力を迸らせた時だった。

 

―――――パチパチ。

 

ふと何処からか、握手の音が聞こえた。

 

現場の空気に全くといっていいほど似合わないそれに、私は思わず音のするほうを見た。

 

そこには……死神が立っていた。

 

それも普通の死神ではなく、小さな小さな、私達のような姿形の死神だった。

 

そう、つまりは魔法少女。

 

「蓋し私は今、素晴らしいものを見ている気がしてならない」

 

鈴の音のような、されどどこか哀愁を漂わせるような声で小さな死神が言う。

 

袖が広がるぶかぶかの黒のパーカーを身に纏い、目元までフードを被った小さな少女だった。

 

そこだけ世界が違うのではないかと私は思ってしまう。

 

だけど、少女は気にしないかのように続けて言った。

 

「そうは思わないか?」

「……ええ、脳裡に焼き付きます」

 

少女の傍に、2メートルはあろうかというほどの巫女服を着た女が姿を見せる。

 

その女は巫女服の上からでもはっきりと分かるほどのプロポーションを持っていた。

 

しかし、その顔を見た私はゾッとした。

 

「……な、」

 

謎の文字の書かれた札が張られ、一切見えないのだ。

 

不気味且つ恐怖、これが一瞬で私の頭を埋め尽くした感情だった。

 

「いわんやメモしておこう」

 

パーカーの少女が懐からメモ帳を取り出し、そこにスラスラと何かを書く。

 

私はその日常感溢れる一方で不気味な光景に呆けていたが、体に走る鋭い痛みで我を取り戻す。

 

慌てて見上げると、ちょうどリンゴを横に回転させているラプスの姿があった。

 

「あ!危ない!」

 

私がそう叫ぶと同時に世界が横になり、再び重力に従って壁に向かって落ちていく。

 

「ぐうッ」

 

落下と共に生じる痛みを必死に我慢しながら杖を振り、壁に激突するギリギリ前に蔦に受け止めてもらう。

 

『ミドルミスト!』

 

悲痛な表情を浮かべるルーが飛び寄ってくる。

 

「あの人たちは―――――!」

 

身体の限界を感じながらも視線を上げる。

 

そこには、信じられない光景があった。

 

今は壁になっている地面に、まるでくっついているのかと疑うほどに垂直に立っているのだ。

 

「全く、舞台上の人物が私の邪魔をするとは」

「どうしましょう。殺しておきましょうか?」

 

平然とそう言ったもう一人の巨体の女性も、地面に腕を突き出すことで落ちるのを防いでいた。

 

落ちてくる瓦礫も空いているもう一方の手であたかもハエを払うかのように叩き割っている。

 

私はトップの魔法少女くらいしかできなさそうな事が、本当に現実なのかと思ってしまうほどには、疑っていた。

 

そもそも、魔法少女なのか?思わずにはいられなかった。

 

「ああ、殺しておこう。もう物語のイメージは浮かんだ」

 

少女が満足気にそう言うと、女はその命令を確実に実現せんとばかりに垂直の地面を強く蹴りその巨体を空へ打ち上げた。

 

同時に蹴りの爆発と余波が辺りを吹き荒らす。

 

たくさんの瓦礫が空を舞う。

 

『瓦礫が―――――ミドルミスト!』

「何が―――――ッ」

 

私は飛んできた一つの瓦礫に当り、悔しいことにルーの顔を最後にブツンと視界が暗転した。

 

次に視界に入ったのは、誰も、何もない現場の姿だった―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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