物書きの魔法少女は見る   作:おおは

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六話:帰馬放牛

ピコン、メールの着信音がパソコンから響く。

 

カーソルを合わせ、カチとマウスを鳴らすと、画面はそれに従って変化した。

 

『新しい原稿ありがとうございます。また確認し次第ミーティングという方針でお願いできますか?』

 

その文字を脳で嚙み砕き、返事となる文を単語を組み合わせる。

 

キーボードをタタタンと静かに、されど素早く打ち電子画面上に文字を創造する。

 

『―――了解。時間についてはこちらから指定する』

 

返信ボタンをクリックしてから、私はパソコンを閉じる。

 

素っ気ない返事だが、いつもの事であり、何ら問題はない。

 

視線を上げると、リビングを照らす人工灯が書き終えたことを祝福するようにささやかに私を照らしてくれる。

 

だが太陽と違い、その光に熱さはなかった。

 

一方で私は烏の行水ほどしか風呂に入っていないのに体が未だじんわりとした熱を持っていた。

 

予めあまり熱の籠らないパジャマを選択したはずだったが、効果は薄いらしかった。

 

この体になってからというもの、洗い難い上に髪のケアが非常に面倒くさくなったのだが、しなければ髪が毛先の乱れた毛筆のごとく眼や皮膚に突き刺さり鬱陶しいことこの上ない。

 

その苦労を思うと、私の身体に怒涛のごとく疲れが押し寄せた。

 

「少し寝ようか……」

 

時計を見上げても、まだ時間が有り余っている。

 

私は傍の毛布を被り、ソファで横になった。

 

一人が故に、このような自由もまた許されているのだと思い瞼を閉じると、明るかった白色光は一瞬で暗闇に転じた。

 

 

 


 

 

 

「ただいまー!」

 

僕がドアを開け放つと同時に大声で叫ぶが、一向に来るはずの返事が来ない。

 

不思議に思い、玄関を上がりそろりそろりと明かりの点いているリビングに入る。

 

「伊織ー帰ったよ……って寝てるんだ……」

 

明かりに目を眩ませながら辺りを見回すと、そこにはソファで毛布に包まり寝ている妹の姿があった。

 

近くの机には閉じてある伊織のノートパソコン。

 

そういえば、あのノートパソコンの中は見せて貰ったことがないなぁ。

 

偶にずっとキーボードを打つ姿を見かけるが、何をしているのかは知らなかった。

 

何回か覗こうとしたが、画面が暗い上壁際で作業をしていたので全く分からなかった。

 

信用されてないなぁと思いながら、伊織の傍に行く。

 

「おーい、ここで寝ていたら風邪引くよ?」

 

伊織を揺らし起こそうと試みるが、一向に起きる気配はない。

 

思えば昔っから伊織は一度寝ると自ら起きるまで中々起きない。

 

だが、今回はそうは問屋が卸さない。

 

僕は伊織のためにとっておきのお土産を持ってきているんだ。

 

反応を見るまで落ち着けない。

 

そこでピンといい事を思いついた僕は、早速その行動に移る。

 

「毛布剥がしちゃえ――――ってうわ……」

 

勢いよくスッと毛布を剥がしたものの、何と伊織は薄くラフなシャツと短ズボンの黒パジャマを着ていたのである。

 

いくら何でも無防備すぎではないか?

 

昔からそうだったが、この頃更に強く思うようになった。

 

伊織は毛布を剝がされても不満げに眉を顰めるだけで、やはり起きない。

 

フッと鼻を掠める石鹸の香にやられそうになった僕はさっさと毛布を伊織の上に掛ける。

 

すると、伊織はまた静かにスゥスゥと寝息を立て始めた。

 

僕は思わず苦笑してしまう。

 

「本当に……世話の焼ける妹だね」

 

傍に座り、伊織の額に掛かっている髪の毛を指で掬い整える。

 

昔から伊織はできることとできないことが両極端だった。

 

日常一般的な事は僕よりもできた一方で、女の子らしいこととなると途端に何も知らないし出来ない上に、積極的にやる気がなかった。

 

母さんがいつも接し方に苦労していたのが懐かしい。

 

「ま、お土産の発表は後でもいいし、先にご飯でも食べて待っていようかな」

 

和んだ僕は伊織の傍を立ち上がり、何かないかと台所へと向かう。

 

途中で机の上の伊織のパソコンがピコンと鳴っていた。

 

思わず立ち止まる。

 

僕はパソコンに手を伸ばしかけたが、伊織のことだ、絶対にロックが掛かっているだろうなと思い、諦めて冷蔵庫のドアをパカンと開けた。

 

 

 


 

 

 

冷蔵庫にあった揚げ物と炊飯器に保温されていたご飯を勝手に拝借して食べていると、伊織がソファからゆっくりと起き上がるのが見えた。

 

可愛いなぁ。

 

「んぅ……大分体が軽くなっているな」

 

だが大きな背伸びをしてこちらを向くと、僕と目線が合う。

 

伊織は目を見開き驚きの表情を浮かべた。

 

僕はサプライズが何だかんだ成功した気がして、笑顔を浮かべて言う。

 

「ただいま。帰って来たよ」

「何、故……ここに、いるんだ」

 

伊織がまだ理解が追い付いていないのか片言で聞いてくるので、僕は肩を竦める。

 

「粋なサプライズじゃない?」

 

そう言ってゆったりとご飯を口に運んでいると、伊織は直ぐに理解したようで、盛大に溜息を吐いた。

 

いつもよりご飯が二段階ほど美味しく感じる。

 

妹お手製だし、サプライズが成功したからかな。

 

「はぁ、まさか写真まで詐称するとは……その努力は賞賛するべきなんだろうか」

「サプライズ大成功だね」

「正直他者が楽しめるサプライズではないな。いや、どちらも然したる違いはないか」

 

淡々とそう言った伊織は机の上にあるノートパソコンを抱えると、リビングのドアに手を掛けた。

 

「じゃあ私は自室に戻るが、冷蔵庫の物は食べて貰って構わない。何かあれば携帯で」

 

リビングのドアを開けてそそくさと出ていこうとする伊織を、僕は「あ、じゃあ一つだけ!」と呼び止める。

 

「あのさ、せめてもう少しそのパジャマ何とかならない?見てるだけで恥ずかしいんだけど……」

 

僕がジッと伊織を見ると、伊織は自身のパジャマを一瞥したが、果たして特に表情を変えることはない。

 

「……そうか、こう見られるのか。やはり新しい視点は新鮮だ……」

「……?何か言った?」

「いや何でもない。だが私は服装について気を遣うつもりは皆無だ。失礼」

 

そう言ってリビングのドアを閉めて足音と共に二階へと消えていった。

 

残された僕は、レンジで温めた揚げ物をシャクリと齧る。

 

あ、美味しい。流石は伊織。

 

 

 


 

 

 

深夜。朧月が薄く世界を照らす。

 

住宅も今や電気を消し、鳴りを潜めている。

 

静寂が包む世界のある細い裏路地に、若い男の姿があった。

 

ぼさぼさの髪を目元まで伸ばし、目元には立派な隈を作っている。

 

だが目は非常に鋭く、先の暗闇を見ていた。

 

「それで、今回の依頼は何なんです?」

 

何も見えないはずの暗闇へと話しかける。

 

返事はないかと思われていたが、男は来ることを確信していた。

 

そして、確かに返事は来た。

 

『……今回は報酬を弾む。故に少し頑張って貰おうか』

 

人工的に歪められた変声だった。

 

どんな人物が喋っているかなど、男に考える必要はなかった。

 

「分かりました。それで、内容は?」

『二つある』

「ほう、二つですか」

 

男が興味深そうに目を細める。

 

それは最早人を殺せんばかりの勢いだった。

 

暗闇の間を凍るような風が吹き荒れる。

 

『……そうだ。一つ、宮内省の或る封印石の回収』

 

生物の光を持たない声で、抑揚なく、されど更に声を低くして続けて言った。

 

『二つ。五劫ミルと接触を図り、或る事の交渉を行え』

 

それを聞いた男が訳が分からないといった様子で眉を顰める。

 

「五劫ミルですって? あれは魔法省でさえ正体を掴めていないと聞きますが」

『それをやるのが仕事だろう。やり方はお前に任せる』

「無責任過ぎでは……」

 

男が肩を竦めるが、暗闇からの声は全く気にしない様子だった。

 

『特に封印石の回収は絶対だ。失敗すればお前は娘の墓参りも二度とできなくなる』

「……分かっています」

『話は以上だ。さっさと仕事にかかれ』

 

フッっと空気が軽くなるような感覚が男を纏う。

 

男はボサボサの髪から垂れる冷や汗を拭った。

 

「全く、恐ろしいプレッシャーですね……」

 

息を吐いてから、いつの間にか目の前の地面に置かれていた分厚い封筒を優しく取る。

 

中身を確認してから、男は踵を返す。

 

「ま、予想は付きますが触れないでおきましょう。触らぬ神に祟りなし、ですし」

 

男も暗闇に紛れ、その輪郭を消した。

 

明日には、いつも通りの朝が訪れるだろう――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




えぇ……伊織さぁん???
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