ザ・サメ能力バトル   作:ヘビとマングース

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サメニュース

 日中、黒原はニュースを見る習慣がついていた。

 以前はニュースどころかテレビすら見なかったのだが今は状況が違う。

 世の中が大きく変化していた。その原因は彼の身に起きていたこととほぼ同じ。

 

 世界中で様々な鮫が目撃されている。

 海で人を襲った、などという話ではない。そのどれもが異常な鮫だ。

 

 ニューヨーク上空で観測された鳥より速く空を飛ぶ鮫。おそらく“スカイ・シャーク”。

 アフリカで発生した巨大竜巻、その中央でぐるぐるする鮫。おそらく“トルネード・シャーク”。

 イタリアはヴェネツィアの水路を泳ぐ鮫の群れ。名称は不明。

 中国の都市部を襲って大損害を生み出した巨大な鮫。おそらく“ジャイアント”か“ビッグ”。

 

 日本でもあちこちで鮫の出現が話題になっている。

 学校を破壊して生徒が喰われた。銀行を襲った。炎に包まれた鮫が他の鮫とバトルして、戦いの中で火災を引き起こしたなど。

 

 まず間違いなくサメバトルの参加者たち。

 黒原がニュースを見るようになったのは他の鮫の情報を手に入れるためだった。

 

「他の連中は、自分のために鮫の能力を使ってるんだな……」

《お前はそうしないのか?》

 

 独りでに現れたゴーストシャークが黒原の隣に並び、空中に浮いたまま問いかけてくる。

 

《私は構わない。人間なんて微生物みたいなものだ》

「僕には問題があるよ。ニュースになると顔を見られる」

 

《正体を知られるのを恐れているのかい? 喰ってしまえばいい。私に食事は必要ないけれど生物の魂を喰らってやることはできる。私が喰らうということは、存在の消滅だ》

「へぇ。じゃあもしものときは頼むよ」

 

 黒原は行動しない。

 慎重なのもあるが自らの欲望のために能力を使わず、あくまで勝利することを望んでいる。

 

 ニュースを見ていると想像することが多かった。

 銀行を襲って金を奪い、楽して生きていこうとしている人間が居るのだろう。

 学校を襲って生徒を殺した人間は、もしかしたらいじめられていたのかもしれない。

 

 そういった力の使い方を否定する気はなく、そりゃあそうだろうという気持ちはある。彼なりに理解を示しているつもりである。

 それでいて黒原は異なる結果を求めていた。

 以前までの彼は、今でもそうなのだが、ただ孤立している。たとえ自分が死ぬとしても、名前が世に残らないとしても、何か大きなことを成し遂げたいと思っている。

 

「別に僕は、関係ない人たちが傷つくことを嫌がってるとかじゃないよ。僕に無関係な人が鮫に喰われて死んだってなんとも思わないし、みんな勝手にすればいい」

《そうか》

 

「ただ明るい時間に動くと顔を知られて奇襲される可能性が出てくる。こういうのはきっと知られていない方がいいんだ」

《結局のところ時間の問題だろうけどね。能力によっては会わずに情報を得る奴もいるだろう》

 

「それでもタイミングは考える。面倒なことはしたくないし」

《好きにしろ。我々が勝つならなんでもいい》

 

 黒原は勝つ方法を思案し、自らの意思で徹底しようとしていた。

 

 

 

 

「これが私の生き甲斐になったんだ」

 

 炎に包まれるハンマーヘッドシャークを背後に控えさせて、高身長で背筋がピンと伸びている、スーツ姿の老年の男性が立ちはだかっていた。

 注目されないよう夜に活動していた黒原だがその目論見は呆気なく破られることになる。

 夜の闇を切り裂き、辺りを照らす強い光。鮫その物が轟々と燃えているのだ。

 

「私は競い合うことが好きだ。勝つのが好きだ。負けるのも好きだ。そして戦いが好きになった」

 

 右手に持つ杖を一振りして、その先端で黒原を指した。

 彼の背後にはゴースト・シャークの姿はなく、しかしすでにプレイヤーであることは知られて、対峙しているのは間違いなく戦いのため。

 

 老紳士は小綺麗な格好とダンディな佇まいながら静かに燃えていた。

 人生経験が少ない黒原でも理解できる。彼は危険だ。

 

「君は今まで命懸けで何かを行ったことがあるかね?」

「……これですよ」

「そうか。では我々は同志だ」

 

 老紳士の杖がカツンと地面を一度叩いた。

 

「そして敵だ」

 

 直後、コンクリートで造られた道路が粘土のようにぐにゅんと動いて波打った。それから一瞬で形を変えて突起物となり、足元から黒原を突き刺そうとする。

 ほぼ同時に地中からゴースト・シャークが出現して、操られたコンクリートその物を噛み砕くことで彼を守った。

 

 やらなければやられる。彼は鮫の能力に溺れて冷静さを失っている弱者ではない。

 覚悟を決める必要があった。

 周囲にどんな被害が及ぼうとも戦い抜き、勝つという覚悟が。

 

 黒原も前方に向けて右腕を伸ばした。

 地表から半身だけ出した状態のゴースト・シャークが大口を開くと周囲の砂が動き出した。

 

「良い戦意だ。美しささえ感じる」

 

 老紳士が呟くと同時にハンマーヘッドシャークが、自らの体を覆う炎を操って火の玉を飛ばす。

 ゴースト・シャークも同様に砂を集めると玉を作り、空中から勢いよく撃ち出した。

 砂と炎が激突して互いに撃ち落とし合う。

 この瞬間に戦いの火蓋は切って落とされたのだと、両者は共通認識を抱いていた。

 

「私はこれでも正々堂々の戦いを求めている。だから敢えて伝えておこう」

 

「私の名は榊林(さかきばやし)。パートナーは“ファイア・シャーク”。これまでに二匹の鮫を捕食している」

 

「つまり能力はファイア・コンクリート・ミストの三つ。これ以外にはない」

「自分から情報をバラすなんて……!」

 

 老紳士、榊林は質問されてもいないのに自ら朗々と語り出した。

 黙っていた方が圧倒的に有利だろう、と思う黒原はつい動揺してしまうのだが、自らの情報は明かすまいと口を閉ざす。

 

 出会った瞬間から感じ取っていたのだが、かなり変な男だ。夜中で人通りがない場所とはいえ堂々と攻撃を仕掛けてきて、誰かに見つかることを恐れずに大声で喋っている。

 やはりこの状況では第三者に目撃されてしまう可能性がある。可能なら手早く倒さなければ。

 しかしそれが難しいだろうと感じさせる程度には榊林は戦闘に慣れていた。

 

「君は私が自ら弱点を晒したと思ったかもしれないが気にしないでくれ。それでも勝負に勝つというのが燃えるのだよ。それにこの程度、手札を晒した内には入らない!」

 

 ファイア・シャークが首をもたげると、榊林の周囲のコンクリートがメリメリと持ち上がって、宙へ浮かべられると集められて玉を作った。

 今度はコンクリートの玉が高速で撃ち出されて、黒原は砂を集めて盾にしつつ走る。

 

「鮫同士の戦いで必要なのは鮫自身の肉体的な強さではなく、この能力を如何に使うか! 知恵と勇気と体力と発想! アイデアこそが強さ!」

 

 ファイア・シャークが地を這うように飛び出して黒原の下へ向かった。

 距離を取ろうと背を向けていた彼は、ファイア・シャークが動き出してから気付き、咄嗟に防御しようと腕を振るう。応えたゴースト・シャークが彼の周囲に砂の壁を作った。

 

 素早い反応であったがそうするだろうとあらかじめ予想していたのかもしれない。まっすぐに黒原へ接近しようとしたはずのファイア・シャークは急に動きを変えて、黒原の周りを囲う砂の壁をさらに囲うように円を描いて泳いだ。

 ファイア・シャークが通った後の軌跡には炎が走っており、結果的に黒原の周囲を取り囲んで、退路を断つと同時に炎で焼くのではなく熱で攻めようとしている。

 

 黒原は戦闘経験が乏しい。だが咄嗟の判断でどうにか対処しようとしていたのは確か。

 無言で腕を振るだけでゴースト・シャークが意思を感じて動いた。

 周りを囲んでいた砂の壁を敢えて崩し、津波の如く炎へ被せて消化を試みる。そう簡単に消える炎ではなかったが、勢いが弱まった一瞬に砂の塊に乗って浮遊し、離脱した。

 

 離れようとする黒原を目で追って、ファイア・シャークが口から火を吐いた。

 それに対して今度はゴースト・シャークが自らの意思で砂を操り、壁を成して黒原を守る。

 

「ふむ。たかが砂かと侮れないのがこの戦いの面白いところ。君も覚悟が決まっているようだな」

 

 ファイア・シャークが口から霧を吐き出した。あっという間に辺りに濃い霧が漂い、極端に視界が悪くなってしまう。

 無事に足から地面へ着地した黒原は、嫌な予感を覚えながら立ち止まった。

 

 今すぐ動いた方がいいんじゃないか。そう思いながら逡巡してしまう。

 正面から戦闘するのは今回が初めてであり、想像とは違って緊張で思うように体が動かない。

 

 頭上からいくつも光が差した。

 咄嗟に視線を上げるとさっきより大きな火の玉が落下してきている。

 視界を阻害する霧。多少の行動は力尽くで潰せる炎の攻撃。さらにそれらを視認した後、黒原は足が動かせなくなっていることに気付き、コンクリートが足先に絡みついていることに気付いた。

 

「三つ使うのは初めてだ。さて、どう出る?」

 

 落下してくる火球が激突していくつもの大爆発を起こす。

 それにより生じた熱波と強い風を浴び、冷静な面持ちの榊林は期待しながら爆炎を見ていた。

 

「少々はしゃいでしまったな……今に人が集まってくる」

 

 ここから早期決着を、と思ったところで、榊林の足元からゴースト・シャークが現れた。

 ぎょっとする暇さえない。音もなく現れると鋭い牙が並ぶ口をばくんと閉じられ、交差する一瞬で左腕を奪われる。激痛が走って大量の血が飛び散った。

 

 背びれを掴む黒原の姿もあった。

 榊林はその時になってようやくゴースト・シャークの能力に気付く。

 

 ボロボロの外見に違わぬ幽霊のような存在感。そこにある物を通り抜けて行動することができる物質透過能力。ゴースト・シャークはもちろん黒原にまで適用したのだ。

 すり抜けることができるのならコンクリートの拘束から逃れたのも納得できる。

 炎や砂のような使い勝手の良さとは違うが、奇襲には持って来いの特性。

 

 榊林は地面に膝をついて蹲った。

 片腕を失うという大損失。出血も尋常ではない。

 それでも彼は目を輝かせて笑っている。

 

「人間に能力を適応させるとは……慢心だな。やはり、学びがあるからやめられない」

《トーシロー! もう十分だろう! やるぞ!》

「仕方あるまい。下品なのは好かないが、ファイア・シャーク! 焼けェ‼」

 

 ファイア・シャークが全身から強烈な炎を放った。

 榊林の傷口を焼いて塞ぐと同時に、周囲にある家屋へ火をつけ、周囲1キロの広範囲に火の雨を降らせる。当然、防ぐものなどなく辺り一帯が焼かれる状況となった。

 

 激痛に顔を歪ませて大汗を掻きながら榊林は今にも気を失いそうだったが、必死に堪えていた。

 左腕は失ったものの、後悔はない。

 

「フフ、フ……血沸き肉躍るとはこういうことだ。私は、まだまだ強くなるぞ……!」

 

 空中へ逃れ、自らは火球を回避していた黒原は茫然としていた。

 町の一部とはいえ、ほんの一瞬で空襲でも受けたかのような光景と化している。

 ニュース映像では異常な光景をすでに見ていた。だが自分の目で見るそれは想像以上の迫力で、想像を超えて心にくるものがある。

 

「ゴースト! 町が……⁉」

《気にすることはない。お前が言ったんだろう。誰が死のうと興味はないと》

「そうだけど、こんな……!」

 

 黒原は咄嗟に激しく動揺して思い悩む。

 そして結論を出すまで早かった。悩んでいる暇があるなら間違っていてでも行動しようと、学校に行くのをやめたその日に決めていたからだ。

 彼の意思により、ゴースト・シャークの意思を無視してゴースト・シャークが砂を操る。

 

《助ける気か? その価値はないぞ》

「どうでもいいっていうのは嘘じゃない。でも別に、人間をやめたいって思ってるわけでもない」

 

「ヒーローになんてなるつもりはないけど、あの時ああしてたらとか、あとで鬱陶しいこと考えたくないだけだ! どうでもいいやつを助けるのが僕のためならいいだろ!」

《それもそうだな。お前が納得できるのならそれでいい》

 

 ゴースト・シャークは物質を透過する能力がある。

 その力は炎をすり抜けて宙を泳ぐことができた。

 地面に降りた黒原はすぐさま近くにある家屋へゴースト・シャークを飛び込ませたのだ。

 

 

 

 

 翌日、黒原は自宅のテレビでニュースを見ていた。

 予想していた通りに話題になっている。

 

 突如町を襲って大規模な火事を起こした燃える鮫と、炎に包まれた住宅に突入して人々を助けたゾンビのようなボロボロの鮫。

 もちろんどちらも覚えがある。

 確認してみると火事の現場には自身の姿も映っていた。

 

《顔が知られてしまったな》

「ただ映っただけだよ。僕がプレイヤーなのはバレてない」

 

 ゴースト・シャークが隣から声をかけてくる。一緒にテレビを見るのはもはや日課であった。

 

《しかし面倒なことをしたね。助けたところでなんにもならないっていうのに》

「いいんだ。僕がそうしようと思ってそうした。それでいい」

 

《あいつらはお前に感謝したりしないよ。私にもしないだろうけどね》

「別に感謝してほしいわけじゃない。こんなことやってるけど、僕はまだまともな人間だ」

 

《まともな人間である意味なんてないと思うが、まあいいさ。あいつを喰えなかったのは惜しいがお前は前より強くなった。それは確実だ。収穫は間違いなくあった》

「そうだね……そうだといいよ」

 

 ニュースにはゴースト・シャークやファイア・シャークの姿も映っている。榊林の姿は確認できなかった。生きているか死んだかはわからない。

 何はともあれ、ひとまずだが、無事に夜を過ごせた。

 今はいつも通りの静かな時間を過ごせている。

 

「今日は休もう……夜の散策も。それから、いずれはこの町を離れよう。僕らがいる場所には必ず危険なことが起きる」

《私は別に構わない。町を出るのも、人が死ぬのも。お前さえ生き残れば》

 

 ゴースト・シャークとの出会いは彼にとって幸福なことだった。その一方、周りの人間にとっては不幸なことなのだろう。

 鮫と分かり合うことはできないのかもしれない。しかしそう思った後でも戦いから降りる気にはならずに、むしろ覚悟はより強く固まった。

 

 自分はヒーローにはならない。ただやりたいようにやる。

 それでいいのだと今は素直に思えた。

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