眼前にはタコのような存在があった。
彼は私を見ると、顔を顰めたように思われる。タコの表情というのは分からないが。
「ぼくに君みたいな子に浪費する時間はないんだけど」
嫌味のような言葉に、少し笑えてしまう。
私よりもこの怪物の方が人間らしいではないか。
「本当の願いというのを見つけたんです」
静かな部屋に私の言葉が響いた。
もう摩耶たちは帰ったようで、この部屋には私と彼しかいなかった。
「へえ」
適当な相槌に、全く期待していないことが分かった。
きっと彼はまた私が嘘を吐くと考えているのだ。
楓先輩と出会うことがなかったらその通りだったろう。
「私を魔王にしてください」
胸がすっとする思いだった。
タコの腕が蠢く。
蛍光灯のジーという音が響く。
今日は私が嫌いな夜らしい夜だった。
「それが可能だと思っているのかい?」
小馬鹿にした調子であるが、正気を疑う色を感じた。
実際私もそのように思うことだろう。
「魔王とまでいうのですから、この世に沢山は存在できないでしょう」
「ああ、うん。同時に一人だけだ」
「だったら私を魔王にして、一生幽閉してください」
「それで君に一体何のメリットがあるんだい? これは契約だ。あくまで僕と君との対等な関係で結ばれるものだ」
「これは対等ですよ。貴方も利益があって、私にも利益がある」
あの虫けらの魔物の気持ちが分かったような気がした。
あれも私と同じで何者でもなかった。
だから彼は私を食べることが叶わなかったのだ。
何者でもないのに、沢山のことを行おうとしたから彼は失敗したのだ。
私は同じ轍を踏むつもりはさらさらない。
これから私はスポットライトの端っこに当たり続けられる。
主役でもない。でも、主役の視界に映り続けるのだ!
私の演技はここで実ったのだ!
タコは苦虫をかみつぶしたように言う。
「ああうん。分かった。うん。どうやら本当にそれが願いみたいだね。それも純粋だ。気味が悪い」
この嫌悪した目は暗に私を人間ではないと言っていた。
しかし、それを人間でないお前が言うことは出来ない。
摩耶だって、佐久良だって、ましてやモニカだって言えない。
ただ私が人間であるかというとそれも違う。
私はあの虫けらだった。
蛹とか蕾とか言われるものだった。
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私はこの短い期間のことを幸福だったというだろう。
これは後生変わることはない。
ここで色々なことを学んだ記憶がある。
一つは幸福の実在によって不幸が生まれること。
一つは強い光は容易に他者の目を惑わることである。
私は私の生まれを不幸と思わない。
モニカという名前も好きだった。
それに小説というのも好きだった。何だか自分が違う存在になれたような気がする。
でも、自分が違う存在になりたいとは思わない。
王というものがあるそうだ。
これが何かは分からない。ただ私の脳内にずっとある。
一つの囁きが私に示唆する。しかし、一体どうして私が私を捨てる理由になるだろう!
私は私が好きだった。
私の周りの人が好きだった。
一体どうして私の不幸を受け入れるだろうか。