小綺麗な部屋にいた。
この頃ずっとここにいる。
……満ち足りていない。
心の奥底から乾いていた。
私は結局魔王になることができた。
何ら力はない。でも私は魔王なのだ。
きっと幸せになれるはずだった……。
ああ、うん。私の幸せはこれだった。
そう、私はこの瞬間に幸せだ。そのはずだ。
うん。私は幸せだ。
そういうことにしよう。
さて、モニカ達は今どう過ごしているだろう。
モニカが悲しい思いをしていたら、私としても少し悲しい。彼女のことを妹みたいに思っていた。
摩耶はうん。アイツはきっと私のことをすぐに忘れる。そして幸せになるだろう。
佐久良はどうだろう? あんまり知らない。
あとは、森本先輩に楓先輩……。
この人たちも幸せになるだろう。森本先輩は優しいし、楓先輩は頭がいい。
きっと。きっとだ。
私は私の周りの人たちを嫌っていた。
だから腹の底にむかむかとした感覚がある。
……不幸だった。
何者かになれたのに、心の底から不幸に思われた。
全然楽しくない。幸せじゃない。
心臓が痛いし、気持ちが悪い。
寂しいし、つまらない。
前山アズサとして生きていた方が何倍も……いや、比べることができないほど楽しかった。
満たされたはずの今よりも、もっと乾いてたはずのあの時が……。
何だか悲劇のヒロインのようだ。
これは違う。私は全く違う。これは滑稽が過ぎる。
私は滑稽な、些末な存在になりたいわけじゃない。
誰かに見られたかっただけだ。
そう! 私はこの瞬間に幸せになった。滑稽じゃないのだ。
私らしさだ。私らしい演技をしよう。
こんな時、いつもなら何をしただろう。きっとスマホを見た。スマホだ。スマホを見よう。
SNSを見る。
その先はいつもと変わらずに世界が流れている。
いつも通りだった。のどかな日々が流れている。
邪な考えが浮かんだ。ただ、その考えを実行する力のないことに気付くと、スマホをベッドへと放った。
コンコンコンと扉を叩く冷たい音がする。
無機質な鉄扉を見る。
「やあ! 元気かな」
これはタコの声だった。
彼は陽気というのをはき違えているらしい。
どうにも散歩をしているような声だった。
「そろそろ後悔をしている頃合いじゃないかな。五十時間と少しかな。いやあ、助かったよ。僕らはもう有象無象にさえ対応していればいいからね」
「しかし、僕は君のことを馬鹿にしているよ。愚かだからね。それに、君はどうやら魔物を匿っていたそうじゃないか。あれを追っていた子たちが接触してきてね」
何とも煩い声だ。
今すぐにでも黙らせてやりたい。
「そうだ。僕も彼女と会ったんだよ。あれも君と同じで中々に変な奴だった。現実にここまで連れてこい何て要求もしてくるしね」
耳を疑った。
一体どうして彼女がそんな要求をする必要があるだろうか。
扉が開け放たれると、久々に深いアメジストの瞳を見た。
「どうして?」
理解のできない行為に声を零す。
私にとって彼女が大切な人であったことに対し、その逆は何もなかった。そのはずだ。
「私にはお前がどうしてこれを行ったかは分からない。きっと今後も理解できないし、そして理解するつもりもない。でも、お前が間違っていると断言はできる」
「なんで外野からそんなこと言えるのさ。分からないよ。そりゃ、最初から注目されるような人には。誰にも見られない人の気持ちが」
「お前はひどい勘違いをしているよ。お前は毒虫になった訳でもない。孤独だと思い込んでいるだけだ」
「意味が分かんない。それに、これでモニカも幸せになれるじゃん。だってもう狙われる理由なんてないんだよ」
「私のことをどうやら馬鹿にしているらしい。私は私だ。魔王だったとしても私だ。私の何事もお前に否定されるいわれはない。そして、仮にそれが不幸だとしても他人に転嫁することはしない。私は友人のことを見捨てる存在になりたくない」
モニカは私の眼前まで近寄る。
どうにも悲しく思われた。
私は自他ともに認めるクズだ。なのに、どうしてそんなことを言うだろう。
私を馬鹿にしてほしかった。
役割を奪ったと怒ってほしかった。
じゃなきゃ、私は本当に私の幸福を無視していたようじゃないか。
「おいタコ、願い事だ。アズサじゃなくて私を魔王にしろ」
「ああうん、いいよ。でも、契約だ。魔王モニカ、君にはその力で一層頑張ってもらおう。世界を救うお手伝いをしてくれたまえよ」
ふざけたようなタコを一瞥すると、モニカは私に手を伸ばしていった。
「さて、アズサ。お前が幸せを認めるまで少々付き合ってもらうぞ」
これにて終わりです。
本作元々はモニカが中心となって作品を動かすつもりでした。
主人公がモニカという訳ではなく、あくまで脇役的なアズサがどう関わっていくかみたいな考えでした。
しかし、中々計画的には出来なかったという後悔があります。
さて、少々短めな本作でありますが、これを第一章と銘打っている以上はしばし続きます。
後日譚を書くつもりですから、蛇足なのですがしばらくお付き合いください。
ところで、オルフェーブルという言葉を題名に入れています。
これには金細工師から転化して「達人」という意味もあるそうですよ。
演技ばかりしていた達人は役割を見つけることができたでしょうか……。