真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(07) テンペにて

夜。25時を過ぎた集会場。

座っている目の前の焚火に枝を二本追加する。じわじわと、気分が高揚してくるのがわかる。

ブライもクリフトも、少し離れた別の焚火の番をしている。

時折クリフトが歩き回り、他の焚火の勢いを維持させる。

静かだ。何かの前なのだ。もちろん確定的には、これから何か起こると決まったわけではない。証拠はない。過去二度あったことでしかない。でも、今夜は何も無く終わらせてくれない、そんな気がする。心が休まらない。

一方で周りは静かだ。火とそよ風だけ。

……。

いや。違う。たった今、違和感が生まれた。

私とクリフトが立ち上がる。ブライも。

焚火も林の中までは照らしてくれない。見えない。しかし、音は気のせいではないとわかる。林の中をうごめく音だ。

……!

ゆっくり、見えた、一匹! 聞いていたような、獅子型の魔物、私の前方だ。

林の中からすぐに襲い掛かってくるかと思い、身構えたが、向こうも、待ち受けられているこの状況に戸惑っているのかもしれない。

すんなり広場に、明かりの当たる場所にゆっくり出てくる。大きい。体長4mと言ったところか。聞いていた通り。黄金と言うには鈍い、薄茶色の獅子の形をした魔物だ。

私を睨みながら、うなりながら、私を焚火ごとゆっくりと回り込むように、その歩みを続ける。

「こちらも一体いました! 獅子型です!」

とクリフトが叫ぶ。

確かにちらりと、そちらの方にも同じ種類の魔物が見えた。ブライには無し? 無しであれば、牽制として既に呪文を打っても良い気もするが。

「こちら一体!」

と私も、多分すでに皆に見えているのだろうが、思い出したかのように伝える。合計2体か。なんとかなりそうだ。

しかし。……うん。

相手は私との距離を測ってばかりだ。せっかくこちらは程よく恐れているというのに。どんなスピードで距離を詰めるのかと、どんなスピードでその爪を振りかざすのかと。

仕方がないな。私が行くか。

左へ回り込みを続ける獅子。その右前足が地面につくかというところで、私は前に出た。

うん、左前足で私を迎えるわね。

私は進行方向をやや右に曲げることで、左足攻撃の角度自由を奪う。

結果、水平低い角度でしか繰り出されなかった左足による薙ぎは跳躍してかわす、これでふところに着地できそうだ。

試しに一撃ということで、着地前に、敵の下腹部あたりを蹴り上げる、そしてすぐに距離を取った。

残念、軽いうめき声が聴けたという程度だ。

よし、敵の攻撃スピードは対応できそうな印象。ただ、こちらの攻撃の効きが悪い。敵の体毛と肉とで打撃点がずらされ、致命傷を与えるに至っていない。打開のためには、もっと距離を詰める必要があるように思う。

獅子は私を正面に構え、睨む。

そう静止されると、1秒後には距離が詰めて来られる妄想をしていまう。

来るかな、来ないかな。その一瞬の暇、クリフトの方をちらっと見た。

ただ、すぐに視線を獅子に戻す。チャンスと映ったか、獅子は、距離を一気に詰めつつ両前足を振り上げてくる。右前足の方がより上がっているな、などと思いつつ、先ほどのクリフトの様子を思い出す。彼は獅子相手に、引いた姿勢を見せていなかった。多分大丈夫。

右前足をぎりぎりで躱す、あえて左前足の届く場所へ逃げる。うん、左前足。

今の右前足はわざとぎりぎりで、つまり多少は鈍い身のこなしでかわし、一方で次のこの左前足は加速して躱す。左に回り込む格好となる。

そうしてまた、獅子は横の腹を晒す。

そう私が回り込みがほぼ成功したタイミング、ブライの声が聞こえた。

「もう一体じゃ!」

三体目!?

だめだ、集中できなくなった。

予定していた攻撃を止め、後方へ飛び、獅子との距離を開ける。とはいえ、それを許してくれない相手。

再度即座に距離を詰めて来、右爪が私に襲い掛かる。ただ、見ていればなんとか。すぐ目の前を爪が通過して。

一瞬、その爪の奥にブライを見た。

いや。

すぐに視線を獅子に戻す。爪。左、右、左。

しかし先ほど見た光景は。

ブライは氷の盾を空中に生成しつつ、うろこの盾でも防御の姿勢を取っていた。

その相手は、獅子ではなく人型。人形玩具を思わせる巨大な頭。スタッフ(杖)を携え、背3mほど横幅1mはある巨体をマントで覆っていた。事前情報としては、聞かなかった魔物だ。

なんだか、違和感。

あれ、しまった、考えが飛んでいた。

すぐ目の前の獅子は? 両前足とも地面に着いていて?

なるほど、瞬時に一つ想像がついた。目視確認よりも先に、私は自分の頭の高さを越えて右足を蹴り上げる。

ヒット。

この蹴りが遅れていれば、その顎に私は捉えられていたということ。さすがに至近距離に敵がいながら、他のことを考えるのは、やめた方がよさそうだ。

いったん距離を取る。獅子を観察する。

相手の様子がおかしい。私と距離があるにも関わらず、獅子は咆哮しつつその場で両前足を振り回す。距離があるため、もちろんそれらは(くう)か地面しか捉えられない。混乱している?

そうか、頭への攻撃は魔物であっても有効ということ。

落ち着いたのか、獅子は私を爛々とした眼で捉え、体と大気を震わせる。が、そんな威嚇に興味はない。むしろ相手がそんな余計な仕草にとらわれている、今が余所見する機会だ。

再度ブライを見た。相対している人型が何をやったかはわからない。氷の盾は消え失せていた。ブライの装備していた盾は、小さくはないか。割れた!? 物理攻撃を防御し切れていない? まずい、先に落とされるのはブライかもしれない。

「ブライ!」

と私は、目の前の獅子を睨みながら叫ぶ。

「10秒後に私と相手交換できる!?」

崩れるような体さばきで右爪をやり過ごす。次に右後ろ足! 胴体に隠れて見にくく、受けてしまうところだった。ぎりぎり躱す。

ブライからの返事はない。あちらに余裕も無いのかと思ったが、

「承知!」

と返答が遅れて来た。私は獅子に突進しながら叫ぶ。

「5秒前!」

獅子は姿勢を低め、口を開け、私を上下の牙で刺すつもりのようだ。

私は左足で地面をえぐり体を右回転させ、その顎に右から回し蹴りを叩き込む。頭部への攻撃は有効なんでしょう?

そしてその蹴りを収める前に牙をつかんで引き寄せ、更に一歩跳躍、私の体を獅子の頭の上に飛ばす。

「3秒前!」

空中で体の回転が止まらない。

足は使えない、手だ。

空中で私は両足を畳みつつ、混乱した獅子の頭を下に見つつ、右肩を後ろに引き絞る。

やっと始まる自由落下。

ぎりぎりまで引き付けようとして、しかし獅子の頭だって完全に止まっているわけではない、落下距離を見誤り、まず私の左肩が獅子の頭に軽く落下接触してしまう。

まあ、接触しようがしなかろうが。

同時に、肩の回転と両足の伸長をもって勢いつけて獅子の脳天に、右掌底を斜め下へ爆発させる。

致命傷を与えようとする意味では、角度が浅すぎる。しかしそれで私を後方に飛ばす目的は達成された。

「1秒前!」

その私の着地まで。獅子は脱力した様子で、うつ伏せに倒れようとしていた。そのまま倒れるのかどうか、その結末を見る前に。着地、獅子に背を向け、ブライの方へ駆ける。よし、ブライもこちらに駆けてくるところだった。

しかしブライの相手、人型魔物もいる。私たちを横から回り込むように動き。スタッフによる薙ぎが右から。それは丁度、私たちがすれ違うポイントに向けて!

ブライからは見えない攻撃だ。そしてブライよりも先に私が直撃する位置。避けてはいられない。

ふと気づく、全力疾走のつもりが、足はまだ余力を残しているらしい。

次に踏み込む左足を、体がどれだけ浮いてもよいというほどまで踏み抜く。

左腕を前へもっと前へ、すれ違おうとするブライの襟をつかむ。

視点を合わせているわけではないのでなんとなくだが、ブライが目を丸めて私を見ているようだった。

気にせず、ブライを後ろの地面に這わせる勢いでこちらに引っ張り込む。

と同時に右腕を右若干下に伸ばす。頭を下げたい、顔を限界まで胸に近づける。

この右腕で敵の杖薙ぎを受け流す!

顔を下げたので見えるのは地面だけだが、狙い通り、右腕のアームガードにまず衝撃が走る。

押し負けてはいけない。

そのまま衝撃は右肘から右肩まで滑り切る。よし、それで済んだ。

私は顔を下げた勢いのまま前転し、右足で勢いを殺し立ち上がり、右へ方向転換、そちらに人型は屹立していた。

そうしてブライと位置交替完了!

構えを逆につまり正常に、左腕を前、右腕を後ろにチェンジして重心低め、人型に対し構える。

人型は動かない。様子を見ている?

こちらも息を整えよう。ああ右肩が痛み出す。動きはする。人型は笑っているようだった、いや、おそらく違う。

20cmは幅のある切れた目。50cmは吊り上がっている赤い口。笑っている? そう人に例えるのが間違っている。横皺だらけの木、あるじゃない? あれがぎりぎり人の顔に見えるなら、うん、こんな感じ。重量感といい、それは良い例えだ。

さて。

向こうから動かないのなら、こちらから仕掛けるか。弾みをつけようと、さらに体を閉じたときだった。

人型の魔物がぶれる。

一瞬何が起きたかわからなかった。

何が起きたか、何が起きるかわからぬまま、何の反射か、左に跳ぶ。

立っていた地面が人型の振るうスタッフで爆ぜる。

こんな金属の棒を、振りかぶらずにこう振れるもの?

よけるために跳んだあと、慌てすぎて着地に手間取る、地面に手を着く。

ああまた右腕を使ってしまった。いたた。ごめんなさい先生、こういう時に左腕でかばえるようには訓練していないの!

そのまま。スタッフによる二撃目、三撃目。

躱す。うん。

攻撃の出がわかってきた。腕じゃない、見るべきは肩の向きか。しかし、この調子で懐にはなかなか踏み込め、いや、踏み込める?

やってみようか。

四撃目、右横からの薙ぎ。

跳んで頭から、その攻撃面の上に体を投げ出す。

私の胴体の下を通過するスタッフを右手で弾くことで、さらに自分の高さを稼いでおく。痛。そのせいで体は若干回転してしまったが、無事左足で着地。

敵への至近距離まであと二歩。もう一撃を躱せば接近完了だ。

しかし、その一撃が来ない。スタッフは左に振りぬかれたまま。

先ほども、こんなことがあったようなと思い、自然に、なんとなく、前に踏み込むはずの足をバックステップに使った。

次の瞬間、炎。

人型は体を赤らめ、炎も吐く! 幸い範囲は近距離で、直撃は避けられた。

「な、なるほど……」

直後のスタッフの追撃も、さらに距離を取って躱す。

どうしたものかと思った。拳はよほど踏み込まないとダメージを与えられないのではと勘が言う。今必要なのは時間稼ぎだ。ブライ、クリフトと合流、連携したい。今は、少しの労力で場をつなぎ、あわよくば小さいダメージを与え続けるような。

ナイフ、あると良かったかも。慣れていないなどと言い訳にせず、あの時もらっておくべきだったかな、とよぎった。

そこへ、

「ヒャダルコッ!」

ブライ、ナイス。人型をたっぷり取り囲む広範囲に、淡い青閃光の後、微小の氷が降り注ぐ。

氷は大きな結晶を形成し出し、人型ごと固める格好に。さすがにブライの呪文直撃で、ただで済むはずがない。

安堵の意味でブライの方に振り返ったが、ブライは人型を凝視しつつ一言、

「崩れぬ」

と漏らした。

人型を振り返る。

氷の中、しかし、体が赤い? 熱? 氷呪文の効きが悪い敵? すぐに氷は解ける?

そう頭に浮かび出した瞬間、人型に向かって駆けた。

今なら接近しても炎が来ないチャンスだ、きっと。氷を足場に、人型の頭上へ飛ぶ。

先ほどもこんなことがあったなと思い、しかし今度は角度に手を抜かない。魔物の頭、首、そしてあわよくば重心の三点を貫くように、左正拳を頭上から打ち込んだ。

同時に破砕した氷の中で人型は暴風のような声を漏らし、崩れる。

まだだ。地に倒れた人型相手に、手本のような正拳姿勢で、お次は地面を足で捉えつつ腰を低めて、同じ場所へ左正拳を放つ。

うん、地面上で放つ方が手ごたえあり。空中からだと少しね。この一撃を打っての敵の体の浮き具合から、想定重心位置を補正、次の攻撃角度を検討。

次はもう右正拳でいいかと思いながら右肘を後ろに引き絞る前に、倒れた人型の首へ、下段の構えで斬りかかるクリフトに気づいた。

下段から上段に続く二連撃。首に致命傷を与えるには十分か? おお、と感心した次の瞬間、その魔物の体が淡く赤に光り出す。

攻撃!?と思い、とっさに両腕で顔を覆い防御するがクリフトは事もなげに、

「終わりました」

とだけ呟いた。

よくわからず、恐る恐る、腕の隙間から目を開けて覗くと、すでに人型の巨体はなく、代わりに大きな魔石が転がっていた。

数秒、息を止めてそれを見ていた。

クリフトは魔物撃退の合図として、小型の鐘を取り出し連続で二回鳴らす。

終わったのだ。

「はぁ──」

ため息しか出ない。その場に座り込む。

「失礼します」

「ありがと」

クリフトが回復呪文を腕にかけてくれる。温かい。

クリフトをぼうっと見た。膝の布が一部裂けて、中の鎖帷子が見えていた。

「いやぁ……、びっくりしたわ、ちょっと危なかったわね!?」

とこぼして、なんだか自分で笑えてきてしまった。

「まあ……、そうですね」

あれ、クリフトも今一瞬笑わなかった? てっきり、たしなめられるのかと思ったが。

「まだ、終わってはおりませぬぞ」

とブライが、周囲を警戒しながらひょこひょこと近づいてきた。足を怪我しているようだ。

「他の敵が来る可能性がある、ということ?」

「左様」

「なるほどね、引き続きここで待機か。ありがとう、もう大丈夫」

とクリフトに伝える。

「いえ」

と言って、しかしクリフトはまだ私の右腕を離さない。飲料水を私の腕にかけ出した。

「……なにやってるの?」

「血を洗い流しています」

「あ、そう」

そんなことよりブライを治癒した方が良いと思うのだけど。依然として周囲を警戒するブライに話しかける。

「まさかブライの呪文があんなに効かないとは思わなかったわ」

「某も、にございます。ただ動きを止められたのみ。このようなこと、そう記憶にございませぬ。強うございました。B級ほどの力が奴にあったやもしれませぬ」

「B級?  魔物の強さということ?」

聞いたことのない語句。ABC? 私一人で、B級一体に勝てるかどうか、ということになる?

「然り。100人規模ですな」

「嘘、騎士団(オリオン)100人相当!?」

「100人規模の村落が落ちるほど、ということですよ」

「なるほど……」

うぅ、自分が騎士団(オリオン)100人相当なのかと、一瞬うぬぼれてしまった。

「B級であれば他の魔物を使役する例もございますれば。倒したといえまだ油断はなさいませぬよう」

使役。それで先程の違和感を思い出した。ブライとの入れ替わりの瞬間を人型からスタッフで狙われたことだ。使役できるということは、あくまでも勝手なイメージではあるが、

「もしかして人の言語がわかる魔物?」

「使役と関係するかはわかりませぬが、B級となると言語を使うものも珍しくありませぬ」

なるほど、敵の前での会話は理解されてしまう可能性があるということ。気をつけないといけない。もしかすると、あのときブライに入れ替わりを提案して、ブライの返答が遅かった理由の一つかもしれない。

「まあ、首領を倒したことをもって、あとの魔物は霧散してくれると嬉しいわね」

クリフトは私の右腕を広範囲に親指で揉み続けている。

「まだ?」

「傷が残っていないか確認しています」

腕を振りほどく。

「ブライの治癒を優先なさい」

「はっ。では腕は後ほど」

煩わしいクリフトを追い払った。

 

幸い、日の出まではぽつぽつと弱い敵しか出現せず。

距離を取って待機していたゴーラには、クリフトが鳴らした鐘以外に事の顛末を知る術はなく、その後、対面し報告をしてやっと、感謝されて、あとは宿で休むこととなった。

正直そこらはあまり覚えていない。

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