ということで目が覚めた。明るい。朝か?
宿、簡素なベッドの上。がばっと起きる。もう一つのベッドにはブライが。
クリフトは? いない。外で寝ている!?
あっ、床に空の寝袋を発見。そこで寝ていたのか。その痕跡があったのみで、彼は部屋にはいなかった。ブライを起こさぬよう、宿の外へ出てみた。
クリフトは宿の前にいた。荷物を広げている。
「何しているの?」
「荷物の整理です」
整理することある?と思ってしまったが、よくよく見てみると、昨夜のうちに消費してしまった食料も補充されているし、残り少なかったはずの聖水も、数日分の用意ができていた。
「旅の用意も?」
「はい。いつ出立するかわかりませんので」
「今夜も北の広場で待機なのでしょう?」
「その予定ではありますが、先に
フレノールから来るにはまだ時間がかかるのではと思ったが、いや、サントハイムからなら可能性があるかも、と気付いた。
あ、荷物の中に、革を張った盾が増えていた。ブライ用の替えの盾かな。
「
「りょーかい」
クリフトは神妙な顔つきになった。
「しかし、まずいことが起きました」
「!?」
その言葉で頭の中が一気に冷える。魔物? あれよりも強い!? それとも数が尋常ではない!?
「……ここの村長が、昼食を我々に饗したいと」
「はい?」
「断り切れる雰囲気ではありませんでした。果たして無事に乗り切れるか」
「あなたは何を心配しているの?」
「姫が失言をして素性が知られてしまうことです」
とクリフトは断言する。
「な、なるほど」
私のせいか。
「できるだけ言葉を発さぬよう、くれぐれもお願いします」
私のせいか!
そのとき、
「レナさんですか!?」
と村の女性に、遠くから話しかけられる。
「は、はい」
ずんずんと近づかれ、両手を握られる。
「クリフトさんから聞きました、ありがとうございました!」
「え、は、はい」
「今昼食の用意をしていますので、それくらいしかできることはありませんが、是非楽しんでいってくださいね!」
と言って、バスケットを腕にかけた彼女は去っていった。
「彼女、もしかしてゴーラの子の奥さん? あの、生け贄になりそうだった?」
「いえ、違います」
「ああそうなの? そんな人でさえあんな勢いなのだから、あなたが昼食の申し入れを断れないわけね」
「申し訳ありません……。なお、我々のリーダーはブライ様ということにさせていただきました」
「え? それ、ブライに言った?」
「まだです」
「一度起きてもらって、また三人で作戦会議やりましょうか……」
「はい」
日は頭上に来つつあった。
昼食場所、村長の家の前の広場。
単なる広場のはずだった。
今はそこに、テーブルもあれば、即席のかまどもあれば、あのシートは、人が座るためのものね、ちょっとした多分、パーティ会場になっていた。
「ブライ様たちが見えられたぞ!」
と誰かが叫ぶ。準備していた人たちの手が止まりこちらを振り向く。数名の咆哮が重なる。
私はもう笑うしかなかった。
私たち含めて全員、地面にシートを敷いてその上に座るスタイル。すぐに慣れる。まだ準備は完全には整っておらず、人もまだまだ増えるらしい。
そんな中、最初に夫婦2人とゴーラが挨拶に来た。
おぉ泣かれる泣かれる。なんだろう、命を救ったというのは簡単な一表現でしかなくて。彼女らの覚悟が報われたと言えばいいのか。とても重たいものだ。
いや、それをひっくるめて、命と言うのか。想像がつかない、今でも。
良かったとも思った。
さて、村人全員が集まったようだ。食事前の挨拶は村長とブライが。ブライはあえて砕けた言葉で冒険者然と振る舞った。そうして少しでも印象を薄れさせる作戦だった。無事に遂行できたようだ。私から見るにちょっと尊大すぎる態度の気もするのだけど、老人としては自然なのかな。あとこういう場所では村人は、拍手の他に咆哮を重ねる文化のようだった。なんだか慣れず、少し笑ってしまう。
そんな賑やかさは終始変わらず。
さて。食事だ。肉メイン。果物も何種類か。すぐそこで焼かれて切られてそのまま大皿にどんと、それを骨ごと手づかみで!? 全てが原始的なのに、どうしてこんなにおいしいのか。
この料理、王城でもやった方が良いと思う。異文化などと言わずに。
あー。
手に持った木製コップを見た。皆は油で汚れた手を気にせずにコップやらをつかむ。私はちょっと抵抗があって、両手の平で挟んで飲んでいた。
抵抗とは何だ。異文化だ。私は目を見開いて、コップを片手でがしっと握り、一呼吸でそれを空にした。……苦いだけでおいしいとは思わないのだが。
「リンゴ酒とか、ワインがあればよいのだけど」
「絶対無いですね」
とは隣のクリフト。今、絶対って付ける必要ある?
すぐに私のコップに、ビールと呼ばれるお酒が村人によって注がれる様をぼけっと見ていた。
そのうち気づけば、食べ物も飲み物も胃に入れる余地が一切無くなり、踊り楽しむ村人たちをぼけっと見ていた。
朝。
「……だいぶ、良くなってきたかも」
と私はベッドから体を起こした。
「食べ過ぎ、飲み過ぎです」
言われなくても。
「あれは、追加してくる村人が悪くない?」
減れば盛る注ぐというシステムには、もちろん気づいていた。つまり、私の皿やコップの空き具合をわざわざ確認してくれるのだ。そして追加する余地があると知った時の、あの一層の笑顔。なら、ちょっとだけでも減らしてあげようと、思うじゃない?
ただ、今度からはもうちょっとうまくやろう。自分のペースというものが大事だ。
クリフトは涼しげに銅の剣の手入れをしていた。なんだか悔しい。
ブライも平気そうだった。結構飲んでいたように思うけど。片手で開いた本に、何か書き物をしているようだった。
「ブライは何を書いているの?」
「これは、日記にございまする」
「日記」
コーネリアに日記をつけることを勧められたことがあり、つけていた時期はある。ただ、今日一日何をやったのかと机の前で毎晩うなる内に、ぱたっとやめてしまった。
しかし城を出てからの最近は、日記のネタに困ることはないだろう。
日記か。
この道中に記すべきか少し迷ったが、日記を記す時間があるなら、それを身体のメンテナンスに充てた方が価値あるのではと気づいてしまった。
クリフトは二本目の銅の剣の検分に入る。私は剣を習ったことがあるが、剣は嫌いだ。剣という道具に頼ることが嫌いだ。剣を持っていなかったら?剣が折れたら?と思ってしまう。
そこに対するクリフトの解決策は簡単だ。一本余分に、腰に差しておけばよい。しかし剣というのは、騎士というのは、そういうものではないと思うのだが……。
あ。
「ゴーラさんのところでナイフを受け取るんだった。行ってくるわ」
「
村の中で私と
「りょうかい」
そして宿を出て3秒。
あれ、遠くからゴーラがこちらに歩いてくるのに気づいた。
彼に並ぶ、見え覚えあるもう一人。癖のある長い赤髪を後ろ一本に束ねた男。
どうしてそんな軽装なのかは不思議だが、あれはきっとゼロスだ。
オリオン!?
宿に跳び戻った。
「どうかされましたか?」
「ゼロスが! ゼロスが来てる!」
と私は外を指さす。
「なるほど、早いですね」
平静を装うクリフトの声色だが、床にあった荷物を跳び越えて彼は外に出ていく。
私とブライは部屋内で待機。
とはいえ気になるので扉に耳をつける。
彼らのやりとりを、距離はあったが、扉越しに聞くことができた。
「なんだ、クリフトかよ!」
「お勤め、お疲れ様です」
「つっかれるよそりゃ。強行軍の先遣だぜ? 初めて聞いたよそんなの。なんで俺が。なんつー不運!」
「お知り合いで?」
とゴーラが切り出す。
「あー、こいつは──」
「今は!」
とクリフトが大声で遮る。
「今は、魔物討伐内容の検めが重要なのでは?」
「お、おう、そう、だな」
「では詳細は、ゴーラさんの家でいかがでしょうか」
「おー? そうか、では、お願いできますか」
「は、はい」
三人は去っていった。
まあ、そうね、あれは怪しまれることだろう。
30分ほどでクリフトは帰ってきた。ゴーラと共に。
ゴーラは私のために用意してくれた、皮製のベルトを見せてくれた。
「ほれ、これだ。邪魔にならんようにと思って、ベルトと平行に刃を収める」
腰に回すベルトであり、2か所ナイフ入れになっている。
おなかの方に一本、背の方にもう一本のナイフを。それぞれ柄は左右に出るので、左手でおなかの方の、右手で背の方のナイフを同時に抜ける。
「なるほどね。これだと確かに動きやすい」
「サイズも大丈夫そうだな。あと胸当てあったろ、ちょっと装備してみてくれ」
なんだろう。胸当てを装備してみても、もちろんベルトとは競合しない。
「じゃ外してくれ」
とゴーラは手を出す。
「左右胸元をこの金属板で補強する。整形済みなんで15分ありゃできる」
と言って、ドカッとその場に座り込む。
「ええと? どうして補強するの? ベルトと関係があるの?」
「あんた、拳を引くときの手首の角度が、こうだろ。逆手ナイフで同じことすりゃ、ここ、体に刺さる」
「あー、なるほど」
そこまで考えが至っていなかった。
ゴーラが胸当てを様々な角度から観察している。
さて、ぼうっと待っているのもどうか。クリフトに話しかける。
「ゼロスはまだ村にいる?」
「いえ、既に彼は本隊に合流すべく村を出立しました。彼は先遣で、本隊は夜にはこちらに到着するでしょう」
「良かった」
まだ猶予はあるということ。
「では、私は宿の者に出立を伝えてきます」
とクリフトが言い、
「ちょっと、待ってくれ」
とゴーラがそれを止めた。
「はい?」
ゴーラは切り出しにくそうに、うなりながら、装備品相手に作業しながら続ける。
「あー、あんたらは命の恩人だ。可能な限り力を貸したいと思う」
回りくどく説明しようとしているよう。
「あんたら、訳ありなんだよな?」
「!?」
と少し驚いたが、まあ十分、客観的に見て不審な三人だったか、と思い至った。
具体的にどうとは言えないが、完ぺきに隠し通せるわけもない。
クリフトも特に驚いていない、むしろ、
「申し訳ありません、配慮いただいて」
と返していた。
「いや、それはいいんだ。別に犯罪者じゃないだろ」
と作業を止めて、ゴーラは顔を上げる。
「で、だ。俺がそう訳ありと思った根拠は、その、嬢ちゃんの言葉だ」
言葉?
クリフトの表情をうかがうと、彼も思い当たりがないようだった。
「変、かしら」
「変だ」
コーネリアは使用人に対してはこんな言葉遣いだったはず。ただ一方でメイドのサリーの言葉遣いはというと、違う。彼女はクリフトに近い話し方だと思う。
そういった差を気にしたほうが良かったか。
しかしクリフトは食い下がる。
「街では、多少はこういった言葉遣いはあるかと」
「だろうな」
ん?
ゴーラは床へ視線を外し、一度ため息をつきながら、言葉をこぼした。
「だが、そんな言葉遣いで、こんな強ぇ奴はいないだろ」
「あ、ああ、そちらですか……」
クリフトは目を片手で覆った。
「もう違和感しかねぇ。もっと目立たないようにするには、ドレスを着るか、もうちょっと言葉を荒らすこった」
と言ってゴーラは、金属板で補強された胸当てを掲げ、いろんな角度で観察する。そして、
「ほれ、ドレスの完成だ」
と胸当てをくれた。
「あ、ありがとう?」
「命を助けてもらったこと、こんなんじゃその恩を返せる気がしねぇ。俺にできることは少ないが、何かあったら頼ってくれよな。旅の無事を祈ってるぜ」
と言ってゴーラは去った。
周囲に違和感を持たせないための、私の今後の立ち振る舞いは保留として。
私たちもすぐにテンペの村を発ち、北へ向かった。
出発した時間は良くない。
すぐに日が暮れそうな気配を見せていた。
しかしそんなことに構わず、道中の最初の話は、先ほど保留した件だ。
ゴーラの指摘は、一言でまとめると、強い人間ならもう少し言葉が荒れているべき、ということらしい。
確かに、先生を思い出すと、確かに多少は……。
「強さがおかしいと言われてしまっては、嬉しい反面、今後どうすれば怪しまれずに済むかというのは、少し難しい問題ね」
「強さというのは一つの違和感に過ぎないでしょう。ナイフを譲り受ける話があった際にどう振る舞われたかはわかりませんがその時と、集まった昼食時の猫かぶり様と、あとはゼロス様に対する私の挙動不審と、それらで十分怪しむことができます」
「猫かぶりって」
まるで私が考え無しかのように言う。話さないようにと言われて従順に守っただけなのだけど!
そういえば一つ、あの場で訂正をした方が良いのではと少し悩んだ話を思い出した。
「あの昼食時、村人の一人が言っていたのだけど、私が生贄役を買って出て、それで魔物を返り討ちにしたなんて聞いたわ。少し違う表現よね? あれは訂正しなくてよかったの?」
多少はおとりの役になればとは思ったが、生贄役とは言い過ぎと思い。
ブライはフフと漏らし、咳払いでそれをごまかした。
「そんな話がありましたか。まあ、噂には尾ひれがつくもの。まだかわいい方なのでは」
「お父様の耳に入ったら、なんと思われるか」
私が生贄だなんて。
「……それは、非常によろしくないですね」
「でしょう!」
昼食時はただ黙っていてくださいと私に言っていたクリフトに、今一矢報いた気持ちになった。
「なおさら、今後身分を怪しまれることは慎まなければなりません」
「そうですな、言葉遣いを改めるというのは良い案に思いまする」
「うーん、サリーを真似てみる?」
「やってみて頂けます?」
「む、難しいことを……。難しいことを、おっしゃいます」
「だめですね」
「なんでよ!」
「姫から出る尊敬語は寒気がします」
「それ、指摘の趣旨が違わない?」
「サリーさん以外でどうか」
とクリフトは急かす。
「うー、うーん、モデルが見つからないと、できそうにないのだけど」
「マリア先生はどうです?」
マリア先生。私に格闘技を教えてくれた人。
「あまり、そこまで覚えていないのだけど」
「やってみていただけます?」
「だからそう簡単に、ええと、うーん、そう簡単にできない、でしょ?」
「なるほど、もうちょっとそれで続けてみますか」
あなた、ちょっと楽しんでない?
と口に出す前に、頭をフル回転させて、先生の言葉遣いを思い出していた。
「ところで」
とクリフトは話を変える。
「よくゼロス様をご存じでしたね」
記憶の掘り起こしに集中させてくれない。
「え、それは、城内警備の時に顔を合わせることくらいあるでしょう」
「そう、ですか」
と言いつつ、どうもクリフトは腑に落ちないようだった。
テンペを北上、まだまだ山を登るが、うっそうとした森はとうに抜け、視界はずいぶん広がってきている。
山頂近くに林が残っており、その近くで野宿することとなった。星が良く見えるので、是非山頂ピンポイントに拠点を置き、360度のそれらを楽しみたかったのだが。野宿場所として、魔物に発見されやすいのは良くないらしい。
それでも少しの間、野宿拠点を離れ、山頂に寝ころんでしばし、ゆっくりと太陽が水没する[[rb:様 > さま]]、ゆらゆらとした光の飛沫を眺めていた。
吸い込む空気が臓器を冷やす。それにしたがって体も冴え切っていく。……ような気がする。体内の冷気が、まるで自分と世界を超自然的に繋げているような感覚。
「私ならここに教会を作るね」
と、そばのクリフトに話しかけた。
神と会話できるとしたら、こういう場所なのかもしれないと、思ってしまった。
「……神が天上におわすという信仰はありますが、本義ではありません。世界中で、神に祈る者がおります。神はあらゆる場所におわします、そうあるべきです」
「それは、信仰が神を創っていると解釈できるわよ、気をつけなさい」
クリフトの揚げ足取りができると思い、言葉遣いに配慮する暇がなかった。
しかしクリフトは全く気にならないようで、
「姫にしかこのような本音は言いません」
と受け流した。
受け流した? いや違う、正面から衝突してきた。数年経っても彼は変わっていなかったというわけだ。
彼は信仰の価値は信じても、信仰の歴史は信じても、神自体を信じているわけではない。それは、神職者として不適格なのかもしれない。それを引け目に感じている節もある。
でもね、私からは絶対に聞けないけど、あなたのお父様もそんな気配はあるわ。
そういうものなんじゃないの?
だからこそ、クリフトの中にはいろいろあるのかもしれない。将来は教会から距離を置きたい、と言ったのを思い出していた。
「……そろそろ視界が悪くなります、拠点に戻りましょう」
視界が悪くなってきたのかもしれない、この話を中断したかったのかもしれない。
そう思った。