真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(09) フレノールへの道中にて

一夜明けても、北上を継続。

しかし上り坂ではなく下り坂。

相変わらず視界は広く、眼下の海を存分に楽しめた。まぶしいほどに。

……海はもうちょっときらきらしていないほうが、目に優しい気がする。

道中の話題は例えば、テンペでの魔物討伐でのことだった。

「正直申せば、あれは避けるべき戦いでございましたな」

予想よりも敵が強かった、という意味だ。結果撃退こそできたが、単に運が良かっただけとも言える。反省すべきことだ。

「どう避けれたかな。村人から、もっと魔物の情報を集めるべきだったとは思う」

「魔物が言葉を解したのだとしたら、村人と魔物で何らかの言葉のやり取りがあってもおかしくはなかったかと。しかしそういう話は村人から聞けませんでした。魔物はあえて言語を使わなかった、可能性もあります。それが王城に伝われば、討伐の優先度が上がりますので」

「生贄をよこせ、さもなくば村を攻める、と言ってくれたら良かったのに」

「そう、ですね」

「いや、良くないけどね」

良かったと言っても、その場合、魔物の強大さを推測し、私達が村を捨てて逃げたというだけだ。

全く良くはないが、次に活かせるとしたらまずはそういうところだと思う、仕方がない。

「魔物が何を考えているかも、一層わからなくなった。女性を狙ってさらう? おいしいのかしら、かな?」

「聞いたことございませぬ」

「それとも、すけべな魔物?」

「……」

じ、冗談なのに。なんとかかき消そう。

「女性という特殊性。子供を生める? それなら子供を狙っても良い、まあ今回、子供が狙われたか見逃されたかの情報もないけど」

「今となっては謎ですね。世界で似た事例などあれば、もしかすると類推できるようになるかもしれません」

「各地の魔物がどう活動しているのか、旅行先、例えばフレノールで話を聞いてみてもよいかもね」

「今回は騎士団(オリオン)がテンペに到着したように、そういった情報はまず国に集まるようになっています。我々の役割では──」

「はいはい、フレノールでも余計なことはしませんよー」

「……」

ブライの視線が一瞬だけ棘を含む。しませんよーだなんて、昔だったらこの言葉遣いについて叱られるところだ。しかし、お忍びを完璧にすべく言葉を選んでいるのだ、必要な成長と思ってもらいたい。

 

徐々に東に転進。林がじわじわと広がり、左手の海は見えなくなる。

とはいえテンペ前の鬱蒼とした森とは密度が全然異なる。進みやすい。

夕方も過ぎるころ、そのままいくつかの林を抜け、前方の丘越しに城壁上部が確認できた。

商業都市フレノールだ。

例のごとく迂回し、オリオンの詰める正門、つまり西門を避け、南門から無事に街の中へ。

「これは、すごい」

日は暮れ果てつつあるというのに、大通りの両端で出店が賑わって。

道も広い、照明で明るい! どの方向を見ても楽しい。人、人! あの店は何? あの店は!? フレノールってこんな感じだったっけ?

「レナ様」

「はい、はい!」

「先に宿を取ります。私と離れないようお気を付けください」

「……はい」

はしゃぎすぎてしまったと後悔しつつ。

さて、しかし一つ言っておかないといけないことがある。

「提案が、あります」

「……なんですか?」

「多少高級なところに、泊まらない?」

「……」

あれ、目を丸くしたクリフトが二度まばたきをして停止していた。

「紅茶を楽しめるような朝が、少し恋しくて」

高級と表現すれば、良いベッドで寝られる、風呂もつく、という打算だ。

「なるほど、そうですね。これまでひどい環境での休息が多かったですね」

あ、やはりあれらは、ひどい環境と言ってよかったのか。

「では、そうですね、すぐそこ、まずは旧領主邸の空き具合を見に行きますか」

「旧領主邸」

という、宿泊施設名とのこと。

 

「宿がとても人気、ということ?」

宿の前に到着している。

高台にあるその施設を遠巻きして、いくつかの集団が施設を眺めて何やら話している、ようだった。

「いえ、なんでしょう。何かイベントでもあったのかもしれません」

「イベント? お父様とか、長官級の人がいらっしゃっている?」

「いえ、どうでしょう、それが公であれば騎士団(オリオン)の姿があるはずですが。まずは空き状況を確認してきますので、お二人もここでお待ちいただければ」

「いえ、私も行く」

「そう、ですか。わかりました」

受付とのやりとりに興味があったため、ついていくことに。

今後、私一人でも対応できればなどと思い。

 

宿の建物自体は高さ5mほどの土台の上に建てられており、まず建物の扉まで、屋外階段を数段上る必要がある。

宿のためだけの土台。ここの屋上はもっと景色が良いのだろう、なんて思った。

宿の中は石造り。石ブロックの表面の凹凸は目立つが、石ブロック同士は整然と埋まっている。その巨大なブロックサイズは堅牢さを示す。床は赤絨毯。天井は模様つき壁紙でクリーム色に統一されている。落ち着いた明かりすらも計算されたようで。サントハイム王城の応接間には及ばないランクだが。いや、その訳の分からない強がりはどうでもよく、正直に言おう、この一泊を既に楽しみにしてしまっている。

受付に人はおらず、クリフトは受付備え付けのベルを鳴らす。

少し待って、二階から女性のスタッフが一人降りてきた。

さて。

部屋二つ!

「はい、空いております」

クリフトの問いにスタッフが答える。

やった!

宿周囲の盛況さから、満室ではないかと先ほど思ってしまった自分と、やっとさよならができる。

「宿の前に人だかりがありましたが、何かあったのですか」

とクリフトは聞く。それに対し、

「それは、私達の口からは申し上げられません」

という素っ気ない返答だった。クリフトは、そうですか、とだけ答えた。私は一体どういうことなのか見当も付かなかったが、クリフトも同じなのかな?

そのままクリフトは手続きを進める。台帳に記入していくのを私は観察する。宿を利用する際に、自身の素性を台帳に記入すべしとは、コーネリアから聞いていたなと思い出す。

と。

上の階から、どんと音がした。

そんな大きな音ではない。クリフトは構わず記入を続ける。

宿の受付と目が合う。

彼女は一度視線を天井の方に向けただけだった。

気になる。

まだ複数音が聞こえる。先ほどよりも音は大きくなく、これは何の音かわからないが。

ん?

自分の目が見開かれるのがわかる。

今、かすかに、叫び声が聞こえなかった?

クリフトも女性スタッフも、それに気づいていないようだった。

振り返ってブライを見る、彼も気づいていない。

次に2階への階段を見た。

いや、物を割ったり、壁に穴を開けたりすると、悲鳴は出ることがある。大したことではない。

2秒逡巡する。

いや。

「ごめんなさい、上を見に行かせて!」

と階段へ駆けた。止められなかった。姫、という声を後ろに残した。

さて、長い階段の果て、二階。物音はしない。

が、階段を登った後に伸びる廊下、そこに二人の男が居た。

一人は横に伏し、もう一人は地面に跪いて、伏した男性を、介抱している?

その跪いていた壮年の男性が私を見るなり、

「姫が! 姫が!」

と、奥の扉を指さして口走る。

姫。なんだろう、大事にされているお嬢様?

「姫が、誘拐されたっ!」

ゆうかい。

金属が溶けること、ではない。

連れ去られること? 姫が?

イメージが一つに集約した途端、私は彼の指す奥の扉の方向へ、床を蹴った。

二人の前を通過する、横に倒れた男性は、昏睡していて、赤いターバンをしているかと思ったが、違う、頭から出血しており、それが簡易手当されているということ。

んん。

後続で間違いなくクリフトが来る、彼に任せれば大丈夫だろう。

私は誘拐犯を追うことにする。

駆ける先、廊下奥の扉に穿たれた小さな窓を見ると、それは外につながる扉なのだとわかる。

外か。外へ追うのか。

そのちょっとした引っ掛かりが、私の足を急停止させた、駆け始めより数段大きな音で床を踏み抜いて。

「もうっ!」

自然と悪態が出た。

クリフトの事だ。怪我人と、姿の見えない私。

怪我人を放置し私を追って外に来る可能性がある。それに気づいてしまったらもうだめだ。

どこまで私中心なのだあの男は!

私の急停止で目を真ん丸にしている、廊下の壮年の男性と目が合う。

そんな目で見ないでほしい。

いや待った。このフロア、他に怪我人がいる可能性もあるか。この男性も姫中心の思考であれば、他を無視している可能性がある。

半開きになった扉を見て、そちらへ駆けた。

中、異状なし。

次に隣の部屋は?

扉は閉まっていたが鍵はかかっていなかった、やはり中は、異状なし。

再び廊下へ出ると、階段の方でやっとクリフトが見えた。

彼が近寄る前に言い放つ。

「そこの男性の手当てをしなさい。私は外を見てくる、1分以内に戻るわ」

「承知、しました」

という言葉に一旦満足し、扉の向こう、外に飛び出た。

既に日は落ちた。辺りは静かだ。手がかりがない。

あ、今クリフトを待っていた間、外に出ないまでも、外の様子を目視するという選択肢もあったか。いや、それで犯人を目視できるかはもちろん不明だ。

高台にあった建物であり、この裏口にも階段があり、下に降りることができる。

駆け下りる、降りた先は、右か左か正面か三分岐。より暗い印象なのは正面。そちらに決め打った。20秒間その道を駆けた。

結局何も手掛かりは見つからず、私は宿に戻った。

 

「ご無事でなにより。収穫はありましたか」

それがクリフトの第一声。

クリフトは廊下の二人の元で跪いている。単に二人の様子を見ているだけだろう。

ブライは今丁度、階段を登り切って来たようだ。

「残念ながら何も。あなたが私離れしてくれていれば、もう少し情報を得られたかも」

「それは、すみま、せん?」

とクリフトは、何に謝っているかわからない状態で謝ってくる。

が。

「ああなるほど。だから私を待っていたと」

わからないようにぼかして言ったはずが、一瞬で全てばれている!? なんでよ。

スッと、クリフトが私に手の平を向ける。

「ひとまず、発言に気を付けて下さい」

「りょーかい」

私が話すとぼろを出すからだ。クリフトは壮年の男性に顔を向ける。

「こちら揃ったものですから、もう一度聞かせてください。誰が誘拐されたと?」

「だから、アリーナ姫だ!」

!?

「ど、どういうこと?」

クリフトが眼光鋭く、再度手を私に向ける。はい、ごめんなさい……。

クリフトはその後、鼻でため息を表現した。

「一度、部屋に入りましょうか。話を伺わせてください」

として、彼らの部屋に集まった。

私はベッドの端に座ろうとして、クリフトに手をぐいっと掴まれて椅子に座らされた。

椅子の数は2つしかないのに。私が使ってよいのだろうか。

頭を怪我した男性の方は、処置は終わるも意識が戻らず、ベッドに寝かせている。じき目を覚ますだろうとのこと。

クリフトは話を続ける。

「何か私達で力になれるかもしれせん。ここの宿に着くところから、あなたが何を見てきたか、教えてもらえますか?」

壮年の男性はイラムと名乗り、語り始めた。

彼らはサントハイム王城の家臣で、アリーナ姫とお忍びの旅行中、この街に立ち寄っていた。

いや、なんだろうね。

ここの宿の部屋は2階の2つを予約。

そして先程、姫の部屋から大きな音があり、駆け付けようとして廊下で誘拐犯とばったり遭遇。人がすっぽり入る袋が人の形をしていれば、誰だって勘付く。誘拐と気づいて家臣二人で抵抗するも、一人は壁に打ち付けられてそのまま昏睡。今ベッドで眠っている彼だ。出血は頭部皮膚が切れただけらしい。

そしてもう一人、今語り手であるイラムは、姫という人質を盾にされて動けず、誘拐犯を見送ることになって。

そして今に至る。

うずうずしてしまう。

しかし私は喋るなと言われた以上、クリフトの出方を伺う。

クリフトは目をつぶって大きなため息をついた。

たっぷり間を空けて、一言。

「姫と付き人というのは、嘘ですよね?」

「!?」

イラムが何か言う前にクリフトは続ける。

「彼は王城からの使いです」

とクリフトはブライを見る。

「今回、アリーナ様のドレスの仮縫い状況確認として、侍女のレナを伴いフレノールに来ています」

おっとレナ、私だ!

もしイラムと目があったら、にこっと笑えばいいのかと悩んだが、生憎と彼の視線はクリフトに釘付けだ。

クリフトは続ける。

「ブライ様。姫に会われたのは今朝でしたね」

「うむ」

ブライは即答する。

「そのまま我々は船でフレノールへ。到着は30分ほど前でしょうか。そしてまっすぐこの宿へ。……判りますか? この宿で、アリーナ様が拐われることは、あり得ない」

イラムの目が見開く。

クリフトは冷たい声でゆっくりと、止めを刺す。

「事情があるならお助けできるかもしれません。が、嘘を並べ、更に姫を騙るのであれば、騎士団(オリオン)に付き出す他ありません、イラム殿」

イラムは一度喘いだ。

「わかったわかった! 悪かった! その通りだ!」

と観念するのだった。しかし一息つく間もなく、イラムは勢い良く頭を上げる。

「仲間のメイが拐われたんだ! どう、どうしたら良い!?」

そうね、やはり、嘘を暴いたことによって一件落着、とはならなかった。

 

イラムが憔悴を隠さず、しかし堰が切れたように話し出す。

彼らはエンドールに拠点を置く劇団の一員だ。劇団? 劇とは、オペラのようなものか。

次の脚本を検討すべく、団員の内3名でサントハイム国を旅していた。サントハイム国である理由。アリーナ姫をモデルとしたい、らしいのだ。私の方からなんとも感想を言いにくいが、その、サントハイム聖教の膝下であり、私?彼女?の敬虔深さを期待してのこと、のように聞こえた。3名の内訳は、主演予定の看板女優メイ、脚本家のイラム、若手雑用のワルト。

まず小さな事件は、このサランにあるとある酒場で起きた。

酒の力だろう、脚本に対する熱の入った彼らの議論は、その場の周囲に誤解の芽を植え付けてしまった。彼らはサントハイム王女アリーナ姫の一行ではないか、と。

もちろん最初、彼らは否定した。それが次の誤解を産んだ。彼らはお忍びの一行なのだ、と。あとは酒の力だ、開き直り、お忍びであるかのような芝居をしてしまった。脚本の良いネタを得たとして。

その勢いで、取材と称して良い宿にも泊まって。誘拐事件が起きるまで24時間を切っていた。それからは先程の説明の通りだった。

 

「びっくりした」

私達の部屋にて、私はこぼした。

「レナ様を目的としていないようで、何よりでした」

それは、誘拐犯の目的? 私ではない人が誘拐されたため、私たちとしては助かったということ?

いや、このクリフトの感じは違う。

イラムが実は我々が姫一行と気づき、嘘をついて我々を陥れようとした、ではなくてよかった、ということか。

道理であの冷たい態度。

「あなた、イラムを敵と疑っていたの?」

「何があるかわかりませんので。そして別に、今でも彼らを信頼できるとは確定したわけでもありません」

呆れ半分、何か言おうと思ったが、結果、姫一行に良からぬ企みを持つ人らが

存在している事は事実だ。

……私の旅とは、こういうものなのか。私の気づかないところで、この二人に守られてきたのかもしれないと思った。

さて。

誘拐ということは、おそらく犯人からの要求があるということ。それを待つしかないとしてイラムをなだめ、一旦あの場は解散となっていた。

解散しなければ私は発言を許してもらえない。我々のみとなった今、疑問をぽつぽつ投げることにした。

「どうなると、思う?」

「情報がないので想像でしかないですが」

とクリフトは前置いた。

「身代金目的の要求であり、それはあの二人に払える価値ではなく、[[rb:騎士団 > オリオン]]に協力を依頼するのではと。姫の素性をばらして犯人の動機を削ぐ、あるいは人質強行奪還といったところでしょうか」

「んー、どうなるか見当がつかない」

「身代金目的以外もありえます。王家に恨みがあって誘拐自体に意味を見出す場合。反対に、王家狂信者という可能性も」

考えれば考えるだけ奈落に落ちていくパターンだ。

せっかく国を横断し、この街で何をしようか楽しみにしていたところなのに。いや、そう考えること自体が今となっては不謹慎。

気が落ちる。

「一つ確認させて」

ふと思い立って発言する。

「この件は私に無関係な話じゃない。可能な限りで、彼らの力になりたいと思う。いい?」

「……承知しました」

二人は多分、「また始まった」と思ったに違いない。

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