真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(10.2) フレノールにて

結局、私達三人だけでフレノール南の洞窟、旧王墓へ行くことになった。

サントハイムとフレノールをつなぐ東西のサントハイム街道。フレノールを突き抜けて南にも伸びていて、これに従えば洞窟近くまで行けるとのこと。

テンペへの道ほどに鬱蒼とした道が続くが、傾斜が少なくて歩きやすい。

普通に歩いて5時間ほど。時間短縮のため、その時間の半分を目指し、走って歩いてを数分おきに繰り返していた。仮に監視者、この場合は誘拐犯の仲間、がいる場合には、追跡を諦めさせる効果も期待できる。

騎士団(オリオン)相手にどうなさるおつもりです?」

とクリフトが聞いてくる。王墓の番人をどうするかという話だ。

「難しいところだけど、理由は伏せてトライするとして、素直に腕輪が欲しいので通してほしいと言うしかないわね」

と言って、先程思いついた別案を話切り出してみる。

「……それともなんらかの、命令書を偽造して騙せる?」

「……! 私には技術がありませんし、人に頼むには時間が足りなすぎます。そのような反社会組織にあてもありません!」

走っているからだろうか、予想外の提案だったからだろうか、やけにクリフトの語気が強い。

後ろを駆けるブライを見てみる。彼は目があったことに驚いた様子で、首を小刻みに数度横に振った。

まあね、その方法は具体的にイメージしにくいので、どこか安心する自分もいた。

「また、仮に腕輪を取得できたとして、その後はどうされますか?」

「腕輪を人質と交換するのは正直、避けたいわね。私は腕輪の正確な価値も知らないことだし。実際に腕輪を取りに行こうとすることで、誘拐犯でも諦めてくれるような障壁が確認できるかもしれない。そもそも腕輪が盗まれていたとか。あるいはこちらが王家の人間であるという信憑性を、正式な管理者であるという信憑性を、高められるような情報があるかもしれない。二重扉になっていて開錠手続きに時間がかかる、とか」

正直に言うと、そのくらいの考え無しで今動いている。

「腕輪との交換まで至らないことを願うばかりです」

「全くじゃ。あれはおそらく準国宝。そのため以前、フレノールで私兵交えた強奪騒ぎが何度か発生し、一度サントハイム城で回収したが、その後フレノールの地に厄災が襲ったという。関わってはならぬ代物じゃ」

「それ聞いてない。厄災って、何?」

「うむ……、干ばつ、などと」

「それ偶然でしょう?」

「姫はそういう……」

「あーいい! 言わなくていい!」

私は呪文が使えない。素養がある、とはブライだけは言う。

しかし、ではなぜ呪文を使えないか?

ブライの仮説は、私が、そもそも呪文を使える自分を信じていないから。呪文をどこか遠いものと思っているから。周りに呪文を使える人がいても変わらない。

いやしかし、やっぱり、私には縁遠いものだ。そう思うことで、遠回りせずに自分の力を一つの方向に伸ばすことができる、とも思ってしまっている。苦笑する。

「となると犯人は、フレノールで権力を持ちたい人間の可能性もあれば、フレノールの災厄を招きたい人間ということも? 両極端」

「おそらくそう単純ではないかと思います。腕輪を入手するためにしては手段が稚拙です。そもそも本当に誘拐対象をアリーナ姫であると信じているのか。信じていなければあんな条件にはなりません。信じているのであれば、その根拠は。王城で姫様が姿を現していないことがここまで早く気づかれるものなのか。そこまで事情に詳しい場合は、やはり本物のレナ様向けに、現在進行形で仕組まれている事件かもしれません。まだ油断はできません」

あ、それは、イラムたちを疑っている話にもつながる? そんな感じはしないのだが……。

「しかし、ブライの体力を心配していたのだけど」

「この中では、間違いなく足を引っ張っておるでしょうな」

と言いながら、ブライは普段と変わりない表情のまま小走りで駆ける。

どこまでペースを上げて良いものが、わからなくなる。

さて。

洞窟までは、この走りやすい本通りを一度東に外れるという。

一度クリフトが多分違いますがと言いながら東に曲がる、いや、獣道に分け入るも、外れ。

二度目にクリフトが声出しした場所で曲がると、それは当たりだった。

「よく、これ気づけたわね……」

言われてみれば、かろうじて道だ、という何か。獣しか通っていないと言われても信じるだろう。

「風景は変わるもので、自信はありませんでした。自分でも驚いています」

以前彼が訪問した記憶が活用できたようだ。

ちなみにブライは来たことがないとのこと。

「ここから慎重に行きましょう」

とクリフトは小声で姿勢を低め、ゆっくりと歩みを進める。

魔物の不意を狙うような態度が、少しおかしかった。

「あれは……」

足を止める。

森林が若干開けたところ。

まず、一階建てのようだが大きな木造の建物が目につく。

高さ3m、幅は30mほどだろうか、長く、そして窓はない。正面には大きな両開き扉だけがあった。他に特徴が挙げられないほどの簡素な、直方体の建物だ。

そしてその隣にはかわいらしい小屋。詰め所か。

大きな直方体建物の扉の前には、二人の騎士が立っていた。

守っているというよりは、道端で会話しているような、そんな気軽な雰囲気だ。

いや、どうも本当に会話をしているよう。

「二番隊、マーテル副隊長とミトス?」

「よ、よくご存じで」

え? さすがにマーテルは私の部屋の前の警護についていたことがあるし、となるとミトスを知っていることが驚き?

「城内警備は、持ち回りで行うでしょう。知らない隊員がいると、話しかけてみる、けど」

「そう、ですか。しかしゼロス様だけでなく、ミトス様も、とは。御見それしました。まさか全員まで、把握されているのですか?」

「いや、全員までは。ええと、70名くらい?」

「全75名です」

「あ、そう」

全員に近かったか。しかし話が長くなった。

「行きましょう?」

「はい。小細工の通用しない相手で何よりです」

私が小賢しい策を巡らせる必要がなくて良かったですね、の意味だ。警戒することさえ無意味ということだろう。

しかし、マーテルか。正直、私と一番仲の良い隊員なのではないだろうか?

 

まずマーテルがこちらに気づく。

遠くから目が合っているようで、しかし私は気にせず堂々と、先頭で歩みを進める。

あ、今、私達が誰だか気づいたかな?

マーテルが何かを言ったようで、隣のミトスが「えっ!?」と声を上げる。

距離が詰まり切ると同時に、騎士二人はその場で跪き、その頭を垂れた。

騎士団(オリオン)の中で数少ない女性、その一人が彼女だ。女性の中では階級はトップ。

比較的長身で、普段から軽装。流れるような所作と、伴って踊る淡いゴールドのストレートな長髪が印象的。

性別が重要なのか、見た目が重要なのか、王城では私の自室前の衛兵を担当することが多かった。

「顔を上げてください」

「はっ。まさか、このような場所でお目にかかれるとは」

もう少し、私だと疑われるかと思っていた。副隊長レベルには事前に話が行っているのかもしれない。

「目的をお伺いしても? 洞窟ですか、それともまさか、私ですか?」

マーテルは普段よりも相当に、礼儀正しい。いつも、おだやかな笑顔を絶やさない優しい印象だったが。硬い。どうしたものか。

マーテルの目前まで進み、跪き顔を上げている彼女に手を差し伸べる。

彼女は目をわずかに見開くも、すぐに私の手を掬って立ち上がった。

もしこの場に曲が流れていればダンスを開始するところだ。

しかし逆に!

私の方から彼女の腰に手を回し、彼女をぐっと近づける。

「個人的なお願いがあって来ました。……聞いてくださる?」

マーテルは赤面して身じろぐ。

「あの、いえ、ちょっとこれは、人前ではちょっと、弟も見てますし……」

「あら、弟さん?」

弟、とは知らなかった、隣のミトスは、目だけぱちくり2回、あとは微動だにしなかった。多分呼吸も止まっている。彼は騎士団(オリオン)に入ってまだ一年経っていないはずで、名前以外は良く知らない。

「姫」

と後ろのクリフト、達も跪いていたのね、が言う。

「時間がありませんので、早めに用件を」

こちらの要望をすんなり受け入れてもらうために、できる限りの工夫をしている最中なんですけど! 王族というよりは友達の雰囲気を出そうと頑張っているんですけど! 王城ではこんな遊びをしていたんですけど!

固まったままのマーテルを一旦離す。

咳払い一つ。

「あの、この洞窟の中の腕輪に興味があるの。通してもらえない?」

マーテルは恐る恐る言葉を紡ぐ。

「腕輪……? それは、姫個人的に、ということでしょうか?」

「そうなります」

腕組みをしながらうーんと声を出し、空を仰ぐマーテル。

そして、笑顔で私を向いてくれた。

「わかりました、どうぞお通りを!」

「えぇぇ!?」

と隣のミトスが叫びにも似た声を出す。ちなみに後ろのクリフトからも「え」と小さく聞こえた。

ミトスが続ける。

「命令書なしでしょ!? それになんで姫様がこんなところにいるのさ。せめて、僕達が保護する責務が」

「うるさい」

とマーテルは冷えた声で告げる。あ、あれ、弟さんへは、こんな感じなんだ?

「姫様が王城を離れていることは団長から聞いています」

「何が起きてるの!?」

とミトスは私ではなくマーテルに聞く。

「王城を発つ際に、団長は言ってました。王城にあるべきものを外で見た場合、それは気にするな、と」

あるべき、もの。もの扱い……。

「抽象的すぎる!」

「隊長を介さない団長命令はいつもこんなものです。あと、うるさい」

うるさいと吐き捨てられたミトスは、ぴしっと固まる。

マーテルは続ける。

「音でリーガルが起きるかもしれない。彼が関わると面倒」

別の隊員の名前だ。この場には見えない。隣の小屋で休んでいるのだろうか。

「それ、もうこれが面倒事って言ってるようなものじゃないか……」

とミトスはうなだれた。

マーテルは改めて私に向かい、姿勢を正す。笑顔を若干取り戻していた。

「申し訳ありません、こちらからもひとつ、お願いをしてよろしいでしょうか?」

とマーテルが言う。

「もちろんどうぞ?」

「洞窟内は私も同行させていただきます。何かあっては、私の首が飛びますので」

なるほど。自然な提案だ。特に問題はないと思う。

「わかったわ。ではその間、よろしくね」

と改めて彼女の手を取る。

すっと彼女はこちらに上体を傾け、耳元で言う。

「先程は失礼な態度、申し訳ありませんでした。まだ正直混乱しているのと、一応は副隊長なものですから、その」

「いいえ、私の騎士として頼もしいわ」

彼女はふふっと破顔した。

私の騎士じゃなくて王の騎士だけどね、というジョークが刺さったということ。そうか、今まで王城では、騎士という役割を越えて、優しく接してくれていたのか。

「……僕、私一人で、その間警備ということですね」

ミトスも落ち着きつつあった。

「もし、リーガルが起きてきたら何て言ったらいい?」

「そこらの草むらで用を済ませているとでも」

とマーテルは冷たく吐き捨てる。

「……弟としてのアイデンティティを疑わせてくれて、どうもありがとう」

草むらで済ませる用とは……?

簡単に装備を確認した後、洞窟に入ることに。

マーテルは私達の装備説明を終えたクリフトに一言、「よろしい」と満足そうに言っていた。クリフトは、私といるときよりも固いかも。騎士団(オリオン)の下部組織に籍を置いているためか。

マーテルは洞窟の中の情報を持っていないという。

直方体の木造建築物正面の扉は、大きめの閂が外からかかっていただけだ。簡単に外れる。ミトスに見送られながら、その中に入る。

ここから松明の出番だ。

建物の中の床は土で。屋内と呼んでよいのか疑いたくなる。この建物、結局部屋として一つの大部屋で、中にはちょっとした建造物が地面に設置されている程度だった。

それは、石造りの祭壇にも見える。

巨大な石碑の周りは左右対称の石ブロックで整地され、碑の前には地下への階段が続いている。

碑かと思った、祭壇中央の高さ2m横1.5mほどの石ブロックだが、苔が所々生えるのみで、字の類は掘られていなかった。

「なかなか、雰囲気あるわね」

おそらくそれは松明のせいもあるだろう。

クリフトが先導し、階段を降りる。クリフト、マーテル、ブライ、私の順だ。

暗がりを階段で降りていると、すぐに鉄格子にぶつかった。そこには扉がはめられており、そこに鍵穴が。

「さて。力づくで破ります?」

とマーテルは楽しげに言う。発想こそ物騒でも、物腰は侍女コーネリアに似ているかもと初めて感じた。

一応鍵穴を観察してみる。ただでさえ松明の明かりだ、鍵穴の中を見ても、これが解錠可の鍵穴構造なのかか、判断がつくはずがない。そこにも知識が必要と今更気付いた。

試すしか、ない。

「ここからやることは、内密にお願いしたいのだけど」

とマーテルに頼む。

「もちろん! 私がここにいることも何卒内密に」

それはその通りだ。少し笑ってしまった。

私は模倣鍵を取り出し、組み立て、錠前に差し込んで、差し込めた。

ああ、これは、なるほど。これも頭だけでわかった気になっていた。

この回らない手応えから、さらに無理に回して枝を折らなければならない。若干の勇気が必要。

ぱきぱきと折る。模倣鍵が回り始めるようになった。

気になって、いったん鍵を引き抜く。鍵の枝の形……。3、2、1、2か。

さて、やろう。模倣鍵を再度差し込み、回す。

途中から手応えが固くなる。ガードに遮られた先程と同じ? 折れ、そう?

なんて頼りない。こめかみの汗に気がついた。いや無視だ。

両手で親指に力を込め、1度ずつ回転させていく。すると何度目か。どこか内部で、何かが弾けた。折れるよりもずっと固い音がした、錠前の据えた扉が僅かに跳ねた。

「お見事」

とブライは言った。

扉が引けるようになっていた。

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