引き続き、松明一つで地下への階段をゆっくりと下っていく。
順は変わらない、先頭から、松明を持ったクリフト、マーテル、ブライ、私。
岩をくり抜いたような穴の中だ。いや、それは例えで、大小の岩が荒く積み重なって周囲に壁を作っている。縦2m、横2mほど、よりは広いか、その程度のスペース余裕がこの階段にある。
森と違い、前と後ろだけ気をつければ良いというのは、ある意味楽だ。
長く降りていくこと大体50m。階段は終わり、周囲は岩から土に変わり、正面に続く一本の暗い道だけがあった。
「狭いですね」
とクリフトは漏らす。
あそうか、剣を振り回すには狭いかもしれない。……それを言えば私だって、魔物の背後を取るようなステップが難しいのだけど。蹴りも出しにくい。
「クリフト、自信が無いのなら代わりましょうか?」
とマーテルは言うが、クリフトは断った。一度やってみてから考えます、とのこと。
松明の、ぼぅという音と、地を踏みしめる音だけ聞こえる。
先の暗がりをひたすら睨むというのも、疲れるわね。
ふと、横壁の小さな穴に気づいた。上部が焦げているということは。
「松明跡?」
「そのようです。が、一本道であればそれに頼らなくてもよいでしょう」
松明を複数刺すことで通路が照らせるというわけだ。しかしそこに刺すことなく進む。
さて、その一本道が終わる。真っ直ぐ進むか左直角に曲がるかの分岐が現れた。
「どうします?」
そう言うマーテルは、クリフトの教師役を振る舞っているようだった。二人の会話が続く。
クリフトは足元を睨んでいた。
「こちらの方が……人が踏みならした跡が強い、気がします。であれば、左に進みましょうか。行き止まりを先に確認できるかと」
人が通っていないだろう方向に行くということだ。
「んー」
とマーテルは、先の考えを促しているようだった。
「……なるほど、人を分けましょうか」
「私が残ります」
「お願いします。我らで様子を見てきます。通路以外は引き返します」
などと二人で会話している。
最小限の言葉で意思疎通できているかのような。訓練の賜物というわけか。なんだか、悔しいな。
「無事をお祈りしています!」
と笑顔で手を振るマーテルと別れ、私達はその分岐を左を進む。
「背後を突かれることを警戒して、人を残すってわけね」
「分岐が多いと対応できませんが、今のところは」
「ふぅん」
すぐにいつものパーティになったことが、なんだか可笑しかった。
その後、一本道を2度直角に曲がって進むが、
「行き止まりね」
「その、ようです」
通路がそのまま行き止まっている。
しかしクリフトはなぜか、そのなんてことない突き当たりを凝視していた。
マーテルと別れた地点までに魔物がいないことはもちろん確認できたということ。なら危険も無い。この並びのまま、私先頭で戻ってもよいかと思い、クリフトを待たず踵を返す。しかしすぐに、
「お待ち下さい!」
とクリフトが突き当たりを向いたまま、やや大きい声を上げる。
……なに?
彼は行き止まりの壁に手がつく距離までゆっくり歩き、やけに足元を気にしながら、あ、しゃがんだ。
その地面を手で払うように撫でている。すでに松明は地面に置かれている。
な、なんだろう。え、……抜剣!?
私は慌ててブライに近づき、隊列を直し、クリフトの方を伺う。
一度ブライと目があったが、彼は目を開いて首を軽く横に振るだけだった。
クリフトは剣の切っ先を地面に刺した。
そうして剣を、てこのようにして、地面を掘り、そこから何かを拾った。
「朽ちた木の破片です」
と、こちらに破片を見せる。
「……それ、が?」
と私が言い終わる前に、再び剣で地面を掘るクリフト。危険は、どうやら、なさそう?
クリフトにゆっくり近寄ってみる。……やけに掘っている。時間が無いのだけど、と言う前に、クリフトはがばっと立ち上がった!
「なんと!」
と彼は一人で叫んだ。
ええと?
彼は薄汚れた硬貨を掲げていた。
「なにそれ?」
「イニス金貨です!」
とクリフトは即答し、金貨を指で擦って綺麗にすることに執心している。
「ええと? ……どのくらいの価値が?」
とブライを見つつ聞く。クリフトが我を忘れるほどなのだろう。クロハの腕輪の代わりになる?
「価値は、つけられないほどです」
というクリフトのセリフを聞きながら、横目で見たブライは首を傾けた。知らない、あるいはそんな価値はないとの意味。
「売れる?」
「まさか!」
「え。じゃあ、それをどうするの?」
「保管します」
「あなたが、個人的に?」
「はい」
なにが不思議かというクリフトの態度だ。不思議だ!
「ブライは、それを知っている?」
「いえ」
とブライは改めて首を横に振る。
「……まあ、
「金ではありません」
「はい?」
「金よりはるかに軽く、しかし強靭。傷をつけることは困難、溶かすことは不可能! どの時代に作られたかも不明なロストアイテムです。価値など測りようもありません! この謎を解明できればどれほど歴史を修正できるでしょうか。単なるメダルではないのですこれは。朽ちる前の木箱に入っていたのでしょう、この見つけ方で、見つかるだなんて!」
お、おお。こんなによく喋るクリフトは、初めて見る。だが、大体わかった。
「時間が惜しいので、さっさと、戻りましょう」
そしてさらに、最後に私はこう付け足す。
「剣は、そう使うものではありません……」
「失礼しました」
その棒読みな回答。私の言葉がクリフトの心にまで絶対に届いていないな。
先程マーテルと別れた分岐へ戻ることにする。まずマーテルが見えた。彼女はひらひらとこちらに手を降っていた。
しかしあと距離10mというところで、彼女はゆっくりしゃがんで松明を目の前に置きながら、未踏破の道の方向を見ていた。
「魔物を、片付けます」
と小声で言う。
その声色のおだやかなこと。その意味の理解に一瞬かかった。
とはいえ。
不要かとは思うが助力した方が良いかと、私は彼女の方へ早歩く。
そのまま、彼女に目が釘付けだった。
彼女は私から見て左方、洞窟の未踏破の方向だ、そちらを凝視していたが、ゆっくりその視線が上へ移動する。
巨体を見上げるような?
いや、違った。
その視線移動に合わせて彼女は姿勢までも、仰向けになるかのように後ろに倒れようとする。
なぜ? それは一秒後にはわかる。
抜剣! ダンと。
その抜剣の勢いのまま横薙ぎの払いを、ほぼ天井に向けて繰り出した。
空中で駒のように彼女の体が回転する。
やっと私の視野に映った、天井付近を飛び進む小竜が、二体、どちらも首を切断されて地面に転がった。
彼女はその勢いでくるっと空中で半回転し、手を付いて着地した、ああああ!?と言いながら。
「勢い余って! 地面を……」
と改めて彼女は剣の切っ先を眺めながら、それを親指で撫でている。
地面を斬った最後のミスは置いておいて、剣を大事にしないクリフトとは違うなと思いつつ、綺麗な一連の動きだった。自由だった。あんなに剣技があるだなんて。
呆然と見ていた私に彼女が気づく。
「これは……、申し訳ありません、正規の剣技ではありません。忘れていただけますと」
「質問なのだけど!」
「は、はい!」
「分岐の中央で敵を待ち受けなかったのはどうして?」
分岐の中央がスペースを、一番広く使えるはず。彼女は分岐中央ではなく壁際の方に居た。なので剣を振るうには壁が近いため、振るうと同時に右壁を蹴飛ばして無理やり体位置と太刀筋をずらし、剣が壁に接触しないようにした、涼しい表情で! ……クリフトにはその動きがわかっただろうか?
「ば、ばれてしまいましたか……」
マーテルは神妙だった。
「おっしゃる通り、中央で待ち受けた方がより自由に動けたかと思います。壁側にいた理由は、一言で言って、油断です、申し訳ありません」
と、うなだれる。あれ? 私が責めているようになっていない?
「あの、あれは私の動きに今後参考になると思ったの。少しでも自分のものにしたいと思って、背景を尋ねているの。いい?」
「は、い?」
よくわかっていないようだ。しかし疑問は晴れないので、質問を続ける。
「魔物を目視した瞬間に、通路中央に移動を開始すれば、移動は間に合ったのでは?」
「それは、二体同時に目視し、魔物たちの飛ぶ軌道もそのままなら一刀で済むとも同時に感じてしまいました。敵の軌道をそのまま維持したいと思うと、こちらも動きにくくて」
「なるほど……、面白いわね! あえて動作を遅らせることで、相手の行動を制限する」
言うのは簡単だが、一瞬でそれを判断し実行するのは、相当の訓練が必要とわかる。さすがは王の剣。研ぎ澄まされている。
そのように、分岐は網羅的に探索していった。とはいえ、さほど構造は複雑でもない。どんどん進む。
そして、魔物が現れてもクリフトとマーテルで対処できており、少し退屈になってきたところだった。
「部屋ですね」
松明をかかげるも、通路の先がぽっかり黒で塗りつぶされている。
クリフトがゆっくり足を踏み入れ、マーテルが続き、ブライ、最後に私だ。
広いともちろん、通路よりも明るく照らせない。目を慣らさないと。
うん?
その部屋の中、目の前には、柱二本で挟まれた、巨大な石段があった。高さは1mもない。その石段の上に登るための階段も正面にある。
横たわる石段の面積が広すぎる。横10mほど?
「この墓の入口に絶対収まらないでしょう。中で掘り出したのか、あるいは?」
「そうですね」
あ、クリフトは興味ないという声色だ。金貨は良くてこれは駄目なの!?
クリフトは階段で石段の上に行くのでついていく。松明は2つに分け、明かりを強める。
石段の上。そこには立ち机ほどの台があり、その上にちょこんと箱らしきものがあった。明かりが乏しいのでおそらくだが、金で縁取られた、木製か石製のちょっとした宝箱だ。
クリフトはおそるおそるその箱を開けてみる。あ、罠でも気にしているのか。しかし残念、結局何も起きず、クリフトは軽々と、布に包まれた腕輪を取り出した。
「いかがでしょう?」
とクリフトはブライに見せる。
「ふむ。いかにもこれじゃ。魔力反応の無さものぅ」
ブライは以前、この腕輪の鑑定をしたことがあると言っていた。
私も腕輪を見てみる。
「……文字?」
「文字がありましたか?」
「いえ、そう見えただけで違うみたい」
クロハの腕輪。ベースは金の太い腕輪。
その表面はみっしりと、黒い小さい正方形状のくぼみが無数に掘られていた。
正方形は規則的に並んでいるようで、よく見たらそれぞれの大きさはちぐはぐだ。徐々に小さくもなり、大きくもなり、波のようにも思えた。
不思議な意匠だった。しかし想像よりも、全く派手さが無い。
クロハの腕輪。黒い羽、黒い葉、というよりは黒い歯の腕輪、という名前の由来かもしれない。
次に、腕輪が入ってた宝箱が気になった。中は、やはり他に何もない。裏は、あれ、持ち上がらない、箱が台に固定されている?
「あとは棺の部屋だけですね」
とクリフトが石段奥の暗がりから出てきて言った。
あら。奥に通路が続いているとは気づかなかった。そちらに今回価値は無いということだ。
「さて」
とブライは言う。
「無事腕輪は確認できたとして、お次はいかがなさるおつもりか?」
皆に言っていなかった可能性があり、実物を見て、それが少し膨らんだように思う。
言ってみた。
「これって、複製を作れないかな?」