真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(10.4) フレノール南の洞窟にて

王墓入口まで戻った。マーテルと別れる。マーテルが不在の間、王墓入口では特に何もなかったよう。

「ではこの件は秘密ということで」

とマーテルはにっこりウインクした。続けて、

「戦闘時、私は少し前に出過ぎたと反省しています。姫様の活躍を奪ってしまいました」

王墓の中では私は結局戦わずに済んでいた。戦うとなった場合、洞窟内の壁は邪魔だ。それをどうするか、考えるだけで終わったのは残念だが。

私は答える。

「でも代わりに、あなたの活躍を見ることができたわ? 流石は私達の剣。誇りに思います」

「もったいないお言葉!」

と彼女は跪く。

いや、いいのに!

 

フレノールの街までの帰路を急ぐ。走る。

道中、今後の方針も、話しながら走りながら立てる。

基本は腕輪複製の線だ。私がサントハイム城を出る際、売れば資金になるかと思い、持ち出したアクセサリがある。その中には、金製のシンプルな腕輪があった。それに手を加え模倣できないか、ということだ。

「そして、今夜はどうされますか」

人質交換の指定日時は今夜。

「犯人に引き伸ばしを提案してみましょう。理由は、鍵がサントハイム保管のためその持ち出し手続きと鍵の運搬と」

「承知しました。では私が交渉役になりましょう。姫とブライ様はテンペヘ」

複製を試みる作業者は、もちろん技術があって、クロハの腕輪の歴史的価値を知らず、かつ口の硬い人物が好ましい。

テンペの武具装飾職人、ゴーラしか思い浮かばなかった。

「ちょっと待って。結局、何日引き延ばせばいいんだろう?」

私の背後を走るクリフトから回答は無かった。振り向く必要はなさそうだ。

「表向きの事情に合わせるしかないか、ないかな、それで見積もるとどうなる?」

「サントハイムへは船が早いです。それでも片道半日近くかかりますね」

「往復で一日」

「船の出発時間も、調べたほうが、よろしゅうございます!」

とブライの語気が荒い。おや。少し、走るペースを落とそうか。

「詳細は調べるとして、今のところの感覚だと、その表の理由で引き伸ばすのは2日というところか。一方で裏の理由、テンペへの徒歩往復で一日、急げば半日? 残り1日半。……それで、複製できるものなのかな」

誰も答えられなかった。これも、試しにやってみる、というやつだ。

 

フレノールの宿に到着したのが夕方。部屋でイラムとワルトに現状共有。

今後の方針に反論は出なかった。まだ腕輪複製を本線として、騎士団(オリオン)への相談もまだ行わないとする。

結局、宿滞在は30分も無かった。

テンペへ向かうための最低限の用意をする。

今夜の犯人との交渉と、それに関連する仕事はクリフトに任せる。イラムとワルトもそちらに協力。

一方でブライと私は。

「ブライも、フレノールで待機、で良いのだけど」

「うむぅ……」

私の単独行動がお気に召さないらしい。しかし、ブライは自分の体力が尽きていることももちろん把握しているはず。クリフトも何も言えないようだ。私を単独行動させないことについて、変にこだわる。

仕方ないので、私の合理的な判断ということで、ブライ待機と命令し、収めた。

クリフトからは「お一人ということでくれぐれも!  慎重に行動なさってください」と言われた。

言われずとも。

 

さて、すっかり日の暮れたテンペへの道中。前は急がずに10時間ほどかかった距離。半分には短縮できると思う。目標は4時間。

ああ、時計があれば良かったかも、と余裕ぶる。

十分な月明かりのもと。駆ける。

しかし。一人だ。図らずも。

目的には縛られている。しかし何だろう。この自由さは。なんとも言えない活力がある。

今の2倍は速度を早めることができる。……テンペまでもたないのでやらないけど。

一歩先、二歩先、もっと先の歩まで。私の踏み込むべき場所が一つずつ、まるでぼうっと光っているような錯覚に陥る。テンペと私の足は繋がっている。

緩む表情を引き締めるのに必死で、急いだ。

 

…。

……。

………。

夜のテンペ、ゴーラの家の扉前の小階段に、崩れるように倒れ込む。

これでもう一歩、匍匐前進すると、右手がぎりぎり扉に届くので、扉の最下部をノックする。

口腔と舌根と喉と背骨と肋骨が連結したまま冷たく硬直しているのがわかる。

肺がせわしくなく動く。連動して口では肺の音が出る。

ああ楽しいなぁ。

扉が開いた。

「ぉ、あ! ああなにやってんだお前!?」

「は、は、はは……」

私はゴーラに、痙攣の笑いしか返せなかった。

 

「落ち着いたか?」

「ええ、まあ。ありがとう」

ゴーラの家の玄関前の階段に二人腰掛けている。私は空になったコップを持っている。

「トラブルじゃねぇなら、まあいいんだが」

先程最初にゴーラが、何かトラブルかと聞いてきたことを思い出していた。

人が誘拐されたことはトラブルなのだが、一旦違うと回答していた。怪我をしているわけでもない。

「あなたに、頼みたいことがある」

「なんだよ!」

「ちょっと待って……、この腕輪。と、この腕輪。こちらをこちらみたいに模倣、できる?」

ゴーラは明かりを床に置き、シンプルな方の腕輪を片手に取って、持ち上げる1秒の仕草で底まで確認し、次にクロハの腕輪を両手で掴んで、手の中で回し、まじまじと観察した。

「……ま、できないことはないかもな。急ぎなんだろ? いつまでだ?」

「……45時間後、くらい?」

ゴーラは軽く噴き出した後、くくくと地面を見ながら笑った。

「やって、みるか!」

と勢いよく立ち上がる。

そのまま家の中に入ろうとしている。

「待って待って! 背景、経緯は? 要らないの?」

「お? 聞いていいなら聞くが」

とゴーラは顔だけ振り返る。

「聞いていいに決まってる!」

「なんだ元気だな」

あえて聞かないという、妙な気を使われていた。

ただしかし、その勘は合っている。姫のことや腕輪の入手方法について本当のことは語れず、隠しながら説明することになった。

とある女性の身代金になっていると。

 

天井。

目が覚めた。

ここは、ああ、あのテンペの宿だ。

テンペ?

がばっと起きるも、寝る前のことがあやふやだった。

お? おお!? こんな服は知らない。着替えさせられた!?

淡いピンクがかった、羽織るタイプの、随分余裕あるワンピースだ。

ワンピースと同じ材質の紐でウエストが絞られていた。

私の服は、部屋内で吊るされて、乾かされていた。洗われたようだ。

おおお?

並々ならぬ感情が生まれた。

……。

いったん、ゴーラの家に行ってみようか。

「おう。似合ってるぜ」

と玄関にゴーラが出てきた。

「あの、聞きたいのだけど」

「なんだ?」

とゴーラは中に戻ろうとして、顔だけ振り返った。

「私を着替えさせたの、あなた?」

「いや? 俺は気づかなかったが、汗?」

ゴーラは振り返って私の目を見て、いきなり見開く。

「待て! 俺がお前の服を脱がせたと思ってんのか!? できるかそんなん! 待て待て、お前さんが説明途中で寝るから、ネルを連れてきてだな! 宿屋の女だ! そしたら着替えたほうがいいと言って、そうかって! 俺はそれだけだぞ!」

とまくし立てられた。

うーん。

まあ、聞いてなにかできるわけでもない。

自分の体を触られることがそんなに、こんな、動転するのか、知らなかった。

メイドのサリーだけだ、そういうことを任せるのは。

何も考えてなかったなぁ、自分は。

「……ありがとう、勉強になったわ」

「何がだ!」

 

私の腕輪には、いくつか小さな穴が穿かれていた。彫るアタリをつける作業中とのこと。

改めて作業の説明を聞く。

ノミで腕輪に複数の小さな四角形を彫り抜き、そこにとある樹液を流し込む。それが硬まると黒色になる、という作戦。

しかし元の腕輪の黒色は金属によるものらしい。同じことをしようとすると、工程にその金属の研磨が必要になる。

今回その時間は無く、樹液でごまかすというものだ。

それにしても、樹液とは。それで金属を模倣するなんて、考えたこともなかった。

 

宿で食事した後は、特にやることもなかったので、模倣作業を手伝った。

具体的には。

四角の形に穴を彫るとはいえ、ノミとペンチでの手作業だ、それで穴を作っても、そんなにきれいな穴にはならない。それをヤスリで磨く必要がある。

ゴーラの家には、直径50cmほどの縦ハンドルを回すことで、突端が回転するという、大げさな回転ヤスリがあった。

私はひたすらそれを回した。そこにゴーラが腕輪を当てて、形を整える。

ヤスリを回して研磨しては穴彫り作業を横で見て、彫り次第ヤスリを回して研磨して。

最初に開けた穴の樹液が固まり始め、色が白から茶色に確認できたときには、もう日は暮れかけていた。全ての穴の半分は樹液を流し込めている。

「早いわね!」

時間が経つのが。

「疲れたろ?」

「いえ全然」

「まじかよ。まあお陰で、予想以上に早いペースだ」

時間の余裕があり、もう少し凝ることができるということで途中、既に済んだ穴の樹液を一部掘り返しやり直すという、精度を上げる場面もあった。

……しかし、半分、終わったか。

樹液部保護のため、腕輪は布で巻いており、処置の完了した部分は今見ることがかなわないが。うん、完成が楽しみだ。

「……面白いわね」

「ああ。これを面白いと言うなら、あんたにとっても天職かもな」

「細工師が? 私に? ……覚えておくわ」

自然と笑顔になった。

できることが増えるのは、楽しいことが増えるのは良い。

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