真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(12) テンペにて

宿で休んで、次の日。またゴーラの家を訪問する。

「おう。今日もよろしくな」

「おはよう。あの、昨日伝え忘れたことがあるのだけど」

「なんだよ?」

「作業代金のこと。1000ゴールドくらいで良いのかしら、なんだったら」

「いらんよ別に」

とゴーラは私を遮った。

あれ? 辞退されるとは思っていなかった。

「あなたは技術を売っているのでしょう? 私は技術を買った」

「おまえな、貸し借りあるの忘れたのか」

彼女の命を救ったことか。いや、それは私の責務でもあると思うのだが。

ただそれは身分を隠しているため、言うことができない。

「ではこれで清算?」

「まだまだだ」

「そんなことを言っていたら、あなたはずっとただ働きになる!」

「だから、ただじゃねぇって」

平行線だ。話は終わったとして、ゴーラは工房となる部屋へ行ってしまう。

う、うーん。釈然としないが、良い案もない。彼を追って工房へ向かった。

作業を再開する。

昨日と同じ工程をひたすら繰り返した。

そして夕方、ついに最後の穴に樹液を流し込み、作業完了に至った。昨日の夜に彼一人で随分と作業を進めていたようだ。

ちなみに最後の穴2つだけ、私が液の整形作業を試みた。

固まらない間は針でいくらついても樹液表面が凸に戻る。しかし根気よく針で突いていると、液が固まりつつあり、凸に戻らなくなるので、液溜まりの際(きわ)を広げて穴に合わせる。針跡が残らず凸へ戻らず、という絶妙なタイミングを見計らう作業。……やり直しも二度発生したが。

さて。

とはいえ一応完成までこぎつけた。ゴミが入らぬよう、今日処置の済んだ穴は布で覆っている。

昨日処置した箇所の布は取れて、穴が黒く光っているのが確認できる。

この重厚感が、樹液で出せるなんて。

全て布が取れ、どの方位を見ても穴が綺麗に完成している、という贅沢な状況を楽しめるのは、もう少し先。

「交渉がうまくいってることを願うばかりだな」

とゴーラは、腕輪を眺めていた私に言った。

「そうね」

クリフトが、腕輪交換の日を2日伸ばせたかにかかっている。

「もう発つんだろ?」

と、ゴーラがせかしてくる。それはそうなんだけど、フレノールまでは夜の移動を考慮してもまだ時間がある。

もし時間があれば、ゴーラにお願いしたいことがあって。それをどう切り出そうかと躊躇してしまう。

しかし、思い切る。

「あの、これは急がないのだけど、もう一つ、お願いしたいことがあるの……」

ゴーラは別段疲れを見せず、次はどうわくわくさせてくれるんだ、と笑った。別れる際、彼はずっと寝ていなかったのだとわかった。

 

その4時間後、フレノールの街南門。

お、おさ、抑えたつもりが、どうしても息が切れる。

どっぷり夜ではあるが、真夜中までは時間がある。

ゆっくり歩こう。余裕をまとって宿へ戻ろう。

戻った。

宿泊部屋の扉をノックし、私よと伝えると、ばたばたと音がする。

私から開けないほうがよいなと思い待つと、すぐに扉は開く、クリフトだ。

「ご無事でなによりです!」

「な、なにかあったの?」

と私はその勢いに押されて言った。

「いえ、特に。トラブルなく順調ですよ」

クリフトの後ろ姿に誘導されて部屋に入る。

「こちらも、同じよ」

と自分の腰にあるカバンを軽く指で撫でた。

 

まず見せてわかる成果として、腕輪のお披露目だ。

巻き付いていた布を初めて取る。

……ああ。

完成品を全周囲から眺める贅沢!

「ほう、完璧ですね」

そんな一言で終わってほしくないほどだ。しかし、私も少なからず細工に関わったことは、ばれるとばれるでむずかゆい。秘密にしておこう。変に気を使われてコメントされるのは、それはそれで気に食わない。

「一応、本物も見せていただけますか?」

とクリフトは言った。

ちょっと待ってちょっと待って! それってつまり、そのくらい本物の腕輪に見えるってこと!?

だめだ、まずい。口元が歪んでしまう! そんな嬉しい評価があるだろうか。

いや、職人が贋作作成に喜びを見出すのは良くない気もするが。いや私は職人ではない。

クリフトは腕輪をかばんから取り出す私の様子がおかしいに気づいたようで、わずかに眉間を皺寄せる。

「念のためです」

もうやめて! 腕輪を取り出す。

「……なるほど、さすがですね」

もういいです。本当にもう、むしろつらいです。

「……では、そちらの番ね。何があったか教えて」

「そうですね。犯人に対して、すんなり2日延期の主張は通りました。ただ若干気になることが」

「待って。なぜそんなに味気なく説明するの? もうちょっと、最初から、説明してもらえる?」

「そうですか」

とクリフトは、気乗りしない様子で語り始めた。

 

クリフトは指定された時間、場所で待っていた。

そこに、子供から話しかけられる。

10歳は過ぎた程度の少年だ。

ついてこいと言われるのでついていく。

歩きながら、交渉をと願い出ると、それは別のやつに言えと回答が。

黙ってついて行った先、着いた場所にはまた同年代の、別の少年がいて。次はその少年についていけと言う。

そのようにして。

合計4名に代わる代わる先導された先、町の墓場だ、そこにも、一人の少年が待っていた。

「腕輪だ」

とだけその少年が言った。

そこで初めて、腕輪入手が二日後になりそうという内容を伝えた。王墓の鍵がサントハイムにあることを含めて。

少年は目を見開き、明らかにうろたえていた。

なんだよそれ、と地面に悪態をつく。

と、暗闇から別の少年が現れた。

「延期か」

その現れた少年はクリフトに問うた。

丸い帽子を深く被り、マントで身を包み、暗さもあって、声変わりしていないはずのその声に、年齢不相応の鋭さがなぜか感じられた。

クリフトは同じく内容を告げた。

そうか、の後に、その二人目の少年はあっさりと続けた。

「わかった、それでいい、交換は二日後の同じ時間だ」

「まじかよ」

判断する責務はその二人目の彼にあるということ。

「姫に一目会うことは可能ですか」

「それも二日後だ」

「なるほど」

二人目の少年はもうこちらに興味は無いようで、背中を向けて歩いていき、先程うろたえていた少年がなにやら話しながら彼についていく。

そのまま彼らは、暗闇に消えた。

 

「……やけに、その、軽いわね」

「当初の想像よりは、大げさな組織ではないようですな」

「しかし、なかなかの用心深さではあります。姫を強奪する手は難しくなりました」

「そんな手は考えなくても良いでしょう。この腕輪と交換、で、いいんじゃないかしら?」

「模造品とばれれば姫強奪に切り替える余地は依然としてあります。予め、いくつかの可能性は検討します。有力手にはならないでしょうが」

「ばれるというのは、相手の職人?も受け渡しの場に現れることを想定している?」

「はい、鑑定師ですね。ただ鑑定師というのは信用の商売です。犯罪に加担するのは少数。また、そういった特殊な鑑定師を信用する側も、それなりの、人を見る目が必要です。例えば、本物の腕輪を意図的に偽物と鑑定されるリスクを減らすことが重要。犯人らにとって有用な鑑定を用意できるか、少し疑問です」

「あ、そう」

結論だけ理解すれば良いと思った。ただ、とクリフトは続けた。

「交換がすんなり済んでしまう可能性が、高いようには感じました。明らかに犯人側の熱が冷めたように思います。犯人側の頭が変わったのか、姫が本物ではないと気付いたのか、何か事情が変わったのかと」

「とは言っても、具体的なその事情がわからないだろうから、可能性を挙げては何が最善か、検討していくしかないのだけど」

「おっしゃる通りです」

などと情報交換していた。

今晩も、腕輪を持ってクリフトが単身で、再度誘拐犯と交渉することになった。

「結局クリフトに全て任せるのが、なんだか歯がゆいわ」

「犯人側がこの宿を監視していないとも限りませんので」

「わかってる」

あくまでも交渉は一人で行かないといけない。私も宿を抜けては、怪しまれる可能性がある。

しかしここまで来ると、若干の後悔の念が頭をもたげてくる。

「……向こうに、何かダメージを与えられないことが残念」

クリフトは目を二度開閉した。

「いや、わかってます、わかってる。こちらは姫をさらわれたわけでもないし、向こうも本当の姫ではないことに気づいているようで、そして用心深い。お互い行き着くのは無難なところとは思うのだけど、何か、こう何か、欲しい」

クリフトは押し出すように、

「仰る、通りですね」

と言った。ええと、どれを賛同したのだろう?

「クリフトも、何が手が欲しいと?」

「あいえ、無難な結論になるのはその通りですが、あとは、レナ様が本件に感情移入されているなと」

「ん? おかしい? 腕輪用意するくらいはもちろん思い入れがあるのだけど」

「どちらかというと、人助けの意味なのだと思っていました」

「な、なるほど」

犯人を罰するよりも人助けを優先すべき、とクリフトは言っている。足を突っ込みすぎだとたしなめられた気分にもなる。

いや、確かに言う通り。王家に宣戦布告されたわけではないのだ。足を突っ込み過ぎない、か。

私はテンペでの反省を思い出していた。

おっと、顔に出すと詮索されるか。話を変える。

「イラムとワルトに会ってきてもいい? 腕輪を見せて安心させたいのだけど」

彼らは彼らの部屋にいるのだろう。

「何かあってはいけませんので、お一人での行動はご遠慮ください」

おっと、話を変えるのに失敗した気分になる。

「それに、彼らはおそらく寝込んでいます。そっとしておいた方が良いかと」

「え、そ、それほど不安ということ?」

「いえ、今日一日で王墓まで往復し、体力が尽きているはずです」

「なる、ほど。そこまでやったのね……」

打ち合わせてはいなかった話だ。犯人には我々が王墓の鍵待ちであると説明した手前、その後、鍵入手のふりをした後は、私達の誰かが王墓を訪問しないと不自然だ。そのふりをやったのだ。

「お疲れ様。……ブライも?」

「はっ。あの程度の速度でしたら、もう一往復も可能にございます」

「そう、お疲れ様」

そういうことを聞いているのではないが。

しかし私達、ここまで骨を折ったのだ。成功しなくては困る。

 

そうして、受け渡しの時間が迫ってきた。クリフトは私の部屋まで、私を送る(といっても部屋は隣なのだが)。

そのまま、クリフトは宿を発った。

私は荷物の整理を済ませて、なんとなくベッドに横になった。ほどほど疲れている自覚はあったが、やはり眠れなかった。人質交換の際にどういった選択肢、可能性があるのか、あてもなく、つらつらと考えていた。

しばらくして、ブライのいる隣の部屋に人が入った気配がした。

気になって私も隣の部屋へ。そこにはイラムとワルトが来ていた。クリフトはまだだった。

「寝られんぞ」

とイラムが苦笑して言った。

ほらごらん、クリフト。彼らは寝込んでなどいなかった。

お互い、昨日今日何をして過ごしたかを共有して、時間を過ごした。

 

少し経って。

部屋の外で物音がして、私達の会話は止まった。

クリフトが入ってくる。その後ろに一人の少女が。

軽やかな紺のフレアドレスに身を包んだ少女。細身で、真っ直ぐなロングヘアで。彼女がメイか。なんだ、私とは似てないのでは。

目元が赤かったが泣いてはいなかったので、一度泣いて落ち着いたのかなと思った。

しかしイラム、ワルトの姿を見て、彼女はぽろぽろと涙を流す。

「なんだ! ひどいことされたのか!?」

彼女はぶんぶんと首を振る。

「……いや! そういうわけじゃないけど! なんだか、無事なのが信じられなくて。なんだったんだって感じ……」

ゆっくりとイラムに近づき、袖を取って抱きついた。

クリフトがぼそりと私の耳元でつぶやく。

「素性は終始隠していたようです」

「姫として振る舞ったということ?」

「はい」

命のかかる場で、嘘を貫いたのか。……想像もできない。

でも、だからこそ、良かった。

少しの間イラムがなだめたおかげで、ようやく落ち着いたようだ。

「あの、この、方々は?」

とイラムに聞く。

「俺らと違って、本物だ、王女のお付き」

「え!?」

王女の、お付き。

あ、それ私だ!

メイドという話にしていたか侍女という話にしていたか、すぐに思い出せなかったか。

クリフトは彼らを連れて部屋を出ようとする。彼らを今晩、騎士団(オリオン)の詰め所に送り、保護を求めることになっていた。

そして彼らは早朝、船でサランへ移動する手はずだ。一旦この街から離れたほうが良いという。

メイは、部屋を出る前に最後、私に向かってこう言った。

「何と言っていいか、貴女を騙った私をどうして救っていただいたのか、よくわかりませんが、本当に、ありがとうございました! この御恩は忘れません。きっと、何かの形にしてみせます。ありがとうございました!」

深々と頭を下げ、彼女は出ていった。

私は、途中から聞いていなかった。

ブライに話しかける。

「あの、私を騙ってとは、つまり私のことを」

「気づかれた、ようにございますな」

「なんでよ!?」

ブライは、いや、とだけ漏らした。

 

クリフトが宿に戻ってきた。

「それは単なる勘違いかと思いますが。少なくとも姫、あなたに会った直後は、我々が誰かと聞いてきたことから、その時点では確信していなかったということ。また、最後までイラムらが気づいた様子はありませんでしたし。今後、私達に不利なように動くこともないでしょう。一応、用心するにこしたことはありませんが」

「自分の振る舞いを反省、したい」

「少し私はレナ様を丁寧に扱いすぎたかもしれません。次はもう少し雑に」

ブライは身じろぎをした。

なんだかその結論に納得がいかない。

「用心と言えば」

とクリフトは構わず続ける。

「詰め所にいた騎士団(オリオン)二番隊長ロノフには我々がここにいることがバレました、いえ、伝えました。ロノフは今日からイラムらの泊まっていた部屋に代わりに泊まり、この宿の警護に当たるとのこと。下手な真似はできなくなりました、良かったです」

下手な真似を、犯人もできないし、私もできないということ。

まあ仕方がない。旧王墓にて騎士団(オリオン)を利用させてもらったのだ。このくらいの関わりは覚悟している。

二番隊長、ロノフか。

いや、明日のことは明日考えよう、か。

「詳しい話は明日しましょう。今日は解散で良い?」

「承知しました。……ただ、模倣鍵と本物の腕輪を頂けますか?」

「いいけど、まさか?」

「返却して来ます」

腕輪を、旧王墓に。

「今日!? 今夜!?」

「はい」

よほど、模倣鍵を手放したいのだと思う。

「では私も」

と私が言うと、クリフトは押し黙った。私を危険に晒したくないということだ。

しかし私には用意していた言葉があった。

「一緒に行動したほうが、安心でしょう?」

今回の誘拐事件を利用した言葉であることが、なんだかおかしかった。

「……承知しました」

そのクリフトの回答と共に、ブライが立ち上がる。

「ロノフへは報告なしで良い?」

「はい、あくまでも勝手に向こうが警護するだけで、こちらは自由に行動できます。ただ間違いなく、我々の外出に気づき、尾行してくるのではとも思います。器用な方です」

「んん、それはあまり、良くないわね。マーテルが私達に協力してくれたことは秘密にしておきたい。……うーん、やはりクリフト、腕輪返却は貴方一人で頼めるかしら」

王墓の入り口をマーテルが開けるのを、隊長ロノフに見られたくない、ということだ。

「承知しました。問題ありません」

支度していたブライは座った。

さて。

ではクリフトを拘束するのは良くない。

「私は先に休むけれど、クリフトは帰還次第、私を起こして報告すること」

「ノックで起こす、でよろしいですか」

「それでお願い」

その場は一旦解散となった。

クリフトは私を部屋に送って、私は模倣鍵と腕輪を彼に渡して。

この一連の出来事。私のやることは終わった。一段落したせいか、前のテンペからフレノールへの移動のせいか、特に何もできずすぐに寝台にもぐり、意識を手放した。

 

控えめなノックで目を覚ます。

すっかり寝ていた。日は出ている。

急いで部屋の扉を開ける、するとクリフトが涼しい顔で立っていた。

「終わりました。特に問題なく王墓に到着、マーテル様の協力あって、共に腕輪を元に戻しました。今に至ります」

「そ、それだけ?」

面白みのない。

「なにかトラブルは無かったの?」

「……そうですね、鍵、ですか。王墓入り口を施錠した時の話です。鍵の形が前回すでに特定できていたため油断していましたが、鍵がすんなりとは回らず、折れる失敗を覚悟して回しました。無事問題なく施錠できましたが。道理で前回洞窟から帰る際、施錠なさらなかったのですね」

そう、今まで解錠されたままにしていた。

「あ、それは言っておけばよかった。鍵が固くて焦ったの。あのときはマーテルのいる手前、詳細は話したくなかったし、格好もつけたかったし。私もあの時冷や汗を。ごめんね」

当時クリフトが施錠することが想定できておらず、情報共有がすっかり漏れてしまっていた。

「……レナ様に謝られるのは慣れません。お気になさらずに」

「いいえ、もっと上手くやれることについては、自分に言い聞かせる意味で、言っていくわ。ええと、これから模倣鍵をワルトに届けるんだよね? 今何時?」

「6時半ほどです」

「そう、なら届けて、あなたも早く寝るように。私も、まだ少し、寝たいかも」

「はい。それでは、お休みなさいませ」

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