真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(13) フレノールにて

朝か昼か判断付かない時間帯、人のまばらな食堂にて。

「これからの話をしましょう!」

とカップの上で私は切り出した。

この数日。折角のフレノール、随分とせわしなく過ごしてしまった。

すでに模倣鍵返却という仕事を早朝終えたクリフトが話し始める。

「我々の当初の目的は、このフレノールにて世界を知る、のようなことだったかと。騎士団(オリオン)も警備してくれるというのなら、この街に留まるのは良い機会でしょう」

騎士団(オリオン)という名前を聞いてつい、改めて食堂を見渡してしまう。

うん、見知った者はいない。

クリフト曰く、ロノフはもっと早い時間に朝食を終えているのでは、とのこと。

どうも彼は、夜の宿警備がメインらしい。「夜はそこに泊まるようにする」という発言だけで、日中のことは何も言及がなかったため。

それでは自由にさせてもらおう。

「街を私の自由に回ってみたい!」

この言葉を切り出すのに若干の勇気が必要だった。しかし、

「我らの同行が条件ですが、よろしいですか」

とのことだった。

なんて、取るに足らない条件。

 

簡単に身支度を済ませ、宿の外に出る。

「行きたい場所はありますか」

とのクリフトの問いに、用意していた回答を出す。

「ここから南門が近いよね? そこから外周に沿って、歩きましょう」

「……網羅的に回るということですか?」

「見る景色次第だけどね」

面白いものは漏らしたくないと、そう思った。

 

宿は旧市街の中央あたりに位置している。大通りに面した、良い場所だ。そこから南門の方へ南下すると、建物の大きさは小粒になってくる。住宅が多いのだろう。

色とりどりのレンガ。アーチ形の屋根、横一直線の屋根。緑で鬱蒼とした空き地もぽつぽつあり、道も広く、広々とした印象だ。

さて、南門。

2mほどの低い城壁を左右に分かつ門。

門とは言え、夜も含め常時解放されている。

うん、宿からここまで、特に面白いものはなかった。門を突き当たりとして、左に曲がることにする。

道は狭くなる。それでも幅は10mはあるか。足元はレンガ畳へ変わる。うーん、しかし見栄えの変わらない風景に少し飽きてきた。先程から、ぽつぽつ店らしきものはある。

クリフトに聞いてみた。

「あれは何?」

と私は、建物高さ2mから横に飛び出た、長さ50cmほどのポールを指差す。

似たものをすでに3度見ていた。

「ポール、ですか? あれは店看板をかけるためのものです」

「看板……。かかってないようだけど」

「営業時間外ということですね」

「えっ?」

私の驚きの声に、横を歩いていたクリフトが若干驚いた顔でこちらを見る。

目が合ったまま2秒。

「……基本的に、店は、昼近くにならないと、営業しませんが」

私達が今歩いている意味は!?とは言わなかった。私は歩きたい、としか言っていないことに気づいたからだ。もちろんその通りなのだが、しかしぽっかりと胸中に穴が開く。

店、楽しみに歩いていたのになぁ。

とぼとぼ歩く。

「こっちに行きましょうか」

新しい風景を求め、私は小道を指した。

「……申し訳ありません、そちらはやめておきましょう」

とクリフトが渋い顔で回答する。

「こちらには何もないの?」

「いえ、そういう意味ではありませんが……。私自身フレノールに詳しいわけではないので、狭い道はできれば避けたいところです」

とブライの方を見、ブライは頷いた。

「狭い道の方が、治安が悪いということ?」

「その表現は、傾向としては、そうかもしれません。目撃者がいないこと、こちらの動きが制限されること、あとは、少人数で挟撃される可能性もあります」

「なるほど……。でも街の大通り少し外れるだけで、それを危惧しないといけないなんて、なんだか寂しい」

と言って、2つ気付いた。

「……サランでも、こういうことが起こりうる?」

「無論です。ただあちらは王城と聖堂のつま先。こちらよりはまだ安全かとは思います」

サランとフレノールのどちらが、と聞く手間が省けた。こちら、フレノールは誘拐事件が起きた街だ。フレノールのほうが治安が悪くなくては困る。

……いや、まるでフレノールはこれで良いのだ、という意見になってしまうか。

今回の誘拐事件、聞けば少年らが実行犯だと言う。……子供が犯罪に手を染めるというのは、どういうことなんだろう。

「治安を良くするには、どうしたらいいんだろう。やっぱりお金の配布?」

「表面上は、そうかもしれません。ただし、価値を損ねないレベルで財をばらまくというのは、その分の財力が必要です。国の財力は怠惰な国民の上では維持できません。また、金銭欲は限りもありませんので、ここまでと決めることも困難かと」

「答えがない質問をしてしまったと、よくわかった。話をもっと絞りたい。今回の誘拐事件の実行は孤児によるものと思うのだけど、合っている?」

「そう、ですね。おそらくそうかと」

「教会で孤児の受け入れはどのくらいやっているの?」

「極めて限定的です。資金、受け入れスペース、児童の年齢などいろいろ要素がありますが、一番は、看る人の数ですね。余裕ができ次第、数人受け入れている状況です」

「数人の、その具体的な選択は、どう決めているの?」

気軽に質問したつもりだったが、クリフトは一瞬渋い顔をした。

「……サラン大聖堂で言うと、年に一度、二月ですね、まず受け入れ人数が決まります。その後は推薦となります。外で目に留めた者を推薦、という言葉も変ですが、推薦するということになっています」

先程の表情。もしかすると、選ばれた側にいたクリフトにとっては、あまり思い出したくない話なのかもしれない。

あるいは、その選択方法が公正に機能していないことを知っているからなのか。実情を知らない私は、そんな想像をするのだった。

「治安向上について、ブライはどう思う?」

と、意図的に若干話を変えた。ブライからは歴史は習ったが、こういうことについて話をしたことがなかった。

「王族である姫様に申し上げます」

という小声の前置きの後、ブライは続けた。

「政治とはつまるところ、解決すべき問題の優先度付けであると、存じます。どう解決するかは二の次。仮に生活水準を課題と捉え、その向上に財を使うとしても、いかほど当てるかは他の問題との兼ね合いであり、優先度付けは避けて通れませぬ」

直接的な回答が欲しかったため、それは聞きたかった答えではなかった。しかしとにかく、広い知見が必要ということはわかった。私には無いもの。

それが私の中の結論だった。

無力。

 

とある店の前を通る。ポール。

ここも開店していないということだ。

扉前に張り紙が貼ってあったので、読んでみる。

「デザフェス、出展中につき、26日までお休み? デザフェスってなに?」

クリフトとブライは、ゆっくりと顔を見合わせた。わからないものは仕方が無い。昼になっても営業しない?

引き続き、3人で街中を回る。

閉まっている店舗の数々により外周周りへは早々に興味をなくしたため、中心街に近づくように歩いた。

しかし道が若干細くなり、曲がりくねるようになり、建物の側面もそれに沿うように曲線が見られるようになる。

ちょっとした高低差のため緩い坂道になった脇にある、レストランをクリフトは昼食にと提案してきた。

スパゲティ専門店! ここ多分コーネリアから聞いたことがあるかもしれない! 期待!

トマトソースで煮込んだ肉が載ったパスタ、美味しかった。薄暗い店内だからこそ、窓に切り取られた青空が楽しめたことも、印象的だった。

 

さて、そうして、大通りへ到達した。

道幅30mほどはありそうな、今まで見た中では広々とした通り。しかしその空間に人はまばらで。閑散としていた。

北の方、向こうはそれなりに人が多そうだが。

「昼などは、北の通りは人と屋台で賑わったはず。不思議ですな」

とブライはこぼした。何だろう。

「あ、あれって服屋だよね? 中、入りたい」

シャツとズボンの彫られた看板だった。営業中ということだ!

入ると、まずは薄暗さが迎えてくれる。そこは防具屋も兼ねているようだった。建物は奥に長く、予想以上の広さ。

今着ている稽古着はもうぼろぼろなのだ。まずは袖がほつれてしまって。

試しにナイフでほつれたところを切り離してみたが、素人処置はあまり効かず、そこからまたほつれるばかりだった。

クリフトは「冒険者らしい格好とも言えます」と言っていた。「とも」って何! 良い替えがあれば良いが。

華美なものは見あたらないので、つまり今の私には相応しい店のグレードなのかもしれない。

頑丈そうなものがこの列には無さそう、などと漁っていると、店主に声をかけられた。

「いらっしゃいませ。旅行者の方ですか、それとも冒険者?」

ベレー帽を被った、歳30ほどの短髪の男性だった。目が細く、微笑んでいるのかよくわからない。

「どちらかというと、旅行?」

「なるほど。デザフェスへは行かれましたか?」

「いえ。……デザフェスって、何です?」

「おやおや!」

と店主は間違いなく喜んだ。

「ここから一日ほどかかりますが、南下するとゼグラス砂漠があります。そこでの、まあお祭りですね。世界から珍しい店が集まりますよ? お勧めします」

「でざふぇす……」

「デザートフェスティバルの略です」

「デザ、フェス……!」

「珍しいとは、例えば一体どんな店が?」

とのクリフトの横からの質問に、まず私が反応した。

「言わないで! そういうのは、行って自分の目で確かめる、そうでしょう!?」

「その通りでございます。参加しなければわからない空気もあります」

「なる、ほど……」

とクリフトが黙り込んだことに、店主は満足そうだった。

「行かれますか! となると、そうですね、この季節は砂漠だと冷えが目立ちます。厚めの服はこちらの方にありますが、どうでしょうか」

と、右列へ誘導される。

なるほど、ここらは生地が厚い。

「厚すぎても良くないですね。程良いのが、これとか、これとか、これ、これ。ああこれは女性用ですね」

といくつか店主がピックアップしてくれる。

女性用のそれ。くすんだ配色の衣服が多い中、その抑えても鮮やかな橙が印象的だ。ワンピースドレス。スカートなので脚は動きやすそう、袖の長さも短いので腕の邪魔にはならなそう。

目が離せない。しかし、その、長さ。

「それは、短過ぎはしませんでしょうか」

とクリフトが突っ込む。店主は答える。

「タイツが前提の服ですよ」

なるほど? クリフトがうなるが気にしない。

「これ、良いかも」

「ありがとうございます。防寒と太陽対策にマントを重ねると良いかと。ご覧になりますか」

「は、はい」

「あちらにあります。私はタイツを見繕ってきます」

と店主は去る。

さて、感想が口から漏れた。

「……落ち着いた丁寧な接客。言葉遣いが引っ張られそうで、相当気をつけたんだけど、私はうまく話せている?」

「自然な受け答えだったかと」

「サランの防具屋とは雰囲気が違うね」

あちらのほうが、その、乱暴だった。

「こちらが珍しい分類かと」

「なるほど」

さて、マント。いくつか手に取るも、うーん、イメージが湧かないな。

店主が戻ってきた。

「サイズが合いそうなのはこのくらいかと。厚さが違います」

と2つの黒いタイツを提示する。

黒い、タイツ。

「ふーん」

と平静を装うも、白以外のタイツがあることに少し驚いていた。

あ、それならマントはあれが良いのでは。

「お気に召しましたか?」

と、濃紺のマントを広げた私に、店主が聞いてくる。

「これは、合わせるといいんじゃない?」

「良い組み合わせです。それと、帽子はお持ちでしたか?」

「あ、いえ」

マントだけでなく、帽子の代わりのタオル、も時折クリフトから借りていたことを思い出した。

「見てみますか?」

と聞かれ、はい、と答えた自分の声が大きかった。

 

居ても立っても居られず、防具屋の後はすぐに宿に戻ってきた。

買ったものに着替える。

悪くない。サイズ感はまあ、こんなものだろう。

合わせる防具まで深く考えていなかったが、買ってきた服の落ち着いた橙は 茶色の革の防具とも白銀の金属当てとも良く収まる。

帽子とマントは濃紺で統一。首をスポッと入れて首まで覆ってくれるタイプのマントに、円錐を途中までひっくり返したような帽子。流行りの型と言われたが、なんとも表現しにくい形。しかし確かに、被っている人はたまに見たような。

折ってひっくり返す幅を変えることで視界の広さを調整でき、意外と実用的な帽子だ。

購入した服に付随していた紐は。腰をしぼる用途だが華奢すぎる気がする。率直に言って、動けばすぐに切れそうだった。この紐は使わず、今までのベルトを代わりに使うことにしよう。

スカートが揺れる。武具が無ければ無いで、ちょっとしたドレス気分だ。

非常に。

非常に、悪くない。

 

「どう?」

クリフトらの部屋を訪問し、クリフトに聞く。

「相変わらずお美しいかと」

「あら、朝以外でも言うのねそれ」

定型文しか返ってこないのは、なんとなくわかっていたが。

定型文でも笑顔で満足してしまう私がいた。

 

その後は明日の旅の物質調達を目的に、3人で街を回った。ドレスを十分楽しめた。

明日、向かうはゼクラス砂漠、デザフェス!

ところで、まだフレノールに5日滞在しただけなのに、野宿が懐かしく思えてきた。街を回っている途中に見つけた、荒々しそうな酒場が印象的で。テンペでの宴会を何故か思い出していた。

私の希望で、あと二人は一瞬難色を示したが、夕食はその酒場で取ることになった。

酒場のテーブルにて。

「私はビールで!」

「明日に残りませんか?」

「残る……何が?」

「酔いが明朝まで引きずらないか、ということです」

「テンペでは大丈夫、だったよ?」

「そうでした、か……?」

食べ過ぎでダウンはしたが。

「しかしまた、このような酒場とは?」

とブライが尋ねてくる。大きな声ではないと届かないこの喧噪だ。

「考えたら、サントハイムを出てから忙しかったと思って。テンペでの宴会を思い出して、たまには賑やかなのもいいかなと」

やっとフレノールを楽しめる余裕ができたとか、旅の最終目的地に来ることができたとか、荒々しい食事が懐かしくなったとか、想像以上に新しい服を気に入ったとか、細かい背景はあると思う。

要はパーティーがやりたかったのだ。

「ワインが無いのは残念だけど」

この酒場ではなく宿で夕食を取ればワインが出たかも、とは、この酒場に入ってから気付いた。

「そういえばゼクラス砂漠と言えば、ワインでも有名ですね」

「え、本当!? ……え、砂漠で葡萄?」

「葡萄の収穫は別です。別の地域で作ったワインを瓶ごと砂漠に埋めることで、特別な熟成になるのだとか」

「あ、聞いたことあるかも。砂漠熟成のワインって、結構高値なんだよね」

「いえ? そんなことはないかと……」

あれ、ブライを見てもわずかに首を傾げるだけだった。

「あれ、砂漠の特性が変わって再現できなくなって希少価値が出たって聞いたような」

「……聞いたことありませんな。砂漠の特性が変わる?」

「夢だったのかな」

「夢、とは、またどのような?」

とブライが聞いてきた。

「いや、夢かわからないという話。夢だったり人から聞いた話を、時間が経つと、あたかも自分の体験談のように誤解しちゃうことってない? なんだったかな、単にふーんって聞き流した記憶。誰から聞いたんだったかな」

「左様ですか」

「さすがに、自分の記憶を間違えることは無いのでは。忘れることはあっても」

クリフトが口撃してくる。私だけか!

少年ウェイターが来たので、注文をする。

「私達も、飲みますか」

「そういう場のようだしの」

そうこなくては! むしろ飲まない夕食というものにあまり馴染みがない。10歳のときから夕食時にはワインを楽しんでいた。一杯までという制約はあった。ここにはそんな制約はない。

三人分のビールが来た。

「では、良き旅の終わりに、乾杯」

クリフトとブライは、その私の言葉に少し驚いているようだった。

「明日、デザフェスに行って楽しんだら、この旅を辞めようと思ってる」

「左様ですか」

「十分楽しめたし、それ以上に、良い意味も悪い意味も含め、私、だけでなく王家が世に与える影響? それが、わかった気がする。楽しみすぎてしまったとも」

「良いと思います。ただ、またデザフェス帰りにフレノールに寄りますよね。終わりへの乾杯はそのときにでも、できたのでは」

「その時だったら、おそらく気分が落ち込んでる。楽しいうちにパーティーができたらって思ったの」

「そうですか」

とだけクリフトは呟き、ビールの入ったコップを私のそれに軽く当ててきた。

「今夜は、お付き合いしましょう」

と言った。

ああ、楽しいな。

丁度、肉料理がこちらに届くころだった。地図を広げながら、肉とビールを楽しむ。

最初の一杯は相変わらず苦く、すんなりとは飲めなかったが、塩コショウと焦げがアクセントの鶏肉とビールは相性が良いらしい。

並行に消化していく。

砂漠周りの詳細化のため、別に地図を入手している。

デザフェスまでの道程は特定できた。

地図を眺めながら自然と、今までの行程の振り返りに入っていく。

………。

……。

…。

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