真面目新訳第二章 おてんば姫の望見   作:赤色ねんね

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(02) サントハイムにて

翌日昼過ぎ、コーネリアがいつものように私の部屋を訪問した。

客人用のソファにメイドのサリーも、強制的に座らせる。大事な話があると言って。

「私、家出をしようと思うの!」

コーネリアは少し絶句し、

「な、なるほど」

とこぼした。

メイドはちらりと、壁の穴をふさぐ石ブロックの暫定壁を見た。新たな石ブロックが部屋内部で縦に4段積まれただけの壁。彼女のその何か言いたげなその視線に対し、

「何よ?」

と率直に問うと、「いえ……」と彼女は濁す。

微妙な沈黙。

なんとなくこの空いた時間に耐え切れなくなり、私はぽろぽろと語った。

「壁にストレスをぶつける自分には、それは軽蔑もしたけれど、おかげで気付けたことがあるわ」

「何に、気付かれました?」

と問うコーネリアは微笑を取り戻していた。

「己の力と可能性に!」

そこでメイドがうさんくさそうに口を挟む。

「それ、意味が重複していません?」

「まずは聞いて? 力というのは、まあそのままね。私の力で壁に穴を開けられるとは思いもしなかった。そして可能性というのは」

まくしたて気味なことに気づき、一息つく。

「……私はこの部屋があまり好きではなかったの。飽きもあるけれど、私の可能性を体現したような空間、何も無い。そう思うと憎くも思えた」

二人は真剣に聞いてくれている。

「図らずもそれに穴を開けてしまったことが、とても爽快で。悩んでいた自分がバカみたいに思えたの。この部屋の特性が変わったように、私の行く末も変えられるのではと」

「悩まれて、いらっしゃったのですね……」

そう言うコーネリアは途中からうつむいていた。

「それが晴れたという話よ! だめ?」

「いいえ!」

コーネリアは顔を上げる。その頬は涙で濡れていた。

「えっ!? 何、何!?」

「いえ……」

しかしコーネリアの顔はわずかに震えだし、涙も止まらず、その手で顔を覆ってしまった。

10秒ほどはそうしていただろうか。

「失礼しました」

と、コーネリアは落ち着いたよう。ああせっかくのお化粧が。

「私が家出して、こうして会えなくなることが、悲しい?」

彼女がどうして悲しむのかわからず、恐る恐るそう聞いてみた。

「そう、ですね……」

言葉を出すにはまだ数秒必要だったようで、深呼吸を一度行った彼女は、私の目をまっすぐ見て続けた。

「悲しいというのは、もちろん、あります。ただ他にも、どう表現してよいか、自分にはもっと今日に至るまでに、できたことがあるのではと、情けなく思えてきてしまいます……」

正直、彼女の思いを完全に把握はできないけれど。

情けないというのは、私もその通りだ。

6年前、突然私に侍女がつくことになった。それがコーネリアだった。

私にとっては、興味のあるものを好きに勉強できた生活から、淑女生活への転換点。

その一つが、侍女としてコーネリアがつくということ。歴史は浅いが力のあるスタンフィード家。その本家の末娘だ。

しかし私はその期待には今日に至るまで、やはり応えることができなくて。

……その時からずっと、良い子ではなかったということ。我ながら、今更少し、情けなく思う。

しかしコーネリア、彼女も似た立場であって。彼女も生活を変えられ、期待されて私の侍女となり、それは私のせいで期待を達成できなくて。多分それが彼女に、今情けないと言わしめているのではと思ってしまう。

まるで私のよう。

立場としては私は何も言う権利はないけれど。立場ではないところで、言えることは間違いなくある。

うつむく彼女の隣に座る。顔を上げさせ、抱きしめる。

「あなたは私の立派な親友。周りの人がなんと言おうと、ね。帰ってきたら、また一緒に過ごしましょう」

「うぅぅ、うぅぅぅうううう!」

おおっと、元気づけるはずが、また涙が、決壊してしまったようだ……。なだめ、静かにはなるも、まだ話せる状態ではなさそうで。

彼女をひとまずそっとしておこう。

「あなたにも、多分、迷惑をかけるわね」

と、メイドのサリーに話を振る。

「そうなのですか?」

「いえ、どうなんでしょう、勝手に家出するのだけど、そうするとあなたの仕事は、私付ではなく、つまり変わることになるわね。迷惑?」

「それが仕事ですので」

「帰ってきたらまた私付をお願いしたいのだけど」

サリーは使用人然として、感情を出すことは普段少ない。

だからこそ私はわかる、今彼女は口角をわずかに上げ、それは微笑で、

「帰られるのですか?」

と問う。

「帰るわよ! 気が済むか、お金が無くなったら家出はおしまいでしょうね。それまで、装飾品を売ってなんとか過ごすでしょう」

「私の思う姫様は──」

サリーの考えを聞ける機会というのは少ない。たまに聞けるそれは、いつも私を楽しませていた。

「──外に適応されるのではと危惧します。それがどういう形なのか想像もつきませんが、ただ」

「ただ?」

「姫様にこの城は狭かろうと存じます。いえ、どのような城であっても。ですのでお帰りになる絵が、どうもお似合いになりません」

私の器の広さのことを言っているようで、しかし私の飽きっぽさも指しているようで。褒められているか貶されているのかわからない、と言おうとしたところ、隅ですんすんと泣いていたコーネリアは元気になったようだ。

「それです!」

と大きな声を上げる。

「な、なに?」

「私は道中の姫様の心配はしておりませんが、より手の届かない場所に行かれるのではと思ってしまいます!」

「あ、そう?」

そんな気はないのだが。手の届かない場所というのもよくわからない。この国で? それはどこ?

「それも姫様の無意識の下に!」

「そ、そう……」

そしてサリーはそれに同調する。

なんだか私の性格を非難されている気もするが、しかし優しい非難だなと思う。

私の選択を誰も非難しない。

また、こうしてサリーも交えて会話をするのは珍しい。

もう少しこういった機会があれば良かったと今、一つ後悔が生まれてしまったことを、私は苦笑して受け入れた。

その後はコーネリアによる、外のお作法に関する講義となった。

 

「お二方、そろそろです」

とメイドのサリーはコーネリアに伝える。いつも解散する夕方の時間だ。

「もう、行かれますか?」

とコーネリアは私に問う。

今日家出をするか、という意味だ。

「さすがに今日は」

これは嘘。お父様がサランの聖堂に宿泊なさる予定の今日、決行すると決めている。

コーネリアは深呼吸をした。息を吐きながら私を見つめながら、彼女は微笑を形作る。

「何かあれば父のスタンフィード商会を、ぜひお尋ねください」

「わかったわ。商会の、あなたの自室で再会するのも良いわね」

「……わくわくさせないでください!」

笑顔で怒られてしまった。私もつられて笑う。

良い別れだった。

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